サンタとサンタが恋をした

空宮海苔

第1話

 俺は今、サンタの格好をしている。そして、公園の端のベンチで一人座っていた。

 はぁ、いやマジで、こんなとこで何してるんだろ。


 目の前で輝く公園のイルミネーションが、ちっぽけな俺を覆うようにキラキラと輝き、この街を彩っていた。

 モミの木を模したイルミネーションのせいで、今日がクリスマスイブであることをよりいっそう強く認識させられた。


 黒い空からは、ちらちらと白い粒が落ちてきていた。

 舞い落ちるその白い粒は地面へと落ちていき、降っては消え、降っては消えを繰り返す。ロードヒーティングで温まったアスファルトの地面の上に溶けていった。まるで恋のように儚い、雪の結晶だ。


 それから、ひゅうという夜の冷風に誘われて、チョコのような甘い匂いがした気がする。


 今日はクリスマスイブ。恋人たちの心躍る聖なる夜だ。まあ、本来なら本番は明日なんだけど。なぜかイブの方が盛り上がる、不思議だ。


 なぜこんな状況に陥っているかと言えば、友人に『サンタの格好をして、ちょっくら俺の好きな人に手紙とプレゼントを渡してくれ』と言われたからである。もちろん、いきなり訪問するわけではなく、それなりのおぜん立てはしていた。

 だが、それでもとんでもないお願いだ。


 俺の渡した手紙には『この公園に来てくれ』というメッセージが書かれていたらしく、俺が羞恥心に耐えながら手紙を渡した後、告白まで行われたらしい。

 絶対失敗するだろう、その後アイツを茶化すんだ、と思って俺が陰から生暖かい目で見守る中、告白は行われた。


 しかし、当の彼は――見事に成功してしまった。


 なんというか、アレで成功するとは思わなかった。演出がモロすぎるだろう。

 でも、お相手はそういうのが好みなタイプだったらしい。運がよかった・・・・・・みたいだ。


 しかしまあ、クリスマスイルミネーションを背景にした告白が、絵になっていると思ってしまったのはどこか悔しい。


 それから、しばらく経った現在。

 クリスマスイブの輝かしい夜の中、手を組んだ恋人たちが歩いていた。

 中には、俺の友人も居た。


 羨ましいなぁ、そう言おうとするが、何か違和感があるような気がして、閉口する。別に俺は、友人のようになりたいわけではないと思ったから。

 言葉の代わりに、胸の中に溜まったもやもやが、息と一緒に漏れ出た。


「……はぁー」

「……はぁー」


 ふと、横からそんな声が聞こえた。

 俺が隣を見ると、そこにはミニスカサンタが居た。いやいや、違う。


 そう、サンタコスをした女性が居た。


「あ、どうも……」


 思わず変な挨拶をしてしまう。


「ど、どうも」


 相手もどもったような返事をしていた。


「なんか……クリスマスイブですねぇ」


 意味のあるような、ないような。そんな言葉が漏れる。

 話題が見当たらないくせに、頭も回らなかったせいだろう。


「皆さん、楽しそうですね……なのに私達、何してるんでしょうか」

「サンタのコスプレ……ですかね」


 俺は苦笑した。


「ああ、そうでしたね……」


 自嘲じちょうするような悲しい笑いがが返ってくる。


 お互いのことを全く知らないのに不思議な一体感が生まれているような気がした。

 まあそりゃそうか、どっちもくたびれた似非えせサンタなわけだし。


「ところでそちらは、どうしてサンタの格好なんか?」


 聞いてから、俺はしまったか、と思った。

 初対面で、そこまで踏み込むべきではないような気がした。


 しかし、彼女は顔色一つ変えずにこう答えてくれた。


「そうですね……バイトで、やらせられまして。最初はそつなくこなしてたんですが、お客さんからのセクハラが酷くて、それでちょっとやり返したらクビになっちゃいまして。それからは、もう全部どうでもよくなって……」


 ふふふ、と暗い笑いが漏れていた。


「あはは……大変ですね。他人にサンタの格好させられるなんて、本当に……」


 不思議な一体感が生まれていた。おそらくこれは似非サンタ同盟とでも言うべきだろうな。ふふふ。


「そちらは?」

「俺はですね……友人から、好きな人にサンタコスして手紙渡してくれって言われまして。冗談だろって思ったんですが……どうしてもと言うので引き受けまして。そしたらその後告白するとか言ってたんですけど、それが成功して――ほら、あそこ、あのカップルですよ」


 俺は公園の中央できゃっきゃと楽しそうに話している二人の男女を指差した。


「え? ああ……随分凄い過程でカップルになる人も居るんですねぇ、ははは」


 乾いた笑いが漏れていた。


「人前でサンタコスとかキッツイんですよ。でも、失敗すると思ったから引き受けたんです。玉砕した後、茶化せるからいいかと思ってたので。だけど、それが成功して、気がついたら俺は蚊帳かやの外で……」

「あぁ、なんか分かります。キツイですよね……自分だけ、外界から切り離されてるみたいな……」


 どうやら、分かってくれるらしい。やはりここの二人は似非サンタ同盟と言うべきだろう。


「別に、恋人が羨ましいとかじゃなくて……幸せになってほしいんですけど……なんかこう、友人たちが遠い存在になってしまうような気がするんですよね」


 それは、自分の感情を言語化するときに出た、会話になりきれない思考の絞りかすのような言葉だった。


「うーん、私は正直かなり羨ましいですけど……でもなんていうか、私達も混ぜてくれって感じになるんですよね、分かります……」

「はい、そうですよね。それですよ……寂しいんですよ、うん」


 ようやく、この気持ちを正確に表す言葉が見つかった。嫉妬でも羨望でもなくて、ただの寂寥じゃくりょう


「そんな誰でもいいから恋人がほしいとか、イチャイチャしたいわけじゃなくてね……」

「ですよね。仲良くなれて、分かり合える人と恋愛っぽいことがしたいだけなんですよ……」

「あ、分かります。なんかそれっぽいことはしてみたい気持ちはありますよね……」


 あれ、なんかおかしいな、と俺は思った。

 話が合いすぎて怖いのだ。


 しかも、今日ってクリスマスイブだし。一応男女だし。お互いにサンタコスをしているという異常事態ではあるが。


 だから、これはなんかそういうヤツなのでは、という考えがよぎったのだ。そして、それは俺だけじゃなかったのかもしれない。


「「あの」」


 俺と、彼女の声が重なった。


「すいません、先にどうぞ」

「あ、はい」


 彼女が軽く謝罪して、俺は間抜けな返事を返す。


「それでですね――連絡先、交換しませんか?」


 勇気を出して、提案した。

 ちょっと早いような気がしないでもないが、そもそもサンタコスをしながら愚痴り合っている時点でもう手遅れに思えてきたので、どうでもよかった。


「あ、ちょうど私も思ってました。いいですね」


 俺がスマホを取り出すと、彼女も同じくスマホを取り出した。

 ケースまで一緒――なんてことは流石になく、彼女は女性らしくかわいらしいふかふかそうなケースをつけていた。

 一方、俺は質素なものだ。


 画面を開いて、QRコードで登録。つつがなく終わった。


笠本かさもと 雪谷ゆきやさんていうんですね……ホワイトクリスマスが似合う名前ですね」


 俺の名前を見て、彼女はそんなことを言った。


 俺もスマホを見てみると、彼女の名前が映っていた。『猫谷ねこたに 優香ゆうか』という名前のようだ。


 それから、俺は地面に視線を落とした。


「まあ、だからといってホワイトクリスマスに特別いいことが起こるわけじゃないんですが、ははは……」

「へへへ、そうですね……」


 それから、二人して気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 俯いた俺の目に映った通行人の顔が、凄いことになっていた。


 少しだけ羞恥心が沸いたが、大丈夫。今は仲間が居るのだから。

 赤信号だって、みんなで渡れば怖くないのだ。


「あっ そうだ、似非サンタ同盟作りましょう。似非サンタ同盟」


 そして、俺は思いつきでそんなことを言った。


「なんですか、それ」


 ふふ、と笑いながら彼女は返す。


「クリスマスの愚痴をこぼすグループ作るんですよ」

「あ、いいですねそれ、作りましょう」


 彼女が乗り気なのを見て、俄然がぜんやる気がでてきた。ぱっぱとグループを作って、招待する。

 すると、すぐに彼女が入ってきた。


 それからしばらくして『クリスマスだからってサンタの格好させんな』というメッセージが送られてきた。

 彼女の顔を見ると、楽しそうな顔で笑っていた。それに対して、俺も思わず笑みを浮かべる。


 それから、俺もメッセージを送った。

 『クリスマスをかさにきて、他人にサンタの格好をさせるな!!!』と。


「サンタの格好は悪しき文化ですね……」

「そのとおりです」


 ふふふ、と彼女は笑った。


 ひゅう、と冷たい風が吹くと、両者の間に沈黙が走った。

 そのせいで、街行く人の談笑と雑踏がよく聞こえた。


「寒いですね……」

「そうですね……」


 俺の言葉に、彼女が短く同意した。

 いかんせん、コスプレをしているせいで普段の格好よりも一段と寒い。そろそろ、帰りたくなってきた。


「このままだと風邪引きますし、帰りますか?」

「ですね、こんなとこ居てもしょうがないですし」


 俺が提案すると、彼女は立ち上がった。

 俺たちは、ようやく立ち上がる元気が出てきたらしい。


「それじゃあ、お疲れ様でした」

「あ、お疲れ様です」


 彼女が手を振って去っていくのを、俺も手を振り返して見届けた。

 一緒に帰らないのか、と考えた後に『いやいや、いきなりそこまでいくわけ無いだろ』と自分のバカな考えを否定した。


「……帰るかぁ」


 さっきよりはちょっとだけ、気が晴れたように感じた。


 ◇


 翌日、朝。

 寒いベッドの中、俺はもぞもぞと動いていた。


「うあー……」


 スマホのアラームを止める。

 暖かい布団の魔力に逆らえず、ベッドに潜ったまま俺はスマホの画面を開く。


 二件、メッセージアプリからの通知が入っていた。一件はグループ、一件は個人チャットだった。


『クリスマスイブだからって、いちいち恋人がはしゃぐな!! キリスト様の誕生日だぞ!!!!』


 こっちは昨日のグループのヤツ。これはただの愚痴だ。

 でも、俺はもう一つのメッセージを見て思考が止まった。


『二十五日の晩ごはん、予定ありますか?』


 一旦、落ち着いて考えよう。

 そうだ、まずはグループの方に返信しよう、そうしよう。


 俺は指を動かし、返信する。


『人様の誕生日なんだから!!! そっちを祝え!!』


 うん、これでいいだろ。


 それで、大事なのは個人チャットの方だ。


 大抵、みんなが盛り上がるのはクリスマスイブだ。とはいえ、今日だってれっきとしたクリスマスだ。


 そこで、晩御飯のお誘い。これはなんというか、脈があるというヤツなのではないだろうか。いや、もしかしたら、ただの勘違いかもしれないが。

 とはいえ、俺自身あの一瞬だけでも相当話が合ってしまって楽しかったのも事実なわけで――

 ぐるぐると思考が回る。しかし、考えても答えは出ない。いかんせん、こういう経験がなさすぎるもので困る。


 いや、待て、でも我々はサンタの格好で愚痴り合った中だし、今更こんなこと気にするほどでもない気がしてきたぞ。


 そう思った途端、俺の心が一気にぱっと晴れたような気がする。その晴れ具合と言ったら、もうド快晴だぞ。

 なぜなら、我々は似非サンタ同盟なのだから。


 俺はすぐに返信することにした。


『予定ないです。むしろ開けます』


 サンタコスから始まる恋も、あるらしい。


 ~あとがき~


 最後までお読みいただきありがとうございました!

 クリスマスイブには間に合わなかったクリスマス用の小説ですが、お楽しみいただけましたら幸いです。


 おもしれぇもん書くじゃねぇか、と思っていただけたなら、レビューから青い星をポチポチッと三回押していただけますと非常に嬉しいです!

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 普段はファンタジーを主としながら、他にも色々なジャンルの作品を書いております。ご興味沸きましたら、作者ページの方から読んでいただけますととても嬉しいです!

 それでは、改めまして最後までお読みいただきありがとうございました!

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