第1話 ちょっと何言ってるかわかりません

 ある日ひよこさんは、プロジェクトメンバー全員が集まる場でのたまった。


「うまい棒ってあるじゃないですか。一本十円くらいで、誰もが知ってて、色んな味があって飽きない。そういうゲームを作れたらいいですよね」


 なんだか深いんだか深くないんだかわからない話だった。

 とりあえずわかったのは、その後ひよこさんがフロアにうまい棒を大量に差し入れしてくれるようになったことだった。


 そうしていただいたうまい棒めんたい味をかじりながら、私は画面に表示された原稿のディレクターFBフィードバックを見ながら固まっていた。

 全文書き直し。作家性を重んじるうちの現場では珍しいことだった。


 多くのスマホゲームにはガチャやイベントで読めるシナリオ以外に、クリスマスやバレンタインデーにちなんだ季節限定の会話を実装する。キャラクターからゲームアイテムとしてチョコやお菓子がもらえることもある。

 私が書いていたのはそれだった。ただ少し特殊なものだった。

 というのもそのキャラは、敵地で捕縛されボロボロというなかなか辱められた格好をしていた。なので季節の会話もネタに振るよう指示されていた。私は「今日こそ、絶対にこの拘束を解くんだ! くっ……!」という感じの季節感ゼロなプチギャグを書いた。これが全ボツとなった。

 ここまでならままある話である。問題はひよこさんが出したFBの内容だ。


「脱出はとりあえずいいので、ポエムを作ったり、幽体離脱したり、黒魔術使ったりしてもらえませんか?」


 何度も言うが、私が書いているのは季節の会話だ。ちょっと何言ってるかわからなかった。

 困った私は先輩にFBを見せて相談した。


「とりあえず指示に従いましょうか」


 先輩の答えを聞いて私は更に困惑した。先輩は母性をくすぐってやまない童顔をにっこりさせてこう言った。


「我々ライターの仕事はディレクターの夢を叶えることです。ディレクターの言うことが全てなんです。それを忘れずに仕事をしてください」


 なるほど。我々は個人の名が出る小説家ではない。原稿が世に出ても先生とは呼ばれないし、プランナーやエンジニアと同様に一社員なのだ。

 全員が全員、組織となって一つの方向を目指す。ディレクターの夢を叶え、ユーザーを喜ばせるため。これが組織のものづくりだ。


(なるほど、深いな……って、納得出来るわけないやないかーい!)


 そんなエセ関西弁を叫びたくなる気持ちを抑えながらも、とりあえず指示通りに書いた。

 結果、ひよこさんは何故か大絶賛で、微修正はあったものの一発で通り、世に出されることになった。

 ライターといっても、突き詰めればサラリーマン。変な仕事をすることもある、そんな複雑な気持ちでタイトル冒頭に「FIX」の文字を書き加えた。


  *


 数ヶ月後――

 普段と変わらず業務していると、私のもとに先輩がやってきた。


「星川さんの書いたキャラ、Twitterトレンド入りしてるよ」

「ええ!?」


 慌ててスマホを開くと、私の書いたキャラ名がトレンドランキングに入っていた。なんと七位だった。リリースされてから時間が経っていたため、ピーク時はもっと上位にいたかもしれない。

 ユーザー数の多いゲームとなればTwitterのトレンドランキング入り自体は特に珍しくはない。しかし改めて言うが、私が書いたのはただの季節の会話だ。ガチャ更新やイベント実装以外でトレンド入りするのは炎上した時くらいなもの。

 それがあまりに奇天烈すぎたためバズったのだ。投稿を見てみると、ゲラゲラ大笑いする内容ばかりだった。


(凄いな……書いた私は一ミリも笑えなかったのに……)


 私の思惑はどうであれ、ひよこさんにはこうなる未来が見えていたのだろう。

 一生ひよこさんについていこう、そう決意した瞬間だった。

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ひよこさんと私〜ヒットゲームプロジェクトで働くディレクターと私の徒然日記〜 星川蓮 @LenShimotsuki

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