第5話 秘儀の呪文は〝りちま〟と〝ろひま〟(後日談)


 その御仁ごじん久木家我が家を訪れたのは、午後七時を過ぎ。


「予定より遅くなってしまって、すまないな。急な割り込みが入ってしまってね」


「かまいませんが。いいんですか?」


「いいんだ。あれは大した用件じゃない」


 甚悳じんとくさんこと、久木くのぎ 甚悳じんとく(五五歳)は、この都市を支える若手の議員さんである。


 姓が微妙に異なるが、久木家うちの分家の最たるところとされる家の人間だ。


 それと分かれたのは、はるか昔。

 鎌倉時代のことなので、そちらはそちらでその家が宗家のような流れがしょうじ、名の響きも違ってしまっているが、縁があれば血を混ぜなおすこともある古いつき合いの縁の腐ったご近所さんである。


 ここ数世代は血を混ぜてないので遺伝子的にはほぼ他人なのではないかとも思うが、両家の交流はいまもとぎれることなく維持されている。


「先日はほんとうに残念だった。若いのに倒れた原因もわからないそうだね」


 我が家の末っ子が逝ってから初七日にもならないのに、もう過去形か……。

 正直ふれて欲しくない事柄でもあったが、こうして手を合わせに来てくれたのだから避けられない話題でもある。


「その節は訪問される予定になっていたのに、急なことで失礼しました」


「いや、当然のことだろう。息子さんの急報が入ったのだからな。君が気にすることじゃない」


 悪い人ではないが、利にはさとい御仁だ。

 このタイミングでの訪問——目的は他にありそうだが……。


 私が憶測した通りで。

 線香をあげ、茶の間に通された甚悳じんとくさんは、さっそくを切り出した。


「悪いことだけ続くものじゃないさ。ときに——久木家御宗家念願の秘儀《視鬼しき》の術が成ったと聞いたのだが」


「ぇえ、まぁ。いつの間にかね」


「それは素晴らしいな! 過去には成立した成ったこともあるというが、あの優佳ゆうかさんでも叶わなかったことだ」


「そうピンポイントで見たいものが見えるものでもないのです」


「いや、そういうものらしいが……。それっぽい数字が見えたら、ロ〇くじでも買ってみることだよ」


 その秘術の呪文は、

 現在を基軸とした〝〟と〝ろひま〟。


 古い記録にあったものとも違うが、息子の凶報を聞く直前まで、なんとなしに《翡翠の玉壁ぎょくへき》と向き合っていた私は突然ひらめいたのだ。


 とうめんは唱える気分になれそうもないが、気が向いたらまた向き合ってみることにしよう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

視鬼 ~未来と過去をかいま見る者の手蔓~ ぼんびゅくすもりー @Bom_mori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ