秋風の音

升一繭弥(馬の骨)

秋風の音

 冷たい空気に包まれた暖かな太陽の日差しがあった時間は過ぎ去り、今の太陽は空を赤々と染めるだけ。

 おれは感覚がなくなりつつある指先を握り込む。

 隣町の神社を目指して歩き始めてもう十分くらい。思い出すのは一時間ほど前。おれは十四年生きてきて初めて『告白』を受けた。相手は同じクラスの女子だけど、大した交流のない人だったから「君のことをよく知らない」と言って断った。『おれ』なんて一人称を使っている割には随分女々しい理由だと思うが、実際そう思ったのだから仕方ないだろう。

 『よく知らない』。おれにとって他人と交友関係を築く上で重要な指針だ。おれには友達だと思える人は少なく、おれが知り合いと思っている人の中には、おれのことを友達だと思っている人も多いだろう。おれの友達のハードルは高いのだ。まして恋人なんてもっと気心の知れたような人とでないと現実味がない。

 一応自分なりの信念を持って断ったつもりだが、やはり悪いことをした気分は付きまとう。

 手のひらに包まれて少し暖かくなった指先を開き、握り、何度か閉じ開きをして首元に手を添える。まだひんやりとしているが多少マシになった気がする。

 神社の賽銭箱に小銭を投げ入れることくらいはできそうだ。


――――――…………


 最近見つけたこの神社はあまり人が来ない小さな神社で、秋冬の赤い空がとても良い雰囲気を醸し出している。夏だと陽が落ちるまでが長く、夕焼けを楽しむ前に門限が迫ってしまう。

 緋色の空から目を下ろし、少し暗い境内を見回すと、白い和服に赤いスカートのような服を身にまとう女性がいた。

 ……あれは巫女装束かな? じゃああの人は巫女さんか……。

 しかしどうにも身長が低いようだ。おれより少し低いくらいか。中学生の自分より小さい大人はそういない。すぐそばには木々が生え、葉の隙間から灼けるような空が見える。

 巫女と夕焼け。思わず溜息が漏れてしまう。と、ほぼ同時に体の向きを反転させる巫女。こちらに背を向けていた様子の巫女が反転しておれの方を向くらしい。自分の存在に気付かれると思うとなぜか今度は息が止まる。

 顔の半分が見えるようになって違和感に気付く。頭に生えた二つの山、白い肌に赤い化粧、スッとした輪郭は、

「き、つね……?」

 ……のお面。

 相手もおれの存在を認識する。動きが止まり、見つめ合うこと数十秒。神秘的な雰囲気は次第に薄れ、気まずさが募る。

「…………あな、たは、運命を信じますかっ?」

 うんめい……ウンメイ……運命。

「……信じません」

 少し巫女の肩が下がる。気を悪くしたのかもしれない。

 正しい回答も質問の意図もわからないが、うわずった声の様子からどうやら緊張しているようだとも察せられる。

 何となく面倒な気はしたが、何となく話を聞いてみたいとも思った。矛盾した自分の感情に嫌気がしながらも問うてみる。

「巫女さんは信じているんですか?」

「巫女さんは分かりませんけど、私は信じたいと思ってます」

 つい「それは分かっているということでは」という顔をしてしまったが、そんな細かい内心まで気取られるはずがないだろうと信じて、「どうしてですか?」と質問を重ねる。

「奇跡は起こせると信じたいから……かな」

「奇跡?」

「決められた運命も、奇跡があれば変えられる。そんな世界だったら、頑張りたいと思える、から……」

 強くない語気の彼女の言葉は、耳元を掠める秋風のように心を撫でていく。冷たさが身に沁みるように、願いがおれに染みてゆく。

 少し上がった口角を誤魔化すように口を開く、その瞬間。ガラッと神社の詰所の戸が開く。

「やばっ……!」

 大袈裟に首をすくめる巫女は、すぐに地を蹴り駆け出す。走りにくそうに裾を持ち上げ、鳥居をくぐると、もう姿は見えない。

 低い身長に狐面。学生のいたずらだったのだろうか。

 それでも何だか、胸がすいた。

 明日はおれに告白してきた女子に聞いてみよう。

「運命って信じる?」と。

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