第7話

 夕陽が荒野を照らしている。

 一人の男が、自転車を押しながら、道なき道を歩いて来る。

 岩に背をもたせながら、一人の少女が立っていた。少女はジュンサーを待っていたのだ。

 ジュンサーが立ち止まる。その無表情な顔からは、内心をうかがうことはできない。

「もう、行ってしまうの?」

 少女がぽつりと問いかける。

 ジュンサーは果てのない荒野を遠く眺めながら、こう答えた。

「男には、行かねばならぬ道があり、闘わねばならぬ闘いがある」

「ふぅん、そう。男ってバカね」

 少女は石ころを蹴とばした。

 うつむいたその目に光るのは、涙か、それとも? 出会いに別れはつきものだ。

 ジュンサーは自転車のハンドルから右手をはなすと、ポケットを探った。そして、少女に差し出された手には、なにか小さな白い物体がのっていた。

「これはなに?」

「ホイッスルだ」

「ホイッスル?」

「そうだ。なにか危ない目に遭ったら、これを吹け」

「そしたら、おじさんが駆けつけてくれるの?」

「そうだ」

 ジュンサーの暗い双眸に、ふと、あたたかい光が灯ったように見えた。

 少女は受け取ったホイッスルを胸に抱くようにして、

「ありがとう。大切にするね」

「……」チリン!

 自転車を押して、ジュンサーは再び歩き出す。その先には、いったいどんな苛烈な闘いが待っているのだろうか?

 遠ざかっていくジュンサーの背中を見送っていた少女であったが、意を決したようにこう叫んだ。

「わたし、長谷川アンナ! おじさんの名前は?」

 ジュンサーは振り向かずに答えた。

「小林ジャンゴ。俺のことは駐在さんと呼べ」

 恋する少女の瞳がきらめく。

「またねー! 駐在さーん!」

 ジュンサーは答えない。振り返りもしない。ただ、チリン! チリン! チリン! 三度、自転車のベルを鳴らした。

 その音は果てしない荒野に響いて、風にまぎれて聞こえなくなった。

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闘え、駐在さん! ハジノトモジ @hajino1228

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