サンタからの手紙
わちお
あの日の約束
"ハルくん
パンをありがとう、おいしかったぞ。
さて、ハルくんがたのんでいた本のことなんだが、すまないがことしはよういすることができなかった。
かわりというわけではないが、これをプレゼントしようとおもう。
きっときにいるとおもってえらんだものだ。
たいせつにするんだぞ。
ハルくんはほんとうにやさしい心をもっているんだね。
そのやさしさをずっとわすれずにもっておくんだ、わたしとのやくそくだぞ。"
部屋を掃除していると幼少期の頃の思い出が埃をかぶって部屋の隅から顔を出した。
サンタさんからの手紙。幼き日の私が、枕元にこの手紙が置いてあるのを見てどれほどわくわくしたことか。
今日はかつてこの手紙をもらった、ちょうどその日だった。その日のことが自然と頭の中のスクリーンに映し出される。
どうしても欲しい本があった。歳の離れた兄と2人で街を歩いていると、本屋の店先でその本を見つけた。その頃は値段なんてものは全く気にかけていない歳だったから、この本を兄にねだった。
兄はその本と、値段を見て少し苦い顔をしてから
「また今度な」
とだけ言って、再び歩き出した。
両親は物心ついた時からいなかった。兄に親のことを聞いても
「遠いところにいるんだよ」
としか言わなかった。
それ故に生活はずっと兄と2人。
当然裕福ではなかったが幸せだった。
貧乏だったけれど兄がいてくれればいつだって温かかった。
そして、その日はわくわくして眠れるかどうか心配だった。兄から、サンタさんは眠っている子のところにしか来ないと言われたので、余計に不安になっていたのを覚えている。
「ねぇ、戦争中でもサンタさんは来るよね?」
そう聞くと兄は幼い僕の頭を撫でながら
「もちろん、サンタさんは何があってもお前のところにプレゼントを届けに行くよ」
と落ち着いた声で兄は言う。
「さあ、もう寝ようか。電気を消そう。見回りの兵隊さんに迷惑がかかっちゃうから」
「うん!」
部屋の電気を消すタイミングで、夢から覚めるように誰もいない部屋に戻った。
兄のことは思い出さないようにと、毎日そう考えて眠りにつく日々、来る日も来る日も、自分の前を歩く大きな背中の兄は、私の心にぽっかりと穴を開けたまま帰ってこない。
この手紙が枕元に置かれたその次の日から、兄はいなくなった。代わりに家のドアが開いて、見たことのない男の人が入ってきたのを覚えている。
その男の人は私に、お兄さんは戦争に行ったのだと、そう伝えた。きっと帰ってくるとも言われた。
しかし、どちらも小さかった私にはよくわからなかった。兄がいなくなるということも、1人になるということの怖さも。
今思えば分かることを避けていたのかもしれない。それほどに幼い少年にとっては厳しい現実だった。
その次の年からサンタが来なくなったことによって私は投げ出されるかのように強引に、ひとつ大人になった。
そうして私は今でもサンタを待っている。来ないとわかっていても、1人で、この家で。
ゴーン、ゴーンと鐘が鳴り、気づけば空は暗くなって、あの日の夜と同じように、雪が見える世界を白く、幻想的に覆った。
窓を開けるとびっくりするほど冷たい空気が部屋になだれ込んできて、髪をふわっと持ち上げ、顔に突き刺さった。
慌てて窓を閉めると、ドアの向こうで、コンコンとノックする音が聞こえた。
ドアを開けると帽子を被った男が紙包を届けてくれた。
「ハルさんのお宅で間違いないですか?」
と聞かれたので、はいと返事をしてサインをした。
「寒い中、ご苦労様です」
と男に言った。ありがとうございますと返事をする男の顔は帽子でよく見えなかったが、どこか声が震えているようだった。
その場で包みを開けると、中には一通の手紙と本が入っていた。手紙を開けて、宛名を確認した瞬間、私の頭は真っ白になった。
名前のところには、"お前のサンタさんより"
と書いてあった。
得体の知れない何かにおもいきり殴られたかのような感覚に混乱する。
しばらく手紙を見つめ、何度も読み直して、私はようやく理解した。そうして今まで我慢していたものが堰を切ったように溢れた。
宛先には"未来のハルへ"と書いてあった。
"ハルへ
お前を1人にさせて本当にすまない。
許してくれだなんて言うつもりはない。
けれど、今年はハルの欲しかったものをあげようと思う。
言っただろう、サンタは何があってもお前にプレゼントを届けに行くんだってね。
あの日の約束を覚えているかい?
わたしはハルにいつまでもやさしい気持ちを忘れるなと言った。
ちゃんとやさしい気持ちは持っているかい?
その気持ちはかならず、ハルのためになるからね。
最後に、サンタからのお願いだ。
すまないが、これがサンタの最後の手紙だ。だから、今度はハルにプレゼントを頼みたい。
どうか、幸せになってくれ。
そして、ハルの幸せそうな笑顔を、わたしに届けて欲しい。
それがわたしにとっての最高のプレゼントだから。
笑って生きてくれ。
ずっと愛しているよ"
「なんで...」
流しても流しても止まらない涙は、丁寧に書かれた手紙の文字の上にひとつ、またひとつと、少しずつ滲んで斑点模様を彩っていった。
どこにも行かないで欲しかった、ずっとそばにいて欲しかった。そんな思いは虚しく、あの日、サンタと共に私の前から消えた。
でも、前を向かなければいけない。
それが、サンタとの、兄さんとの、最後の約束だから。
どこからかリンリンという不思議で、とても綺麗な音が聞こえた。
ふと上を見上げると一筋の流れ星がその音とともに流れていくのが見えた。
幸せに生きる、笑って生きる。
それは難しいことなのかも知れない。
けれどきっと、今みたいな気持ちでいれば大丈夫だ。
だから、見てて。
いつか、とびきりの笑顔を持って、そっちに行くからね。
その日の雪は白く、美しく、また、とても優しく降り注いでいた。
サンタからの手紙 わちお @wachio0904
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