物語の一行目から、登場人物の息遣いが聞こえました。続いて、病院特有の温度を管理された空気の匂いと、2024年現在よりも遙か未来に訪れた春の気配、そして彼らが生きる世界の在り方が、高い解像度で伝わってきて、心地よい没入感がありました。
研究者の主人公・一稀は、不治の病をかかえる恋人・柊華と生きるために、コールドスリープの実用化を目指した「冬ごもりプロジェクト」に、柊華と共に参加します。
けれど、コールドスリープから目覚めた四十三年後の世界でも、柊華の病を治療するすべはなく……一稀と柊華は、当時の両親や友人の多くを喪った世界で、巡る季節を過ごしていきます。
コールドスリープという選択を、後悔していないか。もっと違う道が、他にあったのではないか――緩やかに過ぎていく季節の中で、一稀を煩悶が苛みます。
けれど、世界がどんなに無慈悲で、一稀の胸に迷いが兆しても……大切な人と共に生きていきたい、という切なる願いによって選び取られた世界は、私の目にはとても美しく映りました。二人が生きた毎日には、穏やかで、温かで、優しい光が、確かに存在していました。
物悲しくも美しい、硬質でありながら情感あふれる恋愛SF短編でした。きっと、ラストに涙するはず。おすすめです。