C アオハル アオとコト 決戦のとき 


 夏休みに入り、アオ(藍澪)と私(小鳥)は決戦の地に降り立った。広島県のとある町。あと数日に迫った本番に向けてアオと私は高級ホテルのスイートルームで最後の調整をする。


「くっ……、あっ、……」

「アオ、もう少し! もっとしっかり握って!」

 思わず飛び出した本体をそっと握らせる。華奢な指には大きすぎるアレ。

「コト。もう……今日は無理」


 珍しく弱音を吐くアオ。

「もう少し! イケるから、絶対!」

私はただ励ますことしかできない。アオは可愛い顔を歪めて、刹那に懇願する。

「でも、キツイ……。やっぱり……穴のは無理!」

「大丈夫だって! できてる! 自信持って」


 汗ばんだ肌にシャツがへばりつき、肢体のラインが露わになる。弾ける玉汗。だけど本番は暑い。そしてキツイのだ。


「柔らかく大胆に! いいよ、アオ。ほら綺麗に糸を引く!」

「……あっ、いい。この感じ。もっと……連続で」

「分かってる。さぁ、大きく、大胆に。そして激しく……突くよ!」


 果てた。


 私もアオも……。全身の痺れ、達成感。

 汗にまみれ、腕も脚も……動き続け、幾度も無茶な姿勢になる。だって最高の形を目指しているのだから。

 あとは本番を待つのみ。数年間の憧憬どうけいがもう目の前に来ている。出来ることは全てやった。


「今年もこちらで宜しいのですか?」

 受付で名前を確認される。アオはブレない。こくりと頷く。


 ここ数年、準優勝のアオはシード選手である。予選を悠々と眺め見たアオは、刻々と迫るエントリータイムに向けて決勝の技を選ぶ。すぐ隣に憧れの彼がいるけれど、日々の鍛錬で動じることはない。ただ己の技に没頭するのみ。それは相手も同じ。



*************


 佐藤太一。十六歳。


 唯一の特技で世界チャンピオンになった以外は、ごく普通の高校生。今年もこの夏が来た。


 競技はブザービートありのフルマーク方式。三分間で五つの技を決める。ブザーがなった時に仕掛けた技は成功すれば得点になるというものだ。

 僕の二つ名は「の魔術師」己のを自在に操る。最大のライバルは「玉掴む乙女」。素顔を晒さない強者で、動きと名前で女性だと思う。


 奇妙な応援歌。アフリカの民族音楽のような独特の声援を送る少女が常に付き添っている。彼女らを正面から捉えようという者はいない。怖いもの見たさ、というのは怖いだろうと予想できるものに使う。本当に怖いもの、彼女らを人類として見ることは危険だ。


 だが、遠巻きなら……。ここ数年のコスプレは、相撲取りの身体にサングラス。よく動けるものだと感心する。



 そうだ、アレは小学五年生の頃だった。

 あの時は全身銀色の気持ち悪い宇宙人スタイルで、迫ってきた。仮面を取ろうとしたので慌てて制したのを覚えている。


 だってまんま宇宙人。めっちゃ怖えー。しばらく空を見れなかったほどのトラウマだ。




 決勝戦の舞台。あいつは難技を幾重にも連続させる。僕はチラリ、気にしつつも音楽を聴いて集中を高める。


 上手い、さすがだ。

『玉掴む乙女』らしく、玉を掴んで剣を弄ぶ様は見事としか言いようがない。彼女のスタイルは洗練されたバレエのような、フィギュアスケートのような、流れる動きの中で確実に決める。


 その鮮やかな手技に見惚れ、拍手のタイミングすら逃す。実況でムードを煽るアナウンサーも言葉を失う。


 だが、まだまだだ。

 会場の風を、人々の熱気を、いかに力に変えようとも、その身体では体力も動きも感も鈍らせる。小技ならともかく、難技を百パーセント決めることはできない。もっと、もっと真面目に向き合えば……。いや、ライバルを鼓舞してどうする。

 凝縮された三分間が終わった。


 僕の番だ。

 僕は飾らない。ありのままのスタイルで、剣を主軸にして玉を操る。

 ほら、この糸を引く回転。玉の動きに合わせて、穴を確実に目視して突く。

 蝶のように飛び遊ぶ玉とその穴を、蜂のように鋭く深く刺す。魅せて、魅せて、隙なく、次に繋ぐ。どんな体為になろうと、視線が集中しようと、乗せた呼吸を乱すことなく突き続けることこそ僕のスタイル。



 今年も僕の勝ちだ。

 打ちのめされるライバルの手をとって、僕は彼女だろう相撲取りのコスプレ嬢を讃える。

「ありがとう……」


 さえずるような柔らかな声に、ドキリ心が動く。つつと流れた汗はシャボンの香り。やはり女の子なのだと確信する。


 僕は思わず彼女のサングラスに手を伸ばした。長いまつ毛、大きくて美しい瞳、桃色に染まる白い頬。やっぱり君は……。


 ぶぶっ……、せ、正視できない。

 僕は取りかけたサングラスを慌てて戻した。鼻のちょび髭は『カトチャン』なのか、チャップリンなのか。

 うずくまる僕の左手を司会者が高らかに上げさせ、僕の夏は終わった。


**********


 ま、負けた……。今年も奴に、会場に負けた。この着ぐるみさえなければ、サングラスさえなければ。暑さに、息苦しさに、遮られる視界に。


 でも、この姿こそアオのメッセージ。「ありのままの 裸のアオに気づいて」と。

 アイツはきっとアオの見た目に惑わされる。本気の凄技も、心からの真技も。


 だから最近は直接的なメッセージにしたのだ。周囲が倒れない、かつ、裸に近い姿。そう、この相撲とりの姿こそアオの願い。



「コト、悔しい。まだまだ鍛錬が足りない! でもねコト。彼、サングラスをとろうとしたの。きっと私に興味を持ってくれたんだわ」


 乙女の胸に華奢な指を重ねて、嬉しそうに話すアオ。うん、きっと脈ありなのだ。また一年、鍛錬を積んで、愛しの彼に気づいてもらおう。


 いつもの如く、興味のない表彰式をスルーして近くのビルの屋上に向かう。

 一分一秒を逃さぬアオの鍛錬はもう始まっている。両親からの財力という支援を得て、自家用ヘリで帰るアオだけれど、高く青い空の上でも、競技を振り返ることを忘れない。


 KENDAMA そう、我らは今日も『けん玉』に青春をかける。










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アオハル 恥じらう乙女は全力でアレに青春をかける  〜神に愛された少女は、その手で世界を掴むまで足掻き続けるのだろう〜 Yokoちー @yokoko88

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