第48話 全てを、ぶっ壊す力を――

 目の前に狭間の獣の大剣が迫った。

 予備動作もなく、物凄いスピードで目の前にやってこられたため、俺は瞬時に反応できなかった。


 くっそっ‼

 ついさっきまで、絶対に失敗できない‼(キリッ) とか、漫画の主人公みたいな決意を固めてたのに、ここまできてフラグ回収かよっ‼


 ……やらせはせん。

 やらせはせんぞぉぉぉぉぉ――――っ‼


 俺は聖剣をかざし、ビアンカの力を引き出そうとした。


 狭間の獣の大剣が、空間を切り裂きながら俺に迫る。

 俺の所まで到達していないのに、もうすでに切られたと錯覚してしまいそうなる程の張り詰めた空気が、俺の肌をビリビリと震わせる。


 防御結界、間に合うか⁉


 俺の周囲を、半球状態の防御結界が包み込んだ。

 狭間の獣に唯一対抗できる聖女の力で作られた防御結界なのに、狭間の獣を前にすると、薄っぺらい紙のように頼りなく思えてしまう。


 ……いや、何が頼りないだ。


 ビアンカの力やぞ?

 あの可愛賢い、いと尊きあはれなビアンカの力によって作られた防御結界やぞ⁉


 こんなワンころごときの攻撃で、壊されるわけがねぇだろっ‼

 愛する娘の力を信じられず、何が父親だぁぁぁぁ‼


 そう思い、衝撃に備えて身を固めた次の瞬間、俺に迫っていた大剣が消えた。


 一瞬何が起こったのか、分からなかった。

 ふと顔を上げると、狭間の獣の胸に埋まっている存在と目が合い、理由を悟る。


 今まで気を失っていたリュミエールが、俺を見つめていたのだ。

 きっと彼女が、俺を助けてくれたのだ。


 リュミエールと狭間の獣の間で何があったのかは分からない。しかし、俺を見つめるリュミエールの表情は、何かから解放されたように晴れ晴れとしていた。

 だからきっと、そうだ。


 彼女は微笑んだ。

 後の全てを、俺に託すように――


 それとほぼ同時に、何もない空間から銀色の鎖が何本も飛び出し、狭間の獣の頭や首、腕、両足などなど、ありとあらゆる場所に巻きついた。

 さすがの狭間の獣も驚いたのか、鎖を引きちぎろうと暴れながら、雄叫びをあげている。だが、鎖の一本一本が非常に太い。これだけ巻きつかれれば、引きちぎって逃げることは不可能だろう。


 空気がビリビリ震わせながら叫び暴れていた狭間の獣の動きが、次第に鎮まっていく。

 とうとう諦めたのか、それとも首に鎖が巻きつき気を失ったのか、狭間の獣の頭が垂れた。とたんに、獣を縛っていた鎖が上下左右にピンッと張られ、獣の身体がまるで空中で磔にされているように浮いた。


”狭間の獣の動きを止めました‼ お父様、今ですっ‼”


 俺の頭の中に響くのは、俺たち夫婦の希望――聖女ビアンカの声。


 恐らく、狭間の獣の攻撃から俺を守ったリュミエールの行動が、狭間の獣の動きを止めようと悪戦苦闘していたビアンカの役にも立ったのだろう。


 俺にチャンスだと伝えるビアンカの声は、明るかった。

 間違いなく、勝利を確信している。


 いや、ビアンカが勝利だって思ったら、もうすでに勝っているのだ。

 あの子の想いは、それ自体が世界の法則であり、摂理であり、現実なんだからな!


 ビアンカの力が集まり、狭間の獣の胸の部分に繋がる道を作った。それは半透明で淡い光を放っているが、ピンク色がかっていて、リュミエールとともに歩いたチェリック通りを思い出させた。


 聖剣を構えながら、俺は走った。

 そして――願う。


 この世界の外で、俺たち家族のためにずっと、ずっとずっと絶望と戦い続けてきた妻の半身を思いながら、強く……強く願う。


”ありとあらゆる時間軸に存在する狭間の獣、全てを、ぶっ壊す力を――”


「【チート能力】を、俺に与えてくれぇぇぇぇぇ――――っ‼」


 俺の叫びが、心の声とともに響き渡った。

 叫びに対する答えはない。


 だが俺の言葉は、

 願いは、


 確かにアリシアに届いた。


 突如、胸の奥が熱くなる。

 胸の奥から熱い何かが溢れ出し、俺の両腕を伝って聖剣に流れ込む。


 リュミエールの姿が近付く。

 刀身が白い輝きを放つ。


 彼女は瞳をそらさず、真っ直ぐ俺を見つめていた。

 その唇に、微笑みを浮かべながら――


 聖剣がリュミエールの胸を貫いた。


 刹那。

 狭間の獣の身体が光の粒となって、弾け飛んだ。


 断末魔もなかった。

 獣を突き刺した感覚もなかった。


 まるで始めから存在していなかったかのような、あまりにも……あまりにも呆気ない最期だった。


 何度も何度も世界を滅ぼし、前女神すら匙を投げた元凶にしては、本当に、ムカツクほど腹立つほど、ちょっとは倒した感、味合わせてくれよと思ってしまうほど、呆気ない最期だった。


 だが狭間の獣が消滅する瞬間、俺の頭の中に膨大な量の情報――数多ある時間軸に存在する狭間の獣が消滅する光景――が流れこんだことで、俺の願いが叶えられたことを知った。


 リュミエールの身体が、ぐらりと揺れた。


 やっべー、彼女の胸に聖剣が刺さったままだ。

 以前の説明通り、聖剣は人間を傷つけないので、聖剣が突き刺さっているリュミエールの胸には、血一滴も流れていない。


 だが……ビジュアルが良くない。

 大丈夫だって分かっていても、やっぱり怖いだろ。胸に剣が突き刺さっている光景は……ビックリマジックショーやってんじゃないんだから……


 聖剣を引き抜いてどこかに放り投げると、聖剣を抜いたと同時に、支えを失って後ろに倒れそうになったリュミエールを抱きしめた。


 彼女が生きていることが、温もりと鼓動の振動で伝わってくる。

 

 ……終わったんだ。

 これで本当に、全てが終わったんだ。


 ビアンカが、俺たちを閉じ込めていた結界を解こうとしているのだろうか。空間内が光の洪水で満ちあふれた。

 眩しすぎるため目を瞑るが、リュミエールの身体だけは決して離すまいと、抱きしめる腕に力を込める。


 意識が途切れそうになる中、

 

「レオン様……ありがとうございます……」

”レオン……ありがとうござい……ま、す……”


 礼を言うリュミエールのか細い声に、アリシアの涙声が重なった気がした。

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