第49話 めでたしめでたしを刻むその日まで――

「……いか……、陛下」


 何かに呼ばれた気がして、俺はハッと目を見開いた。その拍子に、肘掛けについていた肘がズルッと滑り、ガックンとなってしまった。


 うっわ……俺、恥ずかしすぎ⁉


 という羞恥心は、目の前に広がる光景への驚きによって、すぐさま消えてしまった。


 俺の視界の前には、レッドカーペットが入り口の扉に向かって伸びていた。そのカーペットを挟むように、護衛兵士たちが並び、玉座に近付くに連れて、俺の信頼が厚い護衛騎士たちの厳つい出で立ちが立ち並んでいる。


 ここは――謁見の間だ。

 慌てて、ついさっき滑った肘掛けをみるが……これ玉座じゃん……


 え?

 ええっ? どういうことだこれ⁉


 ついさっきまでの記憶が、もの凄いスピードで駆け抜けていく。


 確か俺は、リュミエールに取り憑いた邪纏い【狭間の獣】を祓うため、聖女であるビアンカとともに戦った。


 その戦いのさなか全てを思い出した俺は、リュミエールの半身でありファナードの女神であるアリシアから、あらゆる時間軸に存在する狭間の獣を祓うチート能力を与えて貰い、狭間の獣を祓った。


 愛する妻を苦しみ続けた獣を祓い、抱きしめたリュミエールの体温は、今でもはっきりとこの手に残っている。

 彼女を抱きしめたまま、周囲の景色が白く染まり、意識が遠のいて――


 その後はどうなった?

 ……駄目だ、思い出せない。


 それに今目の前に広がる光景に見覚えがあるせいで、心が余計にヒヤヒヤしている。


 いや、まさか……な?

 ここまできて、まさか、なぁ……?


 俺は傍にいた補佐官に向かって、こちらに来るように、チョイチョイッと指を動かした。それに気付いた補佐官が、ゆっくりとした足取りでこちらにやって来た。


「どうかなさいましたか、陛下」

「今日の日付を教えてくれ。年号も含めてだ」


 何故今ソンナコトを聞くのか、という疑問を思いっきり顔にだしながらも、補佐官が答えてくれた。


「エクペリオン歴五〇六年、四の月、十の日でございます」


 俺の予想は的中してしまった。


 今、補佐官が口にしたのは、リュミエールがエクペリオン王国に嫁いでくる日付。


 見覚えがあるのは当たり前だ。

 だって俺はかつて今と同じように、謁見の間で妻となる女性を待っていたのだから。


 鳥肌が立った。

 あまりの衝撃に、息が止まりそうになる。なのに心臓の鼓動は爆速して、絶えず激しい振動を身体の中で響かせている。


 狭間の獣を祓ったはずだ。

 なのに、どうして俺は過去をやり直している?


 まさか……狭間の獣を祓い損ねたのか?

 だからまた世界は、やり直しを?


 絶対に失敗できない‼(キリッ)とか、やらせはせんぞぉぉー‼ とか言っておきながら、思いっきりフラグ回収しちゃったのか⁉


 ……………………

 ……………………

 ……………………

 ……………………


 ……いや、せやかて俺。


 もしそうなら、何で今までの記憶が残っているんだ? それに旧レオンの記憶が残ったままなら、今この瞬間、全ての時間軸に存在する狭間の獣を祓うチート能力を望めばいいわけで、そんなに大した問題ではないんじゃ……いや、逆に考えれば、全ての時間軸に存在する狭間の獣を祓うだけでは駄目だった可能性も……


 色んな考えが頭を駆け巡り、そのたびに胃がキリキリする。

 そのとき、


「エデル王国第一王女、リュミエール・エデル様がご到着なされました!」


 リュミエールの到着を告げる声が聞こえた瞬間、俺は謁見の間から飛び出した。後ろから、突然飛び出した俺を制止する騎士たちの声が聞こえた気がしたが、んなこと、しるかっ‼


 ごちゃごちゃ考えていても埒が明かない。

 会いに行くんだ、彼女に。


 全力で廊下を走る俺を、通り過ぎる者たちが目を丸くして見ている。


 だが俺は決して止まらなかった。


 走って、走って――城の正面玄関から外に出た瞬間、城の前に止まった豪華な馬車から出てくる人影を見つけた。

 城内の騒ぎが外にも聞こえたのか、馬車から出て来た人物が顔を上げ、丁度正面玄関から出て来た俺を見た。


 透き通った青い瞳が、真っ直ぐ俺を見据える。


 俺の目線の先には、前々世から愛してやまない存在、リュミエールが立っていた。


 ひとまとまりにした艶やかな水色の髪。女性らしい丸みがありながらも引き締まった頬はほんのり赤みを帯びていて、マッチ棒が何本乗るのか試したくなるぐらい長いまつ毛が、青い瞳を縁取る。


 エクペリオン王国に嫁いできた時と同じ姿の彼女がいた。


 いや。

 二つだけ、俺の記憶とは違う部分がある。


 リュミエールが薄黄色――俺が勧めなければ、決して身に纏うことの無かったはずの色――のドレスを着ていたこと。


 そして、後に『氷結の王妃』と呼ばれるほど、感情を表に出すのが下手な彼女が、俺を見て満面の笑みを浮かべたこと。

 

 これら二つによって、導き出される答え、は――


 両目から涙が溢れた。

 だが何度も瞬きをして涙を乾かすと、今度はゆっくりとした足取りでリュミエールの元へと近付いた。


 彼女も俺を見つめながら、歩みをすすめる。


 互いの距離が手を伸ばせば届くほどまで近付くと、俺は、彼女の身体を引き寄せて抱きしめた。


 周囲から驚きの声とざわめきが聞こえるが、んなことどうでもいい。


 愛する人の体温を感じながら、周囲に聞こえないように囁く。


「アリシア……なのか?」

「はい。今の私は、アリシアでありリュミエールでもあります。前管理者によって割られた魂が、また一つに戻ったのです」

「でも、名前はリュミエールのままなんだな?」

「アリシアという名の女神が存在した事実があるため、使えなかったのです。それにリュミエールの方が、この世界に馴染んでいると思いましたので」


 あれか。

 旧レオンの際に聞いた、重要キャラの名前は主人公の名付けには使えない法則が、まだ残ってるってことか。


 でも俺にとって、どちらを名乗ろうが問題はない。


 彼女は、彼女なのだから。


 抱きしめた俺の想いに応えるように、細い腕が俺の背中に回った。


「ありがとうございます、レオン。あなたが全ての時間軸の狭間の獣を祓ってくださったお陰で、ファナードは無事成長し、女神わたしの管理下から離れることができました」

「そうか。それは良かったんだが……何故時間が戻っているんだ? お前も、魂が一つに戻ったということは、もう女神ではないということなのか?」


 今、目の前にいるのが、アリシアとリュミエールが一つになった存在であることは分かった。それは喜ぶべきことなのだが、色々と疑問が湧き上がる。


 リュミエールは、俺からそっと身を話すと、少し悲しそうに説明した。


 俺は確かに、全ての時間軸に存在する狭間の獣を祓った。

 その後、救われたリュミエールは、俺とビアンカとともに幸せに生きたのだという。


 しかし、女神アリシアは様々な時間軸に存在する他のリュミエールに対し、悪女として断罪されるよう唆していたせいで、獣が祓われても、数多くのリュミエールが悪女を貫き、断罪されて死んだそうだ。


「私が死ぬだけなら良かったのですが……そうなると決まってあなた様は、邪纏いであるベルガイム王国の王子をビアンカの婿にしてしまうため、その度にビアンカは殺され、エクペリオン王国が滅ぼされてしまったのです」

「うっ……」


 おおおおおおおおおおれええええええええええ――――っ‼

 もっとしっかりしろよおおおおおおおおぉぉぉぉ――――っ‼


 いや、分かる。

 愛する妻を断罪して、一生立ち直れないほど凹むのは分かるけどもや‼


 でもお前には、それでも守り切らなければならない大切な娘がいるだろぉおおおおおおおおおおお‼


 こんっっっっっっっっっの、ポンコツがぁぁぁぁっ‼


 異なる時間軸にいた俺の不甲斐なさに、俺が思いつく罵詈雑言が浮かんで消えていった。


「様々な時間軸の中で、ビアンカやあなた様が殺されました。女神アリシアがリュミエールを唆さなければ、このような悲劇は起きなかったのです」

「でもそれは、全てを思い出さなかった俺が悪かっただけだ! お前が責任を感じることは……」


 そうフォローはしたが、リュミエールは黙って首を横に振った。


 ファナードは無事成長した。

 アリシアは、ファナードが付けた果実を母神に献上して女神としての役目を果たしたが、家族の不幸を経て成長したファナードを認められなかった。


 だからファナードの果実を献上した褒美として、母神に願ったのだという。


 自分がエクペリオン王国に嫁いだ時点から、全てをやり直したいと。

 割られた魂を元に戻し、女神ではなく、この世界に生きる一人の人間リュミエールとして生きたいと――


 ファナード育成の難易度は最高位。

 無事アリシアの願いは叶えられ、


「全てが、お前が嫁いできた時点……つまり前管理者のセーブ地点に戻ったということか」

「はい」

「狭間の獣は……」

「もちろん、あなた様が先の時間軸で祓ってくださっているので、今はどこにも存在しておりません」


 良かった。

 そこまで巻き戻ってないんだな。


 リュミエールは頷き、俺の肩越しの景色に目を細めた。


「ビアンカの魂には……たくさんの辛い記憶が蓄積されてしまいました。魂に蓄積された記憶は思い出さないとはいえ、消えることもありません。だから私は……辛い記憶以上の幸せを、あの子の魂に残したいと思ったのです」

「だから……やり直しか」


 そう呟いた俺に、リュミエールは顔を綻ばせた。

 俺の手に、彼女の手が触れる。


「もちろん、それだけではありません。今度こそあなたと共に生きていきたい、失った幸せの形を取り戻したいという気持ちがあったから、私は母神に願ったのです」


 優しい笑みが、俺に向けられた。

 氷結の王妃だったリュミエールを知っているからこそ、この笑顔は心にクるものがある。


 失った幸せの形を取り戻したと仰っているので、今すぐ寝室に連れ込ん子作りに勤しんでもOKってことでしょうかね、これは⁉


 明るい家族計画を実行に移しちゃってOKってことでしょうかね⁉


 そのとき、


「お父様、一人で行っちゃうなんて酷いのです‼」


 可愛い声が俺の心を貫くと同時に、俺の腰辺りがガシッと掴まれた。


 見なくても分かる。

 もう息しているだけで尊い我が娘、ビアンカだ。


 予定では、謁見の間でリュミエールと対面する予定だったのに、俺が全力でその予定をぶち壊してしまったため、ちょっと怒っているようだ。


 どうしよう……

 怒ったビアンカも、超絶可愛すぎるんだが……


 隣にいる同志――かつての【白雪姫をでたおす会】会員の様子を伺うと……あれれ、リュミエールさん、息してるぅぅぅー?


「おい、リュミエール……」

「はっ‼ はぁっ……はぁっ……一瞬、副管理者の顔が見えて、早く元に戻るように言われた気がしました……」


 ちょっ、召されかけてる⁉


 大丈夫?

 また魂が割れて、アリシアとリュミエールに分裂しない⁉ 


 可愛い娘は、まだオコの様子。

 それを見つめながら、息を整えているリュミエールにそっと尋ねる。


「ビアンカに、前の時間軸の記憶はないんだよな?」

「もちろん、ありません。でも……」


 一度口を閉じると、リュミエールはビアンカの方を見た。彼女の視線を受け、ビアンカは一瞬目を見開くと、慌てて俺の後ろに隠れてしまった。が、俺のズボンを握りながら、顔の半分を出し、リュミエールをジト目で見つめ返す。


 娘的には警戒しているのだろうが、やめてくださいビアンカさん。

 新たな可愛い仕草爆誕に、リュミエールさんがまた尊死しそうになってますから……


 リュミエールは、頭を振って正気を取り戻すと、ビアンカに微笑みかけた。するとビアンカは俺から手を離し、ゆっくりとリュミエールに近付いていった。


 警戒感が強かった雰囲気が柔らかくなり、娘の表情も明るくなっていく。


 リュミエールは近付いてきたビアンカと視線を同じにすると、微笑みながら軽く会釈をした。ビアンカも釣られて会釈する。

 互いの視線が合った瞬間、ほぼ同時に二人の唇から笑いが洩れた。


 しばらく笑い合っていた二人だったが、ビアンカが先に笑いを引っ込めると、今度は不思議そうに首を傾げながらリュミエールに訊ねた。


「あのっ……どこかでお会いしたことがありますか?」

「ええ、一度だけ。レオン陛下とお会いしたとき、姫にもお目にかかっておりますよ」

「いえ、違うのです。一度だけじゃなくて、もっともっと……たくさんお会いしている気がするのです。あのっ……」

「何でしょうか、ビアンカ姫」

「あなたのことを……お義母様と呼んでもいいですか?」


 ビアンカの発言に俺は息を飲んだ。

 リュミエールは微笑みを満面の笑みへと変え、深く、強く頷いた。


「もちろんです! 私も姫のことを、ビアンカと呼んでもよろしいでしょうか?」

「はい! そう呼んでくださると、とっても嬉しいです……お義母様!」


 えへへっと少し照れ笑いをしながら、早速リュミエールを【お義母様】と呼ぶビアンカ。

 そしてその、えへへ、にやられて倒れそうになったところを、唇の裏を噛んで何とか踏みとどまったリュミエール。


 ビアンカに、前の時間軸の記憶はない。

 だが、心は覚えているのだ。


 リュミエールのことを慕い、母と呼んでいたことを――


 心に、ジーンと痺れが走った。

 俺たち家族の絆の強さに、また目から熱いものが溢れそうになる。


 リュミエールは立ち上がると、俺に向き直った。


「私は、ファナードが成長しきるまで見守ったため、これからこの世界で起こる全ての出来事を知っております。本当は、あなた様の全ての記憶を残しておくか迷ったのですが……」


 この時間軸では二度目とは思えない程自然な感じでビアンカの手を取ると、企みを含んだような悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「お好きですよね? 未来視を使ったチート領地改革のようなラノベ展開」

「ああ、大好物だな」


 強くてニューゲーム的なやつか。

 あれだけ俺も彼女も頑張ったんだ。このくらいのご褒美は貰っても、バチは当たらんだろ。


「なら早速相談だが、エクペリオン王国特産である銀水結晶付き結婚指輪を流行らせようと思っている。前の時間軸で考えてたんだが……」

「良い案だと思います。ですが銀水結晶よりも、陽光石の方が良いでしょう」

「陽光石ってただの鉱石だろう? 確か核が固すぎて加工出来ず、無価値だと言われていたはずでは……」

「核と呼ばれる部分を削る技術が後に見つかり、陽光石の価値が高騰するのです」

「……なら陽光石が取れる鉱山を、今から買い占めておく必要があるな」


 ふふふっ、と低い笑いが唇から洩れてしまった。


 陽光石が取れる鉱山はクズ山と呼ばれていて、放置されていることが多い。今なら、二束三文で買い叩けるだろう。

 宝石となった陽光石に適当なストーリーを付けて、特別な時に身につけるジュエリーとして国内外に売れば……


 いや、マジで無敵だろ、これからのエクペリオン王国。

 元女神で、これからの未来に起こりうる全てを知っている妻がいるんだからな。


 うちの妻、無敵すぎん?


 で、俺のコトが大好きすぎるんだろ?


 うちの妻、最高過ぎん⁉

 俺らの未来、ハッピーエンド確定じゃね⁉


「お父様、お義母様、一体何のお話をされているのですか?」


 話からのけ者にされたと思ったのか、ビアンカが頬を膨らませているが、くっそ……ここでビアンカ可愛い行動四天王のうちの一つが出てくるなんて、聞いてない‼


 何とか耐えると、俺はビアンカの右手を握った。

 俺たち二人から手を握って貰え、膨らんでいたビアンカの表情に笑顔が戻った。


 そんな娘を微笑ましく見つめながら、俺たちは手を繋ぎながら城に向かって歩き始めた。


「リュミエール。チート領地改革も大変楽しみなんだが……その前に俺にはやらなければならないことがある」

「……丁度私も、同じ事を考えておりました」


 視線をビアンカに向けながら、リュミエールが低い声で答えた。だが、言葉の続きを紡ぐ声色が、楽しくて楽しくて仕方がないような意地悪さへと変わる。


「ですがご安心ください。私があなた様に与えたチート能力。さすがにもう他の時間軸にまで影響を与えることは出来ませんが、狭間の獣を祓う程の力は残っております。あれは、魂に与えられた力ですから、記憶と同様、失われないのです」

「つまり……邪纏いの頂点である狭間の獣を祓えるんだから、他の邪纏いなど敵ではない。そう言いたいのだな」

「その通りです」

「なら、問題ないな」

「はい、全くもって問題ございません」


 俺たちの視線が、幸せの形の真ん中にいる、世界一可愛く、愛おしく、尊い存在であるビアンカに向けられた。


 互いの口が、ほぼ同時に同じ言葉を発する。


「「ビアンカを人形にしようとした、ベルガイム王国をぶっ壊す‼」」


 俺たちの決意に同意するかのように、チェリックの花弁がフワッと舞った。



 これからも、俺たち家族には様々な問題が降りかかるかもしれない。

 苦しい試練が待ち受けているかもしれない。


 だが俺は、


 最愛の妻を、

 可愛すぎる娘を、


 愛する家族を、


 どんなことがあっても守り続ける。



 俺たちの物語の結末に、めでたしめでたしを刻むその日まで――

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