〜花合〜

昆布居候

若旦那と花合

「た、たたた大変だーい!!親方様!花笠の親方様はどこでー!?」


明朝、そんな慌てたような声とドタドタという足音が聞こえぼんやりと頭が覚醒してくる。

寝床で目を開けて、声が止んでいたら夢だと思おうそう思い花笠と言われ反応した男、《花笠幸咲》は再び夢の世界に入ろうとするが呼ぶ声は止まず


「親方様〜!!どこですか〜!!!」


「与一!うるせぇぞ!何時だと思ってやがる!」


「あぁ!親方様!寝床にいらっしゃるのですね!」


パシャ!と襖が相手、使用人の与一が入ってくる。

与一という男は普段からそそっかしいやつだが、今日はそそっかしさが倍になっているのか寝間着のまま走り回って叫びまわってたようだ。


「なんだってそんなうるせぇんだ。あたしはまだ寝てたんだぞ?」


「そ、それどころじゃないんでさ!こ…これを…」


「ん…?こりゃ…手紙かい?一体誰から…」


与一はちっちぇ事でもヒーヒー言って騒ぎ立てるやつだ。どうせしょうもないことだろうと思い、適当に手紙を見てあしらおう…そう思っていた。

幸咲は手紙の差出人の名前を見る。

大層上手い文字だ、普段の幸咲ならそう思うだろう。然しその名前の文字を理解すると血の気が抜けていく。

「は…?柴原…だぁ?」


天皇が御子息、柴原之皇子。

寡黙であり激烈、優美であり俗悪。

様々な面を持ち何にしろ関わりたくはないお人だ…

その気持ちは手紙を読むごとに強くなっていく事になる。


『 花笠幸咲


   二日後の太陽が最も高く登るとき

   そなたに花合への出頭を命ずる

   相手は白樺杉達

   美しく、可憐な花を待っている

     

                柴原 』

                   


「…チッ!まだお気に召す花はねぇってか…」


その縁起の悪さに思わず手紙を破り捨てそうになるがすんでのところで思いとどまる。

花合、皇子の気に入るような花を見せ合い優れた方に褒美が与えられそうでない方には厳しい罰が与えられる…


「ホッ…花合ならば親方様が負ける訳ありやせんね!」


「馬鹿野郎…そんな単純なことじゃねぇんだよ…」


幸咲はこのようなことが嫌いであった。

まず人と勝負事、賭け事が好きではなかったし、それに花を使うとは以ての外であった。

そもそも花笠の家は代々花が好きであったし、幸咲も花を愛していた。庭には花々が咲いており、その姿を季節によって変える…この花合にはかなり有利であった。

だが、彼にとって花を引っこ抜くというのは花の命を殺めている行為になる。

彼にはそれが考えられなかった。元より売られている花などは言語道断、そんなものは鬼畜のすることだと思っていた。

だから彼にとって花合というのは殺人者の…いや、殺花者の集まり、不愉快極まりないところであった


「それになんだって家なんだよ…出世したいなんて言ったか?」


この花合に参加する者たちの殆どは出世を望み、欲望にまみれた者たちだけだ。

しかし花笠家は妙ちくりんの集まりと周りの貴族から馬鹿にされるほど出世に興味はなく、地位は低かった。

幸咲もその血を受け継いでおり、彼も出世より自由を愛し、親の残してくれた金で道楽を楽しんでいた。

幸咲は花合に参加することで自分も欲に塗れた者達と同族に扱われることを嫌がりこのことを断ろうとした。だが、


「お…親方…様…う、裏に…」


与一が手紙を持ちブルブルと震えている。

嫌な予感を察し、ゴクリと唾を飲み、与一の手から手紙を受け取る

その裏には幸咲を追い詰めるような言葉が書かれていた。


「負ければ…花笠家は消える…?どういうこったよ!こりゃ!」


「私にも分かりませぬよぉ!!」


花合が、ただの貴族共の醜い出世競争が、こんなに重いものだったとは

幸咲は人の汚さと花に対する侮辱に怒りを覚えた。

しかしそれを上回る程の焦りが彼の理性を働かせた。

花を賭けの対象にする行為、醜い思惑の思想…

理性がまだあれば冷静になれる。

幸咲は焦りも怒りも押し殺し、今までのことがなにもないような声で与一に問う。


「なぁ与一、確か花合ッてのはぁ勝ったらなんか願いを聞いてもらえるんだよな?」


「へ?は、はいそういうことになっております…」


「じゃあ手紙を芝原様に送っとけ。謹んでお受け致しますってな。んで…勝ってこの花合を終わらせるってな」


「つ…つまりは…親方様!」


幸咲は昂っていた。花を愛で、和歌を適当に読み、だらけた生活を送っていたが…やることがあるというのは人を突き動かす。皇子に宣戦布告するように不敵に笑って見せる。


「最高の花探しだ…アンタを踊らかせるような…最高の花をアンタに贈ってやるよ!」

 


「つー訳で花探しを…」


「あっ!ま、待ってくだせぇ!」


「あ?せっかく意気込んでるってのに出鼻を挫くんじゃねぇよ」


「相手は白樺杉達ですぜ!?」


「あ〜…ん?誰だそりゃ」


「引きこもりすぎですよぉ!白樺杉達、過去に花合で三度勝ち抜いておる者で御座います!」


「…あれだ、相手がつえぇ方が燃えるってやつだろ?」


「最後まで聞いてくだせぇ!コイツ実は…三度とも不戦勝なんでさ…」


「不戦勝だぁ?」


与一が言うことには、平安には数多く噂話が存在するが白樺杉達の噂は良くも悪くも存在する。

強運の持ち主…そんなものではない。

突如都に現れてからというもの、どんどん出世をしていき敵対する者たちは次々と消え失せる…

『白樺の前に立つもの霧が如く消え失せる』

『神隠しを起こすもの』

そんな噂が広まっているそうだ。


「そんな都合のいい話があるもんか?連続不戦勝…気になんな。与一、お前はそっちを調べてくれ。あたしは…花を探さねぇと」


「承知!親方様も気をつけてくださいませ!」


「俺が心配なのは探ってんのがバレねぇかってことだが…なんにしろ、与一も気をつけろよ」


「ありがとうごぜぇます!では!」


与一が勢いよく家を飛び出していくのを見守り、自分も花探しを始めるか…と思ったとき


「あ…あの莫迦寝間着のまま…!?おい与一ィィィ!戻ってこいやァァ!」


与一を連れ戻し服を着替えさせまた出ていくのを見守った後、一息をつきこれからのことを考える。


「ったく、どうしようかね…」


取り敢えず庭に何か天皇に合う花でもあるかと見に行くが、どうもパッとしない。ここの花は余りにもこの庭に似合いすぎている。

他のどこに行っても、どれか一つでもかけては駄目なのだ。これは…


「あ〜駄目だ駄目だ。ここの花を見てたら考えが纏まんねぇ…出てみるか、町に」



幸咲が最後に町に出たのはまだ父親が生きており自分が小さい頃だった。

その時に何を見たかとか買ったかとかは覚えていないがとても活気があり、未知を感じた…ということだけ覚えているようだ。

それから父がなくなり、必要なものは全て使用人に買わせるようにしており、特に用事もないので行かなかったが、本当に久々の外出で彼は人混みに晒さられる事に少しだけ溜め息を吐く。

少しばかり身なりを整え、面倒事を避けるように貴族とわからないような格好をして街へ繰り出していく。


「こんなんだったか?町ってのは…正直…舐めてたな」


どこを見ても人、人、人。ごった返す人に苦笑いを浮かべるが、花屋を探すためだと、幸咲は人混みに身を投じていく。

…どれぐらい揉みくちゃにされただろうか。

先程は何やら割引がなされていたようで、人が多かったらしく少しずつ人が去っていく。


「プハッ…何時間ぶりかに空気を吸ったみてぇだ…」


衣服の乱れを直し、よくやくの思いで花屋を探し始める。

だがしかし、どこを見ても花屋は見つからず町をぐるっと回ってみても花屋の『は』の字も見当たらない。奇妙に思った幸咲は酒屋の店主に声をかける。


「もし、ここらに花屋ってあるか?」


すると何が面白いのか酒屋の店主が笑い出す。

幸咲が少しムッとした顔をすると店主は大きな声で


「おい聞いたか!この坊主『花屋はどこか』だってよ!」


その声を聞くと向かいの八百屋も、壺屋も、魚屋も笑い出す。

幸咲はコイツらは気が狂っているんじゃないかと疑ったが、話にならないと思い少し遠くの店の人達に声をかけるがこちらも同じように笑われてしまった。

自分がおかしいのか?花屋なんてものはこの世には存在しないのか?

そんな事を考え始めていたとき


「ちょっと君!こっち!」


「おぁ!?」


突然、何者かに手を掴まれて幸咲は強制的に走り出す。

彼より小柄な者は声からして女だろうが、最近運動をしていなかった幸咲を引き摺るように手を引いて走っている。

町人たちに当たらないように躱し躱し走り抜け、少し奥に入る道に入り、幸咲の手を離す。

その拍子に幸咲は尻を打ったのか、そこを擦りながら座り込む。


「ってぇ…おいアンタ何もんだ!急に引っ張って走りやがって!」


「あんたこそ何もんよ!花屋はどこかなんて奇妙なこと聞いて回って!」


両者睨み合い、膠着した時間が経つ。

何分そうしていただろうか。埒が明かないと思ったのか、少女が口を開く。


「…私は、春。アンタは?」


「あたしはこうさ…いや、え〜…咲、花が咲くの咲で『さく』だ。」


これでも家の当主でバレたら面倒なことになりそうな予感を少し感じ、咄嗟に偽名を言う。

対して少女は彼の一人称が『あたし』だということを少し怪訝に思ったのか疑問が有りげな顔をするが、幸咲が立ち上がり、警戒の体制を取る。


「んで?アンタがここまでアタシを運んできた理由は何だ?そんな怪しいかったか?」


「怪しいも何も…この町で花屋があるか〜なんて聞くなんて、怪しい以外ないじゃない!」


「花屋があるかって聞くことの何が怪しさにつながるんだよ!」


「白々しい…だってそうじゃない!貴方もどうせ白樺の手下なんでしょう!?」

 

「し、白樺だ?なんでここでそんな名前が出てくるんだ?」


「この町には沢山の花屋があった。でも白樺は!他の貴族に花が取られないように花を全部買って、自分の部下達にその後花はないかと店先で騒がせて花屋を全部潰しちまったんだ!そのせいで花屋の人達は客の要望にも応えられない商売人の恥だって言われる始末なんだ…だから!」


春といった少女の目から涙が溢れる。

顔は真っ赤に染まり、怒りで目をギラつかせている。血が頭に昇り、涙が出たのだろう。

その怒りのまま少女は幸咲の胸元を掴み、間近でにらみつける。


幸咲はその事実を聞いて唖然としていた。なぜ花が消えたか?そんなの決まっている。花合のせいだ。そんな馬鹿なことがあるせいでこの少女は悲しまなくてはならなくなった。多くの花屋が路頭に迷うことになった。

彼も怒りで体の奥がフツフツしてきたようで、歯ぎしりをしだし、ここにはいない白樺に対して深く、深く怒りをあらわにした。

そんな幸咲の表情を見て、どうやら白樺の手の者ではないと判断したのか胸ぐらを掴んでいた手を離す。

幸咲は静かな声で春に話しかける。


「なぁ…聞きたいことがある」


「な、なに…?」


先ほどとは違う雰囲気に春は少したじろぐが、その雰囲気に押し負けぬように声を出す。


「アンタそんの必死になるってことは…まだ在るんじゃねぇか?花屋がよ」


「ッツ…気づいた…のね」


「…俺に花を売ってくれ。どうしても必要なんだ」


「なんのために…?花なんて今買っても得はないわ…」


「終わらせるためだ。この馬鹿げたことを…」


「あんた…まさか貴族なの?」


しまった。熱が入って要らんことも言ってしまった。と自分の発言に後悔する。今の話し口を聞くにやはり貴族にそこまでいい感情を思っていないようだ。ここでそのことを告げてもあまり効果はないだろう。そう考えるもののどう言い訳するかと考え…ハッと思いついたようで


「そうそう!今片想いしてるやつが居るんだがよ…ソイツに渡すために…な?片想いなんて結構馬鹿げたことだろ!?」


「へ?…ふふふ〜!なによ!そんなことなら早く言いなさい!私が良い花を選んであげるわ!」


それを聞いた春はニヤニヤと茶化すような視線を幸咲に向けて、自分の花屋に向かい歩いていく。

幸咲はあとに続きながらあまりにあっさりと信じてもらえたことにほっと息を吐き、必要だったとはいえあんな視線を向けられた事に苛立ちを少し覚える。


「じゃ〜ん!ここだよ〜!」

「はぁ?ここ、か?」


そんな苛立ちも忘れるほど幸咲は驚いていた。

なぜなら全く花屋に見えなかったからだ。もっと言うと、ここに花は全く無かったのである。匂いを嗅いでも、見当が付かない。


「そんな顔をされるなかれ!ちゃんと花はあるよ。でも、まだここにはないんだ。君に見てもらうのは…これだ!」


春は店と言っている場所の中に入っていき、木札を持ってくる。そこには花の絵とその特徴が事細かに書かれている。


「すげぇな…こりゃ、アンタが全部やったのか?」


幸咲は木札をまじまじと読み込む。知っていることもあったし、書かれていないことで知っていることもあったが…未知の知識のほうが圧倒的に多く、このまま読み耽ってしまいそうになった。


「ふふ!殆どは御父さんがしたけどね?でも!一部は私がやったのよ!さ!いい花探しましょ!」


「お、おぉ!なんか頼りがいがありそうに見えてきた!じゃ、客のワガママに応えてくれよ?」


探すべき花は『外見の美しさ』『秘める意味の美しさ』…そんなところだろう。

柴原に似合う花というのは秘匿しておくようでその2点を春に伝え二人で花を探し始める。

春がどうかと言った花を幸咲が見ては駄目だといい、幸咲が知らぬ花の名前と意味を聞いて春が答え、あんまりだと言う。

それを繰り返し日が沈みかけたときだ


「ん…こりゃなんて花だ?唐の国の…」


「あぁ、それは曼珠沙華。またの名を彼岸花っていうんだけどそんなに広まってないし、凄く綺麗な花だよ!」


「へぇ…花言葉はどんなんだ?」


「あぁ、色によって花言葉が変わってね?それぞれ…」


一通り花言葉を聞き終わり、幸咲は何か納得したように頷いた。


「よし…じゃあコイツの、この色を買おう。」


「え!?好きな人に渡すのにこの色でいいの?」


たしかにそんなことも言っていたなとバツの悪そうに頭を掻くがこれでいいんだと適当に言っておく。


「それで?いつぐらいに届く予定なんだ?」


「きっかり二日後!この店に来てくれればいいよ!」


「あいよ、世話んなったな。礼を言う。」


「告白!成功するといいね〜!」


この女まだいいやがるか…と声に出すが決して顔は悪い感情を抱いてるさいるようではなく、花好きとしてなにか心を通わせたようだった。


「そいじゃ、また二日後。」


幸咲は見送りに出てくれた春に手を振り、すっかり日が沈んで暗くなってしまった町を歩き、自分の家に帰ろうと考える。

花合の花も調達できたことだし、安心して寝ていられるだろう。正直今は負ける気がしないなと頬を緩める。


少し歩きもうすぐ幸咲の家だというところで変にうるさい声が聞こえてくる。

近くでなにかあったのか?と疑問に思ったがどうやら声は自分の家から聞こえてくる。

嫌な予感に顔が引き攣る。そして幸咲は自分の家が変に明るすぎることに気付く。

自分の家に向かい走り出す。


「な…なんだよこいつは…どうなってん、だ…?」


家が、炎に飲まれていた。いや、正確には家ではなく、花が咲いていた庭が燃えていた。

使用人達が必死になって水をかけているがまだ火種は残っており、彼の花を焼いていく。


「お、親方様!な、何者かが…何者かが火を!」


与一がそう声をかけるが、幸咲は反応しない。

ただぼうっと、庭を、花を見ていた。


幾らか時間が経ち、火種が消えた。幸咲はゆらりゆらりと灰となった花に近づき、ポツリ、ポツリと涙を流した。まるでいつも花に水をやるように自分が納得する水分量をやるように、涙を流した。

彼の中には最早怒りなどはなかった。ただ疑問、単純な疑問。なぜ花を殺せる?掛け替えのない命を殺せる?こんなことをした人物に、ただそれを問いただしたい。何故、何故…


「親方様…」

「…誰がやったか、見当は?」

 

いっそ、今は澄んだ気持ちであった。

自分でも見当は付いている。こんなことができる人間は一人しかいないと、今朝知り、何度も話の話題に出て人物。  


「恐らく…白樺殿…かと…」


「ふふっ…ハハ…」


可笑しくって笑ってしまう。どうして笑っているのかなんてことはわからない。

疑問は消えた。そんなに花合に勝ちたいらしい。ただのご機嫌取りの花合のはずが、家の存続をかけるような争いになったり、それでここまでされるとは、幸咲は認識が甘かったと思った。


「…俺は今日はもう寝る。お前ら、悪かったな。」


流石に疲れすぎたと、幸咲はピシャリと襖を締める。

あとに残ったのは灰になった花々と、動けない使用人達だけであった。

 

 翌朝、幸咲は机に張り付き明日に控える花合に向けてどう美しさを伝えるかそのことだけを考え台本のようなものを作っていた。

しかし、当然気分が晴れるわけでもなく、筆は止まったままだ。


「失礼します…親方様。花合には…もう…」


「花合には出る。花もちゃんとある。ここにはねぇがな」


与一が心配して入ってきたくれたと思い、出来るだけ心配は要らんと伝える。

案外大丈夫そうだったことに驚いたのか少し言葉を詰まらせて、しかし良かったと伝えてくれた。

お茶と少し甘味を持ってきてくれたようでそれを腹に入れて幸咲は一息をつく。

明日花が届く、あとはそれを待つだけだ。 

 その夜、少し懐かしい夢を見た。父親との記憶、一緒に花を愛で、色々と教えてもらった日々を、あの庭は父との最も貴い思い出の宝箱だった…

『たった一輪の花のためにでも生きれる男になれ』父はいつもそう言っていた。

父が花合なんざ聞いたらどう思うだろうか。そんなことを夢でも考え、夢は終わった。


 パチっと目が開く。もう朝が来たようだ。

幸咲はいつもは与一の大声か綺麗な鳥の声で起きるはずだが、花が無くなったため鳥が集まらず、与一もまだ寝ているようで静かな中起きてしまったようだ。

少し早く花屋に行こうと思い、手紙だけ置いて外に出る。まだ少し肌寒いらしくクシャミを一つする。早朝であるから、流石に人通りは少なく、一人道を歩く。

自分の庭を燃やしたのだろうか。やはりそのことが気になる。白樺が命令したことは殆ど合っているだろうが、庭は家の少し入ったところにある。外から火を投げた…ということは考えにくいだろう。中に入ってやったのか?それなら使用人の誰かが気付くはずだ…

悶々と悩んでいると例の花屋に着く。

花屋はその見た目の物悲しさを語るかのように静寂に包まれていた。まだ春は寝ているだろうか?花屋の戸を叩き音を鳴らすと眠たそうに双眸をこすりながら、春が出てくる。


「ん…なに?もう来たの?」


「おう、アタシは早起きだからな」


幸咲がそう言うと春と目が合う。すると春は驚いたように目を見開き、また目を擦りもう一度見る。その顔はまるでオバケを見たかのように怯えている。


「な…なんで咲!そ…その顔…」


「…?アタシの顔になにか付いてるか?」


「なんでそんなに痩せこけてるのさ!まるで肉だけ取られちゃったみたいだよ!?」


朝より誰も彼の姿を見ていなかったが、幸咲は自分の庭を、花達を殺された心労からか頬は頭蓋骨が少し浮き出るほど痩けていて、自分の体に合うように作られた着物はスイカが一玉入るほど間が空いていた。当の本人はそれを気にすることはなかったが。


「そんなことはどうでもいいんだ…花だ…花を見せてくれ…アタシは…その花が必要、だ…」


幸咲は言葉を言い終わるとフラリとよろけてしまう。頭がクラクラし、体が震えている。


「あ〜もう!分かった分かった!見せればいいんでしょ!」


春は随分と軽くなってしまった幸咲の身体を支えて店の中に入る。彼を椅子に座らせると、店の奥から注文の花を持ってくる。

凛としていてそれでいて不気味でもあり、神々しい。仏のような閻魔のような、どちらにせよこちらには無い美しさで…幸咲はそう考えている間に涙を流していた。溢れんばかりに、子供が花のために水をあげすぎるような、そんな水量で。


「コイツだ…なんて…なんていい花だ…それ以外の言葉が見つかんねぇ…」


流す涙が幸咲の口に入る。するとどうしてだろうか、先程まで痩けていた頬が少しずつ膨らみを取り戻しているように見えた。

見えた、ということは本来はそうではないのだが、そうなっているように見せるほど幸咲の表情はいつもどおり、いや、いつも以上に輝いていた。


「春…お前には感謝するぞ。こんな良い花が存在するなんて教えてくれてな。」


「へっ?急にどうしたのよ…当たり前でしょ?だってそれが花屋の仕事だからね!」


その言葉を聞くと幸咲は少しバツの悪そうに頭を掻く。


「実は〜…アタシは花屋は嫌いだった。花のぶっ千切ってそれを金のためだけに売ってるって思ったからな…」


「えぇ!?そんなこと思ってたの!」


「でも、どうやらそうじゃないらしいな。教えてくれてありがとう。」


「それと…アタシは君に謝らなきゃなんねぇことがある。」


「へ?」


幸咲は言葉を続ける。この少女を騙すわけにはいかない。どう思われるか、もしかしたら花を売ってくれないかもしれない。それでも幸咲はこの少女には言わなくてはならないと思った。


「アタシは、咲じゃねぇ。花笠幸咲。底辺ではあるが…花笠家当主、貴族だ。」


「花笠…?アンタが?」


体を震わせているのを見て、幸咲は早くも選択を後悔した。花を貰えず、花合に出れず家が潰れ路頭に迷う未来まで見え、少し泣きそうになる。すると、ガバッと春が幸咲の肩を掴み。


「なぁんだ!それなら早く言えばいいのに!」


「は…?」


春の反応が思ったものと違い唖然とする。


「花笠家ってのはあれだよ?花屋達にすっごい優しくしてくれて、花の管理の仕方とか、どうしたら長く咲いていられるかってのを教えてくれたんだよ!確か私のお祖母ちゃんが言ってた!」


「そ…そんなことが?アタシの爺さんがしてたのか…?」


自分が全くもって知らなかったことを知らされて、乾いた笑いが漏れる。

こっちが死ぬほど覚悟して言ったっていうのに、これじゃ馬鹿みたいだと思い、大きな声で笑ってみる。春も一瞬笑いだした貴方を見て驚いた顔をするがこちらも可笑しくなって笑い出す。朝の町に二人の笑い声が静かに聞こえだす。

何時まで笑っていただろうか。そろそろ幸咲が、戻ると伝えると春は奥からおむすびを持ってきて幸咲に持たせた。


「…この花、花合わせに使うんでしょ?じゃあ…負けないでね!」


「こんな綺麗な花はホントは使いたくねぇが…あぁ、ちゃんと使わせてもらうぜ」


綺麗に花は瓶に入れられ、その瓶を布で包む。春から幸咲に、花屋から花好きの当主に思いが託されたようだった。春は期待をしていた、花合でこの人が勝ったら、白樺を倒せば何かあるのではないかと、幸咲は彼女の顔からそれを察した、そして変えてみせると言葉には出さずただ微笑んだ。

幸咲は花を大事そうに持ち、そして春に、そして花屋にある花々に感謝を込めて頭を下げた。

顔を上げ、行ってくると言うと後ろを向き、歩き出す。手を振ってくれているだろうかそんなことを考え、少し歩をはやめ、家に向かった。

 家に付くと軽く服装を正し、与一を探す。花合には従者を一人連れて行って良いらしかったので与一を連れて行きたかったが…居ないようだった。与一のことだから時間を間違えて先に会場に付いているのだろうと思い、約束の刻限が近づいていることを馬車のものに知らされて、馬車に乗り込む。白樺と、そして柴原之皇子と争うことになるかも知れない。それでも引けはしないと気を入れ直すように頬を叩いた。

 

 会場である柴原之皇子の家に付くとそこには素人目にも分かるほどどこを切り取っても絵になるような物が多く置かれていた。壺、絵、更には香り、人…

これが皇子の美、唯一無二だと、感嘆させられてしまう。

会場の部屋の前に来る。一度深呼吸して襖を開ける。


「おやァ?少し遅いのではないかね?」


開けた瞬間粘っこい雰囲気が周囲に漂っているのを感じ、直ぐに閉めてしまいそうになるが思いとどまり、粘っこい喋り方をした本人である白樺杉達に嫌そうな顔をしながら挨拶をする。


「それは申し訳ない。アタシは時間は守ったつもりですが」


「ハッ!『アタシ』なんて女っぽい一人称をお使いになられて…花笠家も落ちたものですな!いや…元々落ちておられましたかな?」


絶妙に苛々させてくる話し方で喋っている。何時もの幸咲ならば怒っていただろうが、今はそんな元気もない。相手にする意味もないだろうと放って置く。

しかし、周りを見た幸咲は困惑した。何故か自分の従者である与一が、白樺の後ろに立っていたためである。白樺はそんな与一に気付いたのか嫌な顔を作って。


「あぁ驚きましたか!私の新しい従者なんですよ〜!お知り合いにでも似ておられたかな?」


「な…なんで…与一?」


幸咲に呼ばれた与一は決まり悪そうな顔で。


「へへっ…すいやせん…こっちのほうが金の取りが良かったんでさ…」


「なんで…なんでだよ!アタシはお前を信じて!」


「まぁまぁそう熱くなされるな…そうだ与一。君に与えた最初の仕事の事を教えてやれ。」


「仕事…だと?」


嫌な汗が全身から出てくる。やめろ聞きたくない。幸咲は本能から聞きたくないと思った。

だが無情に与一は言葉を紡ぐ。


「実はあの庭に火をつけたのは…」


「やめろ…もうやめろ!与一まで!なんで!」


白樺は完全に幸咲の心を折るつもりだった。

そして与一の心も今、完全に幸咲から離れていたし、今までの鬱積を晴らすように自虐的な笑みを浮かべていた。

そうして与一から言葉が出そうになったとき…

 

「美しくない。」


いつの間にやら玉座のような場所に耽美な青年が座っていた。するとその場にいる者達が頭を下げた。名前を言われなくとも分かる、柴原之皇子、その人だった。


「私の部屋で美しくないことをしたのは誰だ?今回は見逃すが、次はないと思え。」


柴原之皇子は着るもの、装飾は勿論のこと、その御顔も、お声も、その所作…なにからなにまで、全てが美しかった。

白樺は幾度もその姿を見てきたが、初めて見る与一は同性ながらも惚れてしまいそうになっていたが、そのことも無理もないほど美しかった。一方幸咲は考えることが多すぎ、彼の顔は見ていなかったし声も耳を通らず、ただ情報だけが頭に入ってくるようだった。


「それでは、まず白樺。お前の花を見せよ。」


諸説明などは無く、直ぐに花合は始められる。

白樺は余程自信があるのか、幸咲の方を嘲るように一瞬見る。すぐさま視線を皇子の方に向け、白樺の花合が始まる。


「では私が持ってきた花はこちら…『天竺牡丹』なるものです。牡丹に似てはいますが牡丹にないこの大きさ!そしてこの色味!紅白の混じり合ったその色彩は貴方に祝福をしているよう…」


「ふむ…花言葉は?」


皇子が興味を持った。白樺はそう確信した。

それとともに勝利を確信した。幸咲はまだ項垂れたままでちゃんと受け答えなどできるはずがないと思ったからだ。それに白樺には作戦があった。


「この花言葉、それは…」


「『唯一無二』で御座います」


花言葉の偽装。白樺が取ったのは卑劣な策であった。本来、天竺牡丹…別名ダリアの花言葉は感謝や華麗という意味を持つのだが、彼は『唯一無二』ということばに変えていた。彼は皇子がそのような言葉が好きだということに気付いて、本来の意味を消し、皇子向けに意味を変えたのだ。幸咲ならば気付いているだろうが今の幸咲にはそんなことは聞こえていなかった。


「いいだろう…次は花笠。お前の番だ。」


幸咲は呆然とする頭でどうするか考える。

いっそこのまま家がなくなってたほうがいいのではないだろうか、信頼していた従者には裏切られ、花を燃やされ、一体今の自分に何が残っているだろう。

何もない。ならば白樺に勝利を譲れば…そんな考えに支配されそうなときだった。


『たった一輪の花のためにでも生きられる男になれ』


ふと父親の声が聞こえた。そうだ、あの後庭を見返したが、一輪のみ、たった一輪のみまだ咲いている花があった。思えば自分の帰りを待っている従者が居る。勝利を約束した少女がいる。

幸咲は思った、自分はまだ余りにも多くの花をまだ抱えているのだと。

そして幸咲は、花の美しさを語りだす。


「アタシが持ってきた花は…曼珠沙華、またの名を彼岸花。まるでこの世には無いような姿をしており、更にこの繊細な花弁達が儚い美しさ…触れれば崩れてしまうような、そんな美しさがあります。」


「…赤か。花言葉は?」


この花言葉は美しさと関係がないのかもしれないし、殆ど皇子に対する文句のようなものだ。それでも言わなければ、花達を護れない。


「意味は、『悲しい思い出』。アタシはこの花合は最初から好きませんでした。花にはどれも違う美しさが在るからです。炉端に生えている白い花を知っていますか?それはスミレと言って『小さな幸せ』という意味を持っています。つまり何が言いたいかというと…花を比べることで、もう一つの花が駄目なものとして扱われることがアタシは許せない。皇子が納得する美しい花は見つかりません。何故ならもう見ていますから、そこにもあそこにも。皇子がそのことに気付いたときにこの花合は『悲しい思い出』になる。そういった思いでこの花を選びました。」


言ってしまった。幸咲は非礼を詫びるように頭を下げるが決して詫びの言葉は言わない。

皇子はただ黙って幸咲を見ている。

白樺はついに気が狂ったかと哀れなものを見るような目で見ている。

かなりの沈黙の後、皇子が口を開く。


「花笠よ。今一度聞きたい。美しい花は、お前が花合に持ってきた花はなんだ?」


「アタシが花合に持ってきた美しい花は…アタシにとって美しい花。存在する全ての花です。」


頭を上げ、しっかりと皇子と目を合わせる。

すると皇子が笑い出す。手を叩き、面白そうに笑い出す。


「良い、良いなお前。…そうか、すべての花が美しい…それはなかったな。」


「お、お待ち下さい!真逆このような者を勝者にするのですか!?」


「今の話を聞いて勝敗を私がつけると思うたか?花笠よ、私の花合はそれ程嫌いであったか?」


そう聞かれ、少し困った顔をするがここまでいったのだ。もう良いだろうとなにか吹っ切れたように。


「そうですね…すっっっっっごく、嫌いでした。」

 

「そうだな…私も今嫌いになった。では、終わらせねばな?」


「ほっ本当か!?」


あまりにも軽く終わったため驚きで口調が素に戻ってしまうが気にしていられなかった。

良かった…と幸咲は一息つくが良しとしないものが居た。


「お待ち下さい…!このような若造の言うことをお聞きになさるのですか!私がこのためにどれだけの努力を…」


「黙れ。私はお前が嫌いだ。」


憤慨といった様子で皇子に意見した白樺だったが当然嫌いと言われ、勢いが止まってしまう。


「私がお前が嫌いな理由は唯一つ、私を舐めすぎだ。貴様がここ最近不穏な動きをしているのは知っていた。それに…天竺牡丹の花言葉はそんなものではない。」


「馬鹿なっ!?なぜそのことを…」


「天竺牡丹は…私が母上にあげたことがあるからだ。この私を騙そうとしたのだ。…わかっているよな?」

 

皇子のその一言をきくと真っ赤に顔を染め、かと思えば未来に後がないことを悟ったのか顔を真っ青にして、倒れそうになりながらも外に出ていく。

すると与一が幸咲に近づいてくる。


「あ、あの〜…親方様?」


「アタシはお前に金を払う気はねぇ。それに…花殺したことをアタシが許すわけ無いだろう?さっさと新しい親方様のところにでも行ってな」


幸咲は与一を助ける気はなかった。確かに与一と多くの時間を過ごした。ただ、ただ矢張り、許すことはできなかった。

突き放してしまった事に少しの後悔はある。だが、これで良かったんだろうと悲しげな顔をしながらも、自分を納得させる。


「時に花笠よ。お前の願いは何だ?」


「え?」


「ほれ、あいつは帰ってしまったし、どちらかの願いを叶えてやらないとなとは思っていたからな。言ってみろ」


願い、花合を終わらせることしか考えていなかったようで終わらせる以外の願いが出てこず少し考える。

庭を元通りにすることは難しい。するとどうするか…その時、少女の顔が頭によぎる。

あぁ、願いはこれがいい。これが一番いい。

町に花が咲き誇るようにそういう願いを込めて。


「アタシの願いは…」

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〜花合〜 昆布居候 @yumekagayaraku

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