エピローグ
——ふと、意識が——匂い、音、肌の感触、それらの感覚が戻ってきて俺は目を開けた。
眩しさに顔を歪めながら、体を起こそうとして激痛が走る。
その激痛によって、今の自分がどんな状態なのかをようやく理解した。
「——ここは……学園か?」
激痛が走る胸を押さえながら、上体を起こして辺りを見渡した。
窓の外から朝日が差し込み、そこから見慣れた校舎の一部が見える。
——俺が辞めることになった、騎士学園の校舎の一部が。
なぜ自分が学園にいるのかを疑問に思いながらも、窓の外から目を離し、今度は室内に目を向けた。
向かい合うように置かれた複数のベッド。棚に置かれた包帯やら、薬品の数々。
「——なるほど、医務室か。ここは」
意識が無くなる前、魔物と戦っていたことを考えると当然だ。
魔物と戦い、意識を失った俺を誰かが学園の医務室に運んだのだろう。
——だが、それなら。
今この場に俺しかいないのはどういうことなのだろうか。
別に心配されたいわけじゃないが、怪我人には看病する人間の一人くらいはついておくのが常識だろう。
容体が急変した時や、今のように回復した時、変化がすぐ分かるように。
だが、今この場には一人もいない。そのせいで、この場を勝手に離れていいのかと思い悩む。
せめて、瀕死だった俺を助けてくれた奴には一言言っておいた方がいいのだろうが。
居ないとなれば仕方ないか——そう思い、ベッドから出ようとした時、
「——彼はもう学園の生徒じゃない。よって学園の設備を使う権利は彼にないんですよ。それでも、特例として一日だけ部分的な設備の利用を許可したんです。——ですが、もう三日間も居座っている。流石にこれ以上は容認できませんね」
「ですけど、待ってください! 彼は瀕死の重傷を負ってたんですよ? ……それに、まだ目を覚ましてないんです。——医務室のベッドを一つ使うくらい許してあげてもいいんじゃないですか?」
なにやら医務室の外、校舎内の方から言い争う声が聞こえてきた。
「傷はもう治っているんでしょう? であれば、これ以上看病する必要はないはずです。叩き起こして追い出します」
「な、何もそこまでする必要ないんじゃ……。それに、一番大きな傷はまだ塞がっていませんし——」
「——いい加減分かってくださいよ、シラ先生。ユーリスという元生徒は多くの生徒を殺そうとしたんですよ? そんな奴を看病するとあなたが言い出したときだって多くの反発を呼んだというのに——。これ以上彼に肩入れをすれば、あなただけじゃなく私まで学園を追い出されかねない。なので、もう待てません」
徐々にはっきりと聞こえるようになったその会話に聞き入り、俺はベッドから出ることを忘れた。
「——さっさと出ていきなさい!」
その言葉と共に、医務室のドアが勢いよく開け放たれる。おそらく眠ったままの俺を起こそうと、あえて大きな音を出したんだろう。
——だが、残念なことに俺は起きている。
そんな——起きている俺を目の当たりにした教師は一瞬驚きで固まると、すぐにため息をついて平静を装った。
「……なんだ、起きてるじゃないですか。——と、もう意識が戻ったのであれば今すぐに学園から出ていきなさい」
「言われなくてもすぐに出ていく。ちょうど今、ベッドから出ようとしてたところだ。——ところで、俺が問題を起こしたときアンタとよく会うな?」
出ていく意思を伝えながら、ただ出ていくのはつまらなく感じて煽るように返した。
会話を聞いてる時から薄々感じてはいたが、俺に退学を言い渡した教師が今回もやってきたわけだ。
つまり、入学した時から俺がしてきたことの全てに関わっている。
「——あぁ、そうとも。学園の面倒くさい問題ごとは全て私に振られる。……君には散々困らされたよ。息をするように問題ごとを起こしていくからね。——そういう訳だから、これ以上私に迷惑をかける前に学園から去ってくれ」
言いながら手を払い、仕草で「早く去れ」と伝えてくる。それに応じるように俺がベッドから出ると、困惑した表情のシラが声をかけてきた。
「——ねぇ、まだ胸の傷は塞がってないでしょ……? 無理して動いたら今度こそきみ、死んじゃうって。もう少し休んでいきなよ——」
「……いや、大丈夫だ。それより、俺の剣はどこにある?」
ベッドから降り、立ち上がったところで立ち眩みを感じベッドに手をつく。
その様子にシラが寄ってきたが、それを手で制し、手をついた時に再び痛みが奔った胸を押さえながら聞いた。
「シラ先生が持っている。返して欲しいなら彼女に頼んでくれ」
「——そうか。ならいい。三日も占領して悪かったな」
俺の問いかけに答えた教師へ皮肉交じりにそう返し、痛みが引いたのを確認して、医務室の外へと出るためドアへ向かう。
「……ほら、行くぞ。ボーっとしてんな」
「——は?」
「……ぇ?」
ドアへ向かう途中、俺の言った言葉の意味が理解できなかったらしく、シラと教師が困惑顔で聞き返してきた。
「かけつけ医師……とやらになりたいんだろ? 手伝ってやるよ」
頭だけシラの方へ振り返り、手伝ってやると宣言した。途端、シラの表情がみるみると歓喜の表情に変わっていく——。
別に今さっき思いついて言ったわけじゃない。名前はダサいが、駆けつけ医師になる手伝いをするという考えは、魔物と戦っている時に思ったことだ。
——今やもう、俺の目的はほとんど無くなった。
魔物に復讐するという目的は俺の勘違いであった訳で、それに気づいた今、魔物に復讐する気が全く起きない。
騎士団長になると言ったやつも、学園を退学させられた今、もう叶うことはない。
そもそも、騎士団長になろうとしたきっかけはシラが「騎士団はろくでなし」だ、と言ったのが理由であり、俺本来の目的じゃない。
そんなわけで俺の目的はどんどん無くなっていき、今はクルトに借りを返すことくらいしか残っていない。
だが、そんなのは片手間で出来てしまう。
仮にまだ、俺の実力がクルトより低かったとしたら、俺は再び強くならなければいけない。
それには旅をするのが一番手っ取り早いだろうと思った。
旅の途中で出会う魔物相手に戦い続ければ必然的に強くなれる。
つまり、クルトに借りを返すという目的しか無くなった今の俺に、かけつけ医師になる手伝いをするという行動は一番効率がいい訳だ。
「どうするんだ……? やめるつもりなら今のうちだぞ」
——まぁ、それだけという訳ではない。
ただ単純に、コイツと——シラといれば退屈しない気がしたからでもある。すぐに冗談を言い出す奴だが、一人で旅をするよりは楽しいだろう。
「やる——やるに決まってる!」
顔をほころばせ、嬉しさからか涙を流すシラに俺は満足した。
「……ちょ、ちょっと待て! 学園の教師を引き抜こうとしてるのか⁉ 許されるわけがないだろう‼ さっき私にこれ以上迷惑をかけるなと言ったはずだよな⁉」
「知るか。そもそも引き抜く訳じゃない。俺がシラの目的に手を貸すんだ。アンタに迷惑をかけるのは俺じゃないだろ」
「そんな屁理屈が許されてたまるものか! し、シラ先生……? 冗談ですよね? なぜ荷物をまとめているんですか——?」
「いえ、前々から出ていこうと思っていたので。今日限りで辞めさせていただきまーす。それじゃあ、いままでお世話になりました」
おそらく教師はシラの素を初めて見たのだろう。あまりのノリの軽さに脱帽し、膝から崩れ落ちた。
「——そ、んな……。身勝手な……」
抜け殻のように喋る教師が発した「身勝手」という部分には、俺も似たようなことを思っていた。シラは身勝手すぎるのだ。
——だが、それでいい。
俺はシラの目的を手伝うだけなのだから、それにとやかく言うつもりは無い。
「俺からすれば——アンタらも十分、身勝手だ」
だからこそ俺は教師にそう返し、シラと共に学園を離れた。
——柄にもなく、これからの旅路に少しの思いを馳せて。
孤高の騎士? いいえ、ただの寂しがり屋で「素直になれないだけ」です。 豆木 新 @zukkiney
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