命
白川津 中々
■
仕事が終わり、この世の全てを呪いながら満員電車で帰宅していると、弟からメッセージが届いた。
娘が生まれました。
短くそう書かれた文章を眺め返信内容を考えるも、気の利いた言い回しも思いつかず、弟と同じように短く「おめでとう」と一言にまとめて送る。その後すぐに「ありがとう」と返ってきて、そこで終わった。
おめでとう。
実際の所、少しもめでたい気持ちなどなかった。子供が生まれて何が嬉しいのか。金も手間もかかるし、生まれてきた子供だって四苦八苦に悩まなければならない。生は苦しみ世は地獄。命などあっても百害あって一利なしではないか。それに、あの弟が子供を作る事に俺は強烈な嫌悪感を抱いていた。一丁前に親を気取る様が、気に食わなかった。
昔、弟は酷く荒れていた。
「死ね」
「殺す」
「ふざけるな」
少ないレパートリーの中から必死に汚い言葉を選び、あらん限りの力を使って親へ反抗の意を示していた。親の金で学校に行っている分際で、馬鹿な奴だなと思っていた。
「お前一人じゃ生きていけないんだから、今悪態突いたって恰好が悪いぞ、せめて働くまで黙っていろよ」
そんな風に諭そうとした事があったが、「親が好きで生んだんだからそんな風に慮る必要もないよ」と聞く耳を持たなかったし、俺も「確かにそうだな」と納得してしまった。そう、命は選べないのだ。勝手に放り出されて、生きる事を強要される。なんと悍ましく、残酷な話だろう。こんなにも辛い世の中で不幸を背負わされる。まったく子供が可哀想ではないか。
しかし、弟は子供を作った。「親が好きで生んだんだから」と、両親に欠片も親愛の情を見せなかった弟が、子供を作ったのだ。
お前も同じ事を言われるぞ。
短いやり取りが残されたモニタ。送りかけてやめた一言。代わりに、ギフト券を買って贈っておいた。それは慣習以外の何物でもなく、特別な感情も気持ちもなかった。
「生んでくれなんて頼んでない」
弟は、いつかそんな言葉を吐かれるだろう。
弟の子供が、自身の生を呪う時が必ずくるだろう。
艱難辛苦が約束され、偽りの祝詞が届けられる、命。
その命に子供ができて、同じように、不幸の数を増やしていく。
……
なんとなしに弟とのやり取りを眺めていると、生まれてきた子供の画像が送られてきた。
可愛くもなく、愛着も湧かなかった。
命などない方がいい。
生きているだけで苦しまなければならない。
そう送りかけて、やはりやめた。
満員電車の中、俺はずっと、弟の子供の画像を見ていた。
命 白川津 中々 @taka1212384
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