読み専男子の姫推し

凪野 晴

読み専男子の姫推し

 私こと西野沙織にしのさおりは、ペンネーム『叶夢沙織かなむさおり』で大手出版社のウェブ小説コンテスト大賞を受賞した。


 五月某日、そのことが遂にウェブサイトで公開されたのだった。


 もちろん、公表される前に編集部から連絡があり、大賞に選ばれたことを告げられていた。本当に泣きそうなほど嬉しかった。いや、実際泣いた。


 そして、今日まで言うのを我慢していたのは、辛かった。



 当然、書籍化も決まっており、担当編集になった今井真理子さんと、オンライン会議を二回ほどしている。


 彼女は編集の仕事に就く前は、大手企業でマーケティングの仕事をしていた異色のキャリアの持ち主だった。そのため、書籍化に向けたエピソードの追加や改稿とは別に、アドバイスをいただいていた。


「叶夢先生には、受賞作以外にもどんどん作品を世に出してほしいと思ってます。そのために今できること。それは作家としてのブランディングです。良いファンを一人でも増やしましょう」


 オンライン会議のカメラ越しであったけれど、真理子さんは常に前向きで明るい女性だった。二回とも、私の意見を否定することなく、もっと良い方向に導いてくれた。


「受賞が発表されたら、叶夢かなむ先生が小説を書いてきたことを知っているご家族、ご友人、お知り合いに伝えましょう。彼らは先生と顔を知った仲であり、すでに関係があるわけです。そこに、先生が受賞作家であるという事実が加わります。これが、彼らのステータスにもなるのです。知り合いに有名人がいるというね。自慢したくなるもの。なので、本を買って口コミしてくれる可能性が高くなります」

 そう言われていた。


「もちろん、本人と明かさずに匿名でいたいという場合は無理しなくて良いです」

 とも言われた。



 受賞が公開された今、私はスマートフォンのSNSアプリで、古いチャットグループを見ている。


 高校三年生の時に、仲良かった四人のグループチャット。


 十八歳の時だ。懐かしい。高校を卒業してからも、しばらくこのグループチャットでやりとりはあった。でも、それも大学一年の春休みの頃までだ。


 歩む道が異なれば、自然と話す機会も減り、接する機会も減ってしまう。


 深い地層に潜っていく様にSNSアプリでスクロールさせないと出てこないグループだけれど、参加メンバーは誰もまだ退室していなかった。


 私はそのグループチャットで『叶夢沙織かなむさおり』と検索する。高校を卒業した三月の春休みのチャットがヒットする。


──────

宮原>で、ペンネームは? 決めてるの?


沙織>叶夢沙織、かなむさおり、にしようかなって。


宮原>(いいね!:スタンプ)

──────


 もう八年くらい前だ。私が自分のペンネームを初めて人に教えた時だ。読書好きがこうじて、高校の頃から小説を書いていた。人には秘密にしていたけれど、卒業のテンションもあって、つい仲良かったこのグループには教えてしまったのだ。


 宮原くんはクラスの学級委員。メガネ男子で背が高くて、人の強みを見つけるのが得意な人だったな。


 それから尾山くん。彼は元気なスポーツマン。サッカー部だった。ムードメーカーでいつも場を明るくしてくれてた。


 最後の一人は、絵が得意な水沢由紀。将来はデザイナーやイラストレーターになると言っていた。


 私を含めた四人は、高校三年生に上がってすぐの修学旅行で同じ行動班だった。それがきっかけ。その後、大学受験に向けて忙しくなる秋には、学園祭での出し物の企画・実行を四人がクラスの中心になって行った。



 私は今、その化石のように眠っていたSNSのグループにチャットを入れようとしている。


──────

沙織>みんな、久しぶり。なんと、遂に『叶夢沙織』のペンネームで小説家としてデビューすることになりました! ウェブ小説コンテストの大賞を受賞したんだよ。   

(URL:https://xxxxx……)

──────

 と、投稿した。


 すぐに反応はなかった。


 そうだよなあ。もう何年も会っていない。進学した大学や専門学校は知っていたけれど、その後はどうしているか知らない。もうみんな、社会人。それぞれの道を進んでいるんだ。


 私は、チャットに投稿したことを少し後悔した。寂しさを感じた。



 でも、1時間後、返信があった。


──────

宮原>(マジ?:スタンプ)


宮原>あっ、ホントだ。名前載ってる。すげー! おめでとう!!


尾山>えっ何事?


由紀>沙織、すごい!


由紀>(おめでとう!:スタンプ)


宮原>西野が小説家デビューだよ。しかも、大賞獲って。


尾山>えええっ。すげー。夢を叶えたってことだよな。


沙織>みんな、ありがとう。反応ないかもって……不安だった。


沙織>(泣き:スタンプ)


沙織>良かったら、ウェブサイトで読めるから。


由紀>絶対、読むー。


尾山>俺も読むよ。スマホで読めるんだ。あ、アプリ入れた方がいいのかな?


宮原>アプリ入れて、アカウント作った方がいいぞ。


尾山>りょーかい。

──────


 私は、昔と変わらないやり取りが展開されて、嬉しくなった。その後は、お互い今は何をしているかの情報交換をした。


 私は運送会社で事務員をしながら、小説を書いていることを伝えた。


 宮原くんはイベント企画会社に就職し、若手ながら小さなイベントのリーダーを任されているそうだ。


 尾山くんは、製造業の営業職。都内を駆け回る日々らしい。


 由紀はデザイン事務所でウェブ制作の傍ら、副業でイラストレーターをしているとのことだった。もう夢を叶えていた。


 *


 そういえば、編集の今井真理子さんとは、こんなやりとりがあったのを思い出す。


「小説投稿サイトで、読者の方と交流があったかと思いますが、今後のウェブ上でのやりとりは気をつけてください」

 

「どう気をつければいいのですか?」


「叶夢先生には、受賞されるくらいなのでもう固定の古参ファンがついていますね。その方々との距離を一定に保ってください。同時に、固定のファンも新規のファンも分け隔てなく接してください。固定ファンをひいきにすると、新規ファンは去ります。新規ばかりを相手にすると、固定の古参ファンは嫉妬して、新規お断りとするような行動をするかもしれません」


 小説投稿サイトで四年ほど活動していたから、確かに私には固定ファンがいた。


 はらっぱ飲み屋さん、モフいぬさん、フィリップさんなどだ。


 新作を投稿すると読んでくれて、応援のハート、作品評価の星、感想レビューを毎回くれる人たちだった。


 ウェブ小説コンテストは読者人気で一次選考が行われるので、多くの読者を獲得して評価の星をもらわないといけないのだ。


 彼らの協力なくしては、受賞はなかっただろう。むげにできないと真理子さんに告げると、こう返された。


「叶夢先生は、一冊本を出して終わりでよろしいのですか? たくさんの方に先生のファンでいてもらうためには必要なことです」

 と忠告された。


 そして、SNSなどでの投稿のコツ、注意事項などを特別に教えてくれた。すこし寂しいけれど、自分はプロになるのだなと、その時に感じた。


 *


 翌日


──────

尾山>西野の小説。まだ最初の方だけど、面白いな。


由紀>私も読んでるよー。


沙織>読んでくれてるの? ありがとう!


尾山>この『勇者に還る』の主人公ってモデルは、俺だったりする?


由紀>流石に、それはないでしょw


宮原>男なら主人公に感情移入しちゃうくらい書き方が上手い。俺も自分のことと重なる感じがある。


由紀>逆にヒロインには、女性だとメチャ共感しちゃう。


沙織>ほんと? 良かった。過去に大賞を取った作品って、読者が男性でも女性でも楽しめるものが多くて、研究したんだよ。

──────


 私は三人が自分の作品を読んでくれているのが、本当にうれしかった。


 思えば、高校卒業の時に、小説家になりたいとペンネームを明かしていたけれど、作品は見せたことがなかった。


 当時はまだ小説というものが良くわかっていなかったから、見せる勇気がなかった。恥をかかなくてすんだとも思う。


 *


 数日後


──────

宮原>尾山は、第何話くらいまで読んだ?


尾山>ん? 二十話あたり。全五十五話だからまだ半分もいってない。


宮原>読むのはどこで?


尾山>仕事が忙しいからね。通勤の時とか、昼休みにファミレスとかで少しずつ。


由紀>二人とも、物語の後半は人がそばにいるところでは、読まない方が良いよ。


尾山>(???:スタンプ)


由紀>私はもう読み終わったんだ。読むのを止められずに、半分徹夜w で、何回か読むのが止まったんだよね。もうね、心の整理がつかなくて、思わず泣いてしまったのもあって。


宮原>水沢、それ、もう遅い。俺はもう、満員電車の中で泣いた……。吊り革とスマホで両手が塞がってた。


尾山>マジかよー。でもさ、読むの止める方が難しくない? 先が気になってさ。


宮原>わかる。


由紀>(「それな」:スタンプ)


尾山>心がまえはしておく。

──────


 私は、自分の作品を友達が楽しんでいるのを眺めていた。


 小説投稿サイトではこんなやり取りは見れないから、とても興味深かった。


 大賞を取った事実すら一瞬忘れそうになる。単純に自分の作品を友人たちが楽しんでくれている。それだけで、すごく幸せな気分になっていたのだ。


 もっと前から……下手だった時から、読んでもらっても、良かったのかなと思った。


──────

由紀>沙織〜。FA描いたよ! 主人公とヒロインのツーショット。


由紀>(画像ファイル)


尾山>FAって何?


沙織>わわ、ありがとー。すごい。というか絵、メチャクチャ上手くなってる!


由紀>へへ。沙織が小説を頑張ってきたように、私も絵は頑張ってきたからね。あげる〜。


沙織>(喜び:スタンプ)


沙織>尾山くん、FAってのは、ファン・アートだよ。絵師さんが、ファンとして気に入った小説の絵を描いてくれるってこと。


宮原>水沢、これもっと解像度高いファイルで出力してアップしてくれない?


由紀>ん? いいけど。ちょっと待ってて。


由紀>(画像ファイル)


由紀>ほい。で、宮原くんは何がしたいのさ?


宮原>うちイベント企画会社だろ。複合機が特別なんで、ポスターサイズで印刷しておこうかなって。


由紀>ちょっw


尾山>宮原〜。俺のもよろしく!


宮原>承知。当然、叶夢先生の分も。


沙織>(わーい:スタンプ)

──────


 由紀が描いてくれたファン・アートを、スマートフォンのロック画面の壁紙にした。


 いつでも自分の作品のキャラクターを見れるのは、なんて素敵なんだろう。しかも高校時代の友人が描いてくれたものだ。


 *


 数日後


──────

尾山>爆死(T ^ T)


由紀>どしたの〜?


尾山>水沢や宮原の忠告を守っておけば良かった。昼休みにファミレスで読んでて……泣かされた。


由紀>ああ、ご愁傷様。物語の後半はいろいろなことが重なって加速していくから、手が止まらなくなるよね。そこにだもんね。


宮原>物語の本筋を追いかけてたら、思わぬところから……だろ?


尾山>それだよ! 完全にノーマークだった。前半の何気ないあの一言が、彼女の強さに繋がるなんて……。

──────


 『作者だって、そのシーンで何度も泣きそうになっているからね』というのをチャットに入れようと思ったけれど、秘密にしておくことにした。


 初稿、推敲、公開した時の確認で、自分の原稿なんて何回も読むものだ。そして、その度にやられるのだ。自分の書いたものに。


 『勇者に還る』は、私の持てる力を全て注ぎ込むことができた作品。そんな作品を作れることは、きっと数多くない。


 大抵は、キャラクターがブレていたり、テーマやアイデアの設定が弱かったり、ご都合主義な展開を入れてしまったり、などいろいろある。


 でも、何度も何度も作品を完成させることに取り組んでいると……この作品の様に、時にができる。


 過去に別の公募で、最終選考直前まで残った作品もそうだった。


 それに気づくのには何年もかかってしまったけれど、真実だと思うのだ。

 だから、書くのは絶対やめない。


 *


 土曜日の午後、私は気分転換にカフェで作業をしていた。ドーナツとカフェラテをお供に、編集の真理子さんから提案されたエピソードの追加や改稿をするためだった。


 そこにスマートフォンの通知が表示される。ついつい手に取り、見てしまう。反応してしまう。


──────

尾山>読了。


沙織>わぁ、尾山くん、ありがとう。感想を聞かせて〜。


尾山>西野、わるい。あの、上手く書けない……。なんていうかな、すごい。面白かった。


由紀>がんばれw


尾山>俺、日本人なのにさ、日本語で表現できないんだよ。この感動をさ、いろいろ言いたいのに、すごい、としか言えなくて。すげー、もどかしい!


由紀>わかるよ、わかるよー。なので、私は今、FA二枚目を描いている。五十四話のあのシーン。尊いものを絵にするのが絵師だからね。日本語での感想は、もうあきらめた!


沙織>?!。ええええ。それ、ほんと? あのシーンを絵にしてくれるの?


由紀>待っててね。


沙織>待ちます!


尾山>宮原はもう読み終わってるんだろ? 感想は?


宮原>ん? これ。


宮原>(画像ファイル)


尾山>おお。俺の代わりに書いてくれたみたいだ。すげーな、宮原。


宮原>そんなことない。この十数行の感想レビューを書くのに、二時間半溶かした。


由紀>この画像って、小説投稿サイトに載せたってこと?


宮原>ああ、その方が作品の評価や応援になるから。


尾山>俺も西野をそれで応援したいけど、語彙力ごいりょくが……。


由紀>がんばれw

──────


 宮原くんが貼ってくれた画像は、小説投稿サイトの感想レビューのスクリーンショットだった。


 見覚えがあった。


 宮原くんはアカウントネームが写らないように切り取って画像をアップした様だ。


 でも、ひとつわかっていることがある。この感想レビューは最近のものではない。もっと前に見た記憶があった。


 作者なら、ほとんどの感想レビューに目を通す。だから、この宮原くんのは最近のものではないと、すぐわかるのだ。


 宮原くんがいつ感想をくれたのか? そして、アカウントネームは?


 私は、突き止めたくなった。



 カフェでの改稿作業のためのタブレット端末とキーボードで、小説投稿サイトにログインする。『勇者に還る』の感想レビューを見ていく。


 私の作品は読者選考に残り、大賞になったのもあって、ありがたいことに今やたくさんの感想レビューで埋まっている。なので、宮原くんの画像ファイルにあった文で検索することにした。


 あった。



 私は、息を止めた。画面を注視する。そこに映ったアカウントネームに釘付けになった。


 『はらっぱ飲み屋』


 そして、日付は作品の公開が完結した翌日だった。ウェブ小説コンテストの読者選考期間中にもらった感想レビューだ。作品評価も★★★と最高だった。


 目の前で何が起きたか、わからなかった。


 私が小説投稿サイトに作品を公開するようになったのが、確か約四年前だ。その頃から、はらっぱ飲み屋さんは感想レビューや応援コメントをくれていた。編集の真理子さんの定義によれば、固定の古参ファンだ。


 つまり、私、『叶夢沙織かなむさおり』を見つけて、前からずっと応援してくれてたことになる。


 『はらっぱのみや』って、『みやはら』って名前が入ってる……。


 ぜんぜん、気づかなかった。


 …………。


 もう途切れたと思ってた。歩む道が分かれたから、それぞれの道を進んでいるから、応援なんてされてないと思い込んでいた。


 一人で頑張っていると思っていた。


 スランプになった時、数少ない感想レビューを何度も読んで、自分を元気づけた。


 たった一人でも「面白かった!」と感想レビューが入ったら、一人でガッツポーズをしていた。


 いつの間にか、受賞しないと、みんなに届かないと思ってた。


 だから、必死に書いた。読んでもらう努力もした。


 ああ、ずるいよ。黙っているなんて。

 ……教えてくれてもいいのに。


 言葉にならない感情が頭の中を回る。胸が痛くなる。受賞までに努力していたことを、次々と思い出してしまう。


 気づくと、私はカフェでぽろぽろと泣いていた。


 ほんとにずるい。

 ……読み専なのに、作者を泣かせにくるなんて。


 *


──────

由紀>二枚目のFAはもうちょっとで完成。


沙織>わお。はやくアップして!


由紀>お披露目はちょっと待ってね。


尾山>そうしてほしい。なぜなら……これから、第一回「物語で殴りにくる作家・叶夢沙織かなむさおり先生ファンの集い」を企画するから。


沙織>ちょっと、何そのタイトル(怒)


尾山>すでに成人男性二名が公の場で泣かされている事実があります。異論は認めません!


由紀>「夜中に襲われて、朝まで寝かせてくれなかった」という証言もありますよ。


尾山>言い方w


宮原>ってことで、受賞お祝い兼同窓会やろうと、尾山と話した。


由紀>じゃ、二枚目のFAはその時に初披露にしようか。うちもデザイン事務所だから、良い感じに印刷して持ってくよ。画像データも、もちろんあげるけど。


宮原>それで頼む。前に印刷したFAのポスターは持っていくよ。


尾山>西野はちゃんとサイン練習しておいてね。色紙、用意しておくから。


沙織>サインはさ。受賞する前に、こんなこともあろうかと練習済みだよ!


由紀>(エレガント!:スタンプ)


宮原>あと、神作家の西野と神絵師の水沢は、会費無料ね。


沙織>ええ? いいの?


尾山>最初は宮原が全額出す気でいたんだぜ。推し活なんだから、金使わせろって。でも、それじゃ俺が推せないだろって折半になった。


由紀>何その争い。なんか、叶夢先生のおかげで、奢ってもらう形になったね。ラッキー。


宮原>いやいや、水沢はもう二枚も絵の仕事してるから。


由紀>まぁ、確かに。


尾山>このリンク先で、候補をあげているので、都合の良い日の回答よろしく。十九時くらいに開始で、店は高校の最寄駅で探すつもり。

(URL:https://xxxxx……)

──────


 こうして、一週間後の土曜日に懐かしい四人で集まることになった。


 作家のサイン。


 昔、小説投稿サイトの近況ノートで、相談したことがあった。


 敬愛する大作家様はサインは書かず、名刺を用意して代用している。でも、やはりサインは書けた方がいいのだろうか? と投げかけたのだ。


 「サインはただの署名ではないです。ギフト、贈り物です。だから、ファンのために書ける方が断然良いです」というコメントがあった。


 その時に気づかされた。


 もし、自分も好きな作家や芸能人からサインをもらったら、宝物にする。大切なものを好きな人からもらったと大事にする。


 だから、サインをデザインするために専門家にお金を払って相談し、きちんと書けるように練習したのだ。いつか書籍化作家になった時のためにと。


 ちなみに、その時の近況ノートを確認した。


 やっぱりそのコメントをくれたのは、はらっぱ飲み屋さんだった。


 なので、私は決めた。受賞作家としてのサイン第一号は、宮原くんにあげる。


 サイン色紙には、問答無用で、堂々と『はらっぱ飲み屋さんへ』と書いてやる。


 そして、編集の真理子さんのアドバイスを破って、同窓会の場だけは、たくさんひいきして、たくさん感謝して、彼を困らせよう。


 私、『叶夢沙織』という作家は、物語の外からでも泣かせにいくのだ。


 大賞作家になったのだから。

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