第144話 ザレへの帰還

レッタッケの町の祭りがいよいよ開催される、藁のような物で編んで作った巨大な人形(多分豊穣の神のモチーフだろう)が祭壇のような所に備え付けられ、その周りで歌や踊りを奉納するという感じの物だった。


その他は適当に飲み食いしてワイワイ騒ぐような感じで、宗教色が強い厳かな祭りと言うよりは日本の地方神社で行われているようなローカル祭りと言う感じだった。

やがて祭りが終わって、借りている家にジルと一緒に帰る事にした。


「もっと宗教色が強い祭りなのかと思ってたわ。一応形式は整ってはいたが、ただ騒ぎたいって感じだったな」


「そうだね、この町の人たちもそこまで神様を信じている感じじゃないと思うよ。異常に厳かだったりだとか、変な祭りだとかは私も参加しないようにしてるし」


「そういう祭りもあるのか?」


「土着の宗教の影響が強い村や町だと、そう言う感じの祭りがあったりはするね」


「生贄を捧げたりとか?」


「そこまでのは流石にないんじゃないかなあ。皇国が禁止してたはずだよ」



借りている家に入ると、タイキとダイチが香箱座りして待っていた。


『お帰りー、祭りはどうだった? なんか美味しい物とか出てなかった?』


『我も少し期待していたのだが、こ奴が作った物の方が美味い。酒を飲んでばっかりだったぞ』


『なーんだ、残念』


『トールよ、そろそろザレに戻らないか?』


『さんせーい、僕そろそろビリヤードをやりたいよ』


『……』


ダイチも黙って頷いている。ミズーは美味い物がいっぱいあり、遊戯もそろっているザレに早く戻りたいようだ。タイキやダイチはザレの家で遊んでいても良いと言えば良いのだが、基本的に俺の近くにいるようにはしてるんだよな、なんでだろう?


ただ俺もエアコンが効いた部屋や、奇麗な風呂とトイレがそろそろ恋しくなっては来ている。


「そうだなあ。ジル、明日の朝にでも発ってザレに戻ろうと思ってるんだけど良いか?」


「うん、祭りも終わったし良いと思うよ」


「多分、州境で検問と一時的な拘留があるだろうから帰りは行きよりも時間がかかるだろうな」


「仕方ないよ、のんびり帰ろう」


『人が通らぬような所を我が高速で走るという方法もあるが?』


「そんな帰り方をしていきなりザレに現れたりしたら色々疑われるだろ。面倒だけど、行きと同じようなルートで帰った方が良いだろ」


『むう……、面倒だがあい分かった』



翌朝、家を借りていた人にお礼を言って鍵を返し、ミズーに乗って東へ進み始めた。思っていた通り、検問が厳しく、州境では数日拘留されることになった。


今日、ようやく皇国管理区域に入った。移動自体はミズー号が今日も快速だ。


「どうせ皇都に入るし、一旦皇都の家に寄るか」


「私は特に反対は無いよ」


『皇都に寄るなら、例の赤いパイを食いたいな。あと、麻雀もしたい』


「分かった分かった」



夜になって皇都の家に着いた。中に入ると、何かがいて少しビクッとしたが、お座りしていたタイキとダイチだった。


「お前ら、鍵がかかった部屋に入るのはやめてくれよ。少しビビったぞ」


『ミズーからここに寄るって聞いてたから先回りしてたんだよ。今日は麻雀をやるんだって? 久しぶりだなあ』


『……』


『うむ、例のパイも買って来てやったぞ』


買ったのは俺なんだが……、まあいいか。



麻雀大会が催された翌朝、出立の準備をしているとドアをノックする音がする。この家に客? 誰だろう?


「はい、どちら様ですか?」


「私だ、シュナイダーだ。昨日、ウチの受付から皇都でトール君を見かけたと聞いてね。それで訪ねてきたのだ」


シュナイダーか。ヘルヒ・ノルトラエの状況など聞きたくて来たのだろう。ドアを開ける。シュナイダーはマスクをしていた。こっちにも試作品が流れてきたのか。


「もしかして今日発つつもりだったかな?」


「ええ、皇都に用事もないので一泊しただけでそろそろ出ようかと。その口元の布は?」


「ああ、ヘルヒ・ノルトラエで流行病対策として使われている『マスク』というものだ。おそらく、君の発案だろう?」


「さあ、どうでしょうか? それで今日は何用で」


「このマスクの事もだが、ヘルヒ・ノルトラエはどうかと聞きたくてね。戻ってきたという事は?」


「ええ、良い方向へは行っているようです。具体的には、が対策案を出して州全域で実施される状況で、それが上手く行けば収束するはずです」


「とある方、か。であれば良かった。君たちも病気には?」


「幸い、罹患はしませんでした」


「そうか、詳しく聞きたい事もあるのだが教えてはくれないのだろう?」


「すみません、ボトロック家との約束もありますので」


「分かった。ザレまで良い旅を」


「ありがとうございます、シュナイダー先生もご息災で」



皇都から東は検問もゆるく、拘束される事は無かった。こっちに戻ってくる途中に町や村を見た限りでは、感染はノルトラエに留まり、皇都にまで至っていないからだろう。こういう時にお上が皇国執行令みたいな強制力を伴う命令を出して、拘留や隔離、対策案の強制が出来るというのは強いよな。


皇都を出てから、特に問題も無く四日でザレまで着いた。ようやく愛しの我が家だ。

鍵を開けて中に入る、この家が随分懐かしく感じるのは家が恋しかったからだろうか?


「いや~、疲れたな」


「そうだね」


『今日は遊戯をするのか?』


「今日は流石に勘弁してくれよ、明日からなら付き合うからさ」


『むう……、まあ止むをえまい。こちらで勝手に楽しんでおく』


「まあ、遊戯室は自由に使ってくれて良いから。俺はとりあえず風呂に入りたいな」


「私も。一緒に入る?」


「そうするか、ミズー悪いが風呂を沸かしてくれないか?」


『良かろう』


今日の所はジルと一緒にゆっくり風呂に漬かり、そのまま寝たい。おそらく明日にはドミニクがやってきて色々聞かれたりするんだろうな。


ともかく、ザレでのスローライフの再開だ。

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