第6話 表彰式、その後

 まるで優勝パレードのようにネロたちが会場を練り歩く間、大会運営は表彰式の準備を行っていた。


「準備が整いました。只今より表彰式を行います」


 運営本部付近に設置された表彰台の方から司会進行が言う。「ネロ選手、ジュリアス選手は表彰台にお越し下さい」


 すでに表彰台の前には決勝トーナメントに出場した他の6名の選手が並んでいる。2人がモンスターハンティング対決をしている間に3位決定戦も行われ、準決勝でネロに敗れたタミーと言う男に決定していた。


 決勝トーナメントに参加した選手には記念品が贈呈ぞうていされる。この大会で決勝まで進む事はそれだけでも価値のある事なのである。記念品の盾には「王都弓術大会決勝おうときゅうじゅつたいかいトーナメント出場記念」とられている。


 優勝だけではなく第3位までは賞金も出る。第3位となったタミーは壇上だんじょうでトロフィーと1000オウトの入った賞金袋を受け取る。トロフィーにはケンタウロスの像が飾られていた。振り向いたタミーは観客席の方へトロフィーと賞金袋を掲げた。観客席から拍手がおくられる。


 次に、準優勝となったジルが壇上に上がる。3大会同時優勝のグランドスラムは果たせなかったが十分な結果である。潔く負けを認め、清々すがすがしい顔でトロフィーと賞金袋を受け取っている。トロフィーにはジルのように屈強な戦士が弓を引く姿の像が飾られている。ジルは振り向きざまに観客席に向かい、


「うぉぉぉぉっ!!」


 と雄たけびを上げながらトロフィーと賞金袋を掲げた。観客席は大歓声に包まれる。


 そして、いよいよ今大会の優勝者、我らがネロの出番である。ネロはワクワクしながら壇上に上がった。


「ネロ選手、優勝おめでとうございます。優勝トロフィーと賞金10000オウトです!」


 そう言って主催者がネロにトロフィーを渡そうとする。


「……、これ、何ですか?」


 ネロはトロフィーに飾られた像を見て不満そうに言った。そこに飾られていたのは全裸の天使がハートマークの弓矢を構えた像であった。ぷりんっとしたお尻がチャーミングなキューピッドの像である。「な、なんで、僕のトロフィーだけこんな……」


 ネロは絶句した。せっかく優勝したのにネロの喜びは半減してしまう。


「はっはっは、ネロ、お前にぴったりじゃないか」


 ジルが火に油を注ぐように言う。ネロはさらに不機嫌になる。「よし、今日からお前はキューピッド・ネロだ!」


 ジルがそう言うと観客席からどっと笑いが起こる。


「「「キューピッド・ネロ! キューピッド・ネロ!」」」

 

 とうとう会場からキューピッド・ネロコールが巻き起こった。もちろん、蔑称べっしょうではない。会場の観客たちは敬称けいしょうとして、そして愛称あいしょうとしてキューピッド・ネロと言っているのである。しかし、当の本人だけはその愛称を快く思っていなかった。


「キューピッド・ネロって言うなぁ!!」



 表彰式の後、ネロはとぼとぼと会場から立ち去ろうとしていた。


「よう、キューピッド・ネロ!」


 追い討ちをかけるように声を掛けられ、にらむようにネロが声の方を向く。そこにはノッポが立っていた。


「ノッポ!! あ、そうだ。20オウト返さなきゃね」


 ネロは賞金袋からお金を出そうとする。


「まぁ、そんなに焦るなよ。すぐじゃなくて良いんだ。俺も随分稼がせてもらったからな」


 そう、ネロの優勝に賭けていたノッポは大金を手にしたのである。「さすがだな、親父が見込んだだけの事はある」


「え? 親父って?」


 ネロが言うと、ノッポはニット帽を脱いだ。帽子の下は赤紫色の髪の毛と、とがった耳が隠されていた。「え? ノッポってエルフだったの? しかもその赤紫色の髪の毛……」


「そう、ヴァイオレットは俺の親父さ」


 ノッポは少し悲し気な表情で続ける。「ま、俺には弓の才能が無かったんだけどな」


 数年前、ノッポはヴァイオレットが隊長を務める弓部隊に入ろうと弓矢の練習にはげんでいた。それこそ指先から血が滲むほど何度も何度も的に向かって矢を放つ日々を送っていたのである。しかし、いつまで経っても思い通りに弓矢を扱う事は出来なかった。そんなノッポをヴァイオレットは黙って見ていた。きっと不肖ふしょうの息子に落胆しているに違いない。そう思ったノッポはとうとう家を出て行ってしまったのである。


「ネロくん! 弓術大会終わった? もちろん優勝でしょ?」


 遠くから能天気にデリルが声を掛けてきた。


「あっ、先生。はは、本当に優勝しちゃいました」


 ネロは賞金袋とトロフィーを見せる。


「まぁ可愛らしいキューピッドだわ。ネロくんにぴったりね」


 デリルは嬉しそうにトロフィーのキューピッド像を撫でる。


「もう、先生まで……」


 ネロはちょっと不機嫌そうに言う。


「あら、大きなお友達ね。どなた?」


 デリルはネロの隣に立っているノッポに話しかける。


「あんたがネロのスポンサーか。こいつ、参加費を持ってなくてさ、俺が貸してやったんだ」


 ノッポがそう言うと、


「あら、そうなの? それは迷惑かけたわね。はい、これ、少ないけど取っておいて」


 デリルはポケットの中から紙幣を取り出してノッポに手渡す。


「!? おい! これ、1000オウト紙幣だぞ!?」


 ノッポは突然大金を渡されて慌てて返そうとする。


「ん? あらそう、別にいいわ。あげる」


 デリルは平然とした様子で言った。


(おい、ネロ! この人、すげぇ金持ちなのか?)


 ノッポはひそひそとネロに耳打ちする。ノッポはデリルの気が変わらないうちに、素早くポケットに1000オウト札をねじ込んだ。


「先生、ノッポはヴァイオレットさんの息子さんらしいです」


「へぇ! あの人、こんな大きな息子さんがいたのね」


 デリルは懐かしそうに言ってノッポを見る。そういえば赤紫の髪の毛がお父さんそっくりだわ。デリルはそんな事を思いながら、「じゃあ、お父さんみたいに弓矢が上手なのね?」


 と、ノッポの神経を逆なでするような事を言ってしまった。


「いや、俺は……、弓矢は全然ダメなんです……」


「あら、だったらネロくんに教えて貰いなさいよ」


 デリルはそう言ってネロの方を見る。「ねぇ、ネロくん。弓矢のコツを教えてあげなさいな」


 ノッポは少しだけ期待してネロを見た。何しろ弓術大会で優勝したネロである。もしかしたら的確なアドバイスをしてくれるかもしれない。ネロはうーん、とうなった後、ノッポに言った。


「構えて、狙って、射る」


 ネロの言葉にノッポはしばらくきょとんとした顔をしていたが、ふっと笑顔になった。


「ははは、なるほどな。ありがとうよ」


 ノッポはちょっと強めにネロの頭をわしわしと撫でながら言った。


「それじゃ、そろそろ晩御飯を食べに行きましょう。せっかくだからマリーたちも誘って」


 デリルがネロに言う。マリーと言うのは20年前、デリルと共に魔王を討伐した伝説の勇者パーティの一員である。ついでに言えば、今は亡き勇者フィッツの正妻でもある。今は王都で娘3人と一緒に暮らしている。


「じゃあ今日は僕がおごりますよ。優勝賞金も入ったし」


 ネロが嬉しそうに賞金袋を見せる。しかしデリルは笑いながら首を横に振る。


「それはネロくんの稼いだ大切なお金でしょ? 大事に取っておきなさい」


 デリルはにやにやしながら懐から札束を取り出す。「金なら腐るほどあるのよ!!」


 ノッポはその札束を見て腰を抜かしそうになる。市場でほとんど出回っていない10000オウト札が少なく見積もっても30枚近くあるのだ。


「ど、どうしたんですか、そんな大金!?」


 ネロはノッポ以上に驚いている。何しろ、今朝別れるまで銀貨中心の生活をしていたのである。王都銀行にはどれだけの備蓄があったんだろう? ネロは聞くのが怖くなってしまった。


「せっかくだから、あなたも一緒に行く?」


 デリルはノッポに声を掛ける。


「いや、俺は遠慮しておきます。それじゃ、ネロ、またな」


 ノッポはそう言って、ネロとデリルに手を振った。2人が立ち去った後、ノッポも家に帰ろうと一歩踏み出した。


(構えて、狙って、射る)


 ノッポの頭の中にネロの言葉がよみがえる。ノッポは居ても立ってもいられず、弓術大会の会場に駆け出した。


「おい! 悪いんだが、ちょっとだけ射させてくれねぇか?」


 ノッポは会場の片づけをしているスタッフに声を掛ける。


「はは、結構そういう人いるんですよ。大会を見て自分もやりたくなっちゃうんですよね」


 気さくなスタッフはそう言って弓矢をノッポに手渡す。「きりがないんで10本だけですよ」


 ノッポは弓矢を手に取る。父親の元を離れてこれまで一度も手にした事のない弓矢である。ごくりと生唾を飲み込むノッポ。


「まさか、な」


 ノッポはそう言いながら弓矢を構えて的を見る。「構えて、狙って、射る!」


 たんっ!


 矢は見事に黒丸の中に突き刺さった。


「おー、お上手ですね。来年は大会に出てみられては?」


 スタッフは冷やかすように言ったが、ノッポは驚愕の表情で的を凝視していた。そして、震える手で再び弓矢を構える。


「構えて、狙って……」


 ノッポはうなされたように呟く。「射る!!」


 たんっ!


 再び矢は黒丸の中に突き刺さる。ノッポは真っ青になって弓矢を見た。ノッポは同じ調子ですべての矢を放つ。


「嘘だろ……」


 ノッポは10本の矢が全て黒丸の中に納まっているのを生まれて初めて見た。いつの間にかノッポの目から大粒の涙が溢れ出していた。「ネロ、ありがとう……」


「へっくしょんっ!!」


 当のネロはデリルたちと大御馳走に舌鼓を打っていた。テーブルの上に置いてあったトロフィーのキューピッド像がきらりと光ったような気がした。



 <完>

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豊満熟魔女デリルの弟子ネロの挑戦~キューピッド・ネロ誕生秘話~ 江良 壮 @DB1000

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