【エピローグ】2年C組 新聞部所属 噂坂頸介

 八月。夏休み真っ只中の某日の夜のこと。

「楽しかったねー噂坂くん! 焼きそばとかイカ焼きとかセミとか、消化に悪いものもいーっぱい食べれたし、私、大満足だよー!」

 夏祭りの帰り道、手を繋いで僕の隣りを歩くゆあるさん(僕らの関係がどうなったのかは想像におまかせ)は、下駄をカラコロ鳴らしながら上機嫌にそう言った。

 ちなみに今日の彼女は、下駄にスクール水着というコーディネート。野外を平気でスク水で歩き回っちゃうようなかぶいてる部分も含めて僕は彼女を……まあ、うん。

 と――不意に、ゆあるさんが立ち止まり、僕のほうをくるりと向いた。

 そして、じっと僕の顔を見つめる。

 じっと。まっすぐ。無言で。

 ただただ、じいーっと。

「……えーっと、ゆ、ゆあるさん、なに、どうかした……?」

「んー? いやー、噂坂くんって新聞部なのに全っ然新聞作ってないなあーって、なんか今ふっと気になっちゃって」

「え、あ……そう」

 ……うーん。今の沈黙見つめ合いタイムになにやら大いなる期待をしてしまって、結果、完全に拍子抜けしてしまっている自分がとっても恥ずかしい。

 そんな僕のがっかり感なんて露知らず、ゆあるさんは話を続ける。

「噂坂くん、『新聞が大好きだから新聞部を辞めなかった』って言ってたよねー?」

「ん、そうだよ」

「なのに新聞作らないの? なんで?」

「なんで、って言われても」どう説明したもんかなあ、と考えて、「僕は『新聞づくり』が好きなわけじゃなくて、『新聞』が好きなんだよね」

「? どーゆーこと?」首を傾げるゆあるさん。ポニーテールが大きく揺れる。

「だから、そのままだよ。新聞の、においだったり質感だったり、そういうのが好きっていうか」

 ぽかーんと僕を見つめるゆあるさん。気にせず続ける。

「ゆあるさんは、ゲロが好きだよね? 吐いたり、舐めたり、体に塗りたくったりしたら気持ちよくなっちゃうでしょ? まあ、そこまでのレベルではないけど、僕の場合は新聞読んだり、におい嗅いだり、手で表面を撫でたり、側面を撫でたり、舐めたり、丸めて口の中に入れたり、飲み込んだり、新聞買ってる人を見たり、新聞配達の自転車を見たり、新聞が郵便受けに刺さってるのを見たり、『新しい』とか『聞く』って言葉を見たり聞いたりしたら気持ちよくなっちゃうっていうかちょっと射精しちゃうっていうかさ。うん、それで、ずっと新聞部にいるんだけどね」

 僕のこんな大した話でもない話を、ゆあるさんは目を輝かせ、うんうんとしきりに頷きながら聞いてくれて……うーん。

「なんか、ごめんね。こんな普通な、面白味のない男で」

 僕が詫びると、ゆあるさんは僕の手をぎゅうっと強く強く握って。

「超パラフィってるね! 噂坂くんっ!」

 とびっきりの笑顔でそう言って、そのままぎゅーっと思いっきり抱き付いてきた。……えーっ、不意打ちすぎて、えーっ。


 結論。

 彼女が僕を『超パラフィってる』と評した意味はさっぱりだけど、新聞部、やっててよかったなあと心の底から。うん、うん。

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びきドン! ~粘ヶ丘高校新聞部のドン引き事件ファイル~ 百壁ネロ @KINGakiko

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