豊満熟魔女デリルの弟子ネロの挑戦~キューピッド・ネロ誕生秘話~

江良 壮

第1話 弓術大会に向かうネロ

 鬱蒼うっそうしげる森の中にある丸太小屋。臥竜騒動がりゅうそうどうの後も魔女のデリルと弟子のネロはここで仲良く暮らしていた。


 デリルは二十年前に勇者フィッツと共に魔王を討伐した魔女である。二十年の月日で知識と共に脂肪も蓄えてしまい、今ではすっかり豊満熟魔女ほうまんじゅくまじょになってしまった。それでも魔力は健在で、つい先日も伝説の臥竜相手に大立ち回りを演じて見せた。

 

 弟子のネロは、現在十四歳。金髪碧眼きんぱつへきがんで小柄な美少年である。ある日、森でキノコ狩りをしていてデリルの住む丸太小屋に迷い込み、デリルに気に入られたネロはそのまま弟子として住み込みでお世話をするようになった。


 夕食の後片付けを済ませたネロは、ソファでくつろいでいたデリルのところに一枚の紙を持って来た。


弓術大会きゅうじゅつたいかい?」


 デリルはネロが持ってきた申込用紙に目を向ける。

 

「はい、僕も参加してみたいんです」


「へぇ、いいじゃない! ネロくんなら優勝間違いなしよ」


 デリルはネロの優勝を信じて疑わない。何しろ何度も奇跡のような弓の腕前を目の当たりにしているのだ。

 

「はは、そんな馬鹿な……。たくさんの参加者がいるんですよ?」


 ネロはデリルの言葉を真に受けず、軽く受け流す。「自分の実力がどの程度か知りたいだけなんです。優勝だなんて……」

 

「何言ってるのよ、この世にネロくんより弓が上手な人は存在しないわよ!」


 デリルは本当にそう思っていた。ネロに弓矢を教えたエルフのヴァイオレットも同じ事を言うに違いない。

 

「世界は広いんです。僕なんかまだまだ……」


 ネロが弱気な発言をしていると、

 

「まぁっ!! 優勝賞金1万オウトですって!」


 デリルが申込書の概要欄がいようらんを見て奇声を上げた。オウトとは王都で流通する通貨単位である。1オウト紙幣1枚で金貨1枚分の価値がある。

 

「結果は気にせず、今の自分を試してきます」


 ネロがそう言うのを聞いてデリルはため息をいた。ネロは自分の実力を過小評価しているのだ。

 

「そうね、大会に出れば自分の実力が分かるはずよ」


 デリルはネロの頭をポンポンと叩いた。

 

「それで、その……。先生、王都まで連れてってくれませんか?」


 ネロは上目遣いでデリルを見る。デリルは魔女なので世界中をほうきで飛び回る事が出来るのだ。実際には箒が無くても飛べるのだが、何となく箒が無いとしっくり来ないらしい。

 

「もちろんよ。ここから辻馬車つじばしゃで行ったら間に合わないでしょ?」


 デリルたちの住んでいる丸太小屋は片田舎なので、王都まで辻馬車で行ったら三日は掛かる。「ネロくんを連れて行くついでに私も王都銀行に行ってみるわ」

 

 先日、マリーから王都銀行の預金通帳を受け取ったのだが、どのくらい入っているのか確認しておこうと思っていたのだ。20年以上放置していたので結構貯まっているだろうという話だが、果たしていくらくらい貯まっているのだろう?


「ありがとうございます。それじゃ、よろしくお願いします」


 ネロはぺこりと頭を下げた。

 

 

 

 翌朝、デリルとネロは朝食を済ませて外に出る。デリルが箒に跨り、ネロを後ろに乗せる。昔ながらの魔女スタイルである。

 

「いくわよ、それっ」


 デリルの掛け声で箒が流星のように空を駆ける。ネロは振り落とされないようにデリルの巨尻にしがみつく。二人を乗せた箒はあっという間に王都に到着した。以前はスピードを出すと箒酔ほうきよいしていたネロだったが、今では最高速度でもケロッとしている。臥竜退治の旅は確実にネロを成長させていた。

 

「うわぁ、やっぱり都会ですね」


 ネロはきょろきょろと辺りを見回す。「ありがとうございました。それじゃ、行ってきます」

 

「頑張ってね、ネロくん。大会が終わったら何かおいしい物でも食べましょ」


 デリルはそう言って、案内図を見ながらとことこ歩くネロの後ろ姿を見送った。「さ、私も王都銀行へ行ってみましょう」

 

 デリルはひとちてネロとは反対方向へ歩き始めた。王都は王宮が北端になっており、王宮に近い方から王侯貴族の大豪邸が立ち並び、王宮を離れていくと豪商などの屋敷、そこからさらに離れて一般都民の家屋という作りになっている。

 

 デリルとネロが舞い降りた場所は、ちょうど居住エリアと商工業エリアの境目辺りで、デリルは商業エリアへ向い、ネロは工業エリアにある弓術大会会場に向かっていた。

 

 ネロが工業エリアの大通りをきょろきょろしながら歩いていると、

 

「おい、お前、どこに行くんだ?」


 と、突然声を掛けられた。

 

「え? ああ、弓術大会の会場に行くんです」


 ネロは警戒もせず答える。

 

「そいつは偶然だな。俺も行くところなんだ。一緒に行こうぜ」


 男はそう言ってネロの横に並んで歩き始めた。小柄なネロと比べると見上げるほど大きい。しかし、デリルたちとは違ってかなりの細身である。「この辺りは治安が悪くてな、一人で歩いてると悪い奴らに絡まれるぞ」


 男は遠くを見たままネロに言う。その男は黒い皮の上下に身を包み、黒のニット帽まで被っている。まるで影法師である。ひょろっとした細い身体で顔も青白くまるで病人のようにも見えた。

 

「そうなんですか、気を付けます」


 ネロは無邪気に言った。男はこっちだ、と言って角を曲がる。ネロがついていくとそこは行き止まりだった。「あれ? 道、間違えたんですか?」

 

「あ? 間違ってねぇよ」


 男が言うと、物陰から数人の男が躍り出てきた。思い思いの武器を持ち、下品な笑いを浮かべてネロを取り囲んだ。

 

「……。あの、僕、急いでるんですけど」


 ネロは十人近いゴロツキを目の前にして冷静に言った。

 

「そうかい。じゃあさっさと金出せよ」


 ゴロツキの一人がネロに近づく。「そら、早く出さねえとこうだぞ!」

 

 バキッ!!

 

 ゴロツキがネロの頬を思いっきり殴る。吹っ飛ばされるネロ。ゴロツキは馬乗りになってネロの顔を何度も何度も殴りつける。「ひゃーっはっはっはっ!!」

 

「おい! お前、あいつに何をした?」


 最初に声を掛けた男がネロに言う。ゴロツキは気が狂ったように地面を何度も殴りつけている。口から泡を飛ばして拳からは骨がはみ出している。

 

「さぁ? 夢でも見てるんでしょう。……あなたたちも見ますか?」


 ネロが他のゴロツキたちを見てにこっと笑う。

 

「し、失礼しましたーっ!!」


 ゴロツキたちが散り散りに逃げていく。この場所に案内した男と、喜び勇んで地面を殴り続けている男だけが残されていた。

 

「あなたは逃げないんですね」


 ネロは長身の男に言う。

 

「当たり前だ、あいつをあのままにしておけるか!」


 長身の男はゴロツキに駆け寄る。「おい! しっかりしろ!!」

 

「幻惑魔法はその程度じゃ覚めませんよ」


「てめぇ、こんな事してただで済むと思うなよ」


「あの、僕は何もしてませんよ。同じ魔法をかけても普通の人はそんな風に地面を殴ったりしませんから」


「悪かった。俺たちの負けだ。こいつを助けてやってくれ!」


 長身の男はそう言って土下座で詫びる。

 

「わっ、そんな事しなくても解除しますって」


 いきなり土下座されたネロは慌ててゴロツキに掛けた魔法を解く。ゴロツキは一瞬きょとんとして辺りを見回した。今まで馬乗りになってボッコボッコに殴りつけていた相手が平然と自分を見ているのに気が付くと、地面と自分の両拳を交互に見た。

 

「ぐおぉぉ!! 痛ぇよぉ~! なんだよ、アニキ、どうなってるんだよぉ?!」


 ゴロツキは両拳の激痛でのたうち回っている。

 

「早く病院に行った方が良いですよ」


 ネロが言うと、長身の男はゴロツキを担いで歩き始める。

 

「お前、弓術大会に行くって……」


「あ、そうだ! 早くしないと。それじゃ、さよなら」


 ネロは慌てて立ち去った。

 

「あいつ、何者なんだ?」


 長身の男は立ち去るネロの背中を見ていたが、背中で暴れまわるゴロツキを思い出して急いで病院へ向かった。

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