アラン・フィンリー探偵事務所 300年前の約束「劇場版」 ジェームス × エリス版

Danzig

第1話


アラン:(M)一人の女性が死んだ

アラン:(M)イーストエンドの路地裏で

アラン:(M)名もなき一人の市民が、何の前触れもなく殺された


アラン:(M)そして、それがこの物語の始まりでもあった・・・



シャノン:ははは、物語か、それもいいかもしれないな。

シャノン:しかし、全ては運命に導かれる事実の連なりに過ぎないのだよ

シャノン:一人の人間が死んだ、ただ、それだけの事だ

シャノン:その事実を受け入れればいい、何も大騒ぎする程の事ではないのだよ

シャノン:ただ、これが物語というのであれば、それは既にずっと以前から始まっていたのだがね


ナレーション:とある朝、ロンドンのイーストエンドで女性の死体が発見された。

ナレーション:その死体の首の左脇辺りには、刃物のような物で切られた跡があったという

ナレーション:通常、こういった殺人事件は、警察の仕事であり、秘密情報部には無縁の仕事である。

ナレーション:今回事件も、当初、死体は通常通り警察により検死(けんし)が行われた。

ナレーション:しかし、その検死結果を受け、この事件には秘密情報部が介入する事となった。


ジェームス:ローレン、ちょっと頼まれてくれるか。


ローレン:どうしたんですか、ジェームスさん。


ジェームス:今日、ロンドン警視庁から死体が届けられるから、鑑識(かんしき)部門に回してくれ

ジェームス:死体をもう一度、我々の視点で調査するようにって伝えて欲しいんだ。


ローレン:分かりました。

ローレン:ちなみに、それはどんな死体なんですか?

ローレン:警察から死体が回ってくるなんて、そんなに無い事ですよね。


ジェームス:本来はそうなんだが・・・・最近続いててな


ローレン:前回は確か・・・あぁ、あの殺人鬼の。

ローレン:そういえば、あれもジェームスさんでしたね


ジェームス:ああ、嫌な事件だったよ。 いろいろとな


ローレン:「いろいろと」ですか・・・大変だったんですね。

ローレン:で、今回のは?


ジェームス:うーん・・・首の左脇辺りに刃物の切り跡があるんだが、死因が不明なんだってさ


ローレン:首に切り跡があるなら、普通は失血死(しっけつし)だと思うんですけどね。


ジェームス:そうじゃないから、うちに来るんだろ


ローレン:まぁ、そうですね


ジェームス:その死体はあまり出血をしていないらしいんだ


ローレン:つまり、首の傷は死んでから付けられたって事ですか?


ジェームス:ああ、そうなるな

ジェームス:でも、傷は首にしか付いてないし、血液からも疑わしい成分は検出されなかったって話だ


ローレン:それで、うちに。


ジェームス:そういう事。

ジェームス:嫌な事件にならなきゃいいんだが・・・



ジェームス:(M)俺はそれから、資料の作成や警察から送られてきたデータや写真のファイリングなどの処理に追われ、気が付いたら昼になっていた。


ジェームス:うーん・・・終わったぁ。

ジェームス:あぁ、もうこんな時間かぁ・・・朝食は食べられなかったな

ジェームス:じゃぁ、仕事も一段落したし、今日のランチは、少し遠出をして、あの店まで行ってみるか。


ジェームス:(M)この時の俺はまだ、この後に起こる一連の事件を想像すらしていなかった・・・


ナレーション:ちょうどその頃

ナレーション:イングランド北東部、ヨークシャーにあるシェフィールド駅

ナレーション:雑踏の絶えない駅のホームに佇(たたず)む、一人の女性の姿があった


エリス:「フィンリー」・・・会えるかしら・・・もし、会えなければ・・・


ナレーション:そう呟いた彼女は、ちらりと腕時計を見た後、小さ目のスーツケースを引きながら列車の中へと消えていった

ナレーション:それから数日が経ったある日の朝



アラン:(M)僕は、いつものミルクティーを飲みながら、新聞を眺めていた

アラン:(M)今日の仕事は夜からだし、午前中はこれと言ってやることもない

アラン:(M)こんなのんびりとした朝は、いつもこうして新聞を眺めて過ごしている

アラン:(M)つまらない政治の話、自然保護を訴えるデモの話題、フットボールの試合結果・・・

アラン:(M)代わり映えのしない、いつもの記事だ


アラン:(M)僕が暫く新聞を眺めていると、ふと一つの記事が目に入った


アラン:(M)イーストエンドの路地で起きた殺人事件

アラン:(M)被害者は、首の左脇辺りを刃物のような物で切られて殺されていたという

アラン:(M)数日前にも同様の死体が見つかっていた事から、新聞は「切り裂きジャックの模倣犯か」と書き立てていた


アラン:切り裂きジャックか・・・

アラン:確かに、この記事からは猟奇的(りょうきてき)なものを感じるな



エリス:(M)広いロンドンで、一人の人間を探すのは、簡単な事ではない

エリス:(M)しかし、私はその人を探し続け、ようやく手掛かりを見つける事が出来た。


エリス:「アラン・フィンリー探偵事務所」か・・・ここを訪ねていけばいいのね



ナレーション:その日の夜

ナレーション:仕事を終えたアランは、一人、イーストエンドの路地を歩いていた。


アラン:(M)今日の仕事は、依頼主が筋の通らない我儘(わがまま)を言いはじめた為に、結局、物別れに終わってしまった。

アラン:(M)まぁ、こんな日もあるだろう

アラン:(M)だが、このまま家に帰るのも、何だか釈然としない。

アラン:(M)いや、この蟠(わだかま)る気持ちは、仕事ではなく、今朝の新聞記事のせいなのかもしれないな。

アラン:(M)特に確信めいたものがあったわけではないが、僕は何とも胸騒ぎのする場所を選んで歩いていた。


ナレーション:アランがイーストエンドの路地を抜けようとしたその時、

ナレーション:物陰から、女性のうめく声が聞こえた気がした。

ナレーション:アランがうめき声に誘われるように物陰に入ってゆくと、そこには女性の首にナイフを突き立てている人物がいた



アラン:殺人ですか・・・


シャノン:誰だ!


アラン:こんな所で殺人なんて、あまり関心しませんね


シャノン:何?


アラン:(M)おそらく、この人物は、今朝の新聞の記事にあった殺人犯と同一人物だろう

アラン:(M)僕の直観がそう告げていた



シャノン:ふっ

シャノン:君は、こんな社会の底辺でうごめいている犬以下の下民(げみん)に

シャノン:命の価値なんてあると思うかい?


アラン:いや


シャノン:ははは、そうだろう

シャノン:君もそう思うのだね


アラン:いえいえ、そうじゃありませんよ

アラン:僕には時々、命の価値ってのが、よく分からなくなる時がある

アラン:ただ、それだけの事ですよ


シャノン:ほう


アラン:でも、多分、命には価値があるんだと思いますよ

アラン:そして、どんな命の価値も、多分、みんな等しいのでしょうね。

アラン:それが模範解答ってやつかな



シャノン:面白いな


アラン:それはどうも


シャノン:では、国を腐敗させている罪深き政治家達はどうだ、奴らも命の価値は同じと思うかね?


アラン:さぁ、そういう事に興味はありませんね


シャノン:ふふふ、そうか

シャノン:どうやら、君もこちら側の人間のようだね


アラン:それは少し違いそうですね。

アラン:僕は快楽を求めての殺人はしませんので


シャノン:私が快楽を求めて殺人をしていると思うのかね?


アラン:ええ、違うのですか?


シャノン:あぁ、私は運命に導かれているだけなのだよ


アラン:そうですか、それは失礼

アラン:でも、僕と違うという事に変わりはなさそうですね。


シャノン:ほう

シャノン:では、人を殺す事に関しては否定しないんだね


アラン:それは、どうでしょうか


シャノン:・・・なるほど

シャノン:君がここに来たのは偶然じゃなさそうだね



アラン:ええ、僕もそう思いますよ

アラン:もし、今日殺しがあるなら、多分、この辺りだろうと思いましたから


シャノン:それで、君は私を捕まえるつもりなのかな?


アラン:いいえ

アラン:あなたの捕獲依頼(ほばくいらい)は受けていないし、受ける気もない


シャノン:ほう


アラン:ただ、貴方を殺して欲しいという依頼なら、その限りではありませんけどね・・・


シャノン:ははは

シャノン:どこまでも面白いのだな君は

シャノン:名前を教えてもらってもいいかな


アラン:名乗る程の者ではないので、辞めておきますよ


シャノン:そうか

シャノン:私の名はシャノン

シャノン:シャノン・レディングだ

シャノン:君は?


アラン:先程、名乗る程の者ではないと言ったと思いますが


シャノン:私はこうして名乗ったのだよ

シャノン:イギリス紳士なら、そんな時はどうするんだね?


アラン:ふぅ、

アラン:僕は別にイギリス紳士という訳ではないのですが・・・

アラン:仕方ありませんね


アラン:僕の名はアラン

アラン:アラン・フィンリー

アラン:それが僕の名前です



シャノン:ほう、

シャノン:警察の人間か?



アラン:いえ、ただの探偵ですよ。


シャノン:ほう探偵とは・・・

シャノン:ん? フィンリー?

シャノン:ひょっとして、君はアンドルーの血縁者か?


アラン:アンドルー?


シャノン:いや、知らないならいいさ


アラン:そうですか


シャノン:君とはまた会いそうだしね


アラン:そうでしょうか


シャノン:あぁ、

シャノン:宿命は必要な人間を互いに引き寄せあわせるものだ

シャノン:私には分かるよ

シャノン:きっと、君とはまた会う事になるとね


アラン:できれば、そいうのは遠慮したいものですね


シャノン:君がどう思おうと、それが運命ならば、抗(あらが)う事など出来はしないのだよ

シャノン:では、また君と会える時を楽しみにしているよ


ナレーション:そう言って、シャノン・レディングと名乗る人物は、死体を残して、闇の中に消えていった


アラン:(M)シャノンと名乗る人物の置いて行った死体を見ながら、僕は考える

アラン:(M)本来であれば、すぐにでも警察に通報し、今見た光景を話すべきなのだろう

アラン:(M)しかし、僕が何故ここに居るのかについて、いろいろ探られるのも面白くはない

アラン:(M)それに、被害者は既に死んでいるだろうから、発見が数時間遅くなったところで、大した問題ではないだろう

アラン:(M)それらの事情を鑑(かんが)みて、僕は、そのままこの場を去る事を選択した


ナレーション:アランがシャノンと名乗る殺人鬼と遭遇してから数時間がたった、午前4時ごろ、ジェームスコイルの携帯電話がなった。

ナレーション:電話の主は、その日夜勤をしていた秘密情報部員のローレンであった。


ジェームス:こんな時間に・・・

ジェームス:はい、ジェームス・コイル


ローレン:ジェームスさん、今日、また例の殺人事件が起きたようです。


ジェームス:何だって・・・ちょっと待っててくれ、直ぐに行く


ナレーション:ジェームスはローレンからの連絡を受けて、直ぐに秘密情報部のオフィスへと向かった

ナレーション:オフィスに到着した彼は、ローレンから今回の事件の概要(がいよう)を聞いた。

ナレーション:ローレンの話によると、昨日の夜中にイーストエンドの路地裏で首の左脇に切り跡のある死体が発見されたらしい。

ナレーション:首に切り跡のある死体はこれで3体目になる。

ナレーション:現在、死体は警察が回収し、検死を行っているが、今の所、まだ死亡推定時刻や死因は分かっていないという事だった。


ローレン:一応、警察で一通りの検死を行った後、これまでと同じだったら、こちらに死体を回すそうです。


ジェームス:そうか、分かった


ローレン:あと、死体発見当時の状況や、現在分かっているデータなどの、警察から連携された情報は、全てジェームスさんのメールに送ってあります。


ジェームス:ありがとう、助かるよ

ジェームス:これまでの2つの死体の調査結果はまだ来てないよな?


ローレン:まだですね。

ローレン:もし今回の死体がこっちに来るなら、比較の為に、もう数日はかかるんじゃないですかね。


ジェームス:そうだな


ローレン:さて・・・じゃぁ、ちょっと早いですけど、私はもうこれで帰りますね。


ジェームス:分かったよ、お疲れ様。


ナレーション:ジェームスが夜勤明けのローレンを見送ったその二日後、3つの死体の調査結果が彼の元に送られてくる事となる。

ナレーション:そして、その日の朝


アラン:(M)僕は新聞記事を見ながら、昨日、殺人犯が口にした「アンドルー」という名前が気になっていた


アラン:アンドルー・・・僕が知っている「アンドルー」は一人しかいない

アラン:本当にシャノンは彼の事を言っていたのだろうか・・・



ナレーション:この数分後、アラン・フィンリー探偵事務所を、見知らぬ人物が訪れる事となる。


エリス:ここね


(コンコンコン):


ナレーション:その人物は木のドアにノックを3回した


アラン:どうぞ、開いてますよ。


ナレーション:依頼人がドアをあけて中に入る


アラン:ご依頼ですか?


エリス:ええ



アラン:では、そこのソファーにお座りください


エリス:はい


アラン:今、紅茶を入れますので、少々お待ちください



ナレーション:アランは給湯室に行き、二人分の紅茶を用意して、ローテーブルの上に置いた



アラン:改めまして、アラン・フィンリー探偵事務所へようこそ

アラン:今日はどういったご依頼でしょうか?


エリス:はい・・あの・・「アラン・フィンリー」というのは


アラン:僕です。


エリス:そうですか・・・あなたがフィンリーの・・・


アラン:ええ

アラン:それで、ご依頼というのは?



エリス:あ、失礼しました。

エリス:私はヨークシャーから来た、エリス・ランシーと申します。

エリス:依頼というのは、アラン、私と一緒に、ヨークシャーに来て頂きたいのです。


アラン:ヨークシャー・・・ですか?


エリス:ええ


アラン:それはどうして?


エリス:これを・・・


ナレーション:そう言って、依頼人は一枚の写真をテーブルの上に置いた

ナレーション:写真には、古そうに見える肖像画が写っていた


アラン:これは?


エリス:その人はシャノン・レディング

エリス:いえ、あの・・その絵の人物はシャノン・レディングではないのですが

エリス:シャノンは、それと同じ顔をしているんです


アラン:シャノン・レディング・・・


アラン:(M)僕はその時、昨日出会った、シャノン・レディングと名乗る殺人鬼の顔を思い出していた

アラン:(M)雰囲気は違うが、確かに顔の形は肖像画と同じであった


アラン:絵の人物と違うのに、それと同じ顔をしているとは、どういう意味ですか?

アラン:親族という事ですか?


エリス:・・・それは、話せば長くなってしまいますが、よろしいでしょうか・・・


アラン:では、まぁ、それは、今はいいとして

アラン:それで?


エリス:はい、私とヨークシャーに行って、そのシャノンを殺して欲しいんです。


アラン:お話はわかりました。

アラン:しかし、ここは探偵事務所で、僕は探偵です。

アラン:申し訳ありませんが、殺しの依頼は受けていません


エリス:シャノン・レディングは、吸血鬼(ヴァンパイア)なんです


アラン:ヴァンパイア?

アラン:自分をヴァンパイアだと思っている妄想性障害(もうそうせいしょうがい)、いわゆるパラノイアというやつですか・・・


エリス:いえ、シャノンは本当のヴァンパイアなんです。


アラン:もしそうだとしたら、にわかには信じ難(がた)い話ですが、

アラン:でも、それでしたら、なおさら僕の仕事ではありませんね

アラン:僕はただの探偵ですから


エリス:そんな事ありません


アラン:「そんな事はない」とは、どういう事ですか?


エリス:だって、フィンリーは、ヴァンパイア・ハンターでしょ


(一瞬の沈黙):


アラン:えーっと・・・

アラン:僕には、貴方が何を言っているのか・・


エリス:アンドルー・・・


アラン:え?


エリス:アンドルー・フィンリーが、そう言っていました


アラン:・・・


エリス:アラン、あなたは、アンドルー・フィンリーをご存じですよね?


ナレーション:依頼人の思わぬ言葉に、答えあぐねるアラン


アラン:えーと・・・

アラン:僕の記憶の中には、確かにアンドルー・フィンリーという人物はいますが

アラン:恐らく、あなたの言っている人物とは違っていますよ


エリス:どうして、ですか?


アラン:僕の知っている、アンドルー・フィンリーは、300年前の人間です。


エリス:ええ、そうです。

エリス:私の言っている、アンドルー・フィンリーも、300年前の人物です


アラン:では、どうして、あなたが、アンドルー・フィンリーを知っているのですか?


エリス:実は、300年前、私の一族の招きで、アンドルー・フィンリーはヨークシャーに来て、ヴァンパイアを殺してくれたのです。

エリス:その時の話が、私の一族の記録に残っています。


アラン:・・・


エリス:そして、彼がヨークシャーを去る時に、今度また、ヴァンパイアが現れた時も、フィンリーの一族を頼りなさいと言って、

エリス:その証として、このコインを置いて行ったと言われています。


ナレーション:そう言って、依頼人は、テーブルの上に一枚の古いコインを置いた

ナレーション:このコインは、今は使われていないが、かつてフィンリー家が、限られた人間にだけ渡していたもの。

ナレーション:たとえ当主が代替わりをしても、このコインを持つ者の依頼を受けるという、約束と信頼の証のコインであった。


アラン:(M)僕は、昨日、殺人鬼の口からアンドルー・フィンリーの名前を聞いた為、家にある一族の記録を調べていた

アラン:(M)確かに、アンドルー・フィンリーの話は、依頼人の話と一致するし、コインも本物のように見える

アラン:(M)というよりも、このコインの存在を知っている人間など、そんなに居るものでもない。

アラン:(M)つまり、このコインを持っている時点で、その話には説得力がある


アラン:分かりました、詳しく話を聞きましょう。


エリス:依頼を受けて下さるのですか?


アラン:それは話を聞いてから


エリス:そうですね、分かりました。


ナレーション:ゆっくりとした口調で、依頼人は事の経緯を話始めた



エリス:私の一族は、ヨークシャーの古い一族で、代々、ヘリンという場所でヴァンパイアを見守っているのです。


アラン:ヴァンパイアを見守る・・・ですか


エリス:ええ


エリス:私の一族の住む地域には、数百年に一度、ヴァンパイアが産まれると言われています。

エリス:私達は、それを長い間、見守って・・・というよりも監視してきました。


アラン:ですが、「ヴァンパイアが産まれる」というのは言い伝えの類(たぐい)でしょ、

アラン:実際にヴァンパイアがいるというわけでは・・・


エリス:私もそう思っていました。

エリス:ですが、言い伝えと同じ事が起きて、もう事実としか思えないのです。


アラン:それは、どういう・・・


エリス:ヴァンパイアは、同じヴァンパイアが何度も生まれ変わると考えられています。

エリス:ですから、産まれ変わるヴァンパイアは、いつも容姿が同じだと・・・


アラン:それで、絵の人物と、シャノン・レディングが同じ容姿だから・・・


エリス:ええ、お見せした絵は300年前に描かれた、キャメロンという、当時のヴァンパイアの肖像画です。

エリス:シャノンは、その絵にそっくりで・・・


アラン:それは、たまたまとか・・・偶然似る事だってあるでしょう


エリス:シャノンは、小さいころから、顔が肖像画に似てはいましたが、そっくりという訳ではありませんでした。

エリス:これが、若いころのシャノンです。


ナレーション:そう言って、依頼人は、アランに一枚の写真を見せた


アラン:確かに、これでは、似ているという程度の顔ですね


エリス:ええ、そうなんです。

エリス:でも、肖像画に似ているという事で、一応、私達はシャノンを監視対象(かんしたいしょう)としていました。

エリス:そうしたら、ある日突然、シャノンの顔が、肖像画と同じになっていたのです。


アラン:それは、整形手術をしたとか


エリス:いえ、シャノンにそのような診療記録(しんりょうきろく)はありません。

エリス:言い伝えでは、ヴァンパイアは、その力に目覚めた時に、容姿が変わると言われています。

エリス:ヴァンパイアの力に目覚めると、力が強くなり、凶悪性も増すとも言われていて、

エリス:全てが、今のシャノンに当てはまるのです、ですから、もうシャノンばヴァンパイアになったとしか・・・


アラン:なるほど・・・


エリス:シャノンは、ヴァンパイアになってから、3人の人間を殺しています。

エリス:このままでは、被害が広がってしまいます。

エリス:ですから、現在、フィンリーの一族を名乗っている人間に、ヨークシャーに来て頂いて、シャノンを殺して欲しいのです。


アラン:うーん・・・他にもっと何か、僕に提供できる情報はありませんか?


エリス:私が、あなたにお話出来るのは、これくらいです。

エリス:お願いします、私と一緒にヨークシャーに来てください、これ以上犠牲者が出ないように、一刻も早く。


アラン:少し、考えさせてください


エリス:でも、時間が・・・


アラン:今はまだ答えが出せる状態ではありません。


エリス:・・・そうですか・・・分かりました、

エリス:あなたも、突然の話で戸惑われたでしょう。 では、また来ます。

エリス:一応、これが私の宿泊先と、連絡先です。

エリス:貴方が引き受けて下さるまで、私はロンドンに滞在するつもりです。


ナレーション:そう言って、依頼人は、宿泊先の住所と、携帯電話の番号が書かれた紙をテーブルの上に置いて、席を立とうとした


アラン:あぁ、ちょっと待ってください


エリス:なんでしょう?


アラン:僕は、どれだけ待って頂いても、今のままでは、依頼を受ける事は出来ないと言っているんです。


エリス:え? それは、どういう事ですか?


アラン:こう言った仕事は、依頼人との信頼関係が重要なんです。

アラン:ですから、依頼人が嘘をついてる今の状態では、依頼を受ける事が出来ません。


エリス:私がどんな嘘をついてるというのですか?


アラン:あなた自身の事ですよ。


エリス:私の事って・・・

エリス:私は、先ほどお話した通り、ヴァンパイアを見守る一族の人間です、嘘なんてついていません


アラン:「嘘をついていない」ですか?


エリス:ええ、そうです。


アラン:それは、違いますね。


エリス:どうしてですか?


アラン:あなたの言っている事は「嘘をついていない」ではなく「少なくとも、間違った事は言っていない」という事でしかありません。


エリス:そ・・・


アラン:嘘というのは、何も「間違った事」ばかりではありません。

アラン:嘘をつくとは、自分の思惑(おもわく)に相手をミスリードする事です。

アラン:それは、限定的な事実だけを語り、重要な事実を語らないという方法でも、相手をミスリードする事は出来るのですよ。

アラン:今のあなたのようにね。


エリス:・・・・


アラン:そういった事も僕は「嘘」だと位置づけています。

アラン:ミスリードされてしまえば、命にだって関わってきますから。


エリス:それは・・・


アラン:ですから、あなたが嘘をついている今の状態では、この依頼を受ける事はできません。


エリス:・・・ですが、私は・・・


アラン:あなたは、さしずめ「捜査機関」あるいは「秘密情報部」あたりの人間では無いのですか?


エリス:どうして・・・


アラン:それ程難しい事ではありませんよ

アラン:まず、あなたはシャノンの整形手術の診療記録がないと言った

アラン:個人がそんな情報を手に入れられるわけがない


エリス:・・・


アラン:それにあなたは既に、シャノンがロンドンに居る事を知っていますね?

アラン:監視対象なのですから、居所くらいは把握しているでしょう。

アラン:そして、シャノンがロンドンに居るのは、フィンリーの一族に復讐(ふくしゅう)する為だと思ってる。

アラン:あなたが、僕をヨークシャーに連れて行きたがるのは、僕を囮(おとり)にして、シャノンをヨークシャーに誘い戻したいと考えている。

アラン:一刻も早くと言っているのは、他の組織の連中にシャノンの事を認識される前に、処理をしたいと考えているから。

アラン:そんなところでしょうか


エリス:それは・・・


アラン:あなたの正体と、

アラン:あなたがシャノンを殺して欲しいと言いながら、他の人間を出し抜いてまで、シャノンをヨークシャーに連れて行きたい理由。

アラン:それらを教えていただけないと、あなたの依頼を受ける事は出来ません。

アラン:フィンリーのコインは、ただ持っている人間の依頼を受けるという物ではありません。

アラン:コインの持ち主と信頼の関係が築けたなら、依頼を受けるという約束の証なんです。


エリス:そうですか・・・・そうですね・・・


ナレーション:エリスは改めてソファーに座り直し、何かに観念したかのように話を始めた


エリス:あなたが推理した通り、私はイギリス秘密情報部の人間です。

エリス:秘密情報部は、本来、外国の諜報(ちょうほう)活動を行っている部署なのですが、イギリス国内で公(おおやけ)に出来ないような事も取り扱っています。


アラン:ええ、それは知っています。


エリス:私が、ヨークシャーでヴァンパイアを見守っている一族というのは本当です。

エリス:秘密情報部内でも、私は殆どその仕事だけをしています。


アラン:なるほど・・・で、シャノンをヨークシャーに連れて行きたい理由はなんですか?

アラン:監視対象をヨークシャーから出してしまったからとか・・・


エリス:いえ、そういう事ではありません。

エリス:理由は、私の個人的な事です


アラン:ほう


エリス:先程、私の名前をエリス・ランシーと申し上げましたが、それは秘密情報部で使っている名前で、私には別の名前があるんです。


アラン:別の名前・・・ですか?


エリス:ええ、私の本当の名前です。

エリス:私の本当の名前は、エリス・レディング・・・・


アラン:レディング?


エリス:ええ、私はシャノン・レディングの姉なんです。


アラン:家族・・・だったのですか?


エリス:ヴァンパイアは、昔からレディング一族の中から出ています。

エリス:それに目を付けられて、私は秘密情報部に入(はい)らされました。

エリス:もし、シャノンがあの組織に捕まってしまえば、彼らの興味本位でどんな扱いをされるか・・・・

エリス:私は姉として、せめてシャノンをヨークシャーに葬(ほうむ)ってやりたいと思っているんです。

エリス:ですから、アラン。 お願いです、私とヨークシャーに行って貰えませんか。


ナレーション:少しの間、考えるアラン


アラン:なるほど、あなたの事情は分かりました。

アラン:では、フィンリー家のコインの約束により、あなたの依頼をお受けする事にしましょう。

アラン:もし本当にヴァンパイアが相手なら、結果は保証できませんが、一旦は、お引き受けいたします。


エリス:本当ですか?

エリス:あぁ、よかった・・・


アラン:ですが、多分、僕がヨークシャーに行ったとしても、シャノンは僕を追っては来ないと思いますよ。

アラン:僕が出来るのは、せめてシャノンを殺す事くらいでしょうか


エリス:それはどういう事ですか?


アラン:実は、僕は昨日、偶然ですが、シャノン・レディングに会っています。


エリス:なんですって


アラン:その時に、僕はアラン・フィンリーと名乗っているんです。

アラン:もし、シャノンの目的がフィンリー家への復讐であるなら、その時に僕は襲われていたか、少なくとも敵意は向けられていたはずです。


エリス:そんな・・・


アラン:ですから、シャノンには、僕以外の、他に何か目的があるのだと思いますよ。


エリス:他の目的って一体・・・・


アラン:今はまだ分かりません、エリスには思い当たる節はないのですか?


エリス:ええ、今の所


アラン:うーん・・・

アラン:では、僕は少し昔の記録を探ってみます、エリスの方でも少し調べて見て頂けませんか?


エリス:ええ、分かりました




アラン:それと、一つ確認しておきたい事があるのですが


エリス:はい、なんでしょうか?


アラン:もし仮に、シャノンを追い詰めた時に、あなたが人質になってしまっていたとしても、

アラン:僕は躊躇(ちゅうちょ)なく、あなたを見殺しにしてシャノンを殺します。

アラン:それでもいいですか?


エリス:・・・ええ、それで構いませんよ。


アラン:(M)そう言って、依頼人はこの事務所を後にした。



ナレーション:そして、それから二日程経った、秘密情報部の一室



ジェームス:はぁ・・・

ジェームス:また、あそこに行かなきゃいけないのか・・・


ジェームス:(M)俺は、秘密情報部の一室で、調査結果を見ながら、何とも言えない失意(しつい)を噛みしめていた


ローレン:どうしたんですか、ジェームスさん


ジェームス:ちょっとな・・・


ローレン:例の死体の調査結果が届いたんですか?


ジェームス:ああ・・・そうなんだが・・・


ローレン:どうだったんですか?


ジェームス:これを見てくれ


ナレーション:そう言ってジェームスはローレンに調査結果を見せた


ローレン:二つの穴と、唾液の成分?

ローレン:へー、あのナイフの傷は、噛み跡を隠す為に付けたものだったんですね。


ジェームス:ああ


ローレン:首に噛みつくなんて、まるで吸血鬼(ヴァンパイア)みたいですね。

ローレン:この犯人は、ヴァンパイアになりたかったんですかね、それとも、本当に自分がヴァンパイアだと思ってるとか。


ジェームス:そうだといいんだけがな


ローレン:どういう事ですか?


ジェームス:死亡推定時刻を見てくれ。


ローレン:この時刻がどうかしたんですか?


ジェームス:死体発見時とあまり変わらないんだよ。


ローレン:それって、死体をどっかから持って来たのではなく、死体の発見現場に被害者の死因があるって事ですか?


ジェームス:そう、

ジェームス:だが、死体の血液からは死因となる成分は検出されていないし、死体の傷は首にしかないんだ。

ジェームス:そして、ナイフの切り傷からは血はあまり出ていない


ローレン:つまり、噛みついた事が死因だと?


ジェームス:そういう事


ローレン:ショック死ですかね? でも、それだと検死での特定は難しいと思いますけど・・・


ジェームス:そうだな、検死ではショック死かどうかは分からない、だから、ひょっとしたら違う原因かもしれないな。

ジェームス:だが、分かっている事は、3つの死体が、どれも同じ結果だったって事だ


ローレン:うーん・・・なんとも不思議な話ですね。

ローレン:それじゃぁ、今回の事件は、一旦、犯人がヴァンパイアという事で動くんですか?


ジェームス:ああ、一応は、そうするしかないよな


ローレン:そうですか・・・

ローレン:そういえば、ヴァンパイアといえば、確かヨークシャーに・・・


ジェームス:そうなんだ、ヨークシャーのヘリンで、うちの職員がヴァンパイアの監視をしているんだが・・・


ローレン:それじゃぁ、その人に詳しく聞いてみるんですか?


ジェームス:それが、今、その職員とは連絡が取れなくなっているんだ


ローレン:お休みされてるって事ですか?


ジェームス:どうも、そうじゃないらしい、だが、幾つかの方法で連絡してみたが、どの方法でもダメなんだよ。


ローレン:どうしたんですかね?


ジェームス:それで、少し調べて見たら、どうやらヘリンでも、何軒かの殺人事件があったらしくてな・・・


ローレン:その職員の方も殺されたって事ですか?


ジェームス:いや、殺された人のリストの中には、その職員の名前はなかったよ


ローレン:うーん、不思議ですね。


ジェームス:ああ、それで、気になってそのヨークシャーの殺人事件と、ヴァンパイアの資料を一通り見てみたんだが・・・

ジェームス:これさ


ローレン:ん? ヨークシャーの死体にも首に切り跡ですか・・・

ローレン:しかも、この資料に書いてあるヴァンパイアの殺し方も同じ・・・・


ジェームス:ああ、そうなんだ


ローレン:じゃぁ、もう決まりですかね


ジェームス:はぁ・・・


ローレン:何をそんなに落ち込んでるんですか?

ローレン:ジェームスさんが、そんなに落ち込むなんて珍しいですね。


ジェームス:どうして、こういう案件が俺の所に回ってくるんだよ・・・


ローレン:それはたまたま・・・まぁそれか、ジェームスさんが、そういう運を持っているか


ジェームス:はぁ・・・俺はこういう事で協力を頼める人間を一人しか知らないのさ・・・


ローレン:あぁ・・あの、やたらお金のかかる民間人


ジェームス:ったく、今度はいくら取られるんだよ・・・


ローレン:ははは、またレイモンドさんにお小言を言われちゃいそうですね

ローレン:でも、まぁ、実際にはキチンと事件は解決してるんだし・・・


ジェームス:その解決の方法も問題なんだ


ローレン:・・・何かあったんですか?


ジェームス:思い出したくもないよ


ローレン:そうですか・・・


ジェームス:はぁ・・・


ジェームス:(M)そして、その数時間後、俺は二度と行きたくないと思っていた、アラン・フィンリー探偵事務所のドアを叩いていた


アラン:どうぞ、開いてますよ


ジェームス:(M)中からここの主人の声が聞こえる

ジェームス:(M)俺は、ため息交じりで「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれたドアを開けて中に入った


アラン:おや、ジェームスさん。 どうしたんですか? もう暫くは来ないかと思ってましたが


ジェームス:あぁ、正直、俺も来たくはなかったんだがな


アラン:そうですか、

アラン:で、ご用件は?


ジェームス:ちょっとお前に聞きたい事があってな


アラン:聞きたい事・・・ですか・・・

アラン:あぁ、今ちょうど紅茶を入れようと思ってた所なんですよ、ジェームスさんも飲みますか?


ジェームス:いや、俺はいい


アラン:わかりました、では、そこに座っててください。


ジェームス:あぁ、分かった・・・


ナレーション:アランは給湯室に消えて行き、紅茶を入れて戻って来た。

ナレーション:そして、この前と同じ仕草で、紅茶の入ったティーカップを一つ、ソファーの前にあるローテーブルに置いた。


アラン:お待たせしました。 「アラン・フィンリー探偵事務所」へようこそ。

アラン:それで、ジェームスさんの聞きたい事って何ですか?


ジェームス:お前は以前、お前の家系には人外(じんがい)の魔物(まもの)も殺したという記録があると言っていたな。


アラン:ええ、確かに言いましたけど・・・


ジェームス:それと同じ事を頼みたい


アラン:えっと・・・確かその時には「僕は嫌ですよ」とも言ったと思いますが・・・


ジェームス:あぁ、それも覚えている


アラン:でしたら・・


ジェームス:今回もお前に受けてもらわないと困るんだ


アラン:・・・


ジェームス:この記事を見てくれ


ナレーション:そう言って、ジェームスは折りたたまれた新聞記事をローテーブルの上に置いた。


ジェームス:最近、イーストエンドで起きている連続殺人事件だ、お前も事件くらいは知っているだろ?


アラン:ええ・・・まぁ・・・


ジェームス:この犯人が吸血鬼(ヴァンパイア)の可能性があるんだ


アラン:・・・ヴァンパイア・・・


ジェームス:ん? どうしたアラン、この件で何かあるのか?


アラン:いや別に・・・

アラン:で、どうして犯人がヴァンパイアだと思うのですか?


ジェームス:それは、死体に特徴があってな、少々変わってるんだよ。


アラン:死体にですか?


ジェームス:あぁ、この犯人は首の横を刃物で切り割いて殺しているんだ。


アラン:ええ、新聞にもそう書いてありますね。


ジェームス:この死体の傷口を念入りに調べて見ると、2つの穴を隠すように切り裂いている事が分かったんだ

ジェームス:で、この穴の跡からは、僅(わず)かだが、唾液の成分が検出された。


アラン:つまり、首筋を噛んだ後に、その噛み跡の上に切り込みを入れたと・・・


ジェームス:あぁ


アラン:でも、流石にそれだけでヴァンパイアだと決めるのは・・・

アラン:例えば、自分がヴァンパイアだと思っている妄想性障害(パラノイア)とか


ジェームス:俺達もそれは考えたさ、だがな、首を切り裂いたにしては出血が少なすぎるんだよ


アラン:それは犯人が大量に血を吸ったという事ですか?


ジェームス:いや、その逆で、体内の血液がそれほど減ってないんだよ


アラン:つまり、心臓が止まってから首を切り裂いたという事ですか?


ジェームス:ああ、そうとしか思えないんだよ。

ジェームス:死体には首の傷口以外に外傷(がいしょう)がないし、薬や毒も検出されていない。

ジェームス:だから、犯人がクビに噛みついた時に被害者が死んだんじゃないかって事になってな


アラン:たまたま噛まれた時にショック死をしたとか・・・


ジェームス:被害者全員の死体がそういう状態なんだよ


アラン:でも、だからといって、それが他の何かではなく、「ヴァンパイア」だと断定するというのは・・・


ジェームス:いや、まだあるんだよ

ジェームス:実は、ヨークシャーにヴァンパイア伝説があってな、そこには何度も復活しているヴァンパイアがいるらしいんだが、

ジェームス:そこの書物に書かれているヴァンパイアの殺し方と特徴が似ているそうだ。


アラン:そうなんですか・・・


ジェームス:それだけじゃない

ジェームス:俺達の組織には、そのヨークシャーでヴァンパイアの監視をしている人間がいるんだが、

ジェームス:その担当者と、現在、連絡がとれない状態なんだ。


アラン:なるほど、それでヴァンパイアだと


ジェームス:あぁ

ジェームス:まぁ実際のところ、犯人が本当にヴァンパイアかどうかについては予測にしか過ぎないんだ。

ジェームス:だが、おそらく、危険な人外であろうとは思っている。


アラン:だから僕に?


ジェームス:あぁ


アラン:そんなまた適当な


ジェームス:だが、他に方法がないんだ


アラン:・・・


ジェームス:引き受けてくれないか


アラン:・・・・

アラン:ジェームスさん、もし、その犯人を殺したとして、その死体はどうするんですか?


ジェームス:そりゃ、秘密情報部に持ち帰るだろうな


アラン:その後は?


ジェームス:それから先は、俺の管轄外になるからな、正直分からんよ。


アラン:分かりました・・・

アラン:申し訳ありませんが、この仕事はお引き受けできません。


ジェームス:どうしてだ? 情報が足らないからか?


アラン:いや、その犯人についての情報は、ジェームスさんよりも僕の方が沢山持っています。


ジェームス:どういう事だ


(コンコンコン)


ナレーション:その時、事務所のドアをノックする音がした


アラン:ジェームスさん、「僕と一緒に居る時に見た事、聞いた事、それらは秘密情報部の記録に残さない」

アラン:そういう約束でしたよね?


ジェームス:あぁ、それはそうだが、どうして今それを聞くんだ?


(コンコンコン)


ナレーション:ノックの音は続く


アラン:どうぞ、開いてますよ。


エリス:失礼します。


ナレーション:ドアを開けて入って来たのは一人の女性だった


エリス:あ、失礼しました、ご来客中でしたか


アラン:いえ、いいんです。 どうぞお入りください


エリス:そうですか・・・


ナレーション:女性は事務所の中に入り、ソファーの横に立った


ジェームス:アラン、今、人を入れるのは・・・


アラン:それは問題ありません。

アラン:ところでジェームスさん、ジェームスさんは彼女をご存じですか?


ナレーション:ジェームスはアランに聞かれて、もう一度女性の顔を見た


ジェームス:いや、失礼だが、存じ上げないな


アラン:では、エリスさんは?


エリス:ええ、私もこの方を存じ上げません



ジェームス:アラン、これはどういう事なんだ


アラン:ジェームスさん、僕が今回、ジェームスさんの依頼をお断りする理由が彼女なんです。


ジェームス:それは、どういう意味なんだ?


アラン:実は、この件には、先約がありまして。

アラン:彼女が先にシャノン・レディングの殺しを依頼してきたんですよ。


ジェームス:シャノン・レディング?


アラン:ええ、それがジェームスさんが殺しを依頼した、妄想性障害(パラノイア)の名前です。


エリス:いえ、シャノンは妄想性障害(パラノイア)じゃなくて、本当のヴァンパイアなんですよ


アラン:あぁ、それは失礼しました


ジェームス:・・・それは分かったが、何故彼女がヴァンパイア殺しを依頼するんだ?

ジェームス:それに、何故お前たちは、奴の名前を知っている?



ナレーション:アランは、これまでの経緯(いきさつ)をジェームスに全て話した



ジェームス:そうだったのか


アラン:ええ、ですから「シャノンを殺す」という目的は同じでも、シャノンの死体は彼女のものにしたいんです。

アラン:それでもいいですか?


ジェームス:そうか・・・まぁ、そういう事なら仕方がないかな

ジェームス:俺としては、奴を殺して貰えるなら、それでいい事にしておくよ。


アラン:そうして貰えると助かります。


ジェームス:それに、今回はタダでお前に仕事をして貰えそうだしな


アラン:・・・ええ、そういう事になりそうですね。

アラン:ところで、ジェームスさんの方は、死体が無くても問題はないのですか?


ジェームス:まぁ、それは俺の管轄外(かんかつがい)だし、ヴァンパイアだから「泡になって消えた」とでも言っておくさ


アラン:それはいいですね


エリス:でもアラン、シャノンを殺すと簡単に言ってますが、アランは本当にシャノンを殺せるのですか?

エリス:何かシャノンを殺す方法でもあるのですか?


アラン:いや、それはこれから考えますよ。


ナレーション:そういうと、アランはジェームスの持って来た新聞記事の写真を手に取って眺めた。

ナレーション:新聞を見つめながらローテーブルの上のティーカップを右手で持ち、口に運ぶ

ナレーション:その様子を、エリスはいぶかしげな目で見つめていた


アラン:あ、エリスさんすみません、エリスさんの分の紅茶も用意しますね。


エリス:いえ、そういう事ではないのですが・・・すみません。 何だか催促をしてしまったみたいで・・・


ナレーション:アランが給湯室から戻ってきたあと、アラン達はシャノンについて話し合った。


アラン:シャノンの目的が、フィンリー家への復讐でないとすると、他に考えられる事は・・・


ジェームス:うーん・・・単純に、狩場を求めて人の多いロンドンに来たという可能性は?


アラン:それはどうでしょうか・・・シャノンはあの時「運命に導かれている」と言っていました

アラン:ですから、ヴァンパイアに纏(まつ)わる何かではないかと


ジェームス:何かのアイテムを手に入れる為・・・


アラン:アイテムだとしたら、何ですかね。


エリス:それなら、ルビーではないでしょうか?


アラン:ルビー・・・ですか?


エリス:ええ、レディングの一族には、かつて「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」と呼ばれるルビーが伝わっていました。

エリス:大きさこそ、世界一ではないのですが、紅色(べにいろ)の深みが世界一と言われたルビーです。


アラン:いわゆる「ピジョンブラッド(鳩の血の色)」というやつですか?


エリス:いえ、ピジョンブラッドという言葉では足りない程、深い血の闇のようだと言われたようです。

エリス:ヴァンパイアは代々そのルビーを使用して血の儀式を行っていたと伝えられています。


アラン:血の儀式ですか?


エリス:ええ、でも儀式の詳しい内容については分かっていません。


アラン:なるほど

アラン:それで、そのルビーは今どこにあるのですか?


エリス:それが、一族の記録では、キャメロン・レディングが儀式に使おうとしたという理由で、この国の役人がロンドンに持って行ってしまったと書かれています。


アラン:はぁ・・・まったく、この国の人間は、欲しいものは何でもかんでも持って来ちゃうんですね。


ナレーション:アランはジェームスの方をチラリと見た。


ジェームス:おいおい、いくら俺が国の人間だからって、そんな目で俺を見るなよ。


ジェームス:だが、もし役人がロンドンに持って来たという話が本当なら、調べれば分かるかもしれないな。

ジェームス:ちょっと待っててくれ


ナレーション:そう言うと、ジェームスは携帯電話を取り出し、ローレンへ電話を掛けた



ローレン:はい、ローレンです。


ジェームス:ジェームスだ。

ジェームス:ちょっとローレンに大至急調べて欲しい事があるんだ


ローレン:なんですか、調べて欲しい事って?


ジェームス:300年前に、国の役人が、ヨークシャーから「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」というルビーをロンドンに持ち去ったみたいなんだ。

ジェームス:そのルビーの行方(ゆくえ)を捜して貰えないか。


ローレン:ちょっと待ってくださいね・・・ルベウス・・・ルナですか?

ローレン:どういう経緯(いきさつ)のルビーなのか分かりますか?


ジェームス:ああ、

ジェームス:ヨークシャーのヴァンパイアが儀式に使ったというルビーで、元々はレディングという一族のものだったらしい。


ローレン:わかりました。 あのヴァンパイア絡みの品なんですね。

ローレン:国の役人っていう話なら、案外直ぐに分かるかもしれませんね。

ローレン:それで、時間はどれくらい貰えます?


ジェームス:打ち合わせ中に欲しいから、なるべく早く頼みたい


ローレン:分かりました、では、もし時間がかかりそうでも、ある程度の段階で、一旦連絡を入れます。


ジェームス:分かった、頼むよ。



ナレーション:それから30分程過ぎた頃、ローレンから折り返しの電話が掛かって来た。


ローレン:ジェームスさん、分かりましたよ。

ローレン:「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」は、確かに300年程前に我々の組織の前身である「英国秘密情報局(えいこくひみつじょうほうきょく)」の人間が、治安維持の目的と称(しょう)して、ロンドンに持ち帰っているようです。


ジェームス:治安維持の目的?


ローレン:ええ、

ローレン:ヨークシャーにそのルビーがあると、ヴァンパイアが復活した時に犠牲者が大勢でるからだそうです。


ジェームス:それはまた、大層(たいそう)な屁理屈(へりくつ)だな


ローレン:まぁ、そうですね。

ローレン:で、そのルビーなんですが、ロンドンに持ち帰った当初は、ルビーの凄さに加えて、ヴァンパイアの逸話(いつわ)という付加価値が加わって、社交界ではちょっとした話題になったようです。


ジェームス:やっぱり、珍しいから欲しかったって事じゃないか・・・ったく・・・

ジェームス:それで?


ローレン:当時は誰が所有するかで揉めたようで、取り合いにまでなったそうなんです。

ローレン:ですが、最初に所有した者が不思議な死に方をして、次の所有者も不慮(ふりょ)の事故にあって死んだりと、数年間のうちに持ち主がどんどん変わって行ったようです。


ジェームス:そうだったのか・・・

ジェームス:それで、ルビーは、今は何処にあるんだ?


ローレン:それが、そのうちに社交界では「不吉なルビー」と呼ばれるようになり、いつしか、どこにあるのか、誰が持っているのかが分からなくなったという事です。


ジェームス:そうなのか・・・

ジェームス:結局、所在は分からなかったという事だな?


ローレン:いえいえ

ローレン:私はこれでも諜報機関の人間ですからね、資料に無いから分からないとは言いませんよ。

ローレン:そんな「曰く付き(いわくつき)」のルビーなら、絶対に欲しがる人がいるでしょ。

ローレン:ですから、欲しがりそうな所を探してみました。


ジェームス:欲しがりそうな所?


ローレン:ええ

ローレン:ヴァンピリウム美術館です。

ローレン:あそこは、その界隈(かいわい)では有名な「オカルト好き」ですからね、名前もヴァンピリウムってくらいですし。


ジェームス:ヴァンピリウムって?


ローレン:ラテン語で「ヴァンパイアの居場所」って感じの意味になりますかね。

ローレン:で、そこの所蔵品の一覧を調べてみたら、やっぱりありましたよ「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」が。

ローレン:他にも幾つか調査候補(ちょうさこうほ)はあったんですが、一発でヒットしましたよ。


ジェームス:流石だな。 で、そこにあるってのは本当なのか?


ローレン:ええ、でも今は一般公開はしていないようですね。

ローレン:特別な展示室という所で厳重に保管されていて、普段は人を入れないらしいです。


ジェームス:そうか・・・


ローレン:どうします、ジェームスさん、あそこは公的機関ですし、私達が頼めば見せてもらう事くらいは出来ると思いますよ。


ジェームス:ありがとうローレン、助かったよ。

ジェームス:見学については、ちょっとこっちで調整するから、また、後で連絡するよ。


ローレン:わかりました、では、連絡をお待ちしています。


(電話を切る)


ジェームス:アラン、分かったぞ

ジェームス:そのルビーなら、確かにロンドンにあるようだ。


アラン:本当ですか?


ジェームス:あぁ、今はヴァンピリウム美術館が所蔵しているらしい。

ジェームス:そこの、普段は人を入れない特別な展示室という所で厳重に保管されているという事だ


アラン:ヴァンピリウム美術館ですか


ジェームス:あぁ、

ジェームス:どうする、アラン。 行くなら、その展示室に入れるように手配出来ると思うが


アラン:そうですね、そのルビーも見てみたいし行ってみましょうか。

アラン:エリスさんには、後で報告を入れますね。


エリス:分かりました、お気をつけて


ナレーション:その日のうちに、アランとジェームスはヴァンピリウム美術館へと向かった

ナレーション:ヴァンピリウム美術館は、古い絵画や彫刻を収集しているが、オカルト的なテーマが多い事で有名な美術館だ。

ナレーション:美術館に着くと、ローレンが手配しておいた為、女性の学芸員(がくげいいん)が、アラン達を出迎え、ルビーのある部屋へと案内をした。


アラン:(M)案内された部屋にあった「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」は、まさに「深い血の闇」と言われる通りの、非常に深い紅色(べにいろ)をしていた。

アラン:(M)「大きさこそ、世界一ではない」とエリスは言ってはいたが、かなり大きなルビーだ。


ジェームス:凄いルビーだな、大きさもそうだが、色合いが、何とも不思議というか不気味というか・・

ジェームス:本当に生き血を固めたような感じだな


アラン:ええ、パラノイアが儀式に使おうとするのも分かる気がしますね。


アラン:あれ? でも、これ・・・


ナレーション:アランが何かを言いかけた時、部屋の入口で待っていた学芸員の悲鳴が聞こえた。

ナレーション:とっさにアラン達は悲鳴の聞こえた方へ振り向いたが、そこにはただ学芸員がうつ伏せに倒れているだけだった


ジェームス:おかしいな・・・


ナレーション:怪しい人物はいないかと、ジェームスが辺りを見回そうとした、その時


アラン:危ない!


ジェームス:うっ


ナレーション:いきなりアランがジェームスに体当たりをして、ジェームスは前方に飛ばされた

ナレーション:次の瞬間、ジェームスの背後にあった大きな棚が、音を立てて倒れてきた


アラン:あぐぅ


ジェームス:アラン!


ナレーション:だらりと下がった左肩を抑えるアラン。

ナレーション:アランはとっさにジェームスを庇(かば)って怪我をしたのだった。


ジェームス:大丈夫か、アラン


アラン:くぅ



シャノン:ほら、やはりまた会えたじゃないか、アラン・フィンリー

シャノン:私が言った通り、運命ならば、抗う事など出来はしないのだよ。


アラン:シャノン・・・


ジェームス:シャノン? こいつが


シャノン:ん?

シャノン:そちらの御仁(ごじん)は、警察の関係者か何かかな?


ナレーション:ジェームスがシャノンを睨みつけるが、シャノンは意に介さない様子でアランを見る


シャノン:しかし、君は、よくそのルビーにまで辿り着けたね。

シャノン:まずは褒めておこうか


アラン:それはどうも


シャノン:どうやら君は、私を殺すつもりのようだね。

シャノン:だが、さっきその御仁を庇って、利き腕に怪我をしてしまったようじゃないか

シャノン:そんな状態では、私を殺すのは難しいんじゃないかな


アラン:さて、それはどうでしょう

アラン:試してみましょうか?


シャノン:ははは、そういう強がりは嫌いではないよ。

シャノン:試してもらうのは構わないが、今日の私の目的は君じゃない。

シャノン:運命に感謝するんだね


アラン:・・・


シャノン:さて、私はルビーを返してもらう事にするよ。

シャノン:このルビーは、我が一族の物だからね


ナレーション:そう言ってシャノンは、ルビーの入ったケースに手を伸ばした。


シャノン:ん? これは・・・


ナレーション:一瞬、シャノンの手が止まる


アラン:フフ、やはり、あなたも気が付きましたか、

アラン:レプリカですよね、それは。


シャノン:く・・・どうして・・・


アラン:何故ここにレプリカがあるのかは分かりませんが、

アラン:ヴァンパイアにルビー、パラノイアにレプリカ・・・

アラン:あなたにはお似合いじゃないですか


シャノン:私はパラノイアなどではないと言っているだろ!


シャノン:アラン、やはり君を先に殺しておく事にするよ。

シャノン:手負いの君を殺すのは忍びないが、私への侮辱は万死(ばんし)に値する。


ナレーション:そう言って、シャノンはアランを睨みつけた

ナレーション:しかし、シャノンのその強い視線を軽くいなすアラン


アラン:僕を殺すのですか・・・出来るのですか? 今、ここで

アラン:先程の大きな音で、もうすぐ人が集まって来ますよ


シャノン:くっ・・・

シャノン:まぁいい、すぐまた君に会う事になるだろう、その時までとっておく事にするよ


アラン:そうですか


シャノン:あぁ、その時が来るのを震えながら待っているがいい


ナレーション:そう言ってシャノンは部屋を出て行った


ジェームス:アラン、大丈夫か?


アラン:ええ、まぁなんとか・・・

アラン:左肩は脱臼してしまっているようですね、暫くは使えそうにないです。


ジェームス:そんな・・・どうして俺を庇(かば)ったりしたんだ、

ジェームス:俺が死ぬことなんて、お前にとっては大した障害ではないんだろ?


アラン:ジェームスさんは何か勘違いしているようですね。

アラン:僕は殺し屋として、ターゲットを殺す為なら、他の人間が死ぬ可能性があったとしても、それを障害とは思いません。

アラン:ですが、だからと言って、人が死んでいいと思っている訳ではないんですよ。


ジェームス:そうか・・・すまなかった


アラン:いえ、いいんですよ


ジェームス:だが、今の状態で、シャノンに狙われたら・・・


アラン:まぁ、どうなるかは分かりませんが、エリスとの約束を守らなければいけませんので、殺される訳にはいきませんね。


ジェームス:確かにそうだが・・・


アラン:エリスには、ここでの事を後で連絡しておきます。

アラン:今日はもう帰りましょう


ジェームス:・・・あぁ、そうしよう


ナレーション:結局、美術館では、シャノンは取り逃がす、アランは負傷、ルビーはレプリカという散々な結果であった

ナレーション:アランとジェームスは少し重い足取りで美術館を後にした

ナレーション:アランと別れたジェームスは、その後、秘密情報部のオフィスに帰り、ローレンに美術館で起きた事の次第を話した。


ローレン:そうですか、展示されていたルビーはレプリカだったんですか・・・


ジェームス:ああ、シャノンもそれに気づいて、何も取らずに去って行ったよ。

ジェームス:それにしても、どうして美術館の展示品はレプリカだったのか・・・


ローレン:そうですよね、美術館にレプリカがある事自体は珍しくはないのでしょうが、

ローレン:どうしてレプリカを、わざわざ人を入れない特別な展示室で厳重に保管してたのかって事ですよね。


ジェームス:美術館の職員がレプリカだと気づかなかったとか


ローレン:まさか・・・だって、ジェームスさんと一緒に行った民間人も、そのルビーがレプリカだって気が付いたんですよね?

ローレン:だったら、美術館の職員がレプリカだと気づかないって事は考えにくいんじゃないんですか?


ジェームス:そうだよな・・・


ローレン:ちなみに、ジェームスさんの連絡を受けてから、ヴァンピリウム美術館以外の候補でも「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」について、調べてみたのですが、どこにもヒットはしませんでした。


ジェームス:そうなると、本物の「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」は、もうどこにあるか分からない・・・か。


ローレン:あるいは、ヴァンピリウム美術館が本物の「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」も所蔵しているか・・・ですよね。


ジェームス:やっぱり、怪しいわよな。


ローレン:ええ、かなり。

ローレン:あの美術館は、公的機関ですからね、ルビーの存在を隠したくても所蔵品の一覧からルビーを消す訳には行きません。


ジェームス:だから、レプリカを作ってすり替える・・・


ローレン:そう考えると、レプリカを厳重に保管していたとしても、辻褄(つじつま)が合いますよね。


ジェームス:一度、美術館を調べてみるしかないか・・・


ローレン:そうですね、他にはもう当てはないですし


ジェームス:そうだな


ナレーション:ジェームスとローレンがそんな話をしていた同じころ、アランは探偵事務所のソファーに座って考え事をしていた。


(コンコンコン)


ナレーション:アラン・フィンリー探偵事務所のドアを叩く音がする。


アラン:開いてますよ、どうぞ


エリス:こんにちは


ナレーション:事務所にやって来たのはエリスだった。


アラン:あぁ、エリスさんでしたか


エリス:よろしいですか?


アラン:どうぞ、お入りください。


エリス:では、失礼します。

エリス:あの・・・「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」が偽物だったという事ですが


アラン:ええ、どうもそうらしいですね。


エリス:それでは、本物は何処にあるのでしょうか?


アラン:それは分かりません。

アラン:今、ジェームスさんに調査して貰っています。


エリス:そうですか・・・


アラン:まぁ、とりあえず、そちらへお掛けください


エリス:ええ


ナレーション:静かな物腰でソファーに座るエリス


エリス:それと、お怪我をなさったとか


アラン:ええ、左肩を痛めてしまいました


エリス:大丈夫ですか?


アラン:そうですね、痛みは大したことはありませんが、左腕は暫くは使えそうにないですね。


エリス:そうですか・・・


アラン:ちょっと紅茶を入れてきますね、少し待っていてください。


エリス:あの、無理はなさらないで下さいね。


アラン:ははは、大丈夫ですよ


ナレーション:ソファーを離れて給湯室に向かうアラン

ナレーション:だが何故か、給湯室の手前で足を止める


アラン:あ、そうそう

アラン:そういえば、シャノンはルビーよりも先に、僕を殺す事にしたそうですよ。


エリス:まぁ


ナレーション:背中越しに話始めるアラン


アラン:これで、僕がヨークシャーに行けば、エリスさんの望みが叶えられるかもしれませんが、

アラン:シャノンはそれまで待ってはくれないでしょうね


エリス:そう・・・ですね


アラン:ですから、今日くらいにはシャノンがここに現れると思って待っていたんですよ。


エリス:「待っていた」のですか?


アラン:ええ、でも、まさかエリスさんが来るとは思いませんでした。


エリス:あ、すみません、そんな大変な時に、私が来てしまって・・・


アラン:いえいえ、いいんですよ。

アラン:用心深い方なんですね、あなたは


エリス:え? どういう事ですか?


アラン:(M)僕はエリスの方へ振り返った


アラン:では、言い方を変えましょうか

アラン:今日、ここにシャノンが現れると思っていました、でも「エリスさんの姿でここへ来るとは思いませんでした」という事ですよ、シャノン・レディング


エリス:ふふふふふふ


アラン:(M)不敵に微笑むエリス

アラン:(M)先程までとは明らかに様子が違うのが分かる


シャノン:どうして分かったんだね


アラン:簡単な事ですよ。

アラン:美術館で、僕があなたの事をパラノイアと言った時、あなたは「パラノイアではないと言っているだろう」と言いました

アラン:つまり、以前から僕があなたの事をパラノイアと言っている事を知っていたという事

アラン:そして

アラン:あなたは僕の左腕を「利き腕」と言った


シャノン:・・・


アラン:見てたんでしょ、僕がジェームスさんの新聞記事を左手で持って読んでいる所を、エリスさんの姿で




シャノン:ははは、流石はアンドルーの子孫と言ったところか


アラン:いえいえ、大した事ではありませんよ

アラン:これでも探偵ですから


シャノン:しかし手負いの君が私を殺せるのかな?

シャノン:しかも、利き腕が使えない状態で


アラン:残念ですが、僕の利き腕は左ではありませんよ


シャノン:何?


アラン:強(し)いて言えば、僕は両利きなんですよ。 子供の頃からそういう風に仕上げられていますから。

アラン:あの時は、たまたま左を使っていたに過ぎません。


シャノン:そうだったのか、だが、だからと言って私を殺せるのかな?


アラン:僕はあなたを「待っていた」と言いませんでしたか?


シャノン:私と話でもしたかったのか?


アラン:いえいえ、あなたを殺す為ですよ。

アラン:この部屋なら、あなたを殺せますから


シャノン:ほう


アラン:ここのオフィスは、40平米そこそこなんですが、事務所にしてはそれ程大きくないでしょ?

アラン:何故だと思いますか?


シャノン:・・・


アラン:狭い部屋は動線が限られるんですよ

アラン:つまり、あなたの動線を僕が誘導できるという事です


シャノン:フ、そういう事か

シャノン:だが、いくら私の動線を誘導出来たとしても、私に傷が付けられなければ意味がないだろ

シャノン:ヴァンパイアにはピストルの弾なんかは利きはしないよ、なんなら試してみればいい?


アラン:いえ、僕はあなたをヴァンパイアだとは信じていませんが、利かないという物を試す気はありません。


シャノン:だったらどうする?


アラン:これを使おうと思っています。


アラン:(M)僕は給湯室の影に隠してあった、8インチ程のナイフを取り出した。


アラン:300年前、アンドルー・フィンリーは、ヴァンパイアを殺しているそうですね。

アラン:僕の家に、その時のナイフが残してありましたよ。

アラン:どうやら銀のナイフのようですが、これなら利きますかね?


シャノン:なっ・・


アラン:ほう、どうやら、このナイフは効果があるようですね



アラン:さて、この部屋の中で、外へ通じている場所は2つ

アラン:一つはドア、一つは窓

アラン:ですが、この窓の高さから飛び降りれば、骨折くらいはしそうですね。


シャノン:・・・・


アラン:となると、出口は一つに限られるという事です。


アラン:(M)一瞬の沈黙の後、僕はドアの方をチラリと一瞥(いちべつ)し、すかさず、ドアへと駆け寄った。


アラン:あっ


アラン:(M)次の瞬間、シャノンはドアと反対側の窓へと移動していた


シャノン:ははは、私がヴァンパイアという事を忘れていたのかね

シャノン:この程度の高さでは、足の骨など折らんよ

シャノン:今回は少々してやられたが、次回は確実に君の命を頂くとしよう


アラン:いやいや、逃しはしませんよ


シャノン:ははは、そういう強がりは嫌いじゃないが、どうするつもりだね?

シャノン:そこから、そのナイフでも投げてみるかね?


アラン:・・・


シャノン:ふふふ、アラン、では、いずれまた会おう


ナレーション:そういうと、シャノンは窓から外に出ようとした

ナレーション:その瞬間


シャノン:ぐわぁ


ナレーション:窓枠に仕掛けてあったピアノ線のトラップが発動し

ナレーション:シャノンはピアノ線に不規則に巻き付かれた。


シャノン:な・・に・・・


ナレーション:ピアノ線はシャノンの身体を部屋の内側へと引き戻し、

ナレーション:デスクと窓枠の4フィート程の隙間に落とした。

ナレーション:ピアノ線に絡まれて身動きが取れずに足掻(あが)くシャノン。


アラン:だから、言ったじゃないですか

アラン:「逃がしはしませんよ」って


シャノン:アラン・・・貴様


アラン:あなたは必ず窓から逃げる

アラン:他の人には出来ない事が、あなたには出来ると思っているからです。

アラン:だから、僕はそこに罠を仕掛けた。

アラン:後は、僕が入り口に注意を向けたと思わせるだけで、あなたを窓まで誘う事が出来る


シャノン:くっ


アラン:動線を誘導するとはそういう事なんですよ


アラン:(M)シャノンの表情に焦りの色が濃く浮かび上がった


アラン:さて、これがエリスとの約束です。


ナレーション:そう言って、手に持ったナイフをシャノンに突き立てようとした時

ナレーション:シャノンの身体がブルブルっと震えて、全身の力が抜けたように見えた

ナレーション:一瞬、アランの手が止まる


エリス:待ってください!


アラン:エリス・・・


エリス:今まで、私の体がシャノンの精神に支配されていたんです

エリス:どうやら、シャノンはもう逃げて行ったようです。

エリス:アラン、あなたのお陰で助かりました


アラン:そうですか、それはよかった


エリス:ええ


アラン:でも、申し訳ありませんが、僕は人を殺す時には躊躇をしないんです。


エリス:そんな・・・だって私は


アラン:あなたはまだ、シャノンの可能性がある。 であれば、僕が手を止める理由はありません。

アラン:もし、あなたが本物のエリスだったとしても、あなたが死ねば、もうシャノンはあなたの身体を利用できなくなる。

アラン:どちらにしても、僕にとっては悪い話じゃない


エリス:そんな・・・助けてアラン


アラン:それに、そんなお芝居は僕には通じませんよ。


エリス:え?


アラン:バイバイ、パラノイア


シャノン:違う! 私は本物のヴァンパイアだ


アラン:ほら、やっぱり


シャノン:しまっ・・・・ぐあっ


ナレーション:アランは銀のナイフをシャノンの胸に突き立てた


シャノン:うぐ・・何故・・・


アラン:もしその身体が、本当にエリスの物なら、あなたはもっと早い段階で、その身体を捨てて逃げていたでしょ。


アラン:であれば、その身体が誰のものでも、殺す事に躊躇(ちゅうちょ)はいりません


シャノン:それだけ・・で・・・


アラン:それに、エリスが人質になっていても躊躇なく殺すという事に、彼女の同意は貰ってあるんですよ。


シャノン:ぐ・・そ・・・ぶはっ・・


ナレーション:シャノンは血を吐き、その場から動かなくなった。



アラン:ふう・・・



アラン:(M)僕は一息、呼吸をすると、エリスの形をした死体を見ながら、携帯電話を取り出し、ジェームスさんに電話をかけた



ジェームス:はい、ジェームス・コイルだ


アラン:僕です。


ジェームス:おぉ、アランか、どうした?


アラン:先程、シャノンを殺しました。


ジェームス:それは本当か? で、どこで?


アラン:僕の事務所です。

アラン:それで、ジェームスさんに死体の回収をお願いしようと思って


ジェームス:あぁ、それは構わないが、その死体はエリスの物だって言ってなかったか?


アラン:ええ、でもエリスはおそらく、もうシャノンに殺されています。

アラン:ですから、エリスの死体とシャノンの死体をヨークシャーに持って・・・・あ・・・


ジェームス:ん? アラン、どうした? アラン


ナレーション:アランはその時、信じられない光景を見た

ナレーション:エリスの形をしていたシャノンの顔や体が、次第に元のシャノンのそれへと戻り始める

ナレーション:それと同時に、身体が溶け、まるで水が蒸発するかのように、湯気を立てながら消えていく・・・


ジェームス:アラン


アラン:いえ・・・あの・・・


ジェームス:だから、どうしたんだ


ナレーション:みるみるうちに、シャノンの身体は蒸発し、エリスの衣服だけが残った


ジェームス:おい、アラン


アラン:あ、すみません

アラン:シャノンの死体は消えてしまいました


ジェームス:消えた・・・ってどういう事だ


アラン:(M)僕はシャノンを殺した経緯(いきさつ)と、今見た光景をジェームスさんに話した。


ジェームス:(M)アランの電話を受け、俺はアラン・フィンリー探偵事務所へ向かった

ジェームス:(M)それと同時に、ローレンにエリスの宿泊先を捜索するよう依頼した。


ナレーション:ジェームスがアラン・フィンリー探偵事務所に着くと、そこにはピアノ線が不規則に巻き付いたシャノンの衣服があった。

ナレーション:衣服は、シャツのボタンやベルトなどがキチンと閉められており、死体だけが消えて無くなった事を物語っていた。

ナレーション:ジェームスが証拠品として衣服を回収していると、ジェームスの元へエリスの宿泊先を捜索をしているローレンから電話が入った。


ローレン:ジェームスさん、ジェームスさんの言った通り、エリス・ランシーの宿泊先には、エリスの死体がありました。


ジェームス:そうか・・・


ローレン:でも、この死体、同じ犯人が殺したにしては、他の死体とは、明らかに違っていますね。


ジェームス:どういう事だ?


ローレン:死体の首筋には、2つの歯の跡はありますが、ナイフで切ったような傷はありません。

ローレン:この死体に関しては、他の死体と比べると、犯人は随分と丁寧に扱ったように見られます。

ローレン:死体は、ベッドに寝かされて、衣服の乱れもなく、まるで眠るように死んでいます。

ローレン:それと、死体には、防御創(ぼうぎょそう)が見られませんから、殺される時に抵抗しなかったんじゃないかと思うんです。


ジェームス:防御創(ぼうぎょそう)がないのは、エリスに気づかれる前に、シャノンが殺したからとか


ローレン:いえ、死体は何やら見た事のないコインを、強く握りしめていました。

ローレン:死体の状態からは、死んでから握らされたものではなく、死ぬ前に握っていたと考えられます。


ジェームス:そうなのか・・・


ローレン:何か儀式のような事でも行われたのでしょうか?


ジェームス:それは分からないな。

ジェームス:今となっては、二人の中で何があったのかは


ローレン:そうですね・・・


ジェームス:ローレン、その死体の処理に関してなんだが、俺に一任(いちにん)させてくれないか


ローレン:どういう事でしょうか?


ジェームス:その死体は解剖するんじゃなくて、故郷のヨークシャーにそのまま葬ってやりたいんだ


ローレン:そうですか・・・そういう条件で何かの取引をしたって事ですね。


ジェームス:ああ、察しがいいな、頼めるか?


ローレン:分かりました、では、そのように手続きをしておきます。


ジェームス:ありがとう、助かるよ


ジェームス:(M)そして、俺はエリスの死体をアランに引き渡した。


アラン:(M)僕は、エリスの死体をヨークシャーに持ち帰り、丁寧に埋葬をして、今回のエリスの依頼を完了とした。


アラン:(M)ロンドンに向かう帰りの列車の中、流れて行く車窓(しゃそう)を眺めながら、僕はぼんやりと考えていた

アラン:(M)これから何百年か先に、ヴァンパイアはもう一度復活するのだろうか、

アラン:(M)そしてその時、フィンリー家の誰かが、また依頼を受けるのだろうかと


アラン:(M)そんな、とりとめのない思考と、エリスの記憶が混ざりあう中、

アラン:(M)列車の車窓は遠くにロンドンの街を映し始めた。



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アラン・フィンリー探偵事務所 300年前の約束「劇場版」 ジェームス × エリス版 Danzig @Danzig999

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