B サポーター 戸鳴 小鳥(となり ことり)

 さて、凡人の私、小鳥ことりが、なぜスーパー少女、藍澪あいりお応援者サポーターなのか、という疑問についてお答えしよう。


 ピンポーン! 正解。

 家が隣なのである。


 遡ること数十年。いや、かれこれ百年前後?

 終戦後のここは闇の市が建つ繁華街だった。戸鳴家は、風の音でも客と思って店を開けろの信条で、二十四時間、三百六十五日、小さな店で商売をしていたらしい。


 時がたち、闇で儲けた商人達は小金を持って上京し、ここに残った商人達もバブルの時が終わると次々に店を閉め、転居していった。既に没落を辿る戸鳴家は、古くさびれた土地で古びた住宅を細々と修理して住み続けた。


 周囲の家が軒並みなくなり空き地になると、地上げ屋が買い取ってくれないか、と期待したが、そんなことはドラマの世界。ただ衰退の道を歩んでいた。

 ところが、都会から程よく離れた田舎ゆえ、静かに暮らせるだろうと広大になった空き地には廿日宮はつかのみや邸がどどーんとおったった。


 そこに住むのは、クリーンで爽やかな世界的俳優の夫と国際的指名医No.1の天才外科医の妻。そして、二人の才能を一身に受け継いだ一人娘。


 だがしかし、廿日宮スーパー夫婦は超多忙。悠々自適の田舎ライフを送れるはずもなく、お節介な我が両親を気に入ったこともあって、ことあるごとにを預け、小鳥わたしを預かり、そんなこんなの生活で、わたしは貧乏な中で、超セレブな暮らしも味わった。


 アオの両親はアオ同様、素晴らしき人格で、私をアオの姉妹のように可愛がってくれた。何とアオの家には私の部屋まであるのだよ。まぁ、そんな好待遇でなくたって、私はアオが大好きなのだけど。

 ということで、私たち、爪の先から髪の一本に至るまで分かり合えている仲なのである。


 そうそう、私が伝えたいアオの努力に、こんなエピソードがある。


 アオはお嬢様だから、当然ピアノも嗜んでいる。アレを知るまでは普通の、ピアノが上手なお嬢様だった。でも、アレを知ってからはピアノすら大切な鍛錬の一部。帰宅後の練習にも熱が入り、今では音大生も真っ青な天才ピアニストだ。

 そんなアオだから、音楽の授業でも進んで演奏することが多い。アオ曰く、不足の事態に陥っても、思うように指を動かせるようにしたいとのこと。くーー、涙ぐましい努力でしょう?だからその美しい爪がささくれたあの日は、肩が震えるほどの衝撃だった。


「ああ、どうしよう! コト、コト!! 爪が割れて歪んでしまったの」


 真っ青になって立ち尽くすアオ。細心の注意を払っていたのに。しかも大切な左手だ。マニキュアで固めても小さな歪みはどうしても出てしまう。

 そう、アオの目指す競技はバランスが命。どんな事態に陥っても大丈夫なように鍛錬を積んでいるのだけれど、繊細な部分が大きいため、左右のバランスの崩れに敏感になる。


 右手に持つアレ。ぎゅっと握って、大きく上下させて。振って戻して。

 ほんの少しのズレが、研ぎ澄まされた感覚を鈍らせる。小さな呼吸一つ、吐き出す声すら自身の身体に耳を傾けて感じなければならないのに。


「……、切ろう、アオ。引っ掛けるよりずっといい。もし、アレが傷ついてしまったら……。痛い、痛すぎる。 大丈夫、爪は伸びる」

私の決断にこくりと頷くアオ。

 一途で澄んだ瞳。んー、たまらない可憐さ。だけど今は一大事。


 パキリ。

 ささくれた爪を切ってはかりの上に乗せる。ヤスリで滑らかに擦り、その粉も忘れずに。


「アオ、大丈夫! 0.1グラムもない」

「本当?! よかった! あぁ、神様」


 私達は涙して安堵した。いつもはヤスリで整える爪。切るなんて数年ぶりのこと。影響が少ない。その事実を確認するのが私の仕事。


 はぁ? たかが爪数ミリでしょう? 大袈裟!

 あなたはそう思うかもしれない。でも、アオの努力を知っている私は断言する。

 世界をとるには、数ミリの爪だって馬鹿にしてはいけないのだ!


 アオがアレに出会ったのは小学校四年生の時。偶然居合わせた百貨店のイベント。

(百貨店に行ったのは私の家の用事だ。余談だがアオの家は百貨店の店員が商品を持ってやってくる)


「コトちゃん、アレ、なぁに?」

 普段見慣れぬ光景に首を傾げるアオ。そう、あの時は、私も恥じらうことなく声を大きくして言えたものだった。

 不思議な形、不思議な技。吸い寄せられるように見惚れたアオは、皆の喝采を浴びる少年に恋をした。


 それからアオの生活は一変する。彼に会うためにアレに夢中になる。

 知力、体力、時の運。神に愛された才能を遺憾なく発揮したアオ。彼と再会した大会で、惨敗。そして……彼が発した言葉に絶句する。


「うわぁ寄るな! 誰なんだ? 何なんだ?」


 私はあの時のアオの顔を忘れない。

 確かにアオは惨敗だった。だけど爪痕は残したのに。アオのこと、認識すらしないなんて!


 あの時、アオにも悪いところはあった。

 まず、名前だ。廿日宮はつかのみやなんて名前は珍しい。世界的国際俳優の親族だって気付かれるのを恐れたアオは、偽名を使ってエントリーした。


 世界中の愛を一身に集めるその美貌も封印した。父親のコネで呼んだカリスマ美容師にハリウッドの特殊メイクを施して貰ったのだ。


 だけど、アオは信じていた。

 アレを愛する人だから、見た目になんか惑わされず、真実の、そう、裸のアオを見てくれるはずって!



 アオは強い。

 あんなことがあってもアレを愛した。

 彼に認められるために世界にも行った。


 そして知った。


 やはり日本でないとダメだ。アメリカで、フランスで、メキシコで……。どこで勝っても、チャンピオンである彼には敵わない。


 だから今日もアオは鍛錬する。

 そうそう、料理も技のインスピレーション。今日のお弁当はアレをかたどったって言ってたっけ。シンボル的なあの形。きっとアオは無自覚に華奢なその手でぎゅっと握って、小さな口を盛大に開けて食べるだろう。


 不味い。誰にも見られないようにしなければ。

 本体も付属も。花の乙女が簡単に手にしてはいけない。いや、別にいいのだけれど……。

 でも十六歳。

 意識してしまったら……、ただ恥ずい。ちょっと恥ずかしく感じるのは私だけ? 自意識過剰かもしれないけど。

 

 無邪気に笑う天使のアオを守れるのは私だけ。さぁ、次はアオの大好きな物理の時間。偶然とも思える事象を必然にするためにアオは知識も貪欲に取り入れるのだ。その理解を助けるため、私もアオに追従する。アオに聞かれた時にナイトがわかりません、じゃ示しがつかない。私も必死に学ぶのだ。

 

 


 










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