エピローグ
バスから降り、空港の前に降り立つ。
空港に来たのは、高校の修学旅行で北海道に行った時以来だ。あの時は、こんな未来が待っているなんてまるで思っていなかった。
今日、晃介が海外から帰ってくる。
晃介が病気の治療の為に海外に旅立って、十年が過ぎた。私は晃介のご家族からマメに近況を聞き、時には病院から許可を得て、ビデオ通話する事もあった。
晃介はすごく頑張った。どんなに苦しくても、なかなか治療の成果がでなくても、絶対に諦めなかった。
それは私が、晃介を好きになった理由そのもので。自分がやりたいと思った事を、どんなに大変でも必ずやり通す。そんな晃介を、私は好きになったのだ。
あの日、死にそうな顔をしながら、私に好きだと伝えに来てくれたように。
そんな努力の甲斐もあって、ようやく治療の目処が立ったのが二年前の話。そこから長いリハビリを経て、日常生活を送るには問題ないとお墨付きをもらったのが一ヶ月前の話。
そうして、今日、遂に、日本に帰ってくる事が出来るようになったのだ。
「大丈夫かな……私、変じゃないかな」
家を出る前にあれだけ鏡でチェックしたのに、いざその時になると、急に不安になってくる。ビデオ通話は時々していたものの、直に顔を合わせるのは十年ぶりなのだから無理もないのかもしれない。
映像と肉眼じゃ、やっぱり見え方も違う。……今の私を見て、晃介は失望したりしないだろうか?
そんな事をモヤモヤ考えながら、ロビーに向かう。初めて個人的に訪れた空港は修学旅行のあの時よりもずっと広く見えて、私は目的地まで迷わないよう気を付けながら歩いた。
平日だからか、行き交う人の数はそれほどは多くない。私も有給がなければ、きっと今日ここにはいなかっただろう。
メッセージアプリを何度も確認しながら、ようやく目的のロビーに辿り着く。時刻を見ると、ちょうど飛行機が到着する頃合いだった。
不意に思い出す。それはネットで見た、ナマケモノの生態。
ナマケモノは常に木の上で過ごす生き物だけど、唯一排便の時だけ、木の上から降りてくる。それはナマケモノと共生関係にある蛾に、卵を産む場所を与える為らしい。
ナマケモノにとってそれは、死ぬ危険のある行為で。それでも蛾とお互い助け合う為に、ナマケモノは命を懸けるのだ。
それが、どうにも、あの日の私と晃介みたいじゃないか。
(ナマケモノと蛾なんて、全然ロマンチックじゃないけど……でもそれが逆に、私達らしいよね)
そう考えて、思わず笑みが漏れた。そう、私達はこれから、ずっと助け合って生きていく。
(今までは、言葉しか贈れなかったけど……これからは一番側で、晃介を支えるよ)
そう思っていると飛行機が到着したのか、ゲートの向こうから大勢の人がやって来た。その中に目的の人物を見つけて、私は大きく手を振った。
それに気付いたのか、彼が駆け足でこちらにやってくる。私は心からの、満面の笑みを浮かべて言った。
「——お帰り、晃介!」
私達の本当の未来は、今、ここから始まる。
fin
ナマケモノのジレンマ 由希 @yukikairi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます