死神へお礼を伝えるクリスマス

 俺は袋の中に隠していたコートを着て、サンタの格好を隠した。ベンチにうっすらかかった雪をはらってから座ると、空を見上げる。

 雪はいつの間にかやんでいる。俺たちは、出会った公園まで戻ってきていた。


「俺な、クリスマスが好きじゃないんだ」


 ナノハはまだ荒く息を吐いている。聞いてないならそれでいい。ただ、今の俺は誰かに話したかった。いつもならこんな話、誰にもできないから。


「子供の頃、クリスマスイブに、女の子の幽霊に同じことを頼まれたことがあるんだ。でも、その時は子供だったから今みたいにサンタのふりもできないし、プレゼントも用意できないし。結局、その子に酷く責められたよ」


 今でも、あの日のことはよく思い出す。あの女の子の泣き顔も泣き声もはっきりと思い浮かぶ。そうして、あの子が、走り去って二度と戻ってこなかったことも。


「悔しくて、悲しくて、俺はすごく泣いたよ。そしたら、クリスマスで誕生日なのに何で泣くんだって。周りの人間からも責められた。その頃だったかな、視える俺がおかしいって気づいたのは」

「え、あの、誕生日って?」


 どうやら聞いていたらしく、ナノハは息を整えながら尋ねてきた。


惺也せいやって聖夜せいやから来てるんだ。俺はちょうどクリスマスイブに生まれたから」

「そう、だったんですか」

「俺が、無視しようとしても結局幽霊を放っておけないのは多分その出来事のせいなんだ。あの日願いを叶えられなかったから、その報い、きっと呪いみたいなものなんだ。クリスマスが近づくと、あの子のことを必ず思い出す。だからいつも楽しくなくて。段々、自分からはできるだけクリスマスを避けるようになったよ。ツリーなんていらない、ケーキもいらない、なんて具合にな」


 俺はプレゼントの箱を撫でた。


「だから良かったよ、男の子の願いを叶えられて。ちょっとは、昔のことに向き合えた気がする」


 俺はナノハに目を向けた。


「お前に会わなかったら、俺は今夜アパートから出ることもなかっただろう。あの子の願いも叶わずじまいだったかもしれない。だから、ありがとな」

「そんな、礼を言うのは私の方です。それにすみません、私のせいで辛いこと思い出してしまいましたよね」

「なんだ、お前。言おうと思えばそういうこと言えるのか」

「むっ、酷いです」

「はははっ。さて」


 俺は携帯を取り出した。約束の十二時はすっかりまわっている。


「残りは結局何人だ?」

「三十六人です」

「十五人くらいさばいたのか、一晩で。そりゃ疲れるわけだわ。で、行けそうなのか、ノルマの達成」

「うーん、三十一日まで無休で働いたらなんとかいけるかもしれません」

「今年中に終われば、お前の寿命も大丈夫なのか?」

「はい!」

「じゃあ、せいぜい頑張れよ」


 俺は立ち上がると、片腕を上げ挨拶をして去ろうとしたが、


「あ、あの!」


 出会った時のように、ナノハが腕を力強く掴んできた。


「んだよ、まだなんかあるのか?」

「セイヤさんは本当にサンタさんです。あの子だけじゃなくて、私にもプレゼントをくれたようなものです。助けてくれて、本当にありがとうございました」


 ブンと音がなりそうな勢いで、ナノハは頭を下げた。


「なので、せめて、何かお礼を」

「じゃあ、悪霊専門の死神とかいたりしないか?」

「います」

「誰でもいいから俺の所に来るように言ってくれ。祓ってほしいのがいる。あの悪霊はかなりヤバそうだから俺も関わりたくなくて」

「そんな悪霊が近くにいるんですか?」

「さっき、単位落としそうになってる授業があるって言ったろ? それな、その授業の教授にヤバい悪霊がつきまとってて、それが気になって仕方なくて、授業に出たくないからなんだ」

「な、なるほど。わかりました! お任せあれ」


 ナノハは笑顔で拳を握りしめた。うん、逆に不安になる。期待せずに待っていよう。


「セイヤさん、ありがとうございました! メリークリスマス、アンド、ハッピーバースデー!」


 笑顔で、俺に向けて両腕を広げながらナノハは言った。そうして、彼女はその場から消えていった。死神は自由姿を消せるので、どこか別の場所に行ったのだろう。

 俺は久しぶりに、心からクリスマスも悪くはないと思った。




 まあ、それも、数日後の三十一日の朝、やはりノルマが間に合わず、


「このままじゃ私、死にますぅ〜! 助けてください!!」


 と、泣いているナノハに再会するまでのことだったが。






 終わり


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クリスマスイブをぼっちで過ごそうとしていたら、命の危機に瀕した死神から仕事の手伝いを頼まれた話 泡沫 希生 @uta-hope

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