第3話 好敵手登場!?

 一次予選が終わり、八千人いた参加者が八百人に絞られた。二次予選は動く的を射る、いわゆるクレー射撃のような種目である。

 

「ネロ、動いている的を射た事はあるのか?」


 ノッポがネロに訊く。

 

「はい、先生と一緒にエルフの遺跡に行った時、迫りくる守護者のコアを射貫いた事ならあります」


「……」


 ノッポは思いがけないワードが次々と押し寄せて情報を整理しきれなかった。迫りくる守護者? コアを射貫く? このガキ、どんな修羅場をくぐってるんだ? そりゃ街中でゴロツキ十人程度に襲われた程度じゃ動じないはずだ。

 

「あっ、ヴァイオレットさんが投げた的を射た事がありました」


 ネロが言うと、ノッポの顔色が変わった。

 

「ヴァイオレット? まさか、エルフの弓隊長じゃねぇだろうな?」


「知ってるんですか? 僕、その人に弓を習ったんです」


 ネロの言葉を聞いてノッポは苦笑した。

 

「随分懐かしい名前を耳にしたぜ。そうか、お前、あいつの弟子なのか」


 ノッポは真顔で何やら考え込んでいた。「ネロ、とにかく二次予選も頑張れよ、また後でな」

 

 ノッポはそう言い残して姿を消した。

 



 二次予選でもネロの快進撃は続いた。すでに一度、経験しているクレー射撃である。しかも一定のリズムで左右から規則的に飛んでくる的を射るだけの、ネロにとっては簡単なお仕事である。見事パーフェクトで的を粉砕し、文句なしの予選通過となった。

 

 二次予選で八十名まで絞られた。いよいよ三次予選、ここを通過すれば決勝トーナメントに駒を進められる。三次予選は馬に乗り、馬を走らせながら的を射る、いわゆる流鏑馬やぶさめである。

 

 さすがに二次予選もパーフェクトで通過したネロは、無名ながらも注目を集めつつあった。三次予選会場はネロを見ようという人たちでごった返していた。

 

「おい、お前がネロか?」


 どの馬にしようかと物色していたネロに一人の男が突然声を掛けた。

 

「え? あ、はい。僕がネロですけど……」


 ネロは不安そうに声の主を見上げた。ノッポと変わらないくらいの身長、しかもノッポとは比べ物にならないほどの筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした若者である。

 

「そっか、お前かぁ! お前も二次までパーフェクトなんだって?」


 男は突然人懐っこい笑顔でネロの手を取って握手した。

 

「お前もって事は、あなたも?」


「ああ。どうせ俺だけだと思ってたらもう一人いるって聞いたからどんな奴か見に来たんだよ」


 男はようやくネロの手を放す。「俺の名はアーサー。ジュリアス・アーサーだ」

 

 ビッと親指で自分を指すジュリアス、相当の自信家だ。それもそのはず、アーサー家は王都でも一、二を争う名門貴族なのである。おまけに今年の剣術大会、槍術大会で優勝しており、この弓術大会にも優勝すると三大武術大会グランドスラムという事になる。

 

「ジュリアスさんですか。よろしくお願いします」


「ジルで良いぜ、ネロ」


 真っ白な歯を見せて爽やかに笑うジル。金髪碧眼きんぱつへきがんはネロと同じだが、体格は大型犬と座敷犬ほどの違いがあった。同じ人間とは思えない。貴族と一般庶民はやはり作りから違うのであろうか? 「悪ぃが流鏑馬は俺の得意種目でな。負ける気はしないぜ」


「そうですか。でも、僕も負ける気はしません」


 ネロが言うと、ぴたっとジルの笑いが止まる。

 

「ほう、言うねぇ……」


 ジルはあらためてネロを見定めた。身長は百五十センチそこそこ、体重五十キロもなさそうである。同年代と比較しても小柄な方だろう。どう考えても大人と子供である。こんな子供にムキになるのは得策ではない。瞬時にそう判断したジルは再び笑顔を見せる。「ま、お互い、頑張ろうや!」

 

 ジルはネロの肩をどんっと叩いてそのままきびすを返した。ネロからは見えなかったがジルの顔は鬼のような形相ぎょうそうになっていた。

 

「お坊ちゃま。いかがでしたか?」


 ジルが馬小屋から出てきたところに黒服の執事が待っていた。きちんとセットしたロマンスグレーの髪に口ひげを蓄え、銀縁の眼鏡をかけている。

 

「思ったより生意気な奴だな。だが、恐るるに足らん」


 ジルは白馬にまたがった。「アントニー、お坊ちゃまは止めろ」

 

「失礼しました、ジュリアス様」


 アントニーと呼ばれた執事は深々と頭を下げた。

 

 

 

「よし、この子にしよう!」


 ネロは数頭の馬の中から栗毛の馬を選んだ。どの馬も流鏑馬のために訓練されているので基本的には同じなのだが、やはり騎手との相性があるのだ。

 

 ネロはそのまま馬を引き連れて三次予選会場へ向かった。入口のところに審判員の一人が立っており、名前を呼ばれた者から入口ゲートをくぐり、競技を始める。

 

 コースは等間隔に柱が立てられており、馬はその柱の間を一直線に走り抜けるよう訓練されている。進行方向の左側に等間隔で的が立てられており、馬上から射貫くのである。

 

「おう、ネロ。そいつにしたのか」


 白馬を連れたジルがネロに近付いて来た。「……ふうん、いい馬だな」

 

「ジルさんの馬もカッコいいですよ」


 ネロはお世辞ではなく本当にそう思っていた。落ち着きがあって気品もある。

 

「そうだろ? 今日のためにきっちり仕上げてきたんだ」


 ジルはたてがみを撫でながら言った。「おっと、そろそろ俺の番だ。じゃあ、また後でな」

 

 ジルは白馬と共に入口ゲートへ向かっていった。ジルがゲートに入ると予選会場からどっと歓声が上がった。今回の優勝候補の大本命とされているのだ。

 

 白馬に乗ったジルが次々と矢を的に命中させていく。そのたびに大きな歓声が沸き起こる。すべての的にヒットさせたジルは大歓声に包まれたままゴールする。

 

「うおっ、すげぇぞ! 九十八点だ!!」


 会場が騒然となっている。これまでの最高得点である。ジルは大歓声に応えて馬上で拳を突き上げていた。

 

 その後も、ジルの最高得点を上回る者はおらず、それどころか九十点以上を取る者もほとんど現れなかった。そしていよいよ、ネロの番がやってきた。

 

「あっ、来たぞ。今回のダークホース!」


 ゲートに入ったネロを見て、目敏めざといギャラリーが騒ぎ出す。

 

「まぁ、可愛らしい男の子じゃない。頑張って、ボク」


「頑張れよー! ジルの最高得点目指せー!!」


「何言ってるんだ、九十八点だぞ? 無理だろ」


 そんな会話も聞こえてくる。ざわつく中、ゲートが開き、ネロを乗せた馬が走り始めた。第一の的に向かって弓を引き、あっという間にど真ん中を射貫くネロ。どっと大歓声が沸く。

 

 その後も次々と的を射貫き、ギャラリーはどんどん盛り上がっていった。しかし、八つ目の的を正確に射貫いたくらいから、徐々に会場の熱気が奪われていった。

 

 九つ目も正確にど真ん中を射貫くと、会場はとうとうしんと静まり返ってしまう。そしてそのまま最後の的を正確に射貫き、ネロはそのままゴールした。

 

 文句なしの百点満点である。しかし、会場は重苦しい沈黙に包まれていた。優勝候補筆頭だったジルの予選最高得点をあっさりと塗り替えて平然としているネロに反感を持ってしまったのである。ネロはネロで、静寂に包まれた予選会場の雰囲気を気にするでもなく淡々とゴールのゲートから姿を消した。

 

 ゲートの外でジルがネロを待っていた。

 

「すげーな。まさか本当に満点取るとは、な」


 ジルは素直にネロの才能を認め始めていた。「決勝では負けないぜ!」

 

「そうですか。僕も頑張ります」


 ネロはそう言ってその場を後にした。

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