第2話 ネロは優勝できるかな?

 紆余曲折があったが、なんとか会場に辿り着いたネロは、さっそく手続きをするため受付に向かう。

 

「こんにちは。弓術大会に参加したいんですけど」


「はいはい、それではこちらに名前を記入して下さい」


 受付には愛想の良いおじさんが座っていた。「参加費は10オウトです」

 

「え?!」


 ネロは真っ青になった。参加費が必要な事を見落としていたのである。考えてみれば賞金10000オウトも出す大会、参加費がいるのは当然だ。

 

「え? 持ってないの?」


 受付のおじさんは困った顔をしてネロを見た。

 

「すいません、今から先生に言って貰ってきます」


 ネロは慌ててデリルを探しに行こうとした。

 

「いや、それじゃ多分間に合わないよ」


 おじさんは残念そうに言う。「来年もやるからまたおいで」

 

「何たる失策であることか!」


 ネロは山椒魚のようなセリフを口走った。

 

「けっ、そんな事じゃねぇかと思ったぜ」


 困っているネロの背後の、随分高い位置から声が聞こえた。

 

「あ、あなたはさっきの……」


 ネロは一瞬身構えたが、どうやら敵意はなさそうである。


「10オウトも持ってなかったのかよ。とんだやられ損だぜ」


 長身の男は懐に手を入れる。「おっちゃん、こいつの参加費な」

 

「え? あ、はい。たしかに10オウト頂きます」


 受付のおじさんはそう言って手続きを済ませた。

 

「どうしてあなたが僕の参加費を?」


 ネロは不思議そうに男に尋ねる。

 

「馬鹿野郎、やるとは言ってねぇぞ。倍にして返せ」


 照れくさそうに長身の男は言う。「あいつも助けてもらったしな」

 

 どうやらあのゴロツキを病院に連れて行ってからここに来たらしい。

 

「ありがとう。おかげで大会に参加できます」


 ネロは頭を下げた。「僕、ネロって言います」

 

「そうか。俺は……ノッポで良いや」


 面倒くさそうに男は名乗った。

 

「ノッポさんですね?」


「さんは付けるな!!」


 食い気味にノッポが怒鳴る。「次に言ったら、お前をゴンタって呼ぶぞ!」

 

 良く意味は分からないがネロはとりあえず頷いた。

 

「ノッポさ……、ノッポは大会に出ないの?」


 ネロはノッポに尋ねる。

 

「ああ、弓なんてセコい武器は使えねぇよ」

 

 ノッポは参加者全員を敵に回すような発言をする。周りの冷たい視線を感じたのかノッポは慌てて言い換える。「弓は難しいから使えないんだ」

 

「僕もあまり自信はありません」


 ネロは苦笑いを浮かべる。「今日は勉強のつもりで来ました」

 

「そっか、じゃあすぐ終わりそうだな。さっさと済ませてスポンサーから20オウト返して貰わなきゃな」


 ノッポは退屈そうに欠伸をした。「そろそろ一次予選が始まるぜ」

 

 ノッポは一次予選会場を顎で指す。ネロはふぅと大きく息を吐いて予選会場へ向かった。予選会場は的がずらりと並んだ射場であった。

 

「一次予選は的に10本の矢を射って貰います」


 ネロは3と書かれた射場に案内される。「得点の多い人が二次予選に進めます」

 

「えーっと……。それだと早い者勝ちになるのでは?」


 ネロは審判員に尋ねる。「あっ! 目隠しするんですか?」

 

 さすが弓術大会、予選からえげつない事をさせる。いちおう練習はしておいたから何とかなるだろう。ネロは気合を入れて手を差し出す。

 

「何を言っているんだ? 目隠しなんかしたらどこに飛んでいくか分からんだろう。人に刺さったら大変だぞ」


 審判員はネロを窘める。「いいから早く射なさい!」

 

「あの、弓矢はお借り出来ますか?」


 ネロは審判員に尋ねる。

 

「君、弓術大会に出るのに弓矢も持たずに来たのか?」


 審判員は呆れた様子でネロを見下ろす。「普通は使い慣れた自分専用の弓を持ってくるもんだぞ」

 

 そう言いながら射場に置いてある練習用の弓を渡す。ネロはぺこりと頭を下げて弓を受け取った。

 

「よし、じゃあ射ます」


 ネロはそう言って射場に立ち、弓を構える。

 

 タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン、タン

 

 ほとんど間を開けず、次々と矢を放つネロ。「終わりました」

 

 ネロは審判員に告げる。審判員は唖然とした様子で的を見つめている。

 

「な、なんじゃこりゃ」


 的の中心に10本の矢が一矢乱れず突き刺さっている。

 

「は、早くして下さい。満点ですよね?」


 ネロは呆然と的を見ている審判員に声を掛ける。

 

「何てことだ。この予選二人目の満点が出たぞ!!」


 審判員が大きな声で言うと、大勢の人たちがざわざわと集まり始める。

 

「え? 二人目?」


 ネロは驚いて辺りを見回した。他の人たちの的は矢がばらばらに刺さっているのだ。ひどいのになると、的に刺さらず壁に刺さっている矢まである。「あれ? 僕、なにかやり方間違えたんでしょうか?」

 

 ネロは不安そうに審判員を見つめる。

 

「心配ない。君は問題なくきちんと射ていた。それは私が保証するよ」


 審判員はようやく冷静になってネロに言った。「文句なしの満点だ!」

 

 人だかりから拍手と歓声が巻き起こった。ネロは照れ笑いを浮かべながら予選会場を後にした。

 

 

 

「おっ、早かったじゃねぇか」


 ノッポはネロが首を傾げながら予選会場から出てくるのを見つけて声を掛けた。あの様子では納得がいかない成績だったようだ。「ま、今回は勉強だったと思って……」

 

「一次予選は通過しましたよ」


「そっか、そりゃ惜しかった……はぁ?! お前、一次予選通過したの?」


 ノッポは驚いてネロを見る。「なんでそんなに納得いかない様子なんだよ?」

 

「射場はほとんど無風で、的もしっかりと固定されているんです」


 ネロは会場の光景を思い出しながら言う。

 

「そりゃ、そういうもんだろ」


 ノッポは頷きながら言う。


「なのに、まだ満点が僕と合わせて二人しかいないらしいんです」


 ネロは奇妙な出来事でも起こっているかのように言う。

 

「あのな、満点なんてそんなに出ないんだよ」


 ノッポは至極まともな事を言って聞かせる。

 

「そりゃノッポは飛び道具が苦手だからでしょ?」


 ネロはまだ納得がいかない。「弓に自信のある人たちの大会で、どうして満点が取れないんですか?」

 

「……お前、それ、本気で言ってるのか?」


 ノッポは一瞬怖い顔をしたが、ふっと笑ってネロに言った。「他の奴には言うなよ。敵が増えるぜ」

 

 ノッポはなんとなくネロが憎み切れず、頭をわしわしと撫でた。

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