第145話 講和会議(1)

ヘルヒ・ノルトラエから遠く離れたある場所、今日はここで先の王国からの侵略についての講和会議が行われる。

皇国からは代表者として皇国外務卿であるメルヒオール・ハームビュフフェンとその側近数名、皇帝の名代としてヴェンデルガエルドが出席している。


王国からの代表者は、新しい王であるユーグ王を筆頭としてその側近数人が会議へと参加した。ユーグが会場に着いた頃には、メルヒオール達は既に議場入りしていた。ユーグがメルヒオール達に礼をする。


「本日は講和会議を開いていただき、まずは感謝申し上げたい。私は先日プリヴァ王国の新王として即位しましたユーグ・プリヴァです」


「講和交渉の皇国側の代表であるメルヒオール・ハームビュフェンと申します。こちらは皇帝陛下の名代として講和会議に参加されております、皇女にあらせられるヴェンデルガルド・ロンベルク様です」


「よしなに」


ユーグは年端も行かぬ少女が会議に参加する事に少し面食らったが、顔には出さなかった。


ユーグとその側近が指定された席に着き、会議が始まった。


「まずは皇国として申し上げます。貴国からの武力による侵略について、強く抗議を申し上げます」


先王である父が行った侵略については、父自ら行軍した事もあり否定する事はできまいと前もって考えていたユーグ。


「侵略行為については紛うこと無き事実。この場を持って謝罪申し上げる」


「また、流行病を患った者をフィーテル山脈を越えて不法に入国させ、我が国に病魔による侵略を行った事も許しがたい蛮行です」


「お待ちください、それについては確たる証拠がないのではないでしょうか? たまたま、王国の民が山を越えただけという事も考えられますが」


そう言われるとすぐにメルヒオールが手を上げる。程なくして、兵士が別の部屋から一人の黒髪をした男が連れて入ってきた。


「この男が不法入国した王国民です。髪の色を見れば分かるでしょう? 疑うのであれば出身の村や生い立ちを説明させますが?」


「……」


「特にご意見は無いようですので続けます。この男は皇国の情け深く手厚い看護により幸いにも流行病を治癒し、見ての通り今この時も生きております。君、何故山を越えて王国に来たのか説明してくれるかね?」


黒髪の男は頷いた。


「俺がいた村で突如として流行病が流行り、皆病床に伏していた。そうしていると、王国軍が突然村に来て、山を越えて皇国へ行くよう強制してきたんだ、それは大人も子供も老人もだ。逆らう者は容赦なく殺し、村ともども焼き払ってしまった。戻る場所も無くなり、軍に追い立てられ山へ入ると、元々病気で弱っていたのに加え、途中害獣に襲われるなどしてほとんとの村人は死んでしまった。俺と妻だけなんとか皇国には入れたが妻は……」


そう言うと涙を拭うような仕草をしてから、大声で叫び出した。


「全部、あんたらのせいだ!! 俺たちは日々精一杯生きていただけなのに、病気の人間を皇国に送り込むとかどうかしてる!! 王国なんて滅びちまえば良いんだ!!」


メルヒオールは沈痛な顔をして頷いている。


「実に痛ましい話だ、よく話してくれた」


黒髪の男はメルヒオールに礼をしてから、兵士に付き添われて元いた部屋に戻って行った。


「さて、ユーグ王よ。聞いての通りであるが、この件について改めて何か申し開きをお持ちでしょうか?」


後から父とグレゴリがこのような事をしていたのを知ってはいたユーグだが、山を越えた王国民がまさか生きているとは思っていなかった。あれは王国民ではない、証言は偽証だと申し立てたところでその返答も用意しているだろう。つまり、無駄でしかない。


「……ございません」


「では、病を患った民を送り込むと言う、言語道断な侵略行為についてもお認めになるということでよろしいな?」


「……はい」


「結構、ではこれらの侵略行為およびその講和について皇国として以下を求めます。

一.当国の金札換算で一千万枚(約一兆円)の賠償金の請求。相当額の王国金貨による支払いを求める。

二.相互不可侵条約の締結。一定の保留期間の後、政治的なものを除き一切の交流・交易は行わない。また、王国の民の皇国への移住については、いかなる条件であっても今後は許可しない。

三.国境の門の修繕費用の支払い。相当額の王国金貨による支払いを求める。

以上です」


王国からするとかなり厳しい条件ではあるが、ある程度予想していた範囲内だった。


「相談させてもらってもよろしいでしょうか?」


「結構です、どうぞ」


ユーグが椅子を近づけて側近たちと小声で相談を始める。ヴェンデルガルドはそれを薄っすら微笑んで眺めている。

ほどなくて相談を終え、メルヒオールの方へ向き直るユーグ。


「その条件を受け入れさせていただく。ただし当国の経済状況から鑑みると、一括で払うのは難しい。当国の都合ではあるが、十年にわたっての分割とさせてもらえぬだろうか?」


それを聞いたメルヒオールは心の中で頷く。


「(概ね陛下の要望通りだな、これで講和とするか)けっこ……」



パチン。



メルヒオールが返答しようとしたその時、会議場にとある音が響いた。

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