星とゆらぎと重なる声と♪

まちゅ~@英雄属性

星とゆらぎと重なる声と♪

 曇り空は、白い雲を灰色に染めて、冷たい風を連れてくる。


 駅前は年末の忙しさのせいなのか、この寒さのせいか早足で歩く人が多い様だ。


 僕がギターケースをおくと、一瞬だけ、何人かの人がこちらを見て、直ぐに何事も無かったかの様にまた歩きだした。


 ここは、市内で許されたコミュニティゾーンで、目に余る様な事をしなければ、無許可で楽器演奏やパフォーマンスをしたり出来る 僕達みたいな路上パフォーマーにとってはオアシスみたいな所だ。


 普段なら、常に十人程度の人達がいて路上ライブや大道芸をしているのだけど、流石にこの寒さでは、今日は誰も来ないのかな?少し心が挫けそうになりつつも軽く深呼吸をしてパチン、パチンとギターケースを開ける。


 今は、少し傷がある黒いフォークギター、これを買う時、隣にあった白いドレットノートと迷ったけど、あいつが強く勧めるから悩みながらも買った覚えがある。


 正直、あの白いギターに未練が残っていて半年位、ギターのメンテや備品を買うためにショップに行く度にため息をついていた。


 結局、半年位で買われた時には凄く凹んで、あの大きさは取り回しが重いよなとか、フォークギターの方が音が好きなんだよなとか、普段使っているのはエレキなんだし気にしてもしょうがないとか、勝手に愚痴ってばかりいた。


 まぁそんな昔の事はどうでも良い。アコースティックギターの弦、音の調整を一本づつ確かめながら音色の調子を確かめる。湿度や温度によって音質は変わるからな、今日は低音が出づらいな……少し顔をしかめながら、今度はコードをひいていく。初心者殺しのFコードも今では何とか形にはなって来たと思う。


 さぁ、そろそろ始めようか?最初はクリスマス時期に良く聞く、あの曲からで良いかな?


 最初はギターだけで……原曲はアコースティックよりもエレキよりの音なんだから、ギター一本だけだとスカスカに聞こえるんだよな?バンドやってた頃は元々リードの方はあんまりやって無かったからな、なかなか上手くいかない。深みを作るためにコードとコードの間に溜めを作って誤魔化している感じだ。


 一通り引き終わると、母親と娘さんらしい女の子を連れた親子連れが僕の前に立って聞いていた。


 少し、嬉しくなって今の曲を今度は声を乗せて演奏し始めた。


「雨は夜更けすぎに雪へと……♪」声が入った途端、母親の方が、

「キャアッー!!」と言った声を上げて隣の娘に、「ママね!!この歌大好きなのー!!凄く上手ー!!」少し戸惑う女の子を見て、少し苦笑いしつつ歌を続ける。


 結局、僕はギターよりも歌なんだろうな?僕のギターには、人の心を動かす力は無い。僕の武器はファルセットとゆらぎだと思っている。


「サイレン ナイ ホーリー ……♪」


 一曲終わってペコリとお辞儀すると親子連れがバフバフと手袋をつけた手で拍手してくれた。


「おにーちゃん凄ーい!!」女の子が嬉しそうに笑ってくれている。


「ありがとうございます」ボソリと礼を言うと客は親子以外に五人程増えている。


 さぁ、次の曲は何にしようかな?手に馴染んだコードをひいていると、


「おにーちゃん!!あいどる歌ってー!!」


「えっ?」あいどるって、芸能人のアイドルの曲?それとも、あの人気アニメの主題歌の奴か?女の子が「誰もがー」と歌い出したので、アニメ曲の方みたいだな。


「ちょ、ちょっと待ってね?」慌ててスマホを取り出して音楽を検索する。


「すみません!!無理だったら大丈夫ですよ!?」

 母親の方に小さく手を上げて「大丈夫、何とかやってみます」と言って軽く微笑むと、少しの間曲を聞く、うわっギターだけでこれは難しいな?キーも高いし……。


「上手く歌えるか分かりませんが?」


 何度か音を確かめつつ、


「始めます」リズムをとる様に弦に指を滑らせていく。


 最初のラップ部分はあえて歌わない。


「今日、何食べた?好きな本は?遊びに行くならどこに行くの?……♪」ポップに軽く楽しく引いていこう。


 最初は違うな?と思っていた観客達も、歌が入り始めると盛り上がり始める。僕は観客に手拍子を促した。


 高校生位のカップルが手袋を外して、手拍子を取り始めると親子も、それを真似て手拍子を取り始めた。


「誰かを好きになること……♪」歌いながら、サビ近くなる頃に女の子をこっちに手招きする。


 一緒に歌おうか?と誘うと、少し迷っていたけど、


 少し戸惑う女の子の背中を母親が行ってらっしゃいとポンと押した。


 近づいて来た女の子の耳元に「いい?一緒に歌って!!誰もが目を奪われてく、君は完璧で究極の……だよ?」


 女の子は弾ける様な笑顔で、「うんっ!!」

 と返事をした。


「……また好きにさせる……はいっ!!」


 僕と女の子の二人でサビの部分を楽しく歌う。キーもコードもありゃしない、それでも楽しく笑顔で歌う。最後にはジャカジャカジャーンと滅茶苦茶なリズム。


「はい、この子に拍手をお願いします!!」

 途端に、大きな拍手が鳴り響く。

 曲が終わった頃には結構な人だかりが出来ていた。


 その後も、何曲かリクエストを重ねて人だかりは大分多くなっている。足元に置いたペットボトルの水を飲んでいると、


「すみません!!」と声を掛けられた。不思議そうな顔をしていると、


「あのー?スリーピング・ピローの金元さんですよね?大学生バンドの?」スリーピング・ピロー……、僕は少しバツが悪い顔をしてしまったが気付かれ無かった様だ。

「あぁ、良く知ってるね?ありがとう」


 スリーピング・ピロー訳せば睡眠用枕。


 酔った勢いでアイツが名前をつけた俺達のバンド。


 リードギターとベース、ドラム、リズムギター&ボーカルの4ピースバンド。大学一年の頃に結成して勢いでつけられた名前みたいに勢いでやってきて、ボーカルとリードギターのカップルが別れた為に空中分解した、何処にでもある様なバンド。


 最後のケンカは、ギターの傷はどっちが付けたかだったかな?


 まぁ、俺達のせいで潰れたバンドだ。


「私、ライブハウスにも良く見に来たんですよ?」そう言うと彼女は両手を合わせて、


「お願いします!!スリーピング・ピローの夜空って曲、大好きなんです!!一曲お願いしても良いですか?」


 少し思う所がある曲なので考えてしまうけど、お辞儀してくるファンの女の子に断る事なんて出来ないよな。


「了解、夜空だね?」この曲は、ミディアムテンポのラブバラードでライブハウスではいつもトリにやっていた曲だ。僕とアイツのツインボーカルで、遠い夜空の向こうにいる君に向けて歌う恋歌。僕は、ギターを構えて大きく深呼吸をする。


「すみません、ちょっと前にバンドで歌ってたオリジナル曲です。本当は二人用の曲なんで、上手く歌えるか分かりませんが、もし良ければ聞いて下さい」


 パチパチ……と拍手がなり、静まった頃、僕はギターをひき始める。


 久しぶりの曲だから少し緊張するし、思う所はある……でも、今の精一杯で歌おう。



「夜空の星が雪の様に振りだしそうな夜に……♪」この歌は嫌いだ、アイツを思い出すから……白いベレー帽と赤いマフラーが似合うアイツを。


「手が冷たいから暖めてよ、僕のコートのポケットの中に……♪」アイツを思いながら作った曲なんだ……アイツに恋しながら作った曲なんだ……。


「どんな夜だって、同じ空の下……♪」

 次のパートはギターソロだけになる、だってそこはアイツの場所。

(二人見上げれば、星の下……)


「繋がっている、そう信じてた……♪」次のギターは強めにひこう。胸が苦しくなるから……。

「今でもまーだー♪」アイツが高音部、僕が低音部二人でハモるラスト。ここが一番好きで一番胸をきつく締め付ける……。


 ♪


 最後のギターソロが終わると、曲の最後を締める様にもう一度ハモる。

 さっきと同じ……。

「今でも……まだ……♪」小さく囁く様に歌った。ギターの最後の音が辺りに響く。


 気がつくと、僕を囲む人だかりはさっきの倍位になっていて……。


 大きな拍手になって、僕は耳を痛くしていた。口々に「良かった」とか「泣けた」なんて言う人もいて、本当の曲はこんなもんじゃ無いんだぞと思って少し悲しくなった。


「アハハ、ありがとうございます。次にリクエストなにかありますか?」照れながらギターを鳴らすと、人波を掻き分けて一人の女性が現れた。


「はいはーい!!リクエストがありまーす!!」


 そいつは、白いベレー帽とコートに赤いマフラーをしていて、走って来たのか吐く息は荒く、まるであの時から時間が止まったままの様で……。


「何でお前がここにいるんだよ?」夜空を歌って気持ちが高まった時に、一番会いたく無かったアイツが来た。その背中に大きなギターケースを背負って。


「リクエストがあります!!」僕の問いを無視してそいつは、続けた。

「今の夜空って曲の完全版を聞かせて」アイツは、俺の目を見て言った。


「すみません、その歌の完全版は俺一人じゃ歌えません」僕は目を逸らしてお辞儀をして断ろうとした。

「だから、来たんじゃない、逃げないでよ!!」辺りはシーンとして僕ら二人を皆が見つめている。


「本気か?」冷たく言いながらも、心臓が痛い程鳴っている。


「もちろん」


「……何で来たんだよ」こいつはいつも自分勝手で僕の予想を越えてくる……。


「だって、山梨さんがどこかの馬鹿が路上やってるのが、配信されてるって言うから……」山梨さんって言うのは僕らのバンドのドラムをやってくれている一つ上の先輩だ。


 僕が不思議そうな顔をすると、さっき夜空をリクエストしてくれた子達が、「すみませーん、勝手に配信してましたー」と言って頭を下げている……まぁ良いけど。


「本気か?」さっきよりも柔らかいトーンで問い掛ける僕に、


「しょうがないじゃん……見てたら会いたくなったんだもん」段々小さくなっていく声に、僕は大きくため息をついて聞いている人達にお辞儀をする。ため息が白くなって小さく消えた。


「すみません、こちらの勝手なんですが先程と同じ曲をもう一度演奏させて頂いてもよろしいですか?」


 僕らの耳が痛くなる程の歓声と拍手、指笛がその答えの様だった。


「さっさと準備しろ、音合ってるんだろうな?」アイツのギターのセッティングの手伝いをしようとギターケースを借りて開ける。


「お前、こいつ……」大きなギターケースを開けると中には、白いドレットノートのアコースティックギター。


「いつか見せて自慢しようと思っていたんだけどね……」アイツは、歯を食いしばる様に下をうつ向いて……。


「どっかの馬鹿が急に大学辞めて実家に帰るなんて言うから……」僕達の別れた理由なんて良くある話だった。


 親父が病気で体調を崩して、家業を急遽継がなければならなくなった。だから、何も言わずに別れようと言った。


 まぁ、理由を他のメンバーに言ってこいつに言わなかったのは悪かったと思うけど。


「山梨さんから全部聞いた」ギターのセッティングをしながらアイツはつぶやく。山梨さん言っちゃったか?まぁ、納得してないみたいだったからな……。


「しょうがないだろ?お前についてこいなんて、言える訳無いだろ……」今の僕はさぞやバツが悪そうな顔をしているんだろうな?


「言えよ馬鹿」ボソッとつぶやく様に言うアイツは頬を赤くして、僕のギターの傷に触れる。

「まだ、残してるじゃん」「消したく無かったんだよ、お前との思い出を……」軽いグーパンで肩を叩かれた。


「こっちだって、何の覚悟も無しにあんたと付き合ってた訳じゃ無いんだぞ?」大きな白いドレットノートを構えて、すくっと立ち上がった。


 ヤバイな、僕の元カノは思った以上に男前みたいだ。


「聞いて下さい。スリーピング・ピローで夜空です」本当は、後二人いるけど今日位は許せよ?


「行くぞソラ」二人で目を合わせる。


「良いよアルト」ワン、ツーと爪先でカウントを取っていく。


 ソラのリードギターに僕のリズムを重ねる。

 こいつのギターの腕は、僕なんかじゃ太刀打ち出来ない。大きなドレットノートギターも小さな体で抱えて器用に演奏していく。


「アルト、鈍った?」


「ぬかせ、俺の武器は声なんだよ」あおって来やがって、リズムギターが目立ってどうすんだ。


 リズムギターは冷静に、リードに合わせて丁寧に……。


 ソラのギターの腕が分かったんだろうか?観客が一気に沸いた。だけど、本当のお楽しみはこれからだ。


「「夜空の星が雪の様に振りだしそうな夜に……♪」」僕とソラの声がキレイにハモる。あぁ、僕はソラの声が好きだ、ソラのギターの音色が好きだ、少し勝ち気だけど、思いやりがある所も好きだ。彼女の顔も体も全部が好きだ。


「君がいつも隣にいると思っていたんだ〜♪」


「急に消えた星のかけら〜♫」


「いつだって」「いつだって」「「いつだあって忘れたくない〜♪」」


 一度手放してしまったせいか、久しぶりに会ったせいか分からない。でも心が止まらない、ソラを欲して止まらない。


「どんな夜だって、同じ空の下……♪」


「二人見上げれば、星の下……♪」ソラの高い声が僕の後に続く。


「繋がっている、そう信じてた……♪」二人で目と目で合図をして合わせる。


「「今でもまーだー♪」」ソラが高音部、僕が低音部二人でハモるラスト。ねっ、言っただろ?


 ここが大好きなんだ。


 ♪


 最後のギターソロが終わると、曲の最後を締める様にもう一度ハモる。

 

「今でも……まだ……♪」囁く様に、隣のソラを見ると彼女と目が合った。


 彼女の目の端に光る物が見えた。僕は口パクで『ゴメン』と言う。アイツも口パクで『バーカ』と言った。


 響くギターの弦の音色を指で止める。


 少しの静寂と遠くで信号機のアラーム音がやけに鮮明に聞こえた。


 皆の反応はこの日一番の拍手と歓声が教えてくれた。


 久しぶりに沢山歌って喉が少しヒリヒリした。


「アルト」隣からの声に視線を動かせば、ソラが拳を付き出している。僕は微笑みながら彼女の拳に自分の拳を合わせた。


 さて、どうしようかと思ったが、ソラと話す時間はもうしばらく後になりそうだった。


 観客からのアンコールにまだ一曲しか演奏していないソラが大喜びしている。


 参ったな?とペットボトルの水を飲み干すと。隣から、ソラの声が聞こえる。


「あのねアルト、私まだ別れるなんて言って無いんだからね?勝手に元カノ風にしないでくれる?」少し怒った風に、少し照れた風に……。

「そっか……」僕はこれ以上何も言えなかった。それ以上何か話したら目から汗がこぼれそうだったから……。


「次、何かリクエストありますかー!?」ソラの元気な声が響く。


 曇った空はいつしか晴れてキレイな冬の星空が瞬いていた。

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