この物語にはたくさんの夢が詰まっている

 小説を書くことは楽しいだけでなく苦しい。むしろ苦しいことの方が多い。投稿しても読まれない、公募の選考を通過できない、という結果が出ない苦しみから、面白いのかどうかわからない、つづきが思いつかないといった生みの苦しみまで、数え上げれば切りがない。
 楽しいのは本当に一瞬、一瞬だけのことなのだ。本作の主人公「叶夢沙織」もコンテストの大賞受賞および書籍化を、苦しみと向き合い時間をかけて勝ち得てきた。

(以下、引用)
 初稿、推敲、公開した時の確認で、自分の原稿なんて何回も読むものだ。そして、その度にやられるのだ。自分の書いたものに。
 『勇者に還る』は、私の持てる力を全て注ぎ込むことができた作品。そんな作品を作れることは、きっと数多くない。
 大抵は、キャラクターがブレていたり、テーマやアイデアの設定が弱かったり、ご都合主義な展開を入れてしまったり、などいろいろある。
 でも、何度も何度も作品を完成させることに取り組んでいると……この作品の様に、時に本物の自信作ができる。
 過去に別の公募で、最終選考直前まで残った作品もそうだった。
 それに気づくのには何年もかかってしまったけれど、真実だと思うのだ。
 だから、書くのは絶対やめない。
(引用終わり)

 彼女はいま物書き人生で一つの到達点にいる。デビュー後も苦しいことと楽しいことがつづくのだろうが、いま見える優しく幸せな景色は生涯わすれられないものになる。

 その優しく美しい景色には、書き手である叶夢沙織、読み専である宮原くん(はらっぱ飲み屋)、同級生の水沢由紀と尾山くんの三者が登場する。

 まず、書き手である叶夢沙織だが、大賞受賞、書籍化、固定の古参ファンからの応援、身近な友達からの感想、ひいてはファン・アート、そのポスター、はてはお祝い会まで、書き手として欲しいものすべてを手に入れている。

(以下、引用)
宮原>男なら主人公に感情移入しちゃうくらい書き方が上手い。俺も自分のことと重なる感じがある。
由紀>逆にヒロインには、女性だとメチャ共感しちゃう。

由紀>私はもう読み終わったんだ。読むのを止められずに、半分徹夜w で、何回か読むのが止まったんだよね。もうね、心の整理がつかなくて、思わず泣いてしまったのもあって。
宮原>水沢、それ、もう遅い。俺はもう、満員電車の中で泣いた……。吊り革とスマホで両手が塞がってた。
尾山>マジかよー。でもさ、読むの止める方が難しくない? 先が気になってさ。

尾山>爆死(T ^ T)
由紀>どしたの〜?
尾山>水沢や宮原の忠告を守っておけば良かった。昼休みにファミレスで読んでて……泣かされた。
由紀>ああ、ご愁傷様。物語の後半はいろいろなことが重なって加速していくから、手が止まらなくなるよね。そこにだもんね。
宮原>物語の本筋を追いかけてたら、思わぬところから……だろ?
尾山>それだよ! 完全にノーマークだった。前半の何気ないあの一言が、彼女の強さに繋がるなんて……。
(引用終わり)

 チャット形式でつづられる、投稿サイトでは見られないリアルなやりとり。私が叶夢先生なら泣いて喜んでしまう。書き手冥利に尽きる。

 つぎに、読み専である宮原くん(はらっぱ飲み屋)。読み専として、というより古参ファンとして、推し作家がデビューすることほど嬉しいことはない。
 彼が叶夢先生を推していたのは単純に友達だったからだけではないだろう。たとえ友達であっても、見るに堪えない小説はブラウザバックされてしまう。

(以下、引用)
宮原>水沢、それ、もう遅い。俺はもう、満員電車の中で泣いた……。吊り革とスマホで両手が塞がってた。
(引用終わり)

 彼は本当に叶夢先生の作品が好きだったのだ。
 そして後半では、自分が古参ファン「はらっぱ飲み屋」であることをほのめかす。

(以下、引用)
尾山>宮原はもう読み終わってるんだろ? 感想は?
宮原>ん? これ。
宮原>(画像ファイル)
尾山>おお。俺の代わりに書いてくれたみたいだ。すげーな、宮原。
宮原>そんなことない。この十数行の感想レビューを書くのに、二時間半溶かした。
由紀>この画像って、小説投稿サイトに載せたってこと?
宮原>ああ、その方が作品の評価や応援になるから。
(引用終わり)

 二時間半溶かしてまで感想レビューを書くのは読み専の熱烈ファンとしての矜持。叶夢先生を心から応援したいのだ。
 このほのめかしは、同級生同士の西野沙織と宮原くんを、叶夢先生と熱心なファン宮原として出会い直させる。連載当初より彼らは作家とファンの関係でもあったが、正式にファンとしてもお祝いできるのだ。そのファンの期待に応えるため、叶夢先生も第一号のサインを彼のために用意する。

 最後に同級生の水沢由紀と尾山くんだが、彼らも同級生同士から作家とファンの関係として出会い直すことになる。由紀はファン・アートで叶夢先生を応援し、尾山くんは不覚にもファミレスで泣いてしまう。
 二人は古参ファンの宮原くんに比べれば、友達という立場の方が強い。将来の夢を語った友達によい報告ができ作品を楽しんでもらえること、これもまたこの上なく幸せなことだ。夢を信じてくれた友達がいる、それ自体が希少でありがたいことだ。

(以下、引用)
沙織>みんな、久しぶり。なんと、遂に『叶夢沙織』のペンネームで小説家としてデビューすることになりました! ウェブ小説コンテストの大賞を受賞したんだよ。   
(URL:https://xxxxx……)
(引用終わり)

 こんな報告をしてみたいし、

(以下、引用)
宮原>(マジ?:スタンプ)
宮原>あっ、ホントだ。名前載ってる。すげー! おめでとう!!
尾山>えっ何事?
由紀>沙織、すごい!
由紀>(おめでとう!:スタンプ)
宮原>西野が小説家デビューだよ。しかも、大賞獲って。
尾山>えええっ。すげー。夢を叶えたってことだよな。
(引用終わり)

 こんな反応をもらいたい。

(以下、引用)
尾山>そうしてほしい。なぜなら……これから、第一回「物語で殴りにくる作家・叶夢沙織(かなむさおり)先生ファンの集い」を企画するから。
沙織>ちょっと、何そのタイトル(怒)
尾山>すでに成人男性二名が公の場で泣かされている事実があります。異論は認めません!
由紀>「夜中に襲われて、朝まで寝かせてくれなかった」という証言もありますよ。
尾山>言い方w
宮原>ってことで、受賞お祝い兼同窓会やろうと、尾山と話した。
(引用終わり)

 さらには、こんな風に祝われたい。

 この物語にはたくさんの夢が詰まっていた。作者は書き手と読み手を、特に書き手を応援してくれていると感じた。無責任に夢へ駆けろと煽るわけにはいかないが、同じ書き手であり書き手としての苦悩を知っている作者だから素敵な夢を見させてくれるのだろう。
 書き手として苦しい時間がつづくと、来たる受賞の時に見える景色が想像がつかない。この物語に出会い景色を見せてもらえたとしても、そんな夢みたいなことがあるものかと挫けてしまいそうになる。
 しかし、自分に言い聞かせるようにして、明るい未来を信じるしかないのだ。想像したこともないものに向かい、実現させることはできない。
 これを読むあなたも、あなたが気づいていないだけで、ずっと応援してくれている人がいるはずだ。それはファンかもしれないし、友達かもしれないし、家族や恋人かもしれない。
 この物語を読んだあなたはもう一人じゃない。同じ書き手としておたがいの夢が叶うことを願っている。夢の詰まった心あたたまる物語をありがとうございました。