食欲の秋特別編

麺職猫ミズー

時はトールがノルトラエ州へ向かう前に遡る。


麺職人もとい麺職猫ミズーの朝は早い。


なぜなら寝る必要が無いからだ。日も上っていない暗い内から、ザレの家のリビングで香箱座りしながら考え事にふけっていた。


『うどんを打ちたくなってきた。うむ、今日の朝食はうどんにするか』


思い立ったが吉日、ミズーはうどんを打つ準備を始める。昨晩、タイキやダイチとダーツをやってる時に、パンを食べてしまった事だし丁度良い。

なお、そのパンは朝食用だから全部食べるなよとトールに言われていたパンだったのだが。食べたくなったのだから仕方がない。


早速キッチンに置いてある小麦粉をまな板の上へ器用に取り出し、塩と麺棒を準備する。ミズーの巨体でも麺打ちがしやすくなっている特注の大きなまな板と麺棒だ。どちらもトールに纏わりつき、ねだりにねだりまくって半分無理やり買わせたものだ。


『この塩を入れる事で、弾力が生まれるのであったな』


机の上に置かれたまな板、その上にある小麦粉へ何もない空間から少しずつ水を取り出し、少し混ぜた塩と小麦粉に混ぜてゆく。

エジプト座りをしたミズーは、その前足と肉球で器用に混ぜ合わせている。


地球人からすると巨大なラグドールにしか見えないミズーだが、れっきとした水の調整者である。

つまり、毛が小麦粉に混ざる事も無いし、水を前もって準備する必要もないし、洗わずともミズーの前足は常に清浄状態なのである。


ミズーの巨大な前足と肉球で、少しずつ小麦粉に水を混ぜ練っていく。ここまで散々うどんを打っているので手慣れたものだ。やがて小麦粉が大きな塊となった。


『ふむ、硬さはこのぐらいか。ここからしっかりとこねてゆかねば』


耳たぶぐらいの硬さが良いらしい、とトールに聞いていたがミズーには耳たぶが無い。なので当初はトールとジルヴィアの耳たぶをこねまくって硬さを確認していた。


ミズーは弾力が強い讃岐うどんタイプのうどんが好みだ。なので、強い弾力を出すためにしっかりとこねていく。

人であれば足で踏んだりする必要があったりする力が必要な工程だが、ミズーは調整者。人が出せるパワーなどミズーからすれば鼻で笑うレベルなのだ。


『ただし、力がある者が陥りがちなタネの水不足を見逃してはならぬのだったな』


ただ硬いだけのうどんと弾力が強いうどんは違う、これはトールが地球で読んだグルメ漫画がソースの知識だ。だが、ミズーは水の調整者である。うどん内部の水分量を把握するなど、簡単なものだ。考えながら、しっかりとこねていく。

やがて、それを大きな球状にまとめ、布をかけた。


『よし、ここから一刻(約一時間)ほど寝かせるぞ』


麺職猫たるミズーは、うどんに妥協はしない。生地を寝かせる工程もしっかりと取る。



『うむ、これで十分であろう』


十分に寝かせたうどんのタネを、ミズー専用麺棒でしっかりと長方形に伸ばしていく。器用に粉を打ちながら、それを屏風状に畳んでいく。

そして取り出したるはミズー専用の大きなうどん切り包丁。これもトールに纏わりつき、ねだりにねだって特注で作らせたものだ。


うどんを均等に切り分けていく、ミズーは何度もやる事でほぼ均等に切る事が出来るようになっている。熟練のうどん職猫と言って良いだろう。


『さて、茹でるか』


キッチンに置いてあった大きな鉄製の鍋を取り出し、何もない空間から水を鍋いっぱいに入れる。そして、その水はすぐに沸騰しだした。

水の調整者たるミズーであれば、沸騰した水を準備するなど造作もない事なのである。


沸騰した湯にうどんを一束入れ、これまたトールにねだって買わせた専用の箸で軽くほぐしていく。ミズーの目は真剣そのものだ。

そしてうどんが少し浮いてきたところを見計らって鍋に蓋をする、こうする事で泡がうどんを包み美味くなる(らしい)のだ。


お湯の温度はミズーの能力で保ち続けられている。ミズーは鍋を見つめ続けている。


『よしっ!! 今だ!!』


お湯からうどんを取り出しざるに開け、ミズーが出した冷水でうどんをしっかりと洗ってぬめりを取る。そして、予めどんぶりによそっていた熱々のスープにうどんをすかさず入れた。地球ではネギと呼ばれていた植物を切って入れるのも忘れない。


そう、うどん職猫たるミズーに妥協は無い。かけうどんにするためのスープについても、うどんを茹でるのと同時に同時に作っていたのだ。


出汁はカツオに似た魚で作られた鰹節もどき。以前、トールがそういうものが作れないかと、ザレの東にある港町で見つけてきた魚によるものだ。この魚を煮沸した後に、内部の水分を乾燥させて作るんだと言われたが、どちらも水分が関わっている以上、ミズーからすれば赤子の手をひねるが如しである。


それを薄く削った物でだしを取り、これまたミズーたちが作った醤油で味を調えた。

色々と試した結果、ミズーが納得いくスープに仕上がった。


もちろん、冷水にさらしたうどんをいれても出汁の温度は下がらない。何故なら、ミズーは水の調整者だからだ。


『うむ、これで完成だ。今日のうどんは完璧に近い仕上がりのはず。早速食してみよう』


早速、ミズーが前足で器用に箸を持ってうどんをすすりだす。目を閉じ咀嚼し、それを飲み込む。


『やはり最高の仕上がりだ。ようやく納得がいく逸品に仕上がった』



うどんを食べ終わったミズーは考え込む。ここまでの物が仕上がったのだ、やはり他の者の評価も聞きたい。ミズーは黙って二階を見上げ、階段に向かった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ジルヴィアと同じベッドで寝ていたトールは、ずっしりとした重みとゆさゆさと揺さぶられるのを感じた。


『おい、起きよ』


「う~~~ん、ジルか……? 昨日の夜は二人で仲良くしたんだし、もう少し寝かせてくれよ」


そう言いながら、上に乗った何かを抱きしめようとする。


「ト~ル~~……、今日の朝もするの? もう、仕方が無いなあ……」


横からジルの声がする。………。とすると上に乗っているのは何だ?? 一気に目が覚めて見てみると、並んで寝ている俺とジルに、掛け布団の上からミズーが圧し掛かりゆさぶっていた。


「……何をやってるんだ、ミズー」


「きゃっ! ミズー、夫婦の寝室に入ってきたら駄目だよ!」


『お主らの裸などに興味は無いし、欲情もせぬ。それより、うどんを打ったからすぐに食べて感想を述べよ。打ち立て茹で立てを食うのが一番美味いのだ』


「……うどん??」


『うどんだ。今日のは最高傑作ともいえる出来だ、すぐに食え』


ミズーが、休みに趣味であるそばを打って子供に食わせるお父さんみたいになってきてるな。


「はあ……、とりあえず着替えてから下りるよ」


『よし、すぐに下りてくるのだぞ。もう茹で始めるからな!!』


そう言うと、ミズーはぬるりと部屋から出て行った。防犯の意味も込めて二階へ上がる階段前のドアに一応鍵はかけてあるのだが、ミズーには全く意味をなさない。はあ、もう仕方がない猫だな……。



着替えてから、ジルと一緒にリビングへ降りると既にかけうどんが完成していた。箸もおかれている。


『丁度出来上がった所だ、冷めない内に早く食え』


「そう言えば、朝食用に昨日買っておいたパンがあっただろ」


『あれなら昨晩に、我とタイキとダイチで全部食べてしまった』


「……」


少しため息をついてから箸を取って、うどんを食べ始める。ジルも箸に慣れて、最近は普通に使っている。ずるずるずる……。ふむ……、もちもちとした食感、表面はつるっと滑らかで良い喉越し、これは熟練のうどん職猫のものに違いない。


出汁を飲んでみる、ずずず……。こちらも良い出来だな。総じて、このかけうどんは確かに美味い。


『どうだ??』


ミズーが目を輝かせて、俺とジルの感想を待っている。


「無理やり部屋に押し入って起こしてきただけあって、良い出来だと思う。店が出せるんじゃないか?」


俺の感想を聞いて、ミズーは満面の笑みを浮かべ得意げだ。


『うむうむ、そうであろう、そうであろう!!』


「たしかにこの麺料理は美味しいね、前にトールが作ったやつを越えてるんじゃないかな」


『ふふふ、これはうどんを極めたと言っても良いのではないか?』


「まあ、この世界だと一位なのは間違いないだろう」


この世界には俺とミズーしかうどんを作る人(ミズーは人じゃないが)はいないからな。


『トールよ。遊戯室の横に建屋を新たに作り、うどんの店を出すというのはどうか? いっそのこと薬屋を辞めてうどん屋にするという手もある』


はあ……、とんでもない事を言いだしたぞ。


「どうか? じゃねえよ。どこの世界にうどんの店を出す巨大猫がいるんだよ。麺料理を出す大川辺猫なんて皇国にいるのか?」


『おらぬ。しかし、お主が元いた世界はかなり進んでいたのだろう? うどんを生業とする巨大猫はいなかったのか?』


「いるわけないだろ」


多分、アニメ版のニャ〇スだってうどん屋はやってねえよ。ミズーは少し残念そうだ。


『うーむ、そうか。やむを得んな……。ともかく、うどんについては頂へと至った。これからは蕎麦だ』


蕎麦についても以前に教えてはいたから、どうやらミズーはうどん打ちのみならず、蕎麦へと手を、いや前足を伸ばすようだ。


「蕎麦か。蕎麦は全量蕎麦粉で作るものや、二割小麦粉を混ぜて作る二八蕎麦ってものもあって結構奥が深いらしいぞ。俺も詳しくは知らないが。ざるにするならツユも作らないと駄目だし」


グルメ漫画で蕎麦の強さに負けてないツユを作るのに、修行経験のない青年が苦労してたな。


『ほう、これはうどん以上に研究のし甲斐がありそうだ』


「うどんについても麺の完成度が上がったからこそ、かまぼことかも欲しくなるな」


『カマボコとはなんだ?』


「白身魚のすり身を成形した後に、蒸し固めた物だ。俺が元いた世界だと、うどんの付け合わせの定番だった。他にも天ぷらや油揚げなんかもよく入っていたぞ。個人的には七味も欲しい。出汁って点だとカレーうどんという変わり種もある」


『カマボコ、テンプラ、アブラアゲ、シチミ、カレーウドン……。なるほど、あの細かく刻んで入れる草以外にも付け合わせがあるという事か。麺や出汁以外にも考えねばならぬわけだ。うどんについてもまだまだ考える余地があるな、面白い』


ミズーには無限の時間があるからいくらでも研究は出来るだろう、蕎麦粉や小麦粉などを買う金さえあれば。もちろん、その金は俺の懐から出るわけだが。


その後しばらく、うどんのバリエーションや蕎麦の話をしていたら、母屋の勝手口がノックされた。


「トール様、以前に相談いただきました温水洗浄便座について伺いたい事があるので、相談させてもらえませんか」


どうやらエーファのようだ、やはり温水洗浄便座が欲しくなって相談していたのだ。ドアを開けて出迎えると、いつものつなぎ姿のエーファとお付きの女性が立っていた。


「おはようございますトール様……、あれっ何か良い香りがしますね。朝食ですか?」


「ええ、うどんという故郷の食べ物なのですよ」


「ウドン? 聞いた事が無い食べ物ですね」


話をしていると、うどんが一杯とフォークが用意されていた。いつの間に……? ミズーはエーファに手招きしている。


「調整者様? そちらを頂いてもよろしいのですか?」


ミズーは黙って頷いている。喋らなければセーフ判定みたいだが、ガバガバすぎんか。それにしても、こいつ承認欲求マシマシやんけ。未知の物への探求心が強いエーファはすぐに席に着いた。


「では早速頂きますね。おっ、これは……」



麺職猫ミズーは麺の極みに至る長い長い道を登り始めたばかりである。

その道程は険しく厳しいものである、だがミズーは突き進むであろう。その頂きへと登り詰めるために。

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転生薬師は昼まで寝たい クガ @kugakuga

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