第4話 勝負の行方

 決勝トーナメントは八名に絞られ、ジルとネロはご都合主義な物語の展開上、決勝まで当たらない並びになっていた。

 

 対戦方法はこれまで予選で行った的当て、クレー射撃、流鏑馬やぶさめをその場でくじ引きによって抽選する。そして決着がつくまで交互に競技を行うのである。実力が伯仲はくちゅうしているとなかなか勝負がつかず、昨年の決勝戦では三時間半の激闘げきとうが繰り広げられたという。

 

 しかし、逆に言えば実力差があればあっという間に決着がついてしまうのがこのやり方の欠点でもある。決勝トーナメント第一試合はジルもネロも相手があっと言う間に失敗して早々に決着がついてしまった。

 

 続く準決勝でジルは前年度準優勝の相手と拮抗きっこうした名勝負を繰り広げる。ジルの相手もかなり粘ったが、最終的にはジルが勝利を収めた。逆にネロの相手は、ネロとの圧倒的実力を悟り、あっさりと負けを認めてしまう。


 これまでの弓術大会きゅうじゅつたいかいはすぐに決勝が行われていたが、今回はなかなか決勝が始まらず、しびれを切らした観客たちが騒然そうぜんとし始めた。あやうく暴動ぼうどうが起こりそうになってようやく実行委員会のお偉いさん方が姿を現した。

 

「会場の皆さま、お待たせいたしました。ただいま、決勝戦について臨時の会議を行っておりました」


 司会進行の男性が会場にアナウンスする。「会議の結果、これまでの三種目では二人の実力を計るのは困難であるという結論に達しました」

 

 長い歴史を誇る弓術大会において異例のことである。ネロもジルも不安そうに司会進行の言葉を聞いている。いったいどうやって決着をつけるというのだろう?

 

「今回の決勝戦はモンスターハンティング対決とさせて頂きます!!」


 司会進行が宣言すると、決勝会場は大歓声に包まれた。

 

 モンスターハンティング対決とは、王都周辺のモンスタースポットで狩りを行い、よりレアなモンスターを捕まえた方が勝利するというシンプルな競技である。

 

「ジルさん、ネロさん、今なら棄権きけんも出来ますが、どうされますか?」


 司会進行が言うと、

 

「棄権? 馬鹿言うな、望むところだ! きっちり決着をつけてやる!!」


 ジルは大声で答える。

 

「ネロさんはどうされます?」


 司会進行がネロに問う。観客たちは固唾かたずを飲んでネロの答えを待つ。

 

「はい、僕もやります!」


 ネロの答えに観客はどっと大歓声を上げた。王都周辺はある程度整備されており、モンスターはほとんど出現しなくなっているのだが、郊外こうがいまでいくと未だにモンスターは徘徊はいかいしている。

 

 王宮の北側にある森にもかなりの数のモンスターが存在している。王宮の北側とはいえ、かなりの高低差で断崖絶壁だんがいぜっぺきとなっており、森側から魔物が王宮に侵入した事はない。

 

 東側には砂漠があり、ここもかなりの魔物が出るとの報告が上がっている。西側の山岳地帯さんがくちたいや南の海にも魔物は存在するが、他の二か所に比べるとレアなモンスターを狩るのに相応しいとは言えないだろう。だが、どこを選ぶかは二人の自由である。

 

「よし、じゃあ俺は東の砂漠を探索するぜ」


 ジルは地図を確認しながら審判員に告げる。


「じゃあ僕は北の森にします」


 ネロは森の探索なら日常茶飯事にちじょうさはんじなので森を選択する。

 

 制限時間は二時間。レアな魔物をハンティングした方が勝ちとなる。

 

「それでは、よーい、スタート!!」


 審判員の合図により、二人を乗せた馬はいっせいに駆け出した。

 

 決勝戦の会場ではどちらが勝つかを予想する賭けがどこともなく始まっていた。予選を満点で通過したネロだったが、やはり本命はジルであった。

 

 的に当てる予選と違い、生きているモンスターを仕留しとめるというのはかなり大変な作業である。いくら弓が上手でもそう簡単に野生のモンスターを仕留められるとは思えない。ジルなら大物を持ち運ぶ事も簡単そうだが、小柄なネロでは大物を決勝会場まで運ぶのも一苦労である。

 

 会場のほとんどの観客はジルに賭けていた。このままでは賭けが成立しないと思われたが、たった一人、ネロに大金を賭けた男がいた。

 

「俺はお前に賭けるぜ、ネロ」


 ノッポは会場から姿を消した後、ずっと金策に走っていた。悪事で稼いだはした金だけでは元手が足りないと考え、闇業者から大金を借りてきたのである。まさに一世一代の大勝負である。



 砂漠に到着したジルは大サソリなどのモンスターを蹴散けちらしながら、さらにレアなモンスターを見つけようと目を皿のようにして歩き回っていた。


「おっと、こいつは大物だぜ」


 ジルの前に現れたのは体長五メートルを超す大蛇、キラーパイソンである。鋭い牙も恐ろしいが、身体に巻き付かれると全身の骨を砕くほど締め付けられる。

 ジルはゆっくりと弓を構え、威嚇いかくするキラーパイソンに対峙たいじした。




一方、森に辿たどり着いたネロは馬を降り、周囲を見回していた。


「ん? この気配はまさか……」


 ネロはまっすぐに森を進んでいく。ネロは見つけた獲物に気を取られ、背後から尾行をしている者の気配には全く気付いていなかった。


 茂みの中を音を立てずに進むネロ。小高い丘のようなところからひょこっと顔を出したのはウサギである。ひくひくと鼻を動かしゆっくりとネロの方を向こうとした時、ネロの矢がウサギの眉間みけんに突き刺さった。

 

「あ、危なかった……。うん、これなら大丈夫だろう」


 ネロは十分に注意を払いながらおそらく即死したと思われるウサギに近づいていく。ネロは腰にぶら下げていた布袋ぬのぶくろにウサギを入れる。「よし、帰ろう」

 

 ネロが立ち去った後、木の陰にいた男があきれた顔でネロの後ろ姿を見ていた。ジルの執事アントニーである。

 

「あいつ、あんなウサギ持って帰ってどうする気だ?」


 アントニーはジルの優勝を盤石ばんじゃくにするために、ネロの動向を監視していた。ところが目の前でネロが仕留めたのはかわいらしいウサギ一匹である。「これならお坊ちゃまの優勝は間違いないな」

 

 アントニーは鼻で笑ってたばこに火を付けた。背後から近づくモンスターにも気づかず……。

 

 ◇

 

 先に会場に帰ってきたのは白馬に乗ったジルであった。首の周りにぐるぐるとビッグパイソンの亡骸なきがらを巻いて颯爽と会場に入り、大歓声に両手を挙げて応える。会場の真ん中にどさっとビッグパイソンの亡骸を下ろすと、会場がどよめく。

 

「うわっ、なんてデカい蛇なんだ」


「あんな大蛇見た事ないぞ」


「こりゃジルの優勝は間違いないな」


 観客たちのどよめきを尻目に、目を閉じて腕を組んで黙っているノッポ。

 

 そんな中、ようやくネロが会場に入ってくる。ネロはジルと同じように会場の真ん中に持ち帰った獲物を布袋から出した。しーんと静まり返る決勝会場。次の瞬間、どっと爆笑が沸き起こった。

 

「なんだ、あれ? ウサギじゃねぇか!」


「かわいい坊や、獲物もかわいいわね」


「ウサギ二羽って……」


 観客たちの中では完全にジルの優勝が確定していた。審査員たちが会場中央に集まり審議をしている。そして、審査員たちが結果を司会進行に伝える。一瞬、驚いたような表情を浮かべ、審査員に結果を確認する司会進行。固唾かたずを飲んで見守る観客たち。ジルは自分の優勝を信じて疑わない。何とコメントしようかと考えているところであった。

 

「決勝戦の結果を発表いたします。優勝は、ネロ選手です!!」


 ネロは両手を挙げて喜んだが会場はしーんと静まり返っていた。ジルを始め、誰一人納得していない。とうとう観客からブーイングが巻き起こった。

 

「ふざけんな! どう考えてもおかしいだろ!」


「説明しろ! なんでネロが優勝なんだよ?!」 

 

「ジル優勝! ジル優勝!」


 とうとう、ジル優勝の大合唱が始まってしまった。

 

「皆さま、会場内に物を投げ込むのはお止め下さい」


 ヒートアップする観客たち。そこに審判員から説明が入る。

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