第二話 残り2日の記憶

 2023年12月30日。私、西條有紗さいじょうありさは朝の暖かい日差しで目を覚ます。

「ん…あぁ寝ちゃったのか」

周りを見渡し、ベッドの上で大好きな人幼馴染が寝ているのを確認した。

そして、今日は一瞬に映画を見に行こう。と、まだ覚醒していない頭で決めた。

「確かノート書いてたんだっけ…」

眠い目を擦りながら昨日自分が寝落ちする前まで書いていたノートを見る。見ると途中から字が汚くなっており、自分でも読めない文字がいくつかあった。

「はぁ…書き直し面倒くさいな〜」

そう言いつつも私はその文字を消し、キレイに書き直した。

書き直す作業を終わらせてボーッとしているとベッドからゾンビのようなうめき声が聞こえてきた。

「ゔぁ…眠ぃ…」

私はその声を聞き、大声で

「おはよう!今日もいい朝だね!」

と返してやった。


「朝から大声出すな。耳が痛くなる」

「へへ〜ごめ〜ん☆」

「反省してないな?」

「いや?めっちゃ反省してるよ?」

「…そういうことにしといてやる」

「ありがと〜」

俺は朝から有紗に大声で起こされ、二度寝をする気も起きなかったので2人分の朝メシを作った。

それからしばらく家でゴロゴロしていたが、このままでは良くないと思い

「今日お前予定ある?」

と聞いてみた。

「ん〜無いね」

「そうか。じゃあちょっと映画見に行かないか?お前が見たいって言ってたやつ」

「気が合うようだね。実は私も今日一緒に行こうと思ってたんだよ」

「よし。じゃあ昼メシ食ってから行こうぜ」

「おっけ〜」


昼メシを食べ終えた俺たちは昨日と同じ準備をして家を出た。有紗はいつも通り美味そうに食っていた。

「じゃ、行こう。映画楽しみにしてたんだよね〜」

俺たちは街に向けて歩を進めた。


この街にはそれなりに大きい映画館がある。昼夜問わず営業しているのでその映画館は常に人が大勢いるのだ。しかも今は年末。特に人が集まる時期なので映画館は人でごった返していた。

「いや〜しかしやっぱ人多いな〜。おい、はぐれないように手、繋ごうぜ…」

いくら幼馴染だからといって、有紗は異性であるためやはり意識してしまう。俺はなるべく恥ずかしいという感情を出さないように、いつもよりクールに言い、左手を有紗に差し出した。

「ん…」

と言い、有紗は俺の手を掴んだ。なんか有紗の顔がいつもより赤くなってる気がするが…気のせいだろう。

「確かお前が見たいって言ってたのってあれだよな?」

俺は映画館のポスターを指さして言った。

「うん。早くチケット買っちゃお」

「だな」

この映画館はチケット券売機でチケットを買うらしい。俺たちが券売機の列に並んでいると、映画館のスタッフらしき男に話しかけられた。

「すいません。違っていたら申し訳ないのですが、もしかしてお二人…カップルでございますか?」

「え?」「は?」

何を言っているんだこのスタッフは。

「カップルでしたら通常の券売機に並んでいただいてもカップル割が使えないんです。カップル割を使われるのでしたら、あちらの窓口でチケットを買っていただくことになるんですよね」

「え?カップル割やってるんですか?」

有紗が少しだけ、ほんの少しだけ目を輝かせながら聞いた。

「はい」

「あ、そうなんですか。でも俺らカップルじゃ…」「ありがとうございます!よし、行こ?」

「え?なぜ?」

「カップル割使うためだよ?」

俺は一瞬脳が停止した。こいつは何を言っているのだ。

「ん?どうしたの?行こ?」

「あ、あぁそうだな?行くか」

(ん?俺たち付き合ってないよな?)

俺は心のなかでそんなことを呟きながら、なぜか嬉しそうな有紗に手を引かれて窓口まで歩いた。


窓口に着き、カップル割でチケットを買いたいと言うとスタッフの女はニヤニヤしながら応えた。

「なるほど。では、カップルである証明としてキスを…いや、やっぱりハグをしてください」

「は?」

「やろう」

「何を言ってらっしゃるの?」

「ちょっとジッとしててね」

「え待って本気?」

そう言い終わる前に有紗は俺に向かって飛びついてきた。

「!?」

(ヤバい良い匂いッ…!)

俺は普段から嗅いでいるはずの甘い匂いのはずなのに頭がぐらついてしまった。心拍数が上がるのがわかる。しかも耳に有紗の息がかかってくすぐったい。

「…これでいいですか?」

しばらくして、有紗がハグを止めてスタッフに言った。

「はい!ありがとうございます!良いものを見れました。今日も頑張れそうです!」

「ん?何を言ってるんです?」

「あぁ、お気になさらず〜」

「???」

そんなやり取りをして俺たちは無事チケットを買うことが出来た。あのスタッフの言葉の意味はわからない。…有紗のハグ、なんか良かったな。いい匂いだった。


「てかポップコーンとか買わなくて良かったのか?」

「あ〜私映画見るときに飲み食いしない人なんだよね〜」

「へ〜そういや俺この映画がどういうのか全く知らないんだよね」

「え?ラブコメだけど?」

俺は『ラブコメ』という単語を聞き、思わず顔をしかめてしまった。

「そ、そうなのか。ハハハ〜楽しみだな〜」

「ん?どうしたの?何かあった?」

「い、いや〜?何もないけど〜?」

嘘である。有紗には言ってなかったが実は、俺はラブコメが得意じゃないのだ。小学生のときにラブコメ映画は見たことがあるのだが、見たのはラブコメというよりドロドロの昼ドラのような、当時の俺には重すぎる内容の映画だった。それからラブコメ=ドロドロというなんとも歪んだイメージを抱くようになったのだ。

(うん。ちゃんと調べておけばよかった)

そしてついにラブコメ映画ドロドロした時間が始まってしまった。


「あ〜面白かった!あれはあたりだね〜!」

「もう絶対にラブコメなんて見ない」

俺たちは映画が終わり、CDショップに来ていた。最近はわざわざCDを買う人が減ったのか、ショップの数も心無しか少なく感じる。だか、俺たちはまだまだCDを買っている。なんとなく、CDからしか得られない栄養があるのだ。ちなみに、さっき俺たちが見た映画はドロドロしたものだったため俺のラブコメ嫌いを進行させてしまった。だが、多分有紗に俺がラブコメ嫌いだということはバレてないだろう。根拠は無いが。

「じゃあ後で合流しよ!私こっち行ってるから!」

そう言い、有紗はアイドル系のコーナーへ行った。(アイドル系…今ってどんなアイドルいるんだろうな…)

俺はそんなことを考えながらバンド系のコーナーへ向った。向かっている途中で、一目でラブソングだとわかるジャケットが目に入り、俺はさっき見た映画のことを思い出してしまった。

(しばらくラブソングとか聴かないようにしよ)

そんなことを考えているとバンド系のコーナーに着いた。俺はそこで好きなバンドのCDの値段を見て青ざめたり、知らないバンドの曲を店員さんに頼んで試しに聞かせてもらったり。とにかく楽しんだ。

俺は試しに聞いた中から、全く知らないバンドのCDを帰りに買った。合流した有紗も好きなアイドルのCDと、知らないバンドのCDを買って嬉しそうにしていた。


夕飯を食い、風呂から上がった俺たちはこたつで暖まっていた。

「あ〜やっぱこたつサイコ〜」

「ね〜」

「そういやお前今日何のCD買ったんだよ?」

「ん〜?あ〜私はねぇ〜コレ買ったよ〜」

そう言い、有紗は1つのシングルを渡してくる。

「え〜っと?『NEXT』…誰の曲だ?」

「え〜?知らない。誰のとか気にしてなかった」

「ん?『グルーヴ』ってバンドらしいな。知ってるか?」

「アハハ〜全くわかんない」

「へ〜聴いてみていいか?」

「いいよ〜」

俺は家のCDプレイヤーにCDをセットし、再生ボタンを押した。すると、スピーカーからギターの攻撃的な音をベースとドラムの音が支えるように流れてきた。短いイントロが終わり、ボーカルの悲壮感漂う歌が入ってくると、3つの楽器がボーカルを支えるように主張を抑えた。そしてAメロ、Bメロ、サビを繰り返し、圧倒的な存在感を放つギターソロを終えると、ボーカルの静かな声でCメロ、ラスサビと流れて曲が終わった。

「おぉ…この曲良いな」

「でしょ〜!聞いたときにこれだっ!ってなって買っちゃったんだよね〜」

「ギソロめっちやかっこいいな〜」

「ね〜最高のバンドだよ〜」

その後俺たちは好きなバンド、アーティストについて語り合った。しかし、途中で俺は限界が来てしまい、意識を手放してしまった。


「ん。寝ちゃったか〜ホントはもっと語り合いたかったんだけどな〜」

そう言い、私は今日を振り返ってみる。

「あれ今日もしかして映画館とCDショップしか行ってない…?」

「どうしよ明日で今年の記憶消えちゃうのに。勿体無いことしたな〜」

そんなことを言いながら、私はノートに今日のことを書き足す。

(カップルと間違われたの。嬉しかったな…ちょっと強引だったけどアプローチになったかな?)

私は、今同じこたつで寝ている幼馴染が大好きだ。友達としても、異性としても。しかし私は毎年1月1日で記憶が消えてしまう。だから、もし仮にが付き合ったとしても、1月1日でそのことも忘れてしまうのだ。ノートに恋人との1年間を全て書き留めるのは、私でも難しいだろう。それに、相手のことが記憶から消えたら、その人を傷つけることになる。だから、私は誰とも付き合わない。できることなら、私の大好きな幼馴染と一緒に前の年の思い出を語り合ったり、年を跨いだ旅行をしたり。やってみたいとこはたくさんある。

そんなことを考えていると私の目からは涙が溢れた。その涙は一向に止まる気配がない。だが、私はそれを拭こうとも、止めようともしなかった。

私はたくさん泣き、やがて深い眠りに落ちた。

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