第146話 講和会議(2)

出鼻をくじかれたメルヒオールが音がした方を見ると、ヴェンデルガルドが扇子を持って微笑んでいた。どうやら、先ほどのは扇子を閉じた音だったらしい。


「ハームビュフェン卿、少し待ってはもらえぬかえ? ユーグ王に追って伝えねばならぬことがある」


メルヒオールは困惑した、そのような事は聞かされていない。ヴェンデルガルド様は何を言おうとしているのか。


「実は、王国から武装した集団が密かに山を越え、不法入国し町村を襲おうとしていたのだ。幸いなのは、妾の私兵が気付き、事前に防いだので大きな被害こそ出なかった事じゃ」


困惑していたのはメルヒオールだけではなく、ユーグもだ。そのような報告は聞いていなかったからだ。


「武装した集団の何人かを捕虜として生きて捕らえる事に成功したゆえ、尋問をしたところこれらの集団はれっきとした王国の兵士で、ユーグ王の指示によって密かに山を越え皇国の無辜の民を襲おうとしていたという事が分かった」


「な!? そんな馬鹿な、そのような命令は出していない!!」


「そうはおっしゃいますがユーグ王よ、集団が山を越えたのも事実、皇国の無辜の民を襲おうとしてたのも事実、尋問にてユーグ王の指示と答えたのも事実。複数の者から聞き取りしたゆえ証言が間違っておるとも思えませぬが」


そう言いながら、扇を開いて優雅にあおぐヴェンデルガルド。ユーグの顔は真っ青だ。


「妾の言う事が信じられぬのであれば、捕虜にこの場で証言させますが? 連れて参っておりますゆえ」


「誓って私はそんな事はしていない!!」


「お認めにならないと? では、捕虜をこの場に招きましょうぞ。装備の類も保管しております、どこで作られ、どこで使われている物かはすぐ分かりましょうな」


「……」


ユーグは黙って考えを巡らせた、そうか、グレゴリの部下が言っていた良からぬ事とはこの事だったのか。グレゴリが俺の名を騙って兵に命令したのだ。奴は父と一緒に俺も消して、王にならんとしていた。つまり、この講和会議に出て俺の責任を皇国に追及させようとしていたのだろう。


ぐぐっと歯を食いしばりながら、ユーグが応える。


「……再度言わせてもらうが私の指示によるものではない。だが、皇帝の名代であるヴェンデルガルド様が仰るのであればそのような集団がいたのは事実でございましょう」


そう答えるユーグに、さも困ったような表情をして扇子を閉じるヴェンデルガルド。


「なるほど、そうですか。では、その責任はユーグ様そして現王国には無いとおっしゃいますか? とすると、当然ながら講和についても考え直さねばなりませぬのう」


意地が悪い事を聞いてくる、この皇女年齢通りの女ではないようだ。


「…………………。現プリヴァ王国の王は私です、事実がどうあれ責任は負うべきです」


そう言うと、ヴェンデルガルドは笑顔を浮かべる。


「なるほど、流石はプリヴァ王国の王でいらっしゃるユーグ様。では、こちらが提示した条件にこれの賠償も上乗せするのも当然でございましょう?」


「……如何ほどでしょうか?」


わざとらしく考え込むようなしぐさをするヴェンデルガルド。


「ふーむ、そうじゃのう……。賠償金を二倍、つまり金札二千万枚(約二兆円)にするぐらいが妥当な所でしょうか?」


「ば、馬鹿な!! 二倍だと!? 直接的な被害が出たわけでも無いのに、いくらなんでも多すぎる!!」


ユーグの発言に対して、わざとらしく悲しそうな表情をするヴェンデルガルド。


「そうでしょうか? 今回は偶然そう本当に偶然、妾の私兵が気付いた事で、ユーグ王の指示による悪逆非道な行為を止められただけです。その偶然が無ければ、大勢の無辜の民が悲惨な事となっていたでしょう」


「……私は指示していない」


「さらには王国からの悪意によってこの町、ヘルヒ・ノルトラエに病魔がまき散らされ、無辜の民が大勢被害に遭っております。加えて、当時のプリヴァ王の指揮による武力侵略行為、ユーグ様のご指示で我が皇国民を秘密裏に襲おうとさせていた事、これらを全てを鑑みれば、妾の要求した賠償金は十分に妥当でありましょう」


「だから、私はやっていないと言っている!!」


「当然、皇国はこれらの民を手厚く世話をする義務がございます。その世話には金が必要、王国からの無情なる仕打ちの数々の対応に疲弊している皇国がこれの弁済を求めて何が馬鹿でございましょうか?」


「(小娘め! 皇国がこの程度で疲弊するわけがないだろうに!)しかしですね……!?」


「責任は負うべきと仰ったのに、先ほどの言葉は嘘だったのでしょうか? どうしても無理と仰るのであれば、皇国としてもこれからの憂いを払うためにに出ざるを得ないという判断をするやもしれませんの」


「な……!?」


「ささ、皆さまで責任についてご相談されてはいかがですか?」


ヴェンデルガルドは微笑み、扇子を開きゆったりと仰いでいる。

すぐにユーグは側近たちと小声で話し合いを始めた、紛糾しているのか時々小声ながら荒げた声が聞こえる。


しばらくして、暗い顔をしたユーグがヴェンデルガルドに回答をした。


「……ヴェンデルガルド様の賠償金要求を受け入れいたします。代わりに、分割を二十年としてはもらえぬでしょうか?」


「二十年……、随分長い期間になりますの。妾としては同じく十年でお支払いいただきたいのですが?」


「ヴェンデルガルド様。恥ずかしながら、我が王国にそこまでの支払い能力はございません。なんとか二十年とさせていただけないか?」


「ふうむ……。そこまで仰るのであれば、一つ条件を付けさせては貰えませんかえ?」


「……その条件とは?」


「妾が不安で仕方がないのは、期間を伸ばす事で力を蓄え、二十年の間にまた山を越え攻め入ろうとされているのではないかという事です」


「そんなつもりは毛頭ない!!」


「そうはおっしゃっても確たる証もないし、実行されては皇国としてはたまったものではない。ゆえに、フィーテル山脈および山から三十キメート(三十キロメートル)西を皇国に割譲頂けませんか?」


ユーグは考え込む、あそこは危険な害獣が跋扈している上に、森が深く農業にも向いていない。要はほぼ放置している状態の土地だ。領土の割譲は痛いが、やむを得ないかと。


「相談させて頂いても?」


「構いませんわえ」


再度、ユーグたちが小声で相談を始めた。先ほどの相談とは違い、すぐに相談は終わった。


「ヴェンデルガルド様の条件を受け入れさせていただく、代わりに賠償金の分割を二十年としたい」


「うむ、実に結構! メルヒオール卿、これでどうか?」


「問題ございません、後は詳細を詰めさせてもらえば」


それを聞いてヴェンデルガルドは満面の笑みを浮かべ、扇子を閉じた。


「うむ、これにて講和は成りました。今後は皇国、王国共に諍いなく繁栄していく事を切に願う」



その後、実務方の細かい協議が行われ、概ね会議で決まった通りで講和条約が結ばれる事になった。これにて、王国からの侵略については終結した。


だが、これにより王国は極めて重たい枷を長きにわたって背負う事となった。

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