私が親友と結婚した話

武藤かんぬき

本編


「……ただいまー」


「おかえりなさい、華ちゃん。ありゃ、なんだかお疲れ?」


 私が自宅に帰ると、パタパタと奥から走ってきてくれたのはパートナーの心暖ここあだ。中学からの親友だった心暖と入籍したのは、大学を卒業するのと同時だった。


 一部の街とかではなく、法律で同性同士の結婚ができるようになって早や10年。まだまだ同性で結婚をするカップルはマイノリティではあるけれど、私や心暖のように男性に恐怖を抱く人間にとってはありがたい法改正だったと思う。


 私は幼い頃に母親を亡くし父子家庭で育ったのだけど、その父親は気に入らないことがあるとすぐに殴ったり暴言を吐くDV気質な男だった。小学生の頃から生傷は絶えず、見えない場所にタバコの火を押し付けられたり散々な毎日。そんな日々に我慢ができなくなって、母が亡くなってからまったく交流がなかった母方の祖父母に助けを求めたのは小学校5年生の頃。


 必死に貯めたお小遣いで電車に乗って、3つ隣の県に住んでいる母方祖父母のところに向かった。最寄り駅からバスに乗る必要があったけどお金が足りなくなってしまって、2時間ぐらいただひたすらに歩いた。祖父母の家に到着した頃には夕暮れから夜に空の色が変わり始めていて、怖い思いをしたのを覚えている。


 呼び鈴を押してから『追い返されるんじゃないか』とビクビクしていたけれど、玄関から出てきた祖母はすぐに私のことをわかってくれた。目の前にいる人が祖母であることは写真で知っていたので、すぐに家に招き入れてくれたことにすごくホッとした。


 自分の現状を辿々しく話して体の傷を見せると、祖母はすごく憤って父に対する怒りを見せた。仕事から帰ってきた祖父も怒髪天を衝く勢いで怒り、こんな状況になっているのを知らずに苦労をさせたことを謝ってくれた。あとひとり……お母さんには妹さんがいるらしくて、弁護士を生業としている。私にとっては叔母にあたる人だけれど、その人がブチ切れ状態で警察や児童相談所を巻き込んで父から親権を奪い取ってくれた。


 祖父母と養子縁組した私は、二度と父の顔を見ることもなくその家で暮らし始めた。けれども虐待の爪痕というのはやっかりなもので、男性全般が私にとっては恐怖の対象となってしまっていた。同じ家に暮らしている祖父は少しだけマシだったけれど、それでも祖父がかすかに身じろぎしただけでビクッと体が竦んで動かなくなるのが私の日常だった。


 祖父母はそんな私の様子を見て、私立の中高一貫女子校に進学させてくれた。そこで心暖やクラスメイトたちに出会って、心穏やかに過ごすことができた。


 私と心暖は同じ大学に進学してのだけど祖父母がひとり暮らしさせるのを嫌がって、心暖とルームシェアすることになった。あちらのご両親もやっぱり娘のひとり暮らしには心配してもし足りないという様子だったので、祖父母の提案は渡りに船だったみたい。


 時間は日にち薬という言葉があるように、私の男性恐怖症もなんとか表に出さずに取り繕える程度にはマシになっていたので、私たちは男女共学の学校に通うことになった。


 私の外見は正直なところ十人並みな外見だと思うけど、心暖はふんわりとした雰囲気の美少女で入学してすぐに何人かの男に告白されるぐらい可愛いかった。基本的には断られて諦められる常識的な男の人が多かったのだが、ある日諦めが悪くて気持ち悪いヤツがストーカー野郎に変貌した。


 心暖がバイト先から自宅に帰る時に後を付けたりポストから郵便物を盗んでいったりととんでもないヤツで、そういう間接的な行動では満足できなかったのか心暖にダイレクトアタックしてきて襲いかかるという事件が起こった。ちょうど私もバイトからの帰り際にその光景を見て駆け寄り、思いっきりストーカー野郎の顔面に蹴りを入れて助けたので何事もなく済んだ。


 ただ通報して駆けつけてくれた警察官には『過剰防衛』になりかねないと言われて叱られたけどね、解せぬ。心暖のご両親が示談にする代わりに接近禁止の文言と1回の違反で100万円の違約金をもらうと条件をつけたら、それからはまったく現れなくなってひとまず解決した。


 未遂とはいえ変な男に襲われかけた経験は心暖を男嫌いにさせ、ますます私にベッタリとくっつくようになった。どこに行くにも一緒だし、バイトも心暖がやっていたカフェのウェイトレスに私が鞍替えしたしね。ただ制服がびっくりするほど似合わなくて、ちょっと自己嫌悪に陥ったけど。


 大学生活を半分ほど終えた頃に心暖が趣味で書いていた小説が賞を取ったらしくて、彼女は大学生と小説家の二足のわらじを履くことになった。私は全然門外漢だけど、作家業も人気商売でなかなか厳しい世界だと聞く。『まぁ、打ち切りになったとしても別の仕事で働けばいいじゃんね』と思いつつ応援していると、心暖はあれよあれよと人気作家になっていった。


 今年どころか来年の仕事もいっぱいで埋まっていて、就活でヒーヒー言っていた私はちょっとだけひがんだりもしたけれど。でも小説だって才能だけでは書けなくて、努力が必要なのは知っていたから。親友が頑張っているなら自分も頑張らないと、と心の中で自らにムチを必死に打ちながら頑張り切ることができた。


 私が内定をもらった次の日の夜、心暖が少し豪勢な食事とケーキでお祝いしてくれたのだけれど、なんとその時に恋人になってほしいと告白された。正直な話、面食らっちゃったよね。いくら同性同士でも結婚できるとはいえ、その時まで心暖のことをそんな風に見た記憶がまったくなかったから。


 でも心暖としては気心知れている親友で、自分がピンチの時に颯爽と駆けつけて助けてくれた恩人で、その時の私はすごく格好良くて好きになってしまったと。聞いている私がちょっと引いてしまうぐらいの勢いで熱弁してくれた。


 顔を真っ赤にして目を潤ませた心暖の『……すき』というダメ押しの告白に、私も胸の奥がキュンとしてしまって親友兼恋人という関係を受け入れた。


 1年間恋人として色々なイベントを過ごして、体を重ねて恋人としての絆を深めて。幸せな日々を過ごしていると、付き合って1年記念の日に心暖から婚姻届けと結婚指輪をプレゼントされた。役所で普通に配っているものじゃなくて、ピンクベージュで花柄のかわいい婚姻届。結婚指輪はシンプルで日常使いができるデザインで、もちろん心暖とおそろいのものだ。


 薬指のサイズも同じ7号なんだよね、どちらがどちらのものか間違わないようにしないと。でもこういうのって男女の夫婦なら男の人が費用を負担するけど、私たちの場合は心暖だけに負担させるのはおかしいと思う。


 『私も半分出すよ』と言ったら心暖に『プロポーズを受けてくれるってこと?』と返された。そっか、まだ返事してなかったっけ。長い付き合いだけど私の気持ちもこの1年で、彼女のことを親友というよりも大事なパートナーだという比率が格段に増えた。もう一緒に人生を歩くのは彼女じゃないと嫌だと思うぐらいに。


 同性婚ができるようになる前は生産性がないとか色々言われていたみたいだけど、今は女性同士でも子供を作れるようになったから変な後ろめたさはない。ただどういう方法なのかはわからないけれど卵子を精子に変換するみたいで、遺伝子上の問題で女の子しか生まれないらしいんだけどね。別に男嫌いだからって男児を育てられない訳ではないと思うのだけど、プロの女子がふたりで子育てするなら女児の方が育てやすいと思うし。


 指輪代を半分出す代わりに、レンタル衣装を着て写真を撮る費用を負担してほしいと心暖にお願いされた。『式はしないの?』と聞いたら『華ちゃんがしたいならしてもいい』という答えが返ってきた。うーん、私も別に披露宴とかでわざわざ自分から見世物になろうとは思わない。だけど心暖のご両親とは長い付き合いだし、娘のウェディングドレス姿を直に見せてあげたいと思うんだよね。私の場合は祖父母にはお世話になったけど、どうしても同性婚への偏見があるから特に式を挙げたとしても招待するつもりはない。


 結婚の挨拶もしたいし、心暖のご両親と話をしてからどうするかは決めることになった。教会式だけやって親族と写真撮影するというのも、最近では珍しくないしね。


 なんだか話題がプロポーズから明後日の方に飛んでいってしまったので、私は改めて心暖に承諾の返事をして恋人から婚約者になった。婚約者から配偶者に変わるまですごく早かったから、婚約者だと自称したことはほとんどないんだけどね。


 挨拶に行った時にやんわりと『本当に同性婚でいいのか』と聞かれたけど、男女で結婚したって4割は離婚する時代だ。長い人生を一緒に過ごす相手は心暖がいい。心暖も私がいいとはっきりと両親に答えていた。私たちのそんな想いをわかってくれたのか、心暖の両親は私たちの仲を認めてくれた。


 私の祖父母には全部終わって、ふたりでウェディングドレスを着て笑っている写真を持っていって事後報告した。色々と言いたいことはあったみたいだけど、最終的には私が幸せならいいかとお祝いの言葉をくれたから個人的には満足だ。


 すごーく前置きが長くなったけれど、こうして大学を卒業して私たちは新婚生活を始めた。私は新卒で入った会社で会社員として働き始めて、心暖は小説家として本格的に在宅でお仕事をしている。既に複数シリーズの連載を抱えている心暖は十分な収入があるし、この間もインターネットの小説賞で賞金をもらったとかでペーペーの私よりはかなり懐が温かいと思われる。


 最初は自分が稼ぐから私は働かなくていいと言ってくれていたのだけれど、小説家って収入があったりなかったり浮き沈みがある職業だと聞いたので、もしもの時のために私が常勤で働いていれば何かあった時の保険になる。そう思って正社員での勤務を選んだのだ。


 家事は申し訳ないけれど、心暖に任せることになった。本人曰くPCの前に座りっぱなしだと腰や肩によくないとのことで、時間を決めて仕事を中断して家事をするのだと言う。休みの日は私も家事をするので、家の中は大体いつもキレイに維持されている。


 こうしているとすごく充実した生活を送っているように見えるかもしれないけれど、今日みたいに疲れてヘトヘトになりながら帰宅する毎日が続いている。本当に心暖と結婚していてよかった、私がひとりで暮らしていたら多分あっという間に部屋は足の踏み場もないぐらいの汚さになってたと思うし。


 新人研修が終わって各部署に配属されたんだけど、私の指導係が男性の先輩で体育会系なのか声は大きいし、よかれと思ってスパルタ教育してくるのだ。おかげで仕事は早く覚えられたり新人がこなす仕事以外の応用もたくさん学べているのだけど、先輩が話す声でビクッと体が震えるしずっと緊張状態だから体力の消費が半端ない。


 心暖も男性恐怖症だから私の気持ちをわかってくれて、ご飯を食べさせてくれて一緒にお風呂に入って体も頭も全部洗ってくれて、ベッドに連れて行って抱きしめながら寝てくれる。本当なら新婚だしイチャイチャできる時間なのに、疲れてすぐ寝ちゃうのは本当に心暖に申し訳ないなって思う。


「ごめんね、心暖。今度のお休みは、ふたりでゆっくり色々お話しようね……」


「気にしなくてもいいよ、こうやって華ちゃんを甘やかすことができるのは私だけの特権だから」


 そう言って背中をポンポンと優しく撫でられると、スーッと意識が遠くなる。心暖の柔らかさと温もりを感じながら、多幸感に包まれて眠りについた。


 異性である男性と結婚すると、力仕事やイザという時に頼りになるという声を聞く。それはその通りだと思うし、男性の持つ力や逞しさに魅力を感じる人もたくさんいるだろう。でも私はもし同性での結婚をしたいと思っている人がいるならば、是非一歩踏み出してほしいと背中を押したいと思う。


 女性という同じ視点で物事を考えられるし、家事も分担できる。服とかコスメとかも一緒に楽しめるし、パートナーだけじゃなくて友達としても側にいられるから気楽に長く一緒にいられる。実際に私はお婆ちゃんになっても、心暖の隣でこんな風に仲良く過ごしていきたいと思っている。私は今、すごく幸せです。

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私が親友と結婚した話 武藤かんぬき @kannuki_mutou2019

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