第147話 若き女帝
講和条約が結ばれて、しばらくの時が経ってからの事。
とある貴賓室で、ヴェンデルガルドと二人の貴族が椅子に座って話をしている。
二人の貴族は、メルヒオール・ハームビュフェンとエッカルト・ノルトラエだ。ヴェンデルガルドの脇には若いメイドが二人控えている。
「新しいプリヴァの王であるユーグ様をどう見られましたか、ヴェンデルガルド様」
「ふうむ、そうだのう。少なくとも先王ほどの痴れ者ではなさそうではある、それなりに話も出来るようじゃ。しかし……」
そこでヴェンデルガルドが一息つき、お茶を口にする。
「まさか、こちらの講和案をそのまま飲むとは思わなかったのう。賠償金の元は民の血税ぞ、為政者たる者あらゆる知恵を絞り譲歩を要求してくると思うていたが。あの条件、父上もある程度の譲歩ははなから認めるつもりだったのであろう?」
メルヒオールがこくりと頷く。
「調べによれば先王までが相当貯めこんでおるようで、しばらくはそれで支払う心づもりのようですな。その間に王国を立て直すと」
「そういう問題ではなかろうに。妾の申し出にも、如何様にも対応できそうなものだが。本当に別に首謀者がおるなら、捕らえ皇国へ渡す事を条件に譲歩を迫るなり、知らぬ存ぜぬを押し通すなりありそうなものじゃ。大きな棍棒を示唆したのに恐れたのであろうか?」
「……王国へ攻め入る事を示唆するような発言、元より本気では無かったのでしょう?」
「当り前じゃ、父上の意向でもあるゆえな。そもそも、皇国が今の王国に攻め行ったところで、得られる物は何もない、むしろ邪魔な大荷物を抱え込むだけ。王国との貿易など皇国にほぼ益は無し、有用な『加護』を持つ人物も既にこちらへあらかた引っ張っておるのだろう? ボトロックの娘らがやっておる事は妾も知っておる。しかし、ユーグ王も冷静に考えれば分かる事であろうに、やはり頭が熱くなると判断が鈍るのかのう」
そう言って、ヴェンデルガルドはメイドが淹れたお茶を一口飲む。
「証拠が無い、などと粘られないのはこちらとしては助かるが。先にも言うた通り、ユーグ王は先王ほど愚かでは無いらしいが、腹の黒さや思慮深さが足りぬ。つまり、為政者としては……。感情を表に出してしまったのは若さゆえであろうか? 側近も若い者が多かったのう」
そう言うヴェンデルガルドはユーグよりも遥かに若いのだが。
「……ところでヴェンデルガルド様、先ほどの追加条件はどういう事でございましょうか? 聞いておりませんでしたが」
「それについてはすまなかった。捕虜の尋問に時間がかかったゆえ、連絡が遅れたのじゃ。とは言えこの件、皇帝の名代は妾ゆえ問題は無かろう?」
「それはそうですが……。しかし、賠償金の増額はともかくとして、フィーテル山脈など割譲されたところで管理が面倒なだけではないですか?」
先ほどから、メルヒオールとヴェンデルガルドの会話を黙って聞いていたエッカルトも同様に思った。確かに山の西に頑強な城壁を設け警戒すれば、今回のような事は今後起こらないだろう。だが、皇国からすれば山の東側に城壁を作るのと何も変わらない。変な所を貰ったところで、管理コストが割に合わない。
優雅にお茶を飲みながら、ヴェンデルガルドがメルヒオールに答える。
「ふむ、そもそもフィーテル山脈の割譲こそが妾の本題であったのだが。ユーグ王が割譲の代わりに賠償金の減額を要求すれば、ある程度は飲む腹づもりであった」
「は??」
「普通に考えれば、今そなたが思っている通り、あのような所を割譲されたところで管理費用が割に合わぬであろうな。だが」
そう言ってヴェンデルガルドがニヤリと笑う。
「例えば、今皇国で需要が急激な右肩上がりの極めて希少な鉱石が取れるとしたらどうじゃ?」
「……まさかと思いますが、精霊石?」
「フィーテル山脈は害獣が跋扈し、とある種類の石が多く含まれている。さらに皇国加護研究所に相談したり、古い文献を探ってみたところ、いくつかの条件が揃っている事に気付いてのう。配下の者を使って調べさせ、精霊石の大鉱脈がある事が分かっていた」
「な!? 真ですか!?」
「物証もあるぞえ、間違いない」
「なんと……」
「ゆえにフィーテル山脈の割譲にあたって、ユーグ王が講和条件の緩和を要求してくると読み、どこまで譲るかも考えておったが杞憂であったの。妾の計算では、金札二千万枚(約二兆円)どころか、一億枚以上の価値があるはず。将来、賠償金の支払いが滞ろうとも何ら問題は無いという事」
「……」
「賠償金でこの度の被害者を手厚く援助するのは当然であるが、分割して得られる金子はそれなりに余るであろう? それを王国との国境に築く城壁や鉱山の開発に充てる。結果として王国の金で、国境の警備を強化しこの度のような事が二度と起こらないようにし、鉱山を開発してその益は皇国に全て入り、王国は賠償金の支払いで少なくとも向こう二十年は這う這うの体、という事になる」
「しかし、責任者は誰にやらせるのですか?」
「そこにおるではないか。ヘルヒ・ノルトラエの流行病対策が遅れ、責任を取ろうとしておる大貴族が。子息にノルトラエを譲るのであろう?」
そう言って、扇子でエッカルトの方を指すヴェンデルガルド。エッカルトは何故この場に呼ばれたのか、この時に悟った。
「割譲される領土は皇国の特別領とするが、ヘルヒ・ノルトラエに隣接する土地ゆえ、管理者はヘルヒ・ノルトラエと親しい者が適切じゃろう? 判断を見誤り、流れのとびきり優秀な薬師が考案した有効な流行病対策を早期に実施できなかった責任を取ってノルトラエの領主は辞める。だが、二度と同様な事が起きないように隣の特別領を責任をもって治める。そんな責任感のある領主にノルトラエ州の民も悪く言う事はないだろうから次代の領主を支え、ノルトラエ家と州は益々発展するかもしれぬのう」
そう言いながら、エッカルトに向かってほほ笑むヴェンデルガルド。
「そこまでお考えの上で……?」
「妾はまだまだ若輩の身、偶然というやつじゃ。エッカルトよ、そういう事であるが、引き受ける気はあるかえ? それとも隠居するか?」
「ご用命頂けるのであれば、是非やらせていただきたく」
エッカルトは深く考えるまでもなく即決した。
「そして、危険な害獣が出る上、鉱山とその周りの整備は過酷じゃろうから、まず最初に皇国の牢屋でタダ飯を食ろうておる者を刑期を短くする恩赦として使おうと思うておる。ノルトラエにもどれぐらいおるのか問い合わせが来ておったであろう?」
エッカルトは皇国から牢にいる重大犯罪者を報告するよう、連絡が来ていたのを思い出した。あれはこれが目的だったのかと。
「重大犯罪者を過酷な労役で使い捨てにすると?」
それを聞いて、わざとらしく驚いたような表情をするヴェンデルガルド。
「メルヒオールは恐ろしい事を言うのう。牢屋に入れられておる犯罪者も早く世間に戻りたかろうぞ? それを汲み、労役に当たれば恩赦として刑期を短くしてやるのじゃ。これは妾の温情である、父上にもご納得いただけるであろう」
「(表向きはあくまで害獣の危険さを知らない世間知らずゆえに、犯罪者に恩赦を与えてやる心優しい少女という事か。危険な害獣が出て、過酷であろう鉱山で働く事が恩赦なわけがない。今回の件、最初から最後まで、どこまで見通しておいでだったのか……)」
「いずれは山に隧道を整備しても良いかもしれぬ。しかしこの度の講和会議、得られた物もそれなりではあったが、学ぶところも大いにあった。皇国の立場が常に強者側とは限らぬ。我らが王国のような立場になった場合どう動けば最も良い結果が得られるのか、色々と考えてみる価値があるのう」
優雅にお茶を飲み微笑んでいるヴェンデルガルド。見た目こそ世間を知らぬ高貴な身分のうら若い少女であるが、その心の内はいかなるものであろうか。
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