第5話 優勝決定!

「会場の皆さま、これから審査の説明を致します」


 しばらく会場は騒然としていたが、徐々にしずまっていく。「ジュリアス選手の持ち帰ったビッグパイソンですが、これはモンスターではなくただの大きな動物です」

 

 審査員の言葉を聞いてさらに会場はざわつく。そんな事言ったらネロの持ち帰ったウサギなんて大きな動物どころか小動物である。

 

「しかし、ネロ選手が持ち帰ったのはただのウサギではありません」


 それを聞いて会場が静まり返る。「このウサギは、デスラビットという凶悪極まりないモンスターです」

 

 そう、ネロが持ち帰ったのはまごう事無きレアモンスターなのである。可愛らしい見た目とは裏腹うらはらに、真っ赤な目で麻痺睨まひにらみを使う上、嚙みつかれると毒によって確実に死に至るというまさに死の兎なのである。

 

「それだけではありません。こちらをご覧下さい」


 審判員はネロの仕留めたデスラビットを観客席に向ける。「二羽とも、眉間みけんへの一撃で仕留めています。完璧な弓の技術と言えるでしょう」

 

「それに比べてジュリアス選手の獲物は何やら弓以外の傷が無数に付いています」


 審判員の指摘は的確であった。確かにジルはビッグパイソンを倒す際、取っ組み合ったりナイフで切りつけたりと、弱らせるために別の手段を講じていた。

 

「以上の状況を踏まえ、総合的にネロ選手の技量が上回っていたと判断致しました。よって、今回の優勝はネロ選手とさせて頂きます」


 審判員の説明を聞き、観客たちもようやく納得をする。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! そのウサギが凶悪な魔物だというのは分かったが、しょせんウサギだろ?」


 ジルは審判員に異議を唱える。「仕留めたウサギがたまたまデスラビットだっただけじゃないのか?」

 

「坊ちゃん! 見苦しいですぞ!!」


 突然、会場に男性の声が響いた。そして会場の入口から黒服の男がゆっくりと入ってきた。ジルの執事のアントニーである。

 

「アントニー! お前、今まで何していやがった?!」


 ジルはアントニーをなじる。「お前がちゃんとネロを監視してなかったから……」

 

「え? あなたは僕を監視してたんですか?」


 ネロが驚いてアントニーを見た。

 

「すいません。命の恩人であるあなたを裏切るような真似を……」


 アントニーは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「命の恩人? 何を言ってるんだ?」


 ジルは訳が分からないといった様子でアントニーにたずねた。

 

「数時間前の事です」


 アントニーは語り出した。

 

 

 ネロがウサギを袋に入れてその場を離れた後、アントニーは一服しようと煙草たばこに火を付けた。ふと背後に気配を感じて振り返ると、先ほどネロが捕まえたのと同じようなウサギがこちらに近づいてきていた。

 

 ふいにウサギの赤い目がかっと光った。それを見たアントニーは全身が麻痺して動けなくなってしまった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 仰向けに倒れながらアントニーは大声で叫んだ。倒れた後は声も出せない状態で、ぴょんぴょん跳ねて近づいてくるウサギを見つめる事しか出来なかった。全身が麻痺しているので感覚はない。がさっがさっと音だけが聞こえてくる。

 

 ウサギはアントニーの顔のすぐそばまで近づくと、首筋に鋭い齧歯げっしを突き立てようと口を開いた。

 

「あっ! 危ない!!」


 声が聞こえたと思うとウサギの眉間みけんに矢が突き刺さった。その後、アントニーのもとに少年が近づいてきた。「大丈夫ですか!?」

 

「あ、ありがとう。ウサギと目が合ったら身体が動かなくなったんだ」


 アントニーは近づいて来た少年に言う。それは先ほどまでアントニーが尾行していたネロであった。悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのである。

 

「デスラビットの麻痺睨まひにらみにやられたんだ。あのままだと頸動脈けいどうみゃくを嚙み千切ちぎられて餌にされるところでしたよ」


 ネロに言われてアントニーはゾッとした。まさかあのウサギがそんな恐ろしいモンスターだったとは……。「それにしてもどうしてこんなところに?」

 

 ネロに言われてドキッとするアントニー。ジルのためにネロを尾行していたとは口が裂けても言えない。

 

「ちょっと野暮用やぼようで……」


 アントニーはすっとぼける。

 

「そんな恰好かっこうで?」


 ネロはアントニーの黒服を見て首をかしげた。「とにかくすぐに病院に行かないと危ないですよ!」

 

「しかし、麻痺して身体が動かんのだよ」


 アントニーは悲しげにネロを見た。

 

「え? もう麻痺は治しましたよ?」


 ネロが不思議そうにアントニーに言う。そう言われてアントニーは試しに身体を起こしてみた。何の問題もなく上半身が起き上がる。

 

「何てことだ、完全に麻痺が解けている!」


 アントニーは奇跡が起きたような驚愕きょうがくの表情を浮かべた。

 

「さ、早く病院に行ってください。ついて行きましょうか?」


 ネロは先ほど仕留めたデスラビットも布袋ぬのぶくろに入れながらアントニーに言う。

 

「いや、助かりました。大丈夫です、一人で行けますから……」


 アントニーは立ち上がって歩き出した。

 

 ◇

 

「すぐに病院に行きました。しかし……」


 アントニーは悲しげな笑顔を浮かべる。「すでに手遅れでした。私はデスバニーの毒におかされていたのです」

 

 アントニーは腕にあるデスバニーの噛んだあとを見せる。

 

「何だって!? それじゃあ……」


 ジルが驚愕の表情を浮かべる。これまでずっと仕えてくれていたアントニーが死んでしまうという恐ろしい現実にジルは絶望を隠せなかった。

 

「あ、あのー……」


 深刻な二人の間にネロが割り込む。「毒なら大丈夫ですよ」

 

「何をおっしゃる! デスラビットの猛毒ですぞ!!」


 アントニーは顔面蒼白がんめんそうはくなままネロに言う。「医者は治療不可だと……」

 

「僕、解毒げどく出来ますから」


 ネロはそう言ってアントニーの肝臓辺りに触れる。

 

「ま、まさか! 医者でさえさじを投げたのに?!」


 しかしアントニーには麻痺を解いて貰った前例がある。にわかには信じがたいがネロにあわい期待を寄せる。

 

「よし、これで体内の毒素は浄化されました」


 ネロはそう言ってアントニーから離れる。

 

「なんと! 手を触れただけで!!」


 アントニーはネロを神の使いを見るような目で見た。先ほどまでの全身の鈍痛どんつうが嘘のように取れている。どうやら本当に解毒されたらしい。

 

「ちゃんと病院に行ってくれて良かったです」


 ネロはアントニーに笑顔で言う。「さすがに死人は治せませんからね」

 

 それを聞いてアントニーはその場にへたり込んだ。今まさに九死に一生を得たのである。


「ジュリアス選手、まだネロ選手の優勝に異議を申し立てますか?」


 審判員は困ったような顔でジルに言う。


「いや、異議なしだ。ネロ、優勝おめでとう!」


 ジルはネロを肩に担いで会場を走り始めた。観客席は大歓声に包まれる。ネロも最初は戸惑とまどっていたが、やがて声援に手を振って応え始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る