最終話 消える1年間の記憶
2023年12月31日。今年最後の日であり、有紗の誕生日1日前になった。街の人々は朝から大騒ぎしている。奇声を上げながら走り回る大学生や、人前なのにイチャついているカップルらしき人たちなど、街は活気に溢れている。一方俺たちは特別なことはせず、いつも通りの朝を迎えていた。
「ん…あぁ、寝落ちしたのか」
「そうだよ〜?寝顔面白かった」
「俺の寝顔見たのかよ!」
「もちろん。それよりも朝ご飯作ってよ〜」
「頼むから忘れてくれ、メシ作るから」
「ん〜善処しま〜す」
(…絶対忘れる気無いな)
そんなことを考えたが、明日には忘れてるということを思い出したら少しだけ悲しくなった。俺はその気持ちを抑えて朝メシを作る準備に取り掛かった。
俺は毎年12月31日の朝は有紗に伊達巻を食わせると決めている。食卓には白米、焼き魚、味噌汁、俺が昨日夕飯を作るときに一緒に作っておいた伊達巻が並んでいた。きっと有紗は覚えていないが、毎年12月31日の朝メシは決まってこのメニューなのだ。
「美味しそ〜だね〜伊達巻!」
「だろ?俺が作ったんだ、味は保証できるぜ」
俺は基本料理に自信があるわけでは無いのだが、伊達巻だけは誰よりも美味く作れると思っている。何年間もずっと作っているのだ、そこらへんの店で売っているものに負けないレベルのものが作れているだろう。
「相当自信があるようだね〜どれ、この私が忖度なしの辛口評価をしてあげよう!」
「望むところだ」
そう言い有紗は伊達巻を1つ口に運び、一言。
「最高」
「ご馳走様でした。美味しかったよ」
「お粗末様でした。だろうな、伊達巻だけなら誰にも負けねぇよ」
あれから有紗はすぐに伊達巻を平らげてしまった。…実は毎年このやり取りをしているのだが、有紗は覚えていないのだろう。
「んで、今日何するよ」
「ん〜最後の日って言ってもね〜…家でゴロゴロしたいな〜」
「おけ」
「やったぁお家デートだ〜」
「黙れ」
このやり取りも、何度したことだろう。しかし、なんで記憶が消えているのに毎年同じことをしているのだろう。俺はそんな疑問を抱きながらゴロゴロするのだった。
あのままゴロゴロし続け、昼メシを食い終わったときに有紗は口を開いた。
「ね〜ね〜ゲームしない?」
「はぁ…いいけど何やりたいんだ?」
「えっとね〜コレ!」
有紗の手には家庭用ゲーム機が握られていた。
「久しぶりにレースしようよ!負ける気がしない!」
「お、良いな。俺も負ける気がしないぜ」
そんな会話をしながら有紗はゲームを起動し、俺にコントローラーを渡してきた。
「じゃあ私このカートにするね」
有紗が選んだのはスピード勝負では最強と言われているセッティングだった。
「ちゃんとコーナリングのことも考えてんのか?」
対して俺はコーナリングがしやすいセッティングにした。
「いいかい?このゲームは結局スピードが物を言うんだよ?そんなコーナリング特化のセッティングにしても圧倒的なスピードには負けるんだよ!」
「全く…このゲームは確かにスピードも大事だが、コーナリングのミスを減らすことも大事だぜ?」
「へぇ〜コーナリングしすぎてスピード殺さないでね?張り合いがなくなっちゃうから」
「お?やってやんよ」
こうして2人の戦いは幕を開けた。
「は〜い私の勝ち〜!ねぇねぇどんな気持ち?コーナリング大事とか言って負けるってどんな気持ち?」
「うぜぇ」
結局俺の49連敗。どの勝負もコーナリングは完璧だったが、ストレート勝負でボロ負けという展開だった。
「でもなんで…コーナリングは完璧だったのに…」
「いくらコーナリングが出来ても、スピードがないと話にならないよ」
「うぅ…ぐや"じい"」
「乙!」
「くそ…煽んのやめろよ…」
「てかそれよりもお腹減った〜!なんかスイーツない〜?」
そんなことを言われ、ふと時計を見ると午後の3時だった。
「うぅ…知らねぇよ。冷蔵庫見てこい」
「え〜面倒くさい〜」
「じゃあスイーツなしだけど」
「うっ…自分で行きますよ」
そう言いと有紗は冷蔵庫まで歩いていった。その後ろ姿を見て、
(…今年はあいつの記憶が消えるまで、傍にいてやるか)
そんなことを決めた。しばらく待っていると有紗が俺の元まで歩いてきた。手にはプリンとスプーンが2つずつ握られている。
「全く〜冷蔵庫にプリンを用意しておくなんて流石だね〜感心するよ〜」
「感謝しろよ〜」
「あ〜うんありがと〜愛してる〜」
「絶対思ってないよな?」
「いやそんなことないよ?それよりも早く食べよう!お腹空いた!」
そう言うと有紗は俺にプリンとスプーンを渡してきた。
「そうだな食うか」
「「いただきます」」
俺はプリンの蓋を剥がし、スプーンを突き刺そうとしたが、向かいから伸びた手がそれを許さなかった。
「待って」
「なんだよ」
「今日で私の記憶って消えるじゃん?」
「…まぁそうだな?」
「つまり今私がキスとか恥ずかしいしても私はどうせ忘れるから、ダメージ少ないじゃん?」
「…そうなんじゃないか?」
「だからさ、やってみたいことがあるんだよね」
「…はい?」
そう言い有紗は俺にもう一つのスプーンを渡した。
「あ〜ん。やってよ」
「何を言ってらっしゃるの!?」
「いや私今日で記憶無くなるからさ。やりたい事やっておこうと思って」
「なんでそういう思考になるか分らんが、俺はやらんぞ」
「え〜ケチ〜」
「何とでも言え」
「や〜い伊達巻しか取り柄のない癖にゲームで調子乗ってボロ負けしちゃった将来性のないクソヘタレ」
「え俺将来性ないの?」
「…多分あるんじゃない?」
「多分ってなんだよ。頼むからはっきりしてくれ」
「てかそんなことどうでも良いんだよ。早くあ〜んして!」
「そんなことって…てか何であ〜んしないといけないんだ…」
「あれ?もしかして恥ずかしいの?あ〜んするの恥ずかしい?ねぇねぇねぇねぇ」
「あ"ーもううるせぇ!やれば良いんだろやれば!!」
そう言い俺は自分の持っていたスプーンで有紗にあ〜んをしてしまった。体温が上がっているのがわかる。有紗の方は本当にされるとは思っていなかったのか、顔は林檎のように赤く染まり目を泳がせモジモジしていた。
「…これで満足か?」
「う、うん…あ〜ん上手だと思うよ…まさか本当にやるとは思わなかったけど…」
「あ〜ん上手ってなんだよ。てか俺よりお前の方が恥ずかしがってないか?」
「そ、そそ、そんなことはないよ?うん。クソヘタレの君より恥ずかしがるとか?そんなこと絶対ないから」
「あ〜んしたからクソヘタレではないだろ。てかさっさと食えよ」
そう言い俺はあ〜んしたスプーンでプリンを…食べてしまった。自分がどれだけ恥ずかしい行いをしたのか、それを自分の脳で理解するのにそう時間はかからなかった。
「〜〜ッ!このバカ!変態!将来性のないクソヘタレ!!!」
その言葉を聞いた直後、俺の頭に衝撃が走り、俺は気を失うのだった…
私はさっきあ〜んをされた。最初はただ煽るつもりで言っただけなのだが、本当にされるとは思わなかった。きっと今の私の顔は真っ赤だろう。
つい頭を殴ってしまったが大丈夫だろうか。私は彼を見た。彼は頭に小さなたんこぶができており、気絶していた。
「こいつ…座ったまま気絶してやがる…!…いや普通か?」
つい口に出てしまった。私は座ったまま気絶している彼の顔を覗き込み、つい笑ってしまった。特に笑える要素など無いのだが。本日二度目の寝顔を見て、最終日に良いものが見れたと少し嬉しくなった。
しばらく寝顔を眺めていると、案の定飽きてきた。よく考えると寝顔を見て嬉しくなるのもおかしいとも思ってしまった。つまらなくなった私は彼の頭をベシベシと叩いて彼を起こした。
「痛い痛い痛い痛い!やめろそこたんこぶあるから!ちょ、待てマジでやめろ。もう起きるから!もう起きてるから!」
俺は気絶していたところを有紗に叩き起こされた。有紗はそれなりに力を入れて叩いているので頭が痛い。しかもたんこぶのところを叩いている。
「あ、起きたんだ。おはよう」
「おはよう。じゃねぇよ!また気絶するとこだったぞお前!」
「いや〜寝顔面白かったよ〜本当に面白かった」
「おい無視すんな?てか俺の寝顔また見たのか?お?」
「見たって言ってるじゃん。大丈夫日本語力下った?」
「確認しただけだっつーの。てか今何時だよ?」
「私のお腹が大合奏を始めてるから大体お夕飯の30分から1時間前くらいだね」
「つまり腹時計だな最初からそう言え」
そんなことを言い合いながら俺は夕飯の準備に取り掛かった。
「うん美味しかった!」
「なら良かった」
夕飯を食べ終えた俺らは、夜景を見に行くことにした。有紗曰く、近くに良いスポットがあるらしい。
「外寒いから結構厚着したほうが良いぞ」
「わかってるよ〜」
有紗は分厚いコートを羽織り答えた。俺はコートにカイロで完璧な寒さ対策をした。
「よし、じゃあ行くか。案内頼む」
「ん〜おけ」
俺らは家を出た。家から出ると突き刺すような寒さが俺らを襲った。しかも少し風があるのが厄介だ。「じゃ、着いてきて」
「うす」
俺は有紗の数歩後ろを歩いている。
「いや〜今年も終わっちゃうね〜」
「だな…お前は今年、どんな一年だったよ」
「ん〜まぁそれなりに楽しかったよ。良い一年だったよ。そっちは?」
「こっちも良い一年だったぜ。夏は暑かったけど」
「あぁ…暑かったね今年…」
2023年の夏は暑かった。危険な暑さだとか、過去最高レベルとか言われてた。俺らも今年の夏は辛い思いをした。
「キツかったな…」
「あと文化庁が京都に移転したり」
「え、それ今年だったっけ?」
「そうだよ!忘れたの?」
「いや〜去年のとこだと思ってたわ。でも仕方ないな、今年色々あったし」
「そうだね〜本当に色々あった。忙しかったし、楽しかった」
「忙しかったな〜時の流れが早く感じる」
今年1年を振り返っていると目の前に古ぼけた階段が現れた。その階段は長く続いており、先が見えなかった。
「何この階段長すぎだろ」
「登るよ」
「え登るの?」
「この先が良いスポットなんだよ」
「…つら」
俺らはその階段を登っていった。
15分くらい経っただろうか。俺らは階段を登りきった。
「長すぎないか?この階段」
「それはちょっと思った」
「んで、そのスポットってどこにあんだよ?」
「ん。後2分くらいで着くと思うよ」
俺は有紗の後ろを着いて歩くと、開けた場所に出た。
「2分もかからなかったな」
「だね。思ったより短かった。それより空見てみなよ」
「おぉ〜これはすげぇな」
上を見上げるとたくさんの星が輝いていた。
「見てよオリオン座!」
「おうし座も、やぎ座もキレイに見えるな」
「キレイだね〜月が」
「なんだよ洒落てんな。告白か?」
「そうだと言ったら?」
「俺は拒まないな」
そう言い俺らは笑いあった。
しばらく星空を眺めていると年が変わる10分前くらいになっていた。
「おいおいスマホ見てみろ。もう今年残り10分になったぜ」
「え!?待って言い残したこと一気に言っちゃっていい?」
「あ〜ちょっと待ってろ。録音すっから」
「いや、録音は大丈夫。それ聞いた来年の私が恥ずかしさで死ぬかもしれないから」
「おけやめとくわ」
有紗は俺に一歩近づいた。
「去年がどうだったとか、私はよくわからないけど、最高の1年だったよ。やり残したことは無いと言えば嘘になるけど、最高に楽しかった。君にたくさん奢らせたり、ご飯用意してもらったり。たくさんお世話になった。それでね、最後に絶対言っておきたかったことがあるの」
「ん?なんだよ」
そう言うと有紗は俺に近づいて、耳元で言った。
「------」
「えっ」
俺はその言葉を聞き、驚いた。そして、動揺しながら俺は
「俺もだ」
と返した。
2024年1月1日0時0分。この世から、去年の有紗の記憶が消えた。
「あれ?ここは…?」
「ん。記憶消えたか」
「え、あぁ消えたよ。てかここどこ?なんでこんな寒いとこにいるの?」
「まぁまぁ。ハッピーニューイヤー」
「あ、そうだね。ハッピーニューイヤー!去年のことなんも覚えてないけど、今年もよろしく!」
こうして、俺達の2024年が始まるのだった。
残り3日の今年とお前 さすふぉー @trombone1123
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