私の小説の中に誰かが転生してきました!

宇野六星

私の小説の中に誰かが転生してきました!

―― * ―― * ―― * ―― * ――

  月虹げっこうのアリア

  第34話

  「引き返せない、道」

―― * ―― * ―― * ―― * ――


 ――かさり。


 微かな空気の震えを感じ、アリアは立ち止まった。


 かさり、ぴしり。


 ……誰かが、枯葉や小枝を踏みしめながら自分の後をついてくる。息を潜め、気配を殺しながら、そっと、そっと。

 アリアは、剣の柄に手を置き、直立して待った。宵闇が濃くなる中、彼女の真っ直ぐな白金の髪は一番星の光をとらえ、地上のもう一つの月のように淡く輝いていた。


 最も妖魔が活発になる時間帯――逢魔おうまどき。村の結界は彼女によって修復されたばかりだというのに、一体何者が端境はざかいを越えたのか。


 まだ十分な距離がありながら、後ろにいる者が息を吸い込んだのがアリアには分かった。


 威嚇か、咆哮か。

 もしも妖気が放出されるなら、この剣で一閃だ。


 アリアが振り向こうとした瞬間、その者は叫んだ。


「アーちゃん! 晩ごはんできたよ!! 食べよっ☆」




* * *


「あーー! またやられた〜〜〜!!」


 私は、PC画面に向かって叫ぶと頭を抱えた。

 そこに表示されてるのは、たった今小説投稿サイトに公開したばっかりの自作の最新エピソードだ。


 本文の続きでは、主人公アリアが破顔し、後ろから追ってきた幼馴染の少女とともに家に帰ろうとしていた。


「ぐぬぬぬぬ…」


 少し前から、私の小説には奇妙なことが起きていた。思ったように話を書けない。


 いや、スランプじゃない。週二、三回のいい頻度で更新はできている。

 けど、毎回更新分を書き上げて投稿すると、なぜか内容が変わっちゃうのだ。


 最初に気づいた時は、そりゃあドッキリしたさ。

 アカウント乗っ取りか!?って慌ててパスワード変えたりした。

 でもそれで書き直そうとしてもうまくいかないんだよな。


 PCに保存してる下書き原稿には間違いはないし、投稿画面にもそのまんまコピペしてるのに、なんでか公開すると下書き通りじゃなくなってるのだ。


「ひょっとして…改ざんされてる、って…コト…?」


 ちっちゃくてかわいくなったふりしていぶかしんでる場合じゃない。


 謎なのは、更新履歴がないことだ。

 つまり最初に私が公開したタイミングで、勝手に文章が書き換わってる。

 そのうえ元の原稿どおりの内容に戻そうとしても、全然直らないんである。


 んなあほな。


 あ、誤字脱字の修正はできた。ふざけてる。


 ともかく由々しい事態だぞ。


 誰かがこの膨大な小説の海の中で、ナノサイズどころかピコサイズかもしれない泡沫作家の私の作品を見つけて、わざわざ変ないたずらを仕掛けてるんだとしたら、酔狂を通り越してサイコパスだよ。


 よりによってこの『月虹のアリア』は、相当気合入れて書いてる作品なのに。


 投稿サイトにアカウント作ってしばらくは、吹けば飛ぶような短編とか箸にも棒にもかからない令嬢ものとか書いてたけど、そろそろ憧れの本格っぽいファンタジーに挑戦したいと思ってさ、プロットもしっかり練ったんだよ?


 それをさー。

 いい加減にしてほしいよね、ったく。


 調べたら、序盤の方のエピソードも変わってた。


 アリアがまだ故郷の村にいた頃に起きた、幼馴染の娘が妖魔に取り憑かれるという事件を書いてたんだけど、その展開が全然違ってた。


 元々は、憑依された娘は村人たちの手で殺されてしまい、それがきっかけでアリアは妖魔を狩るハンターになることを誓って村を出るんだ。


 でも改ざんされた話では、幼馴染は危ないところで憑依を回避し、妖魔はアリアに倒される。アリアは幼馴染に見送られながらハンターを目指して村を出ていく流れだ。


 えー。元の話の方がエモかったと思うんだけどな―。


 そりゃ改ざん後の方がしんどくなくていいかもだけどさ…って、何普通に比較してんだ。誰だこれ書いた奴は。私じゃないぞ。脳内に二十四人の別人が住んでたりもしないぞ。


 結局エピソードを読み返していったら、事情が判明した。


 数年修行してハンターの資格を得たアリアが里帰りした、という回でそれは説明されていた。

 ここも、アリアは幼馴染の墓前に挨拶に行ったと書いたはずなんだけど、改ざん版(不本意!)ではもうしょっぱなから村の入口で幼馴染が出迎えてる。

 彼女は小さな宿屋を開業していて、もう村に身寄りのいないアリアを泊めてくれた。自家製だという一級品の食材を使い、手の込んだ料理を次々と振る舞った。


 この子は料理にすごくこだわりのあるキャラになってるようで、食材の説明から調理過程、盛り付けに味わいにと、ここだけ飛び抜けて字数をかけていた。


 うん、食への興味が薄い私にはこれ書けないな。誰だよお前。


 で、彼女はアリアとの再会の盛り上がりが一段落すると、話し始めた。


『あたしね、前世の記憶があるの』


 っておい! この世界には前世持ちの設定ないから!

 その上、『この世界のことは、小説って形で知ってた』とかメタ発言やめろし。


 それでも目を走らせていくと、つまり彼女は〝前世〟では大変ありがたいことにこのサイトで連載してる『月虹のアリア』のファンで、作品世界に没入するように深く読み込んでくれていたらしい。


 でも更新を楽しみにしていたが病死してしまい、気づいたら話の序盤で幼馴染キャラに転生していて妖魔に取り憑かれる直前だったとのこと。


 本来の展開どおりだったら自分は死ぬしアリアにも村人たちにもトラウマを残してしまうので、何とかして死亡回避して、その後は前世の夢だった「田舎で食べ物関係のお店経営するスローライフ」とやらを実践することにしたんだ…と。


 なんかそのプロフィールに見覚えあるな。


 確かに『月虹のアリア』にはコアなファンが付いてたよ。ほとんどのエピソードに感想を付けてくれてて、アリアのことも世界観のこともすごく気に入ってくれてた。


 特に序盤の故郷の村の景色に憧れてて、そんなところで暮らしたい、自分は何年も入院してるから…と、感想欄に個人情報をツルッと書いちゃうような無邪気さがあって、かなり若い子なのかなという印象だった。 


 改ざんが起きるようになってから書き込みが途絶えてたから、稀有なファンまで逃しちまったじゃねーか犯人許すまじと思ってたのに……お ま え が 犯 人 か。


 当初のストーリーと違う行動を取ったから、結果として公開されてる内容が書き換わったんだな。


 そんなことってある?


 今目の前で起きてるから、あるんだろうけどさ。

 錬金術でもないのに、ありえないことをありえさせるのやめてくれる?


「ぐぬぬぬぬぬぬ…」


 一体どうしてくれよう。


 とは言うものの、事情を知るとやりにくくなったな。

 小説の中とは言えせっかく転生してきたのに、すぐさま憑依されて惨殺されるなんて気の毒だ。修正しづれえー。

 それに、もう幼馴染は生き延びてるって世界線で話が公開されてる。

 過去エピソードを修正できないとしても、全く無視して次の回を書いたら支離滅裂だ。


 改ざん版に準拠しながら軌道修正を図るしかないかなあ。ぐぬぬぬ。

 プロットが総崩れだぜちくしょうめ。




 そんなわけで、私と転生者の奇妙な共存関係によってしばらく連載は続けられた。


 いや、問題はさっぱり解決していない。

 連載は続いているが、ストーリーは進まなくなってしまった。


 作中で、アリアは村の結界を修復したらまた旅立つ予定だった。


 幼馴染に別れを告げて、村を後にする――というシーンを何度書いても、公開するとその直後に幼馴染が彼女を呼び戻すという場面が付け足されてしまう。


 さっき村人が妖魔を見かけたらしいから狩りをお願いしたい、というのはまだマシな方で、食材を採取したいから近場の山に一緒に行ってほしいとか、団体客が急に来たから宿と調理場を手伝ってほしいとか、領主がなぜか料理コンテストを開くから究極のメニューを一緒に開発しようとか…やけにグルメネタが多いな!? 病院食ばっかりで美食に飢えてたのかな?


 そんで、そういうイベントに毎度付き合わされるせいでアリアは一向に村を出られない。


 もはやジャンルがダークファンタジーからグルメなスローライフになってしまった感あるし、幼馴染ちゃんのあどけないキャラとの掛け合いに巻き込まれて、アリア自身のキャラもクーデレ風に変化してしまってる。


 何より業腹なのは、ジャンルチェンジしてからの方がアクセスも評価もどんどん上がっていってることだ。


 そりゃあそっちの方が安定の大人気ジャンルだってことは分かってるけどさあ!

 私が書きたいのはそういう話じゃないんだよ!


「ぐぬぬぬぬぅ…っ!」


 あー。もうこの小説書くのやめよっかなー。エタるのだけは嫌だから、どんだけ変な展開になっても何とか破綻しないようにエピソードをまとめてきたのに。


 軒を貸して母屋を取られるとはこのことか。


 いや、作者は私なんだ。小説や登場人物からしたら神だ。私がコントロールしなくてどうする。

 転生者がアリアと穏便に別れつつ満足のいく人生を送れるような展開にすれば、二度と関わらなくてすむはずだ。

 それを考えろ。


* * *



―― * ―― * ―― * ―― * ――

  月虹げっこうのアリア

  第48話

  「懐かしい、便り」

―― * ―― * ―― * ―― * ――


 ――アリアは、幼馴染からの手紙に微かに顔をほころばせた。一年前に、彼女と領主の長男との結婚式に参列してやったことを懐かしく思い起こす。


 その後アリアと幼馴染との運命が交わることはなかったが、彼女が愛する風景と家族に囲まれてを送ったことは確かだった。




* * *


 その後、私はしばらく『月虹のアリア』の更新を止めた。時間や舞台を変えた新章に突入しようかとも思ったけど、また改ざんされたらと思うとどうにも億劫だった。

 いろいろと変な設定が生えていたし、それを前提とした世界観で話を考えるのも萎えた。


 結局、エタった。


ぐぬぬぬぬ不本意!ぐぬぬぬぬぬぬまったくもってぐぬぬぬぬゥ不本意なりィ!!」


 そんなわけで私は他の投稿サイトに河岸を移し、ペンネームもアカウント登録用メアドも変えて真・『月虹のアリア』の連載を始めた。

 プロットを見直して、故郷の村には一切触れないことにした。凄腕の妖魔ハンターとして街や村を旅する孤高のヒロイン、それが真・アリアだ。


 第一話の投稿は緊張したものの、無事に私が書いた通りの内容で公開された。あのファンは生前この投稿サイトは巡回してなかったみたいだ。

 ほっとして私は筆を進めた。


* * *



† - ― - ― - † - ― - ― - † - ― - ― - †

  真・月虹げっこうのアリア

  第2回

  「かはたれどきの邂逅」

† - ― - ― - † - ― - ― - † - ― - ― - †


 ――夜闇が薄れていく頃、アリアは罠を張り終えて戻ってきた。石畳に靴音が響く。


「……」


 自分のものだけではない靴音に気づき、アリアは立ち止まった。油断なく、背中に神経を集中する。


「さっそくお出ましか」


 妖魔に憑依された人間が、罠に反応したのだ。ほどなくしてその者は彼女に追いつき、数歩を開けて歩を止めた。


 だが、彼女の耳に響いたのは意外すぎる者の声だった。アリアは思わず振り向く。たやすく動揺などしないはずの彼女の鼓動が急速に早まる。


「……そんな、馬鹿な……」


 アリアを気安く愛称で呼ぶ人間など、一人しかいない。そこに立ち、旅のマントを羽織ったは、気まずさをごまかすようにテヘッと舌を出して笑った。


☆」




* * *


「……ぐぬぬぬぬ甘かった……」


 私は、PC画面の前で再び頭を抱えた。

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