アオハル 恥じらう乙女は全力でアレに青春をかける  〜神に愛された少女は、その手で世界を掴むまで足掻き続けるのだろう〜

Yokoちー

A アオハル 廿日宮 藍澪(はつかのみやあいりお)



 タッタッタッタッ・・・・・


 薄くけぶる上り坂を、こ気味良いリズムで走り抜ける。湿った葉がガサと固まり、降り落ちたソメイヨシノの花びらが張り付く地面。少女は上がる呼吸を意識的に操作して、腕時計をチラと見た、


ーーーーいつもよりいいペース。ベスト、出るかな?


 折り返しの展望台を過ぎた少女はスパートをかける。いつも通り、足音が徐々に増えていく。


「はっ、はぁ。……お、おはようございま……」

 横目にもされずに振り切られたオジサン。

「アイリ……っとに、ちょっ、待って」

名前くらい、ちゃんと言ったら?と思考を掠めた先輩。

「こ、これ。爽やか贅沢スムージーっス、あーーーーーーー」

 うん、ちゃんと渡せ! 落としてんじゃねーよの後輩くん。

「よっ! 合流合流! 今日も余裕だね」

 待ち伏せる同級生。こいつは駅伝部のスピードランナー。だけど伴走できるのは坂を下り切るまで。


 今日も藍澪アイリオは、媚びる男どもを蹴散らして、颯爽と走る。


 あっ、私? 応援者サポーターであり、幼馴染みでもあり、引き立て役でもある小鳥ことり。いわゆるJK歴二年の平凡乙女。


 小山を下って町に入るとアオを追いかける輩が増える。

 新進気鋭の社会人ランナーや中坊中学生、腰を曲げたワォーキングジジイに鼻垂れ小坊主。アオの揺れる栗色の髪に、白いうなじに、マネキンのような美脚に吸い寄せられては消えていくやから。私はチャリンコを操りながら、虹のような汗粒をとばすアオを独り占めだ。


 ゴール! 校門をくぐり、部室ハウスを越えて、体育館入り口がゴール地点。半円状の階段のおかげで、ギャラリーは遠慮してくれている。

「はっ、はっぁ……、はっ……、どう?」


「いい! さっすが! 今日は十六人、ぶっちぎった」


 息を切らし切って立ち止まるアオに、いつももの『身体優しいスポーツドリンク』を渡して、私は振り切られたしかばねの数をドヤ顔で告げた。だが、アオの関心はタイムのみ。

 ベストを二秒更新したことを聞けば、薔薇色の頬を染めて小さくガッツポーズ! うん、可愛い。 女の私が見惚れるのだ。只人ただびととりこにならない筈がない。


 更衣室で着替えるアオに、制汗スプレーをかけ、乱れた髪を柔らかく櫛付けるのが私の習慣。アオは寸暇を惜しんでぶ厚い専門書に目を通す。

『放物線の真理と謎に迫れる男は、この僕くらいだと自負しているからこその研究書がお前に読みこなせるのか』

 只人では絶対に手に取らない本をサクサクと読みこなし、時々付箋にメモを加えて。艶を帯びた栗毛を耳にかける仕草にまたも胸キュン。


 おっと、油断大敵だ。アオに心酔する悪い輩を牽制しなくては……。


ーーカシャ。


 もうーー、まただ。可憐なカスミ草を手折るような盗撮。

 でも抜け駆けはギャラリーがさばいてくれる。ほら、スマホを取り上げられ、あーあ、消されちゃったか。


 初めはアオを敵視していたお姉様達せんぱいも、頑なに男を相手にしない筋を通す女気オトコギな態度に惚れ、アオに群がる心ないファンを退治してくれるようになった。

 あぁ、ありがたや。


 分厚い専門書を鞄にしまったら移動の合図。まぁ色々と知って欲しいアオの努力は、まだまだたくさんあるけれども。

 とにかくアオは可愛い。そして努力家だ。夢を叶えるために、そのひと呼吸すら意識するほどに。そして悶絶級の柔らかな笑顔と感謝の心を常に忘れない。だからみんなアオを好きになる。


 天は二物を与えぬと、世間様は仰るけれども……。

 可憐で嫌味のない整った顔立ちにちょっと胸があるマネキン体形。

 夢を叶えるために語学、物理、数学、心理学を操る頭脳。

 溢れ出る才能をひけらかさず、謙虚さと優しさと品をもった性格。

 クリーンで爽やかな世界的俳優と国際的指名医No.1の天才外科医の母を持つ超お嬢様。


 廿日宮藍澪はつかのみや あいりおは誰もが羨む才能を幾つも有しているにも関わらず、恨み妬みすら溶かしてしまう、まさに神にもヒトにも愛された少女なのである。



「ねぇ、コト。今日のお弁当、アレ、作ってきちゃった」

「はぁ? ちょっと、まさか教室で?」

「コトの分も余分に持ってきたから、一緒に食べよう」


 ちょっと、ちょっと! マジ? マジで言ってる? まさか教室で、いつものように食べようってんじゃ? 無理だかんね! 駄目だから! ちょっと、アオ、自覚してる〜?

 

 そう。才色兼備のスーパーガールにも欠点はある。それがコレ。無自覚、天然、超鈍感。そこがさ、アオの人たらしたる所以なのだけれども、アオの騎士ナイトたる小鳥は、いつだって冷や汗ものなのだ。


 例えば、制服のスカート丈。

 今はちょっと膝上の長めにしているのだけれど、購入時のままの丈は古き良き時代のけがれなき少女?を彷彿とさせたらしい。オタクとオジサン、ジジイを悩殺し、鼻血救急車行列ができた。(年寄りの鼻血はマジ命削るらしい)

 他女子と同じ短丈にすれば、まぁ、鼻血はあるのだけれど、盗撮はもちろん風の悪戯、段差の待ち伏せ。男心を否定するわけではないけれど、軽犯罪法違反とか? 新人お巡りさんの初逮捕推奨物件とも言われたそうで……。

 面倒臭いことこの上なし。


 私たち女子だって、自衛はするでしょ? そう、いわゆる見せパンというスパッツを履く。彼女の場合、それがキュートな毛糸のハート柄。世界的アクション俳優廿日宮鳴人はつかのみやなるひと様のお手製で、ギャップ萌えする人もいれば心臓発作を起こす人もいて……。

 アオの周りでパタパタと倒れる人や、事件を起こす輩をバッシバッシと通報処理するこちらの身になってもらいたい。( 鈍感少女は気づきもしないし、気づかれぬよう処理をする)


 事なかれ主義と言われようと、面倒ごとの芽は摘んでおきたい小鳥なのだよ。


 幸い、アオは素直だ。アオは一秒たりとも鍛錬を怠らない。私に従うことが、焦がれる勝利につながると知っているから。


 そんなアオが夢中になることとは……? 知りたい? うーん。

 アオは頑なに秘密にしているし、私だって可憐なる乙女。声を高らかにして言うのははばかられる。

 でもこの際だ。はっきり言うよ。

ーーーーーーーあっ、ちょっと変ではないけれど……、あぁ、うん、ちょっと恥ずい。意識したら、思い出したら、やっぱ恥ずいわ。

 察して欲しい。 









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