最終話 奇跡の果実

 黄金の巨木の前に、頭から被った布で顔を隠した女性が立っていた。


 成長したファナードを引き継いだ、ファナードの元副管理者たる女神だ。


 数え切れない程の枝と葉を覆い茂らせながら、上へと伸び続けるファナードを見上げながら、彼女は微笑む。


「今頃……前管理者は、世界を楽しんでいるでしょうか」


 前管理者――アリシアの奮闘と絶望、夫とともに引き起こした奇跡を、間近で見ていたからこそ、感動もひとしおだった。


 今までのことを思い出し副管理者――ファナードの現管理者が感動に浸っていると、


「ああああああああーーーーーーーーーーもうっっっっっっっっ‼ 何で女神の私が、こんなことをしなくちゃなんないのよおおぉぉぉぉ‼」


 煩すぎる叫び声が、静寂を破った。

 その声に現管理者はこれ見よがしに溜息をつく。大きすぎる溜息だったためか、顔を覆っている布がフワッと浮いた。


 黄金の巨木の上部に、一人の女性が浮いていた。


 長い茶色の髪を上でひとくくりにしているが乱れており、後れ毛がぴょんぴょんと顔をだしている。元は整った容姿なのだろうが、疲れからくるむくんだ瞼と目の下のクマ、げっそりとした頬に、透明感のないくすんだ肌等々、全体的にやつれた印象がある女性だ。


 身につけている服装も、一枚の布に穴を空けたような服で、それすらも擦り切れ、非常に貧相な格好をしていた。首には、金属で作られた首輪がついている。


 彼女の背中には、直径が、大人三人が手を繋いで作った輪ほどある、巨大な籠が背負われている。籠の中には、様々な果実がたくさん入っている。そのせいでかなり重いのか、浮いている女性の身体がフラフラしている。


 井上拓真の世界で言うなら、ラノベに出てくる奴隷のイラストとよく似ていた。 


 現管理者たる女神は、冷たい視線を女性に向けた。


「ニールディアナさん?」

「女神たる私を真名で呼ぶなぁ‼」


 クワッと充血した黒い瞳を見開き、ファナードの前々管理者――ニールディアナが叫ぶ。

 しかし、現管理者の声色に乱れはない。ニールディアナを挑発するように、少し首を傾げる。


「何を言っているのですか。あなたはもう女神ではありませんよね」

「うるさい‼ これは何かの間違いよ‼ この優秀な女神たる私が、世界が付けた果実を回収する下級霊に堕とされるなんて‼」

「間違い? あなはた育てるべきファナードを無責任に投げ出し、きちんと引き継ぎもしなかったではないですか」

「はぁ⁉ そんなことで、私が女神を剥奪されるわけがないでしょ⁉ その程度のことで女神を降ろされるなら、今頃女神なんていなくなってるわ‼」


 ニールディアナが憎々しげに答える。だがそれに答えたのは、恐ろしいほど冷たい声だった。


「……今回の件は、きっかけでしかありません。あなたには常日頃から、女神としての自覚も足りなかった。数多ある命を乗せた世界をゲームのように操作し、そこに愛はなかった。女神として有るまじき行為です。今までの行いを含め、女神の座から下級霊に堕とされたのです。ファナードの件がなくとも、いずれはこういう運命を辿っていたでしょうね」


 下級霊とは、世界が付けた果実を回収する下級の存在だ。大罪を犯した魂は下級霊となって世界が付けた果実を回収することで罪を償い、母神からの許しを待つのだ。


 数多ある世界が絶え間なく果実をつけるため、休む間もなく収穫に行かなければならない、非常に過酷なはらえである。


「うるさいうるさいうるさーーーーーーーーーい‼」


 両耳を手で塞ぎ、嫌々と首を横に振るニールディアナ。


 その拍子に、籠の中の果実がいくつか零れ落ちた。それを拾おうと手を伸ばしたが、背負っている籠が重すぎてバランスを崩し、黄金の巨木に思いっきり頭をぶつけてしまった。

 聞いている者にまで痛みが伝わってきそうな、大きな音が響く。


「ううっ……いったぁぁぁ……い……」


 あまりの痛みに、ニールディアナは涙目になりながら頭のこぶを押さえた。そして、何で自分が……とぼやきながら落ちた物を拾うと、現れた時と同じようにフラフラとしながら姿を消した。


 未だ、何故自分が下級霊に堕とされたのか分からない彼女が自分の過ちに気付くのは、いつになるだろう。

 母神に許され、女神として返り咲ける日は来るのだろうか。


 現管理者が大きく息を吐きながら肩を落とすと、黄金の巨木の根元に光る物が見えた。

 近づき、手に取ったそれは――黄金の林檎。


 黄金の林檎は、ファナードだけが付ける最上級の果実だ。この輝きを越える果実は、今もなお存在していない。


 夫婦の深い愛、家族の強い絆が生みだした奇跡の果実だと言われ、数多くの女神が、その果実を越えようと世界に愛を注いでいる。


 恐らく、ニールディアナが頭をぶつけた際、落ちてしまったのだろう。


 黄金の林檎の重さを、これが今手の内にある経緯を想いながら、現管理者は黄金の巨木を見上げた。

 空いた手で、数多ある時間軸が束となった幹に触れ、瞳を閉じる。


「どうか、あなたたちが救った世界を楽しんでください。あなたたちには、その資格があるのですから……」


 現管理者はそう呟くと手元の林檎に齧り付き、その温かく、優しい甘さに笑みを浮かべた。



 お互いを想う深い愛でファナードを救った夫婦と、二人の間に生まれた息子、白雪姫と呼ばれる美しい娘。


 エクペリオン王国内で最高の幸せを享受している家族四人が、手を繋ぎ、チェリック通りを歩く幸せの形を、瞼の裏に映しながら――


<了>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白雪姫の継母の夫に転生したっぽいんだが妻も娘も好きすぎるんで、愛しい家族を守るためにハッピーエンドを目指します ~とりあえず魔法の鏡、まずお前をぶっ壊す~ めぐめぐ @rarara_song

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画