ひよこさんと私〜ヒットゲームプロジェクトで働くディレクターと私の徒然日記〜

星川蓮

序 ひよこさんとの出会い

 憧れのゲーム業界に入ることになった私。ゲームづくりのいろはも知らない私が見たのは、オフィスの席で淡々とキーボードを叩くディレクターだった。


「シナリオを書いたら最終チェックはあの人がするからね」


 フロア案内する先輩にそう言われた時はぼんやりとTシャツの後ろ姿を見ていた。

 その時、ディレクターはひよこのTシャツを着ていた。聞けばご自身でデザインされたひよこなのだとか。誰かからTシャツをプレゼントしてもらったばかりで、その頃は頻繁に着ていたのだそう。


(ひよこが好きなのか……。可愛いな)


 ひよこさん、私は心の中でディレクターをそう呼ぶことにした。

 そんな可愛らしい一面を持つひよこさんだが、業務を始めて間もなく、その有能さはバハムート級だと思い知らされることになる。


 社内SNSを通じ、絶え間なくひよこさんに回される確認物。Twitterのタイムラインかと思うほどスレッドの投稿は連なり、ただ見ているだけで目が回りそうだった。

 それを数々のMTGミーティングをこなす合間に確認し、一つ一つFBフィードバックを返していく。簡潔に、時にユーモアを交え、時に言葉を重ねて指導する。ゲームに関わることなら全て、バトルのパラメータからUIユーザーインターフェースのデザイン、何万字とあるシナリオも一つも漏らさず確認される。


 こんなに仕事してたら過労死しないか?

 それが最初に抱いた感想だった。


 ひよこさんは本人が熱烈なゲーマーであるとともに元々同人活動で漫画を書き、アートディレクターの経験もある人だった。要するに幅広くなんでも出来るのだ。

 実際、ひよこさんの作品はゲーム好きなら誰もが名前くらいは知っているレベルのヒットタイトルにまで成長していた。


 こんな凄い現場で働かせてもらえる。業界未経験という立場にはもったいないほどの。

 そう胸をときめかせて私は新しいネームプレートの置かれた自席についた。


 そしてひよこさんの指示のもと、ゲームシナリオライター生活が始まったのだが……。

 このひよこさんがとんでもない感性の持ち主で、私が幾度となく振り回されることになるとは、この時知る由もなかった。

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