伝説の幕開け~キューピッド・ネロ誕生秘話~
江良 双
第1話 弓術大会に向かうネロ
デリルは二十年前に勇者フィッツと共に魔王を討伐した魔女である。二十年の月日で知識と共に脂肪も蓄えてしまい、今ではすっかり
弟子のネロは、現在十四歳。
夕食の後片付けを済ませたネロは、ソファでくつろいでいたデリルのところに一枚の紙を持って来た。
「
デリルはネロが持ってきた申込用紙に目を向ける。
「はい、僕も参加してみたいんです」
「へぇ、いいじゃない! ネロくんなら優勝間違いなしよ」
デリルはネロの優勝を信じて疑わない。何しろ何度も奇跡のような弓の腕前を目の当たりにしているのだ。
「はは、そんな馬鹿な……。たくさんの参加者がいるんですよ?」
ネロはデリルの言葉を真に受けず、軽く受け流す。「自分の実力がどの程度か知りたいだけなんです。優勝だなんて……」
「何言ってるのよ、この世にネロくんより弓が上手な人は存在しないわよ!」
デリルは本当にそう思っていた。ネロに弓矢を教えたエルフのヴァイオレットも同じ事を言うに違いない。
「世界は広いんです。僕なんかまだまだ……」
ネロが弱気な発言をしていると、
「まぁっ!! 優勝賞金一万オウトですって!」
デリルが申込書の
「結果は気にせず、今の自分を試してきます」
ネロがそう言うのを聞いてデリルはため息を
「そうね、大会に出れば自分の実力が分かるはずよ」
デリルはネロの頭をポンポンと叩いた。
「それで、その……。先生、王都まで連れてってくれませんか?」
ネロは上目遣いでデリルを見る。デリルは魔女なので世界中を
「もちろんよ。ここから
デリルたちの住んでいる丸太小屋は片田舎なので、王都まで辻馬車で行ったら三日は掛かる。「ネロくんを連れて行くついでに私も王都銀行に行ってみるわ」
先日、マリーから王都銀行の預金通帳を受け取ったのだが、どのくらい入っているのか確認しておこうと思っていたのだ。二十年以上放置していたので結構貯まっているだろうという話だが、果たしていくらくらい貯まっているのだろう?
「ありがとうございます。それじゃ、よろしくお願いします」
ネロはぺこりと頭を下げた。
翌朝、デリルとネロは朝食を済ませて外に出る。デリルが箒に跨り、ネロを後ろに乗せる。昔ながらの魔女スタイルである。
「いくわよ、それっ」
デリルの掛け声で箒が流星のように空を駆ける。ネロは振り落とされないようにデリルの巨尻にしがみつく。二人を乗せた箒はあっという間に王都に到着した。以前はスピードを出すと
「うわぁ、やっぱり都会ですね」
ネロはきょろきょろと辺りを見回す。「ありがとうございました。それじゃ、行ってきます」
「頑張ってね、ネロくん。大会が終わったら何かおいしい物でも食べましょ」
デリルはそう言って、案内図を見ながらとことこ歩くネロの後ろ姿を見送った。「さ、私も王都銀行へ行ってみましょう」
デリルは
デリルとネロが舞い降りた場所は、ちょうど居住エリアと商工業エリアの境目辺りで、デリルは商業エリアへ向い、ネロは工業エリアにある弓術大会会場に向かっていた。
ネロが工業エリアの大通りをきょろきょろしながら歩いていると、
「おい、お前、どこに行くんだ?」
と、突然声を掛けられた。
「え? ああ、弓術大会の会場に行くんです」
ネロは警戒もせず答える。
「そいつは偶然だな。俺も行くところなんだ。一緒に行こうぜ」
男はそう言ってネロの横に並んで歩き始めた。小柄なネロと比べると見上げるほど大きい。しかし、デリルたちとは違ってかなりの細身である。「この辺りは治安が悪くてな、一人で歩いてると悪い奴らに絡まれるぞ」
男は遠くを見たままネロに言う。その男は黒い皮の上下に身を包み、黒のニット帽まで被っている。まるで影法師である。ひょろっとした細い身体で顔も青白くまるで病人のようにも見えた。
「そうなんですか、気を付けます」
ネロは無邪気に言った。男はこっちだ、と言って角を曲がる。ネロがついていくとそこは行き止まりだった。「あれ? 道、間違えたんですか?」
「あ? 間違ってねぇよ」
男が言うと、物陰から数人の男が躍り出てきた。思い思いの武器を持ち、下品な笑いを浮かべてネロを取り囲んだ。
「……。あの、僕、急いでるんですけど」
ネロは十人近いゴロツキを目の前にして冷静に言った。
「そうかい。じゃあさっさと金出せよ」
ゴロツキの一人がネロに近づく。「そら、早く出さねえとこうだぞ!」
バキッ!!
ゴロツキがネロの頬を思いっきり殴る。吹っ飛ばされるネロ。ゴロツキは馬乗りになってネロの顔を何度も何度も殴りつける。「ひゃーっはっはっはっ!!」
「おい! お前、あいつに何をした?」
最初に声を掛けた男がネロに言う。ゴロツキは気が狂ったように地面を何度も殴りつけている。口から泡を飛ばして拳からは骨がはみ出している。
「さぁ? 夢でも見てるんでしょう。……あなたたちも見ますか?」
ネロが他のゴロツキたちを見てにこっと笑う。
「し、失礼しましたーっ!!」
ゴロツキたちが散り散りに逃げていく。この場所に案内した男と、喜び勇んで地面を殴り続けている男だけが残されていた。
「あなたは逃げないんですね」
ネロは長身の男に言う。
「当たり前だ、あいつをあのままにしておけるか!」
長身の男はゴロツキに駆け寄る。「おい! しっかりしろ!!」
「幻惑魔法はその程度じゃ覚めませんよ」
「てめぇ、こんな事してただで済むと思うなよ」
「あの、僕は何もしてませんよ。同じ魔法をかけても普通の人はそんな風に地面を殴ったりしませんから」
「悪かった。俺たちの負けだ。こいつを助けてやってくれ!」
長身の男はそう言って土下座で詫びる。
「わっ、そんな事しなくても解除しますって」
いきなり土下座されたネロは慌ててゴロツキに掛けた魔法を解く。ゴロツキは一瞬きょとんとして辺りを見回した。今まで馬乗りになってボッコボッコに殴りつけていた相手が平然と自分を見ているのに気が付くと、地面と自分の両拳を交互に見た。
「ぐおぉぉ!! 痛ぇよぉ~! なんだよ、アニキ、どうなってるんだよぉ?!」
ゴロツキは両拳の激痛でのたうち回っている。
「早く病院に行った方が良いですよ」
ネロが言うと、長身の男はゴロツキを担いで歩き始める。
「お前、弓術大会に行くって……」
「あ、そうだ! 早くしないと。それじゃ、さよなら」
ネロは慌てて立ち去った。
「あいつ、何者なんだ?」
長身の男は立ち去るネロの背中を見ていたが、背中で暴れまわるゴロツキを思い出して急いで病院へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます