晴れ間がのぞく

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晴れ間がのぞく

 雨が降ると通学が少し面倒だ。

 私は自転車に乗って学校に通っているけれど、雨が降るといつもより早起きしてバスに乗らなければならない。


 これがまた面倒で、今は梅雨時。最近は毎日のようにバスに乗っている。

 しかも、いつも乗っている便は朝にも関わらず混んでいる。座れることなんてほとんどないし、むしろ箱詰め状態で車体が揺れれば一緒になって乗客が揺れる。


 それに加え、だいたいは傘を持参しているわけで、制服が濡れることもある。

 朝からそんな状態になって嫌にならないわけがない。けれど、学校には行かなければならないから我慢している。


 そんな私はスマホをいじりながらバスを待っていた。


 いつもバスが到着する時間ギリギリに着いているけど、今日は遅い。もう、すでに三分遅れている。


 これに乗り遅れても遅刻するわけではないから、その心配はしていないけれど。雨が降っている中で待たされるのは少し不本意だ。


 どこにも発散できない苛立ちを感じながら身を乗り出してバスが来る方向を見てみた。


「げ……」


 いつも乗っているバスの姿を見つけ、その光景に声を漏らしてしまった。一つ前のバス停に停まっているようだ。

 はっきりとは見えないけど、結構人が乗っているようにみえる。遅れていたのはそういうことか。


 でも、こればっかりは仕方ない。おそらく一本遅くしても混んでいるだろうし。

 それに、私はこのバスに乗りたい。


 ようやくバスが発進する。私はスマホをしまって、深く傘を差した。

 深く差す意味は特にない。けれど、少しだけ緊張しているのかもしれない。



 バタン、プシュ――



 目の前でバスの扉が開いた。やっぱりいつもより人が多い。私は傘を閉じて、なるべく奥へと進んでいった。


 朝だから通勤や通学している人が多い。私含め、そういう人たちの荷物は大きく、詰めようとしても詰めきれない。


 私がいたバス停には他に人がいなかったのが救いだけれど、勝負はこれから。この後、大通りに出て人が増える。ただでさえ今も隙間はあれど詰めている状態なのに、これ以上増えたらどうなるか考えたくもない。


「あの、大丈夫ですか?」

「え、あ」


 突然声をかけられてたじろいでしまう。おかげで一文字だけの返事とも呼べない返事をしてしまった。


「顔が険しかったんですけど、体調悪かったりします?」

「いや、全然そんなことないですよ!」

「それならよかったです」


 声をかけてきた高校生と思われる男の子が微笑みながらそう言ってきた。

 やばい、心臓がうるさい。


 私がこのバスに乗る理由。それはこの男の子が気になっているからだ。

 高校に入学してからこのバスを利用するようになって見かけるようになった男の子。その子はさっきみたいに優しく声をかけたり、席を譲ったりしている。


 そんな姿に私はいつの間にか惹かれていた。目で追っているわけではないけれど、バスに乗る度に姿を探してしまう。


「……あの、本当に大丈夫ですか?」


 また心配そうに顔を覗かせてきた。やめてくれ、今は心臓がもたない。緊張で胸が張り裂けそうだ。


「大丈夫です……」

「本当ですか? 顔赤いですけど……」


 振り絞って出した声はかすれていて、むしろ逆効果な気さえしてくる。ていうか誰のせいで顔が赤くなっていると思っているんだ。


 なんて思っていても、これはきっと私の一方通行。こっちが気になっているだけで、あっちの口調から察するに私に興味なんてないのだろう。


 このままだと埒があかない。ここは別の場所に移動して――


「きゃ!」

「おっと」


 気づけば大通りのバス停に着いていたらいく、どっと人が流れ込んできた。それが原因なのか、私は後ろから押されてしまったらしい。


 しかし、転ぶことはなく、どういうわけか男の子の胸で支えられていた。


「あの、このままでいいので。降りるとき教えてください」


 頭の上から聞こえてくる声。事故とは言え、これは公開処刑。心臓の音が聞こえていないか心配だ。


 意外と背大きいな。私より10cm以上は離れている。

 細いのかと思っていたけれど、がっちりしているな。男の子ってそういうものなのかな。


 って、何考えているんだろう、私。


 さらに心臓の音が大きくなっていく。早く終わってほしいような、終わってほしくないような。


 今の気持ちはバレたくない。けれど、いっそバレてしまった方が楽なんじゃないか。


 答えの出ない葛藤に悩まされているうちに心臓の音は小さくなっていた。


 はずだったのだが、まだ少し聞こえる。でも、それは私から聞こえる音じゃない。ということは……。


 いや、相手も緊張しているだけだろう。見ず知らずの女の子が寄りかかっているんだから。そうに決まっている。


 それにしても、なんだか落ち着くな。このまま寝てしまいそう。



◇◇◇



「あのー、そろそろ着きますよ?」

「……は!?」


 肩を叩かれたところで私は目を覚ました。どうやらあのまま寝てしまったらしい。自分のベッド以外ではあまり寝られないはずなのに、本当に体調が悪くなっていたのかな。


「ご、ごめんなさい!」

「いえいえ、さっきまで混んでいましたし。それに体調悪そうでしたので。あ、これ傘です」

「あ、どうも……」


 どこまでも聖人だ。これまでどれだけの徳を積んできたのだろう。私なんかのために今まで……。


 傘を受け取ってから私と男の子の間で静寂が続く。聞こえてくるのは窓に当たる雨の音と足元から響いてくるエンジンの音。


 なんだか気まずい。最も、寝ていた私が悪いんだけど。


「あ、あの」

「はい? どうかしました?」

「体調のことなんですけど、最近寝れてなくて……」

「そうなんですね。僕もバス通学が多くて寝不足気味です」

「あ、一緒なんですね」

「一本遅くしてもいいんですけど、それだとちょっと時間ギリギリになっちゃうので」


 耐え切れなくなって絞り出した話題にも乗っかってくれている。しかも笑っているし、本当にいい人なんだろうな。



 バタン、プシュ――



「あ……」


 私がいつも降りているバス停に到着した。なんだか今日はあっという間だったな。名残惜しさを感じてしまう。とはいえ降りなければいけない。


「では、私はここで」

「はい、お気をつけてー」


 私は軽く会釈をして、バスから降りようと出口に向かった。



 プシュー、バタン――



 出口が閉まり、さっきまでの時間の終わりを告げられる。初めて話せたし、バスに乗るときは同じ時間の便ってことも知れたから満足だ。


「あ、おはよー。って、なんでにやけてんの?」

「んーん。なんもないよー」

「絶対なにかあったでしょ。教えてよー」


 気づけば雨も上がり、太陽の光が雲の隙間からこぼれていた。

 明日は雨、降らないのかな。






――――――――――――――――――――――


 ○後書き


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