架空の話ですけど

霜月はつ果

失恋の傷は

 失恋の傷は新たな恋で。というのは、誰が言い始めたのだろう。


「内海はさ、浮いた話、ないんですか?」


 新たな恋をすぐにするかはおいておくとして、誰かの幸せな話が聞きたくなるのだから、あながち間違いではないのかもしれない。


 急遽、先生が欠席で自習になった時間。真面目に勉強している生徒なんて見渡す限りいなくて、ほどよく騒がしく恋バナにはぴったりだ。名誉のために言っておくけども俺は授業は真面目に受ける派だ。普段は授業中に恋バナなんてしない。


「……そういう君はどうなの? 浮いた話はないんですか?」


 隣の席の内海秋帆うつみあきほは知ってか知らずしてか遠慮なく傷をえぐってきた。


「沈みました」


「ごめん気づいてた。君はさ、わかりやすすぎるんだよ」


 なんと後者だったらしい。ひどいもんだ。

 前言撤回。失恋したときにはこういう話を振るべきじゃないのかもしれない。しかも内海、自分は答えさえしてない。聞き損だしえぐられ損だ。


「で、少しでも浮けるように幸せを欲してるんですけど。内海は良い話はないんですか?」


 そんな憐れんだ視線を送らないで欲しい。昨日片思い相手の同じ陸部の先輩に彼氏ができたことを知ってしまった悲しみで、俺の心はすでに限界なのだから。毎朝やっていた自主練も今朝は休みにしたくらいにはショックだった。


「もういっそ架空の話でもいいから、希望のある恋バナが聞きたい」


「架空でもいいんだ(笑)」


 こら。今語尾に(笑)つけただろ。しかもちょっと鼻で笑っただろ。


「いいよ、恋バナしよっか」


 意外にも内海は乗ってくれるらしい。いや、意外でもないかもしれない。隣の席になったばかりのころはクールなやつなのかと思っていたけれど、実はお茶目でおしゃべりな優しいやつだってことに最近気づいたところだった。最近はお昼を一緒に食べてるし、今度遊びに行く約束までしてる。仲良くなれた気がするのは気のせいじゃないと信じたい。


「じゃあ、同じクラスで隣の席になって好きになったって設定でいい?」


「無駄にリアルだな」


「文句言うな。想像しやすいでしょ」


 それもそうだと、その設定で始めることにした。


「じゃあ導入から始めようぜ。内海は好きな人いるんですか?」


「まあ、いるにはいますよ」


 ちょっと照れたように内海が答える。


「おっ、それは実った感じですか? これからな感じですか?」


「これからですね」


「いいですねえ。どうしてその人のことが好きになったんですか?」


「同じクラスで隣の席になって。最初は騒々しいやつだと思ってたんですけど、話してみると楽しくて、意外と真面目なところも見つけて」


 心なしか、内海の顔が赤い。架空の話なのに、こっちまで気恥ずかしくなってくる。


「というと?」


「予想に反して授業を真面目に受けてたり、あと、その人が毎朝部活の自主練してているのをたまたま見ちゃったりして」


「好きになっちゃったと?」


 こくっと内海が頷いた。教室の騒がしさが遠くなる。


「それで、相手のほうはどうなんですか?」


「お昼とか遊びとか誘ってるんですけどね、鈍すぎるので当分なにもない気がしますね」


 少しぶっきらぼうに言ってから、にっと笑う。


「まあ、諦めてやらないんですけど」


 その晴れやかな笑顔に、俺はほんの少し見惚れてしまった。

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