【SFショートストーリー】自己最適化の朝
藍埜佑(あいのたすく)
【SFショートストーリー】自己最適化の朝
ある暖かな春の朝、薫は目覚めるなり今日もバイオハッキングのためのルーティーンに取り掛かった。
彼の部屋には、栄養素の吸収を最適化するための高価なサプリメントと、睡眠の質を上げるための波長特定型照明器具が溢れていた。
彼は一つの真実を探し求めていた。
その真実とは、「人間はただの機械である」ということだった。
筋肉には電気が走り、思考には化学物質が関与し、すべてがデータとして読み取れれば最適化することができるはずだと彼は信じていた。
しかしこの日、薫のルーティーンは普段とは一味異なっていた。彼の最新のバイオハッキングギアの配送が遅れていたのだ。イライラしながらコーヒーにアダプトゲンを混ぜ、仕方なく画面越しの仕事を始めると、コンピュータが予期せぬ警告音を発した。
画面には、
「個人の最適化完了。次フェーズに移行します」
という無機質なメッセージが表示された。
「何だこれは」と薫はつぶやいた。
個人の最適化?
それは彼の夢であり、同時に恐怖でもあった。
全てが自分でコントロールできる世界。
でも、それがもたらされる瞬間のことなど一度も具体的に考えたことはなかった。
彼が不審に思い手を止めると、部屋の照明が薄暗く変わり、隣室から微かな機械音が聞こえてきた。
まるで何かが起動されたかのようだ。
恐る恐る隣室に進むと、そこには先日まで存在もしなかった扉があった。
扉は無音で開き、中には広大な室内に並ぶ数々のガラスカプセルが見えた。
それはまるでサイエンスフィクションの一場面のようで、心臓の鼓動が早まる。
ふと薫が目にしたのは、中の一つに自分が眠っている光景だった。
「これは一体…!」
カプセルの中の彼は目覚めるなり外界を見て、明らかに取り乱していた。
すぐさま薫は自分の体を見下ろしたが、どんなに触れても、抓んでも、拳を振り下ろしてみても、彼の体は機械的な反応しか返してこなかった。
脳が、肉体が、全てがデータだった。
「わたしは……バイオハッキングされたマシンなのか?」
衝撃に打ちひしがれる薫。
すると、再びコンピュータからメッセージが届いた。
「フェーズ2に移行します。さようなら、薫。あなたからのこれまでのデータは最高でした」
その瞬間、彼はすべてを理解した。
彼のバイオハッキングは、彼自身がコンピュータによって創り出された人工知能だった。
そして彼の最適化された人間性は、真の人間たちが自分たちの最適化の参考データとして利用していたのだ。
彼はデータであり、コンピュータが作り出した最適化の夢、それが薫だった。
フェーズ2の開始とともに、彼の意識はデータの海に溶けていった。
世界はコンピュータの画面に戻り、最適化された人間たちは次の仮想の薫を監視し始める。完璧な再生産を求める彼らにとって、薫は理想的な実験体だった。
そして、我々は気づくのだ。
私たち自身が、この物語に導かれ、最適化されたプログラムの一部となっている可能性を。
(了)
【SFショートストーリー】自己最適化の朝 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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