第8話 迷惑な仕事

 学校の休み時間や放課後、大和は、いつもスマホの画面と、にらめっこをしていた。友人たちが遊びに誘っても、「ちょっと待って。このシーンを終わらせないと」と返事するのが常だった。


「今回は山場だから、キャラクターの感情の動きが重要なんだ」と大和がAIに説明すると、AIは、それに応じた文章を生成するが、大和の求めているものとは少し違った。一つ一つの表現やセリフを微調整する作業は、予想以上に手間がかかった。


「ここの部分、もっと彼の焦りを感じさせるようにしたいんだけど」と大和が入力すると、AIは「こんな感じでいかがでしょう?」と、新しい文章を提示してくる。時々、その提案が予想外のもので、新しいアイデアのヒントになることもあった。


 しかし、何度も試行錯誤を繰り返すうちに、大和は自分の中の物語のビジョンが明確になってきた。自分の言葉で表現したい、という気持ちが強くなると同時に、AIとの共同作業が生み出す、新しい可能性にもワクワクしてきたのだ。



 大和は筆を執るたびに、自らが探し求めていた、天職に触れたような感覚に包まれていた。


 物語は、結末の甘美なハッピーエンドばかりが印象に残るが、そこまでの道のりには、主人公たちの絶え間ない試練や苦悩が隠されている。


 全知全能の筆者としての大和は、人に迷惑をかける天才だ。この特異な才能が、彼の筆を案内する。登場人物たちに迷惑をかけて苦しめると、ストーリーは自然に紡がれていくのだ。


 その思考の結果、大和の心と筆は一つとなり、彼の初めての短編小説は、まるで息をするように生まれてきた。



 初めての投稿から、しばらくの間は、彼の作品に対する反響は限られていた。だが、時間が経つにつれて、彼の短編小説への評価やコメントが増え始めた。


「面白い!」「大和くんらしいエピソードで笑った」「もっと読みたい!」といった感想を、彼のSNSのフォロワーや知人から、もらうようになった。


 特に親友の蓮からの感想は、大和にとって特別だった。二人は、これまでいくつもの思い出を共有してきたのだから。蓮は、一つ一つのシーンや登場人物のセリフについて、具体的なフィードバックをしてくれた。


「このセリフ、どこかで聞いたことあるな」と笑う蓮の姿や、時折真剣な表情で文中のキャラクターの心情を深掘りする様子は、大和にとって新鮮だった。自分の作品を通して、友人との新しいコミュニケーションが生まれていることに、彼は喜びを感じていた。


 家族からも、暖かいエールが送られてきた。特に母親は、大和の小説の登場人物たちの心情を細かく読み解いて、彼の成長を感じているようだった。


 もちろん、スキルには、まだまだ磨きが必要だと、大和自身が一番感じていた。しかし、彼の中には間違いなく、新たな火花が灯されていた。



 佐野教授の研究室は、常に迷惑動画投稿者の心理に関する、新しい知見を求めていた。そのため、大和の動画だけでなく、彼が投稿した小説にも興味を持っていた。大和の小説は、彼の内面や思考、さらには彼の過去や背景にも触れるもので、それが彼らの研究の対象になっていたのだ。


「大和くんの小説、読んでみましたか?」佐野教授が研究室のメンバーたちに問いかけると、多くの者が手を挙げた。


 助手の美咲が、一歩前に出て言った。「実は健太と私、昨晩、大和くんの小説を読んでディスカッションしていました。非常に興味深い内容でした。彼の作品から、迷惑動画を投稿する背景や動機、さらには彼の内面や家族関係、友情にまで触れられる部分があるんです」


 健太が続けた。「そうなんです。特に大和くんの小説には、自伝的な要素も強く、フィクションとしての面白さと、実際の彼の心境や過去がうかがえる点で、私たちの研究に非常に役立つと思います」


 佐野教授は、うなずきながら言った。「確かに、大和くんの小説は、ただのフィクションとしてだけでなく、研究の材料としても非常に価値がありそう。美咲さん。健太くん。この小説に関する、さらなる分析を進めてみてください」


 美咲と健太は互いに目を合わせ、うなずいた。大和のAI小説が、ただの作品としてだけでなく、学術研究の材料としても注目されることとなったのだ。



 二回目の進路面談の日。窓の外は秋の日差しが木々を照らし、教室内は真剣な雰囲気に包まれていた。


「大和くん。進路は、どうするつもりだ?」担任の先生が、真剣な眼差しで大和を見つめた。前回の面談時には、進路を保留していた大和だったが、その返答は予想外だった。


「大学に進学します。作家になるためには、もっと物を知らないといけません」大和は、確かな意志を込めて答えた。


 先生は驚きの表情を浮かべながらも、彼の変わりように感心していた。「実際、最近のテストの結果を見ると、大和君の成績は驚くほど向上してる。何かしてるの?」


「読書をするようになりました」と、大和は少し照れくさい笑顔を見せた。


 教室の隅に置かれた書棚から、何冊かの本を取り出し、「これを読んでいます」と大和は説明する。先生は、彼らしい無邪気さを微笑ましく思った。


「大学では、もう誰にも迷惑をかけないようにしたいんです。視野を広げて、人間として成長していきたいと思います」


 先生は、彼の言葉を信じたい気持ちになった。「もう、この若者が他人に迷惑をかけることはないだろう」と思った。

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元祖迷惑 何もなかった人 @kiyokunkikaku

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