7-13 悪霊の住む家2


 迎えるように開いた両開きの扉の前に一行は立つ。


【230、ネムネム:真っ暗やん(; ・`д・´)人間さんに不利すぎるだろ!】


【231、名無し:ゲーム的な光量にしろやコラ!】


 家の中は墨を溶かしたような闇が広がっており、一寸先すら何があるかわからない。

 髑髏丸が懐中電灯で中を照らすと、そこはすぐにエントランスホールになっていた。


「さすが海外の家だな。玄関だけでも俺の部屋よりでかい」


「アパートと海外の高級住宅を比べるのはさすがにナンセンスだぞ」


 闇の福音の自虐ネタへ律義に返しつつ、サッと左右に光を走らせる。


「ふーん、やっぱり血管みたいなのは中にも張り巡らされているな」


「庭にばっかりクリスマス飾りで気合を入れる見栄っ張りの家じゃないんだ。内装こそ、より本気だろうさ」


「ああいう家に恨みでもあるの?」


 強襲を警戒しながら観察する2人の背後から、闇人が言う。


「突入の前にロバートとネコ太に闇耐性付与をかける」


「おっと、そうだな」


「闇人。ネコ太先生はワシが耐性をかけよう。お主はロバート殿だけでいい」


「わかった」


 グルコサが水蛇に襲われた際に、キツネ丸が火耐性付与という便利魔法を覚えた。これは魔法レベル2から覚えられ、他の属性にもそれぞれ耐性付与の魔法が発見されている。

 しかし、長時間の効果は期待できないので、エンラは分担して魔法をかけるように指示した。


 闇人は、闇属性の賢者の正統クラスチェンジ先である『闇の魔法使い』になっている。当然、闇属性耐性もお手の物だ。


「夜の化身たる我が血を貸さん。さすれば汝の魂は不滅なり」


 闇人が必要のない詠唱を唱え、ロバートに闇耐性付与をかけた。

 その瞬間、ロバートは自分の体に変化を感じて、手の平を見つめる。


『なんだ? 息苦しさが引いた?』


『ロバート。それは彼女、闇人が耐性付与の魔法をかけたのです』


『ゲームにあるようなバフ魔法ということかい?』


『その認識で大体合っています』


 竜胆がそう説明した。


「髑髏丸、お前も必要だったら言えよ」


「ああ。だが、ひとまずは各人の耐性について検証してからだな」


 闇の福音の言葉に、髑髏丸はそう答えた。自分は生産属性なので、他のメンバーとどう違うのか検証して賢者たちの知識にしたいのだ。


 準備が整い、エンラが言う。


「先頭はそのままヤミノと髑髏丸が行け。コウゲンは殿を。ワシはネコ太先生を守る。闇人と竜胆はロバート殿を頼む。竜胆はひとまず中にライトの魔法を投げ込んでくれ」


 竜胆は手の平からライトの魔法を出現させて、指を軽く振って家の中へと飛ばした。


『ま、魔法少女……』


 ロバートの中で竜胆はすっかり魔法少女。


「それじゃあ入りますよ」


 明るくなったエントランスホールに、闇の福音が足を踏み入れる。

 ロバートの目から見るとそれは普通に歩いていただけだが、同門の賢者たちには闇の福音がまったく油断していないのがわかった。


【240、名無し:コイツ、すっかり慣れてやがる】


【241、名無し:しっかりと警戒はしてるな。なかなか油断のない動きだ】


【242、ネムネム:ふむ、まあ65点てところか(。-`ω-)精進しておるな!】


【243、名無し:何様かwww】


【244、名無し:絶対にネムネムより強いわwww】


【245、名無し:ネムネムが1000人いても負けない自信があるわ】


【246、ネムネム:あたしが1000人とか、お前ら口撃で骨すら残らんぞ(。´・ω・)?戦いにすらならんが?】


【247、名無し:卑怯だぞ!】


 外野がワイワイする中、ロバートは窓辺にいる幽霊にビビっていた。


『り、リンドウ』


『この家に囚われてしまった幽霊たちでしょう。悪霊は冥府へと続く穴に常に吸引されている存在なのですが、他の幽霊を束縛することで冥府の穴に吸い込まれるのを防いでいます。そこにどのような法則が働いているのかは私たちにもわかりませんが、これ故に、悪霊は人を死に導き、その魂を自分のテリトリーに束縛します』


『じゃあナオマサも?』


『ナオマサ氏に関しては間違いありません。しかし、ここにいる霊の何割かは、外にいた幽霊を捕まえて家の中に引きずり込んでいるはずです』


 幽霊は見える範囲の窓辺にたくさんいるが、一番近いのは女性の霊だった。

 白人系の女性で、年齢は20代かと思えば、瞬きする間に70代に変わる。その逆も。


「姿を変えるということは、現世に別れをしていた幽霊が囚われたのかな?」


「俺らも知らないことが多いからな。どうだろうか」


 闇の福音の言葉に髑髏丸が女性の幽霊を観察する。

 49日の間に現世と別れをする幽霊は状況によって見た目を変えると、これまでの調査でわかっていた。それは魂の願望なのか、思い出の中にいるのか、少し切ない特性だ。ただ、目的もなく彷徨っている場合は死んだ時に最も近い年齢になる。


 が、こんなふうに明滅するように年齢が切り替わることはなかった。


「みんな。ナオマサ氏の部屋に急ぎたいが、その前にあの幽霊からだけでも話を聞いておこう。攻略のヒントが得られるかもしれない」


 髑髏丸の意見は採用され、闇の福音が女性に死者の声をかけた。


『すまないが話を聞きたい』


 髑髏丸が英語で声をかけると、女性はハッとしたように一行に気づいた。


『うっわ、人形持ってる……アジア人? 麻薬でもやってるのかしら。怖いわ……』


 まるで状況を理解していないようなその能天気な第一声を聞いて怪訝な顔をするロバートに、竜胆が説明した。


『ロバート。幽霊はむき出しの心みたいなものなのです。だから、思ったことをそのまま口にしてしまう。身内に不利になることも言いかねないので、覚えておいてください』


『な、なるほど』


 ロバートも髑髏丸を見て、真っ先に『人形持っとる!』と思ったのでとても納得した。さすがに麻薬の心配まではしていない。


『話を聞きたい。あなたはなぜここにいるんだ?』


『え? あ、あぁあああ……た、助けて……っ!』


 そこで女性は自分の置かれている状況を思い出したようで、変化を続けていた顔が疲れ果てた老婆のものに固定された。


『落ち着いてくれ。俺たちはあなたたちを助けに来た。だから、あなたがなぜここにいるのか知りたい』


『私がここに……こ、子供たちが小さかった頃の旅行の思い出を辿って、シドニーに来て……き、気づいたらここに居て……わからない……なんで……』


『では、この家で何があったか教えてくれないか?』


『あ、あぁあああ、恐ろしい……わからない……助けて……ロブ、アリー……あぁあああ……また痛いのが始まる……もうやめて……神よ……』


 ロバートは女性の言葉を聞いて酷く同情した。ロバートはよくいる名前だが、ロブはそんなロバートの一般的な愛称で、自分も母親からそう呼ばれていたのだ。


「ダメか。竜胆、頼めるか?」


 髑髏丸は恐怖に染まってしまった女性を見て、これ以上は無理だと判断した。

 頷いた竜胆が前に出る。


『あなたの魂を救います。あなたの大切な人たちの祈りがあなたに届く、安らぎの場所へ。レクイエム』


 竜胆は死者への同情が必要なレクイエムがそこまで得意ではなかった。しかし、幸福な思い出を巡っていた女性の魂に降りかかった理不尽には、怒り、深く同情した。


 レクイエムは正しく発動し、女性の体が光に包まれる。

 頭を抱えていた女性はその光に包まれると、疲れ果てた老婆の顔から、安らぎに満ちた穏やかな老婆の顔へと変わった。


『あぁ……あ、温かい……天使様、ありがとう……おぞましい者はワインセラーに……パパ、ママ……温かい……気持ちいい……あなた……あなた……やっと……』


 心に溢れてきたことを口にしながら女性は光の中に消えていき、あとには切ない静寂が残った。

 切なさを抱くロバートの中で、霊魂に安らぎを与えた竜胆の評価はどんどん上昇中。これが魔法少女……っ。


【300、平和バト:やっぱり幽霊が昇天する光景は切ないですね……】


【301、名無し:白衣を見て竜胆を天使だって思ったのかな?】


【302、白銀:人生の最後の時間を奪った悪霊は許せんな】


【303、クラトス:冥府の穴はワインセラーにあるようだな】


 賢者たちもしんみりとしていたその時である。

 静寂を破るように入り口の扉が激しく閉まった。


「相手さんもウチに入れたのが猛毒だと知ったか。とはいえ、こちらも手順を間違えたかもしれんな」


 コウゲンはそう言いつつ、扉の下部をつま先で軽く2回蹴る。2回の音の違いを聞いて、コウゲンは分析した。


「材質が変異しているな。異界製となったのかわからんが、かなり強い物理耐性を持っていそうだ。おそらく常人の力では破れんだろう。しかし、魔法には弱い。本来のこのドアの強度とあまり変わらんはずだ」


【310、ダーク:1回目は物理で、2回目はつま先に火属性武器を纏ったのか】


【311、ブリザーラ:勉強になるっすねー】


【312、名無し:ということは、外へ逃げることは可能ということか】


【313、ユナ:質問です。コウゲンさんの言う、手順を間違えたっていうのはどういうことでしょうか?】


【314、クラトス:今までは悪霊が油断していたということだろう。ユナ、霊視を使って相手を認識している俺たち目線で考えてはならない。悪霊からすれば、中に呼び込んだ相手が自分の無敵性を崩す存在だと、いまのレクイエムでわかったんだよ】


【315、ユナ:あー、なるほど。そういうことですか。理解しました、ありがとうございます】


【316、名無し:あとは相手の戦闘IQがどれほどかだな】


【317、名無し:外法の髪は無敵性に頼ってたから、明らかに戦術が未熟だったしな】


 現地にいる若者を含め、賢者たちはネコ忍の分析方法を学ぶ。


 そして、クラトスの書き込みを証明するように、悪霊からの攻撃が始まった。


「来るぞ!」


 闇の福音が鋭く言い放ち、右手方向に踏み込んで闇の剣を振るう。闇の刃が飛んできた木製の椅子を真っ二つに切り裂く。

 それと同時に闇人は左手方向に腕を振る。腕に巻きついた闇の鞭が空を裂き、滑るように床を這ってきた観葉植物を叩き倒した。


【330、ミニャ:にゃーっ、しゅごーっ!】


【331、ユナ:ぎゃーっ、闇人さんマジでカッコイイ!】


【332、名無し:これは中二心を擽られるなぁ!】


【333、名無し:風属性のワイ。視覚効果が薄くて武器の色の濃さに嫉妬不可避】


【334、ブリザーラ:鞭術をいっぱい練習してたっすからねぇ】


【335、闇人:ブリザーラうるさい】


【336、ブリザーラ:すみませんっす!】


 さっそく一合を当て、見学者たちのワクテカは加速し始める。ミニャたちも荒ぶり始めた。

 一方、当事者たちは冷静だ。


「ポルターガイストか」


「むっ。髑髏丸、見て」


 髑髏丸がそう言うと、闇人が叩いて倒した観葉植物を指さした。

 裏側を見せた植木鉢からは、人の腕が複数本生えてジタバタと動いていた。


『ジーザス……』


 ロバートはその異形を見て慄いた。

 しかし、賢者たちはダンジョンで様々な魔物と戦っているので、そこまでの驚きはなかった。


『ロバートさん。護衛として私の力の一端も見せておきましょう。ライトボール』


 手の平から光弾が射出され、植木鉢を撃ち抜く。

 竜胆のジョブは『光の魔法使い』。光属性は魔法として欲張りセット的な内容だが、さらに上位の魔法を覚え、全体的な出力も上がっている。


 その上昇した出力により、竜胆の白衣は背後にぶわり。まるで魔法少女のスカートやマントみたい。

 しかし、そんな可愛いなりをしても、使った魔法の威力は抜群だ。ライトボール1発で鉢植えの化け物は粉々に砕け、黒い塵になって消えていった。


【354、中条さん:竜胆さんカッコイイですぅ!】


【355、名無し:白衣ロリつえーっ!】


【356、ミニャ:にゃーっ、魔物さんやっつけた! 賢者様つよーい!】


【357、名無し:ミニャちゃんにかかればあれも魔物かwww】


【358、名無し:まあ、魔物と言われたら魔物だな】


【359、ネムネム:オラオラ、悪霊が(`・ω・´)震えて待ってろよ!】


 白衣ロリの活躍に見学民も大興奮。

 そして、ロバートの魔法少女信仰がヤバいレベルにまで達しつつある。


『俺たちは相手からすればイレギュラーだ。こうなると、ナオマサ氏に何をするかわからん。急ぎ、任務を進めるぞ』


 コウゲンの言葉に一同は頷き、ナオマサの部屋へと急ぐ。


「チッ、本気を出し始めたか? だが、遅い!」


 闇の福音が素早く踏み込み、壁を虫のように這う額縁の化け物に剣を振る。

 ネコ忍直伝の鬼行法が賢者たちの体術レベルを何段階も上げているが、闇の福音もまたその1人。以前戦った外法の髪からその実力はさらに上がっており、まるで達人のような動きで額縁の化け物を真っ二つに。


「エンラさん、先行して安全を確保します!」


「ああ」


 闇の福音は飛んでくる皿や本を切り裂きながら廊下を走り、左手にあるナオマサの寝室を少し越えて陣取る。


「ダークシールド!」


 廊下に闇の盾が展開され、先へと続く廊下からやってくる敵を防いでみせた。


【388、平和バト:ヤミ兄ちゃんつよーっ!】


【389、ユナ:ぎゃーっ、闇の福音さんもかっけーっ!】


【390、名無し:だが、奴は我ら四天王の中で最弱よ】


【391、名無し:お前は誰やねんwww】


【392、タカシ:魔物との戦いでは雷属性の俺に一歩も二歩も劣るがな!】


【393、ミニャ:やれ、そこだ! にゃしゅしゅしゅ!】


【394、くのいち:エマージェンシー! ミニャちゃんがスーパー荒ぶりニャンコモードに突入しました!】


【395、名無し:い・つ・も・のwww】


【396、名無し:なお、そんな中でもニャロクーンさんは生配信に夢中】


【397、名無し:さすが闇属性の女神の使徒やwww】


 闇の福音の活躍によって安全が確保され、一行はナオマサの寝室へとたどり着いた。


 光の短剣を片手に、竜胆がライトの魔法を部屋に入れる。


「っ! やめろ!」


『ナオマサ!』


 部屋の中で行なわれている光景を見て、竜胆とロバートが叫ぶ。


 寝室の壁や床も例の血管で覆われていた。その床には脱ぎ散らかした服や飲食物などのゴミで散らかっている。広々とした部屋なので足の踏み場はたくさんあるが、悪霊が家の中の物を操る都合、危険地帯になっていた。


 だが、それを気にしている暇がない事態が部屋の中で起こっていた。


 ベッドで横になっているナオマサは、体から魂が抜けだしてしまっていた。

 そんなナオマサの幽体の首を、ボロボロのトリコーン帽子と古めかしい軍服姿のガイコツが引っ張っており、肉体の方の首にはタブレットの充電ケーブルが巻きついていた。


 竜胆とロバートが駆け出し、すかさず髑髏丸がルミーナ草の芳香蒸留水を床に散布して場を清める。

 そんな竜胆の姿を見たガイコツは、即座に床の中へと消えていった。

 だが、事態はまだ終わっていない。


「ちぃっ!」


 竜胆がナオマサの首に巻きついたケーブルを切り裂き、すかさずコウゲンがナオマサの体を抱えてベッドから離した。


 その瞬間、ナオマサを追ってベッドから顔を逸らしたロバートの背中に、ベッドの布団が襲い掛かった。


「舐めるな!」


 竜胆が光の盾を出現させてその攻撃を弾くと、怯んだ瞬間に光の短剣で布団を十字に切り裂く。


『あ、ありがとう!』


『それよりもナオマサ氏です!』


 髑髏丸が散布した聖水によって、口をつけた衣服や手が生えたゴミがミミズや虫のように床の上でのたうち回っていた。それを竜胆とコウゲン以外の賢者が属性武器で倒し、黒い屑になって消えていく。


 コウゲンは空いたスペースにナオマサの体を静かに寝かせた。

 そんなナオマサの体にネコ太が回復魔法をかけたことで、なんとか一命を取り留めた。


 しかし、意識は戻らない。その体は枯れ木のように痩せ細り、腹部からは薄くなった幽体が出てしまっていた。


【411、カナデ:ひどい……】


【412、ブリザーラ:少しずつ追い込まれていったんすかね……】


【413、名無し:まだ間に合うのか?】


 賢者たちはナオマサの様子を見て言葉を失った。

 一方、現地にいる賢者たちは、エンラから事前調査で記録した動画を見せてもらっていたので、ナオマサの状態については知っていた。


【414、ミニャ:ネコ太さん、助けられる? ミニャ、いっぱい応援するから!】


「うん。お姉ちゃんに任せておいて」


 スレッドのコメントを重なってウインドウから流れてくるミニャの言葉に、ネコ太は力強く頷いた。


『リンドウ! な、ナオマサは大丈夫なのか!?』


『彼女は回復の奇跡のエキスパートです。彼女にできなければこの世の誰にもできません。今は見守っていてください』


 ネコ太はすぐに健康鑑定を行なった。

 その結果を見て、顔をしかめる。


『説明の前に、とりあえず応急処置をするわ』


 ネコ太はそう言うと、瞼を閉じて大きく息を吸い込む。

 そうして目を開けた時、そこには先ほどまでのふわふわ女子はいなかった。


「女神の使徒ミニャの眷属ネコ太が願い奉る。消えゆく命の炎を守る奇跡をいまここに」


 それは回復属性で初めて使われる魔法。

 術者の魔力不足など、何らかの理由で患者を即座に治せない時に使用される魔法だった。


 優しい光がナオマサの体を包み込む。


『き、奇跡だ……』


 その光景を見たロバートは体を震わせた。

 しかし、そんなロバートに顔を向け、ネコ太は首を振る。


『いえ、残念ながら、これは消えゆく命を維持するだけの魔法です。まだ何も治せていません』


『なっ。そ、そんな……』


『ナオマサさんは魂の半分を悪霊に持っていかれています。その半分を取り戻さない限り、これ以上の治療を始められないのです』


『悪霊……ヤツか……っ!』


 ネコ太は頷いた。

 髑髏丸が言う。


「目的は決まったな。悪霊を倒し、ナオマサ氏の魂を救い出す。ヤツの居場所は地下のワインセラーだろう」


 先ほど天に送った女性の霊は、最後に溢れてくる気持ちの中で悪霊の居場所を教えてくれた。安らぎと安堵に満たされた中でそれを教えてくれたのは、きっと他の幽霊たちも救ってほしいという願いからだろう。


「大丈夫。わかるデス」


 髑髏丸が日本語で話したので心配そうに自分を見上げてきた竜胆に、ロバートは言う。


「私はここでナオマサさんの命を繋ぐ必要があるから、別行動になるわね」


「やはりナオマサ氏は動かせないか?」


「うん、無理よ。この魔法は外的な衝撃から守れるようなものではないわ。絶対安静」


「リミットは?」


「こちらは私がついている限り大丈夫だけど、取られた霊体の方がどうだかわからないわ」


「ああそうか、それはその通りだ。となると、時間はあまりないと思っておくべきか」


 髑髏丸とネコ太が話し合い、エンラが決めた。


「では、ヤミノ、髑髏丸、闇人、竜胆で行け。ワシらはネコ太先生、ナオマサ氏、ロバート殿を守る」


 すると、ウインドウの中でニャロクーンが助言した。


「ロバートを悪霊退治の方へ連れていった方が良い。欠けた霊魂は意識が酷く虚ろになる。悪霊を倒すと、ナオマサは現世に留まる意思を喪う可能性が高い。それを留めるには縁が深い人間の言葉が必要になる」


 ウインドウから発せられた言葉なので、もちろんロバートには聞こえない。だから、竜胆が提案する形を取った。


「……いや、エンラさん。危険ですが、ロバートさんも連れていきたい。この中でナオマサ氏と面識があるのは彼だけです。分かれてしまった魂を勇気づけられるのは彼だけでしょう」


「今から行くのは危険な場所だ。ロバート殿はどうしたい?」


「私が役に立つなら行きたいデス」


 イントネーションが少し片言になった日本語だが、ロバートは力強い眼差しでエンラを見つめる。エンラは少し考え、大きく頷いた。


「よかろう。ではそのようにしよう。ロバート殿の耐性魔法は決して絶やすなよ」


 方針が決まり、一同は頷きあう。


 そんな一行が発する燃え上がる生命の炎を感じ取ったのか、建物に張り巡らされた血管が大きく脈動し始めた。


 暗い穴の中には行きたくない。

 今まで出会ってきた全ての悪霊がそうであったように、自分のテリトリーに入り込んできた劇毒を滅ぼすために悪霊が牙を剥く。

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2025年12月8日 19:00

ミニャのオモチャ箱 ~ネコミミ少女交流記~ 生咲日月 @pisyago-n

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