第143話 説得

王国から送り込まれた部隊の俺たち四人は、皇国の兵士に捕らえられそのままとある場所に連れて行かれた。同じ場所ではあるが、別の牢屋にそれぞれが入れられているらしい。らしいというのは、それぞれの場所が離れているらしく、お互いがどういう状況にあるのかは全く分からないからだ。


生きるのに最低限の食事と水だけは与えられている。


捕らえられた部隊の隊長である俺は牢屋の中で考え込んでいた。


「(厳しく尋問されるかと思ったが、こんな所に閉じ込められるだけとはな。楽で良いが食事はもうちょっと良い物が欲しい所だぜ)」


今日も何もせず牢屋ですごすのかと思っていたら、部屋が少し騒がしくなる。

豪奢な服を纏った、明らかに高貴な身分と思しき一人の少女がお供を複数連れて牢屋に入ってきたのだ。思わず俺は声を出してしまった。


「おいおい、良い女じゃねえか。俺に抱かれに来たのか?? ハハハハ」


「余計な事を言うな!!」


牢を見張っていた男に怒鳴られた。ケッ、お堅いことで。


だが、女の方は怒るでもなく、扇子を取り出しあおぎながら微笑んでいる。見た目からすると十代にしか見えねえが、それにそぐわぬ泰然たる態度だ。


「ほほほほ、中々活きが良い事じゃの。さて、アードラーよ」


「はっ」


一人の男がそれに答えていた、確かこの中ではリーダー格の男だ。


「何が目的で王国の兵士が皇国に密入国し、良からぬ事をやろうとしておったのか尋問せねばならぬのう」


「準備は出来ておりますれば」


「それは結構。だが、彼らが必ずしも正しい事を言うとは限らぬのではないか?」


「仰る通りです」


「尋問したとて、嘘を言われては困ってしまうのう」


そう言いながらも、困っているようには全く見えない。この余裕な態度は一体なんだ?? そう思っていると、女は右手で持った扇子を閉じて、左手に軽く叩きつけた。


「そうじゃ、進んで協力がしたくなるように『説得』すれば良いのではないか? のう、アードラー」


相変わらず微笑んでやがるが、その笑顔に何か末恐ろしいものを感じて俺は内心ゾッとしてしまった。


「……よろしいので?」


「こ奴らはただの不法入国者だろう? そもそも王国と捕虜に関する条約を結んでもおらんしのう。その上、皇国の民に害をなさんとする極めて悪質な者に配慮などする必要などなかろう。部下に『説得』が得意な者はおるのか?」


「そうですね……、フュッテラーが適任かと思います。フュッテラーこちらに」


牢を見張っていた一人の男が、アードラーと呼ばれた男の横に出てきた。


「ほう、お主がフュッテラーか」


「はい、是非とも私にやらせてください!! お願いいたします!!」


「そこまでの強い思い、何か理由でもあるのか?」


「……ヘルヒ・ノルトラエに流行した病で両親が亡くなりました。王国の事を夢に見るまで憎んでおります」


「なるほど、それは気の毒であったのう。であれば『説得』に力も入り、間違いも無いであろうな」


「はい!! 必ずやり遂げます!!」


「よし、フュッテラーよ。お前に『説得』と尋問を任せる」


「ありがとうございます!!」


さっきから『説得』『説得』と言っているが何のことだ? 疑問に思っていると、微笑みを浮かべた女が扇子を俺の方に向けてきた。


「その男など、活きが良くて『説得』のし甲斐があるやもしれぬな」


「仰る通りです、まずは彼から『説得』いたします!!」


「うむ、では後は任せようぞ」


そう言うと、女は部屋から出て行った。代わりにフュッテラーと呼ばれた男が俺の牢屋に近づいてくる。何か嫌な予感がしやがる……。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



地下にある牢屋から階段をゆっくり登っていくヴェンデルガルド。


「ギィィィヤァァァァァアアアアア!!! や、やめてくれええええええ!!! な、なんでも喋る!! 喋るからァァアアア!!!」


恐ろしい叫び声が背後から聞こえる。お付きの者の一部がその声を聴いて恐れおののく中、ヴェンデルガルドは全く動揺せず微笑みすら浮かべている。


「フュッテラーとやら、しっかりと『説得』してくれているようじゃの。実に結構」


ヴェンデルガルドの階段を上る足取りは軽やかだった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



とある建物の最上階、もっとも豪奢な貴賓室でヴェンデルガルドがお茶を飲んでいる。


「うむ、やはりフィリーネの煎れる茶は絶品じゃのう」


「お褒めにあずかり光栄です」


ヴェンデルガルドがお茶を楽しんでいると、ドアがノックされる。


「だれぞ?」


「アードラーです、入ってもよろしいでしょうか?」


「かまわぬ入れ」


「彼らについてご報告をと思いまして。彼女は?」


アードラーがお付きのメイドの方を見ている。


「フィリーネは構わぬ。で、『説得』は上手く行ったのかえ?」


「はい、全てを話しました」


それを聞いて少し考えこむヴェンデルガルド。扇子を取り出し、ゆったりとあおいでいる。


「ふむ、しかし心を込めた『説得』に必死で抵抗しているとも考えられるのう。捕らえたのは四名だったかの?」


「その通りです」


「では、もう二人をフュッテラーに『説得』させ、それぞれの証言に相違が無いか確認せよ。申し合わせしておるかもしれぬから、念入りに頼むぞ。残りの一人も尋問はするようにな」


「一人は尋問のみでよろしいので?」


「講和会議に連れて行く可能性があるからのう、一人は『説得』していない捕虜を残しておきたい」


「なるほど、出しゃばって申し訳ありません」


「良い良い。しかし、流石に無いかと思うたが、妾の読みが悪い意味で当たってしもうたのう。ときに残りはどうしたのか?」


「合計で三つの部隊に分かれていたのは確認済みです、追加が来ないか念のため見張らせてはおります」


「ふむ、そうかえ。おそらく、成功したか失敗したか知られぬ内は次は無いであろう。して、残りの二つは部隊はどうなったのか?」


「一つ目の部隊は我々が対処する前に、片方は例の『黒髪』とその妻が対処したようですな。駆けつけ遠くから見る限りでは死体や装備すらなかったですが」


「……それはつまり、トール殿がおらなんだら、その町村が大変な事になっていたのではないか?」


ヴェンデルガルドの少し細められた目と、その問いかけにアードラーの背中に冷やっとしたものが走る。


「……仰る通りです」


「結果としては良かったが、これは減点であるな。機会が何度もあるとは思うておらぬよな?」


「……心得てございます」


「ならば良い、以降は心して任務にあたるが良い。しかし、トール殿たちは悪党を討伐するのはともかくとして、どうやって奴らを消したのかのう?」


「レッタッケに向かっていたのは確実なのですが、皆目見当が付かず」


「ふうむ、トール殿にはまだまだ秘密がありそうじゃの。それも極めて有用な類のな。やはりこのままは惜しいのう」


「もう一つの部隊は、我らが張っていた村に着く前に新人の賞金首狩人が全て討伐したようです。被害はその狩人を含め一切ありません」


「ふむ、新人の賞金首狩人とな? そちらはそちらで気になるのう。まあ、被害が無いのであればそれで良い」


「はっ」


ヴェンデルガルドがお茶に口を付け一息つく。


「しかし、この短時間でしっかり『説得』をするとはフュッテラーとやら、中々見所がありそうじゃのう、ほほほほ」


「忠誠心は人一倍かと推察いたします」


「一通り終わったら褒美をやらねばなるまいな、終わり次第連れて参れ」


「ははっ」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



三人の『説得』が終わり、ヴェンデルガルドの前までフュッテラーは連れてこられた。


「フュッテラー、ご苦労であった。そなたのおかげで、王国との戦後交渉も上手く働くであろう」


「お褒めにあずかり光栄です」


「王国よりもたらされた流行病によって両親を亡くしたと言っておったが、他に家族はおるのか?」


「……年の離れた妹がおります、今はヘルヒ・ノルトラエの叔母に預かってもらっています」


「なるほどのう、会いたくはないのか?」


ヴェンデルガルドにそう言われ、フュッテラーはぐっと唇を噛み締めた。


「いつか金を貯めて、皇都で一緒に住みたいと考えております」


「そうか、あい分かった。このたびの働きに褒美を取らそう」


「有り難き幸せ」


ヴェンデルガルドが合図をすると、メイドがお盆のような物の上に何かを乗せてフュッテラーの前に差し出す。


「金札百枚(約一千万円)を取らす!」


「えっ……。こんなに!?」


「ヘルヒ・ノルトラエは戒厳令がしかれているゆえ、すぐにとはゆかぬだろうが、その金子があれば妹を皇都に招くことも出来よう? 妹を学校に通わせたいなど要望があればアードラーを通して妾に申し出るが良い」


「な、なぜそこまでして頂けるのですか」


「妾は勤王の志には相応の褒美をもって応える事としている、それだけの事じゃ」


「あ、ありがとうございます!! 今後も我が命はヴェンデルガルド様に捧げます」


「良い良い。妹を大切にしてやるのじゃぞ」


「ははっ!!」


号泣しながら褒美を受け取り、フュッテラーはアードラーと共に部屋を出て行った。



「よろしいので?」


「何がじゃ?」


メイドの問いかけに、とぼけるヴェンデルガルド。優雅にお茶を飲んでいる。


「僭越ながら、褒美が余りに過剰かと存じますが」


「まあ、普通に見れば確かにのう。じゃが、奴の目を見たか。これでフュッテラーは妾のためなら命でも平気で投げ出すであろうぞ」


「私だけでも十分ではないかと」


「もちろん、妾の懐刀であるフィリーネを最も頼りにはしておるがの。そういう者は簡単に育てたり出来るものではないからのう、将来を考えての投資というやつじゃ」

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