ブラック・パレード

イチ

第1話 警固公園にて

 警固けご公園には何もない。

 もちろんそんなわけはないが、つまり、特別なものが何もない。噴水や、大きな遊具などがない。公園として充実度が低い。治安もあまりよくない。

 それなのに、だ。この公園はいつも人が多い。理由は二つ考えられる。

 一つ目に休憩だ。警固公園は、福岡市地下鉄の天神駅を3番口の西に出ると、目の前に広がっている。くだんの天神駅ビルや、ソラリアプラザというファッションビルなど、公園は周りを巨大な建物に囲まれている。そこから出てくる人を始め、天神を行き交う多くの人が、休憩場所として公園のベンチや段差に座る。だから警固公園は多くの人にとって、休憩のための場所になる。

 二つ目に移動だ。これは、公園には柵がほとんど無く、どこからでも出入り可能なことが大きい。天神駅やソラリアプラザというとても人が多い場所で、色んな所から入っては、色んな方向へ出て行く。だから警固公園は多くの人にとって、移動のための場所になる。

 移動と休憩。通常はこの二つによって警固公園に多くの人がいる、と考えられる。

 しかし——。

 警固公園の石のベンチに座っている斗紀夫ときおは、公園内を見回す。

「異常なんだ」

 斗紀夫は言う。声は低い。顔のパーツは薄く、表情は武骨、目上の人間からはよく、態度が悪いと言われる。

「異常?」

 右隣で応えたのは、斗紀夫の大学の同級生の、鈴木華子はなこだ。特に親しくもないが、面識がないわけでもない。よく授業が一緒で、何度かグループワークをしたことがある、という距離感だ。

——あれ、佐藤君。

 二分前、斗紀夫は声をかけられた。自分の名字を呼ぶ声がしたので、誰だ、と思った。黒いバケツハットをかぶったまま斗紀夫が見上げると鈴木がいた。ああ、と思った。

「鈴木さん」

 斗紀夫は頭の黒いバケツハットを掴み、膝元に置いて持つ。それから、鈴木の様子を一瞥して「散歩?」と聞いた。

 鈴木は、胸に犬を抱えていた。柴犬だ。鈴木はその柴犬に答えさせるかのように少し動かして、「うん、まあ、散歩というか」と困ったように笑う。

「散歩というか」

 斗紀夫は一呼吸おいて、静かに復唱した。柴犬は、鈴木に抱えられたまま気持ちよさそうに眠っていた。それで散歩とは言えないわけだ。

「名前は?」と斗紀夫。

「この子はね、ライナー。オスよ」

 ライナー、と聞いて、斗紀夫の脳内にイメージが広がる。力強くて、凄く速い。

「格好いい」

 斗紀夫は表情を変えないで言う。鈴木はクス、と笑って「名前はね」と言う。確かに、買い主に抱えられたまま寝ている姿はかなり間抜けだ。

「佐藤君はここで何してるの?」

 よいしょ、と鈴木は柴犬を抱えたまま、石のベンチ、斗紀夫の右隣に、少し間を空けて座った。斗紀夫は、鈴木が隣に座る様子を見やってから、「ああ、まあ」と言い、それから、膝元で持っている黒いバケツハットを少し、じっと見た。

 それで、二秒ほど経つと少し顔を上げ、斗紀夫は前を見る。持っているバケツハットの天井を手のひらで掴み、そっと頭に乗せて被る。唾は目深まであり、視線や表情が分かりづらくなる。元々が塩顔で顔のパーツが薄く、表情も薄いのでなおさらだ。

 黒いバケツハットの中で、口が開く。

「異常なんだ」

 斗紀夫はそう言う。



「異常ってどういうこと?」

 鈴木は斗紀夫を窺うようにもう一度聞いた。心配で、困った顔だ。それに対して、バケツハットの斗紀夫は鈴木を見ず、少し見下すような形で前を見ている。

 斗紀夫は一呼吸おいて、静かに、また口を開いた。

「異常に多い。人が」

 斗紀夫は、そう言った。聞き方によっては独り言のようでもあった。もちろん鈴木は、それは自分へ発せられたものだと理解した。

「え、あ、あー。そうだね」

 鈴木は辺りを見回す。確かに言われてみれば、人はかなり多い。

 「多いね。人」

 鈴木は言う。ホッと胸をなでおろす思いだった。そんなことか、と。斗紀夫が急に異常などと言うので心配になったが。

「何かあるのかな。お祭りとか」

 鈴木は独り言のように、隣の斗紀夫に言ってみる。緊張の紐が緩んで、口から言葉がこぼれ出たようだった。

 ——。

 隣の斗紀夫から返事はない。深い帽子のせいで、表情もよく分からない。

 しかし返事をしない斗紀夫を、鈴木は特に気にはしなかった。佐藤斗紀夫という人は、大学でもそんな感じの、不思議な空気を持つ人間だった。日常でもそうなんだ、と寧ろ納得するだけだった。

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