吸血鬼は二周目へ

渡貫とゐち

日陰者が生き残る。


 世界は崩壊した――あっけなく。


 突如降り注いだ巨大な隕石によって地上は割れ、全ての生物が死に絶えた。

 点々とあった国々は空っぽに、その枠すら曖昧になっていく。


 離れていた大陸は砕けて流れた瓦礫が混ざり合い、繋がっているように見えた。

 独立していた大陸は全ての破壊の上で再び、ひとつに集合できたとも言えた。


 あれだけ広大な規模で世界に存在していた海も小さくなっている。

 ほとんどの水分が溢れ出てしまい、衝撃によって大空へと四散した。

 隕石の衝突で惑星全体にひびが入ったものの、形を失うまではいかなかった。ギリギリのところではあるが、まだその惑星は惑星としてその場に存在している。


 ……全ての生物が死に絶えた、とは言ったが、正確には不死の存在は生きている。隕石の衝突で生き埋めになってしまった、惑星の中心へと落ちてしまい、灼熱の生き地獄を味わっている者も中にはいるが、腰までしか水位がない海のど真ん中で目を覚ました存在もいる――吸血鬼。


 昔のように太陽光に弱いわけではない。十字架を見てもなんともない。けどニンニクは苦手だ。苦手なだけで弱点とは言い難いけれど。それでもやはりニンニクが近くにあるのは、顔に出るほどの嫌悪感が頭の中を占める。


 こんな最悪な日でも変わらず目を覚ました吸血鬼は、今日は二度寝をしなかった……起き上がって、見るも無残となった地球を見て唖然としていた。

 以前に見た戦争とはまた違う……暗雲が世界を覆い、夜の中に映えている赤い炎があった。


 戦争と違うのは悲鳴がなかったことか。

 勝利者もいない。だから、加害者と被害者の声がなかった。

 自然音を除けば無音だった。……世界の終わりが、目の前にあった……。


 特注で作ってもらった棺桶から出てきたのは、金髪の少女だった。年齢は十八……くらいだろうか。大人びた十代と言った見た目だが、実際は数百年以上も生きている吸血鬼である。

 世界の始まりから見ていたわけではないけれど、生物界で人間の台頭を見てきている世代だ。探せば吸血鬼の中でも大昔を知っている者もいるだろう。一度目の世界の崩壊寸前を見ている者もいるはず……、その時は人間ではなく恐竜がいたはずだ。


 ……棺桶から出た彼女は戸惑わなかった。不死であるというアドバンテージがあると自覚していれば、警戒をしない。周囲でなにが起ころうとも焦ることはないのだ。


「…………」


 しばらく眠っていたので声を出す方法も忘れていた。

 加えて、喉も満足に活動しなかった。喋り出すまでにしばらく時間がかかってしまったが、その間に旧知と会わずに良かったと安堵する。

 挨拶されても、返すことができないのは申し訳ない。


「あー、あー……。あたしってこんな声だったっけ?」


 声変わりしているのかもしれない。吸血鬼は不死で長生きだが、成長をしないわけではない。人間よりも随分と遅いが、確実に成長はするのだ。

 およそで言えば彼女は見た目「十八歳」であれば、推測で、千八百年は生きているのかもしれない……。本当のところは分からないけれど。


 ともかく、首の皮一枚でギリギリ活動している地球の復興をしなければならない。

 このまま地球が壊れて宇宙空間に投げ出されるのは、吸血鬼としても避けたいところだ。死ねない、というのは、生命活動ができる場所がなければただの生き地獄である。

 別の惑星に落ちることができればいいけれど……、頼れるのは運だ。その運に頼るのは最終手段……、今はとにかく壊れかけた地球を復興させなければ。


「目覚めたか」

「っ!?」


 背後。杖をついて立っていたのは白髪の老人だった。


「だれ?」

「吸血鬼。君もそうだろう? そもそも生存している生物は吸血鬼くらいなものだ」


 不死。


 吸血鬼以外にも人間ではない知能を持った生命体はいたが……不死ではなかった。妖精や悪魔や天使を言い出せば、あれは正確には生物ではない。

 地球がどうなろうが影響がない種族とも言える。ああいうのは思想から生まれた特別な存在だ――偶像ではないが、生物ではないことは確かだった。


「ついてきなさい。吸血鬼が集まっているからね」

「避難所みたいなところがあるの?」

「作戦会議室と言ってほしいね」


 吸血鬼が避難する理由もない。

 繰り返すが、不死なのだから。


「(不死でも痛いのは嫌なんだけどね……慣れればどうってことないけど)」


 それでも望んで自傷をする者は稀だ。

 それ自体が娯楽になるところまでいけば、退屈が吸血鬼が歪めてしまっている。




 連れていかれたのは避難所……もとい作戦会議室だった。

 ……外だが。崩落した山の瓦礫を椅子にして集まっているのは、十数人の吸血鬼たちだった。


 男女ともに、半々くらいだろうか。若い娘がいれば年寄りもいる。高齢だから発言権があるわけでもなさそうだ……、この場を仕切っていたのは若い男の吸血鬼だった。


「恐竜がいなくなって眠ってみたら……また同じような事故で起こされるなんてね……」


 と、高齢の吸血鬼。……どうやらこの女性は今までずっと棺桶の中で眠っていたらしい……そのため人間の台頭を知らないし、発展してきた文明も知らないようだ。


 なにも知らないのと大して変わらない。


「また増えたか。吸血鬼はルーズだから困ったものだ」

「……? 約束でもしてた?」


「していないが、こうした事故が起これば集まるのが当然だろう。不死である以上、環境を維持しなければ我々は苦しむことになる。死ねないことが牙を剥くのだから、全員で協力をして宇宙に放り出されないことに全力を尽くすべきだ……違うか?」


「違くないでーす」

「分かればいい」


 恐らくは最も若いであろう金髪の吸血鬼が、近くの瓦礫に腰を下ろした。やはり吸血鬼たちは焦っていない。近くで爆発があっても、動じない者ばかりだった。


「うぅ……」


 ……動じない、はずだが、隣では同年代に見える少女が怯えていた。

 きっと最近の人間社会に溶け込んでいたのだろう。

 そのため、不死を忘れて思わず人間らしく振る舞ってしまったのだ。


「ねえ、あなた。これってどういう経緯でこうなったの? あたし、一週間くらい眠ってたから分からないんだけど……」

「いん、せき……です」

「隕石かあ……。予兆とかあった?」


「はい……。いえ、予測よりもだいぶ大きな隕石に成長してしまっていて……、人間の科学力では隕石を逸らすことも壊すこともできなかったんです……っ、だから、わたしだけ生き残って……っ」


 人間の友達でもいたのだろう。その人たちは死んで、吸血鬼である彼女は生き残った……。生き残ってしまった。

 社会に溶け込み過ぎると、こういった感情移入が生き地獄を味わわせることになる。だから吸血鬼は近過ぎず遠過ぎずの距離感を保っておいた方がいいのだ。


 不死ではないが長命ではあるエルフ族も、そうやって人間との距離感を保っていた……とは言っても、人間には認知されていないので、ごく少数の個体が自己判断でおこなっていたことだろうけど。


「これからどうするの?」

「あの人、が、説明をしてくれ、ます……」

「ふーん」


 真ん中に立っている若い男が、時計を見ながら――その時計も時間が合っているのか……合っていなくてもいいのだろう。ようは目安として使えればいいのだから。


「もう待てないな。作戦会議を始めたいと思う」

「もう待てないと言いながら三日も待ってただろ。三日待てたならもう少し待てんじゃねえか?」


「完全に壊れる前に対処したい……急いだ方がいいだろう。――早くて困ることはないはずだ。途中で合流した吸血鬼には簡単にそこで説明してしまえばいい。あまり数が多くても意見が割れるのは避けたいからな……だから、これくらいの人数がちょうどいいのだよ」


 若い男の言葉に別の吸血鬼が肩をすくめて、「どうぞ」と促した。


「では、作戦会議を始める――これから世界を再建させるのだが、これまでの人間の歴史を全て知っている者はこの中にいるか?」


 ちらほらと手が挙がる。が、やはり穴はあるようで、そこは歴史の教科書などで埋めた者ばかりのようだ。欠けた部分をそれぞれが補い合い、人間のこれまでの歴史を把握していく。


「そうか……、もちろん、これに沿ってもう一度歴史を繰り返し、隕石が衝突する寸前に戻そうと言うわけじゃあないが、だが、『軸』を知っておくのは必要だ。

 あまり離れ過ぎた復興のさせ方はいらぬトラブルを生み出すだろう。それ以前に、人間をまた生まれるように調整するところから始めなければならないが……、まあ、知能がある生物がいれば社会を築くことは難しくはないだろう」


 吸血鬼たちは居心地が良かった崩壊前の世界を、作り直そうとしている。ただし二周目であれば一周目の問題を把握しているため、改善することができる……。

 改善したことで未来が変わってしまう場合もあるが、大きくずれてしまうことはないだろう。


 まるで神の真似事だが、神が動かないのであれば吸血鬼が動くしかない。

 吸血鬼さえ世界からいなくなった時、そこで初めて神が動き出すのかもしれなかった……。


 期待はしない方がいい。


「あっ、質問あるんだけど」


 金髪の吸血鬼が手を挙げた。

 嫌な顔をした若い男である……もしかして苦手なタイプか?


「なんだ」

「あたしたちは誘導するだけ? 表立って牽引しちゃダメなの?」

「牽引なんて言葉、よく知ってるな」

「バカにしないでくれる? 偏見も知ってるし」


「言葉の選び方がバカに聞こえるが……。そのあたりは任せるがな。たとえばお前が王となって人間……でなくとも知能を持った生物を引き連れても構わない。ただし地球が崩壊する寸前の世界へ戻すためだからな? 私的利用はするんじゃないぞ?」


「はーい、分かってますよー」

「ほんとに分かってんのかよ……っ!」


 にやにやと、金髪の吸血鬼は思い描いているシナリオがあるようだ。

 悪そうな顔である。……だが、それを指摘する吸血鬼はいなかった。

 どんな思惑があろうが、それが悪の花を咲かせようとも、この危機的状況を乗り越えられるならそれでいい。問題が起これば起こった時に対処をすればいいのだから。


 たったひとりの吸血鬼の暴走など、複数の吸血鬼で止められる。


「あ、」

「どしたの?」

「また隕石――」


 怯えていた少女の吸血鬼が暗雲を指差した。

 漆黒を突き破ってやってきたのは、白い隕石である――そして。



 大きな衝撃が世界を貫いた。


 集まった吸血鬼は、衝撃で吹き飛ばされ散り散りになってしまい…………。


 だが、目的の共有はできている。


 たとえ世界へ散らばったとしても、目的さえ明確であれば顔を合わせなくとも前へ進むことができる。吸血鬼たちは各々のやり方で崩壊する寸前の世界へ、復興させようとするだろう。



 新世界を作る。


 たとえばそれは。

 旧世界では日陰に隠れていた吸血鬼が、表立って歩ける世界、とか――




 …終?

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