第4話 離脱 ~運命を覆す符合~


 運命の相手でも現れないかなぁ……お付き合いする人愛しくなるような彼欲しいほしー……


 わたし——星河ほしかわ 万尋まひろ、十四歳は男に……じゃなかった。刺激に飢えていた。


 退屈できるだけ世のなか平和で恵まれているのだろうけど、せっかく若いんだし、生きてるんだから楽しい経験したいのだ。


 こうゆう時は現実から逃避するに限る――思いたったわたしはその日、通りすがりに見かけた書店へと足を運んだ。


 なぜか、無性むしょうに惹きつけられたのだ。


 特に読書家というわけでもないので雑誌のコーナーをうろついてから、なんとなく文房具がある方面へ足をのばす。


 そこでなんと!


 出会ってしまったのだ。運命の相手に!


 いや、


 おない年くらいでカッコイイ、好みの相手男子を見かけただけなんだけど。


 その存在が発するカリスマか、ちょっとしたしぐさ、そこに射しこむ光の錯覚、フェロモンか……。

 この距離だからフェロモンではないはないと思うけど、その少年にはとても惹きつけられるものを感じる。


 あれはどこの学校だっけ?


 うちの中学ではない。

 近場の附属校でもないなぁと思いながら商品棚の陰からようすをうかがってると、怪しい動きをしているわたしの気配をさっしてか。

 彼の注意がこっちへ向けられた。


 視線が出会って、きゃうぁうわっ! と。


 いや。叫んではいないが、どういうわけかわたしの世界は大きくゆらぎだし、暗転したのだ。 


🕟🕟🕟


 なに?


 なにが起きたの?


 足もとを見おろせば、棚のあっちとこっち。ふたつの体が転がっている。

 わたしとあの彼だ。


 そして、こころなしか自分をとりまくものの動きが速い。

 じょじょに速度を増しているのか、あつまってきた人たちが倒れているわたしと彼のようすをうかがいはじめた。


 わたし、もしかして体から抜けちゃった?


 これって幽体離脱!?


 ええっ? わたし、やっちゃったの? 

 

 そんなふうに挙動不審してきょどっているわたしの視界で、とんでもないことが開始された。


「ええっ————ぉおおおお……ちょっ、ちょおっと! ちょっと! ありえないよ! ノーセンキューですっ、このおっちゃん! なんで、口……あたしの口が、唇が…………うわぇおあぉ×××……ぶ!!!」


 いや。あっちの彼もわたし(の体)と同じ目にあっている。

 要するに、わたし(の体)は息をしてないということだ。もしかしなくても心臓が止まってしまっているのだろう。


 胸のあたり……胸骨をぐいぐいやられている。

 蘇生しようとしてるのだろうけど…——ううう、めてほしい。してほしいけど、められるとまずいのだ、きっと――って、どうすりゃいいの?

 生き返りたければ邪魔しちゃいけないのだろうけれど……


 拒絶衝動はなはだしい惨状に、しばし言葉をなくす。


「……――」


 うん。わかってる。わかっていますよ。このおっちゃんはわたしをかそうと、がんばってくれているのだ。

 わかっている。

 その容姿には目をつぶろう。そして、忘れるしかないんだ。


 でも、泣きたい。


 妙にテクニカルさを感じさせるおっちゃんをぶっとばしたいのに、そうもいかないジレンマに、わたしは体を震わせた。


 歩む人たちが、わたしの体をすり抜けてゆく。

 そう。幽体離脱中のわたしは彼らにさわれない。れようとしてもすり抜けてしまう。


 ただ見守るばかりのわたしをよそに、わたしと彼の肉体が持ちよられたストレッチャータンカに乗せられて運び去られてゆく——


 そんな現実にわたしは、ふたたび我をとりもどした。


「あぅあ……わたしの体。勝手に持ってかないでよぉ! わたし、ここにいる」


 わたしが声をあげても、そこにいる人たちには届いてないようだ。


 なんとなく周囲の動作がせわしなく、せかせかしている。追いかけてるのに追いつけない。

 着実に速度を増し、累乗に早送りされていくようで……


「たぶん抜けちゃっただけで、ここにいるんだよっ‼ おいていかないで」


 さっきから、こんなに叫んでいるのに無視される。

 魂の状態になってしまっているからだろうけれど、あげた声が届かない。


 そういえば少し前から、すべての音が遠い。

 なにも聞こえないわけではないけれど、まるで目には見えない防音壁でおおわれているみたいに。

 現場は騒然としているはずなのに、

 これって……いったい——!?


 🕟🕟🕟


「……ぅては、ならんかったのに……」


 声がしたのでとなりに目を向けると、なじみのない和装の子供がたたずんでいた。


 長い黒髪を流しおろした女の子だ。

 白袴しろばかまに白い着物姿で、それにふわりとうぐいす色のまりのような模様がほどこされた黄色い着物の上着を羽織っている。

 はかまは赤くないけれど、巫女さんが着物をまとっているような時代がかったでたちだ。


「あなた、誰?」


 声をかけると、その子はことのほか驚いたようすでこちらを凝視した。


「あんさん、あてのこと見えはるんか?」


 ひぇ……着物着てると思ったら関西の子だ……とか思い、とまどいながらも言葉を返す。


「え、あと……見える…けど?」


 そういえばさっき聞こえたのも、その方面のお国言葉だった。


「ぁあ…、おひとと話したんは、いつぶりやろ。けんどな……あて、思うん。あて、しまいかもしれんのや……あんたらと交代ないれかわるんやろか……薄れてきよってん……もう、いいかげん、しんどいん」


「あなた、なにか知ってるの?」


「あての時とおんなじでな……。ややこしいんけんど……きっと、あんさんとあんお人……まちりはんは出会でおぅてはならんかったん……もう、どうにもならん、かなわんのや――やっぱし久木くのぎはんがひき合わさったんかも……」


 その子の発する言葉がスローになっていってる気がするのは、気のせいではないだろう。

 話す言葉が変に間延びして、遅くなる時間魔法でもかけられたみたいに後へと引き伸ばされていく。

 

「あてもよぅーわからん——。けんど……。もうしまいかもしれんのや……。

〝まちり〟はんがあらわはってから、あて、ようおそなりましてな……で、うすうな……。前はえらいえろうはよなるばかりやったん……おそなって……うすぅなってく……」


 その言葉どおり、その子の姿もかなり薄れていた。

 いまのこの状況に関して、すごく大事なこと話しているような気もするのだが、その子は、いまにも消えてしまいそうだった。


久木くのぎはんが言わはるには、あてらなんやと……わけわからへん……いけずいな」


 消えちゃいそう……思っていたら、予測した通りで。

 その子は本当に消えてしまった。

 目を離したわけでもないのに、わたしが見ている前で忽然こつぜんと。

 あとには、なにものこらなかった。

 

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