闘え、駐在さん!

ハジノトモジ

第1話

 暗闇の中でこそ光は輝く――。




 一面の赤!

 落日の光が降り注ぎ、荒涼たる大地に殺伐とした気配を与える。

 風が吹き、砂煙を巻き上げる。枯れ草が転がる。風音はあたかも獣の咆吼に似ていた。

 果てしない荒野。果てしない道のり。


 その男は、荒野を越えて、やって来た。


 精悍な男である。薄いブルーのシャツと濃紺色のスラックスの制服に身を包み、濃紺色の制帽をかぶっている。制帽には、太陽を模した金色のエンブレムが輝き、腰にはガンベルト、右に拳銃、左に細い棒を吊っている。その双眸はただ前だけを見据え、向かい風の中、決して歩みを止めようとしない。

 彼は何かを押しながら歩いている。静かに光る銀色のボディー。ゴム製とおぼしき前後ふたつの車輪。そして金属の乾いた音を立てるチェーン。そういったものが形作るそれとは――そう、自転車だ!

 荒涼たる大地。粒子の細かい砂の上では、ふたつの車輪は役に立たない。

 だから彼は、自転車を押しながら歩いているのか?

 果てのない荒野。果てのない道のり。一人の男が、一台の自転車を押しながらひたすら歩いている。

 不意に、彼は足を止めた。ただ前だけを見据えていた視線が、足元に落ちる。白骨化した頭蓋骨。朽ち果てたあわれなむくろが転がっている。彼の無情とも思える暗い瞳に、一瞬、不可解な光が走ったようだった。

 風が吹きすさび、落日の光が降り注ぐ。

 彼は顔を上げ、再び自転車を押して歩き出した。


 荒野では、力ある者だけが生きていける……。


 その時、突然、岩の陰から、ひとつの影が躍り出た。髭面の悪党! その悪党が、自転車を押して歩く彼の行く手を遮り、ショットガンの銃口を突きつける。

 悪党が言った。

「その自転車を置いていけ」

 荒廃した世界では、クズ鉄は特に高値で売れる。

 悪党の口元が残忍な笑みの形に歪む。この世には奪う者と奪われる者がいて、自らはその奪う者、圧倒的強者の地位にいると信じて疑わない者の笑みだ。

 自転車の男は足を止めて言った。

「やめておけ。後悔……することになるぞ」

 髭面の悪党が目を見開く。一瞬、自分が何を言われたのかわからなかったのだ。だが、その驚きはすぐに捕食者の嘲りへと変わった。髭面の悪党は狂ったように笑った。狂ったように笑って、そして、

「後悔するのはてめえの方だ!」

 真顔になり、ショットガンの引き金を引こうとした。しかし、その刹那――

 ガゴオオオオオン!

 銃口が吼えた。

 空気をずたずたに引き裂きながら、銃弾が発射される。

 その銃弾は悪党のどてっ腹に命中した。

 悪党は後ろへ吹っ飛ぶ。

 銃口から煙が上がる。

 六連発拳銃の銃口。

 制服・制帽の男は、左手だけで自転車を支え、右手でリボルバーを構えている。

 ショットガンを突きつけ圧倒的優位に立っていたのは悪党の方だったが、神速の手が拳銃を引き抜き、撃たれるより早く敵を撃ったのだ。

「ぐっ、ぐぐぐ……」

 大の字に伸びていた髭面の悪党が身を起こそうとする。その目には苦痛と驚愕が。しかし、次の瞬間、悪党の目はさらなる驚愕で見開かれることとなる。

 その目が、制帽に輝く太陽のエンブレムに留まったのだ。

「きっ、貴様!」

 髭面の悪党が叫ぶ。

「貴様っ! 貴様っ! 貴様、ジュンサーか!」

「……」

 ジュンサーと呼ばれた男は答えない。それは無論、肯定を意味した。

「ぐっ、ぐぅっ! くそっ! ジュンサーか! よりにもよってジュンサーとは! そうと知っていれば! そうと知っていれば! こんな……こんな……無謀なことは……!」

 後悔の叫びを続ける悪党に対し、ジュンサーは深いため息をついた。

「だからやめろと言ったんだ……」

 しかし、そのつぶやきは聞こえていない。すでに悪党はこと切れていた。

 ジュンサーはリボルバーをホルスターにしまい、再び自転車を押して歩き出した。

 チリン、チリン、チリン。三度、自転車のベルを鳴らす。その音は荒野に、弔いの鐘として鳴り響いた。

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