第6章⑫(完結)
某月某日。本日晴天なり。
「おーほほほ。このレディ・エスメラルダの前にひれ伏しなさい、愚民ども」
毎度おなじみアホなセクシー衣装に身を包み、地面を鞭で打ち据えて、私、柳みどり子……ではなく、悪の組織カオティックジュエラー女幹部、レディ・エスメラルダは、いつもの決め台詞を棒読みした。
私の鞭のしなりに合わせて、奇声を発しながら現れたる多数のストーンズに、休日ののどかな公園を楽しんでいた人々から悲鳴が上がる。
逃げ惑う人々から順調にカオスエナジーを収集しつつ、私はなんとも複雑な思いでもう一度鞭をバシコーン! としならせる。
「……この復職、喜んでいいの……?」
我ながら、繰り返すがあまりにも複雑な思いが入り混じった声音で小さく呟く。
そう、私、柳みどり子は、晴れてレディ・エスメラルダとして、カオティックジュエラーに復職を果たしました! どんどんぱふー! おめでとうございます!
……なんて言うと思ったら大間違いである。せめてこのアホなセクシー衣装が変更になっていたらまだマシだったし、もう少し喜べたかもしれないのに、と思うと、これまたさらに複雑極まりない思いになってしまう。悲しみが止まらない。ぽいずんぽいずん。
とりあえず説明するならば、先達ての遊園地での一件は、当たり前だが世間で大ニュースになった。
さいわいというか何というか、あの事件は、カオティックジュエラーが起こしたものではなく、イミテーションズと呼ばれる模倣犯がやらかしやがったテロ事件である、ということもきちんと報道される運びとなった。
あの件で、ジャスティスオーダーズばかりではなく、カオティックジュエラー側も、さりげなく一般ピーポーの救助に携わっていたことも、気付けば広く知れ渡り、「カオティックジュエラーも悪い奴ばかりではないのではないか」「いやだが度重なる迷惑行為については許しがたい」「あーん、マスター・ディアマン様、素敵♡」といったさまざまな意見が上がり、今でもなお各メディアで論争が巻き起こっている。
しろくんと橙也くんが開発した、カオスエナジーを集めるための新技術、人工宝石ノヴァは既に飛ぶ鳥を落とす勢いで売れに売れている。けれど、残念なことに“上”が求めるほどのカオスエナジーを集めるためには、まだまだ改良が必要とのこと。
そういうわけで、カオティックジュエラーのカオスエナジー収集係の私、レディ・エスメラルダは、復帰を果たしたのである。またあの例のアホなセクシー衣装で。オプション鞭で。
……やっぱり素直に喜んではいけない復職である気がしてならない。しろくんの力になれるのは嬉しいのだけれど、それはそれ、これはこれ! ノヴァの開発で予算がひっ迫してるせいで私の新衣装の話が次に持ち上げられるのはいつになるか解らないのがもうほんと……もう……。
バシンバシンバシコーンと手慰みに鞭でリズムを刻んでいると、きゃあああ! うおおおお! というひときわ大きい悲鳴、ではなく歓声が上がる。
「レディ・エスメラルダ! 俺だ! 結婚してくれ‼」
「距離感の詰め方を一からやり直してきなさいレッド‼‼‼‼‼」
登場第一声がプロポーズって一体どうなんだ正義の味方のリーダーが。
反射的に怒鳴り返す私の視線の先では、ジャスティスオーダーズ五人が勢ぞろいして、びしぃっと決めポーズをばっちり決めている。周囲の一般ピーポーが歓声を上げながらスマホを掲げてシャッターを切る。はいはいはいはい、今日も人気者で何よりですね‼
ジャスティスオーダーズの正体である朱堂さん達には、カオティックジュエラーが実は秘密裏にではあるが公的に認められた悪の組織であり、その目的は新時代に向けた新エネルギーであるカオスエナジーの収集にある、とはもう伝わっている。
彼らは驚いていたけれども、納得もしているようでもあった。今までカオジュラが一般ピーポーを襲うとはいえ、ほとんど驚かすばかりで直接的にけがを負わせるような襲い方なんてしてこなかったこととか、その辺のことを思い出してくれたらしい。
ジャスティスピンク、もとい、私の、し、親友の桃香ちゃんは、「みどり子が所属している組織だもの。そんな悪いトコじゃないに決まってるわ」なんて言ってくれて、私は嬉しさのあまり思わず涙ぐんでしまったものである。そのピンクちゃんは現在進行形でストーンズをナックルを着けた拳で殴り倒し、順調に本日の私の始末書を増やしていってくれているけれども。
「ビースト・コーラル! ビースト・パール! やっておしまい!」
専用空間転移装置で呼び出した巨大な私の愛する子猫ちゃん達が、なぁん! ふなぁん! と興奮気味に喧騒の中へと突っ込んでいく。
コーラルもといみたらしと、パールもといしらたまも、まだまだ子猫であるとはいえ、もう随分と大きくなった。育て手としてこれ以上嬉しいことはない。ああ、立派になって……! 大きくなっていくのと同時にかわいさもどんどんレベルアップしていっているのだからつくづくみたらしもしらたまも天使である。異論は認めない。
「エスメラルダ……! 今日俺があなたを止められたら、今度一緒に映画に行かないか⁉」
「堂々と公私混同するんじゃないわよ馬鹿なの⁉」
いつのまにかレッドがすぐそばまでやってきていて、彼の剣が思い切り振り下ろされる。それをなんとか避けて、再び私は怒鳴り返した。
おいこらしょんぼりとするんじゃないレッド。周りの一般ピーポーが「少しくらい考えてやってもいいんじゃないかエスメラルダ!」「レッド様のお誘いを断るなんて!」「レッドー! 負けるな、エスメちゃんはあんな恰好してるけど押せばイケる、押しに弱いタイプだ‼」なんて好き勝手なヤジを飛ばしてくれている。どいつもこいつもやかましいわ。
本来の姿である朱堂さんの時は、もう少しくらい遠慮がちなのに、どうしてレッドになるとこんなにも暴走するのだろう。
あれか、フルマスクで顔が見えないからかってそんな馬鹿な。私も『柳みどり子』の時よりも『レディ・エスメラルダ』の時の方が強気になっているという自覚はあるけれど、それにしてもレッドのそれは度を越している。
しかもあれだ、先日『友人』としてほぼ強制的に一緒に出掛けた水族館で、レッド、ではなく朱堂深赤さんに、私、柳みどり子は、「あなたが好きだ」と告白されました。
レッドが好きなのはレディ・エスメラルダで、朱堂深赤さんが好きなのは柳みどり子であるということらしい。意味が解らないがとにかくそういうことなのだそうだ。もちろん丁重にその想いは辞退させていただいたのだが、も〰〰〰〰なんでこいつは諦めないのか……私ちゃんと「そんな余裕ないので」って言ったじゃん……「じゃあ余裕ができるように俺も協力する」じゃないんだよ……普通に真っ向からお断りされてるってことに気付いてくれ頼むから……。
思い返すだけで頭が痛くなることを考えていたせいで、うっかり足元がおろそかになる。私の足元を飾るのは、十五センチピンヒールだ。いまだに履きこなせないそれでバランスを崩し、ひえっと息を呑む。「エスメラルダ!」とレッドが手を伸ばしてくるけれど、遠い。
うわ私ここで無様にまた転ぶの⁉ と身構える。
けれど、そんな私を、抱き留めるように支えてくれたのは、嗅ぎ慣れた甘やかな心地よい匂い。
「大丈夫かい、エスメラルダ」
「ま、マスター・ディアマン……! あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
そう、最近すっかり現場にも出ずっぱりの、我らがカオティックジュエラー総帥マスター・ディアマンだ。
きゃあああああああっ! と周囲から黄色い歓声が上がる。ジャスオダ登場時に負けず劣らずの歓迎ぶりだ。カオジュラに対する認識が少しずつ変わっていきつつあるのとともに、マスター・ディアマンやドクター・ベルンシュタイン、アキンド・アメティストゥへの評価も好意的なものへと変わっていっているのだということを改めて思い知らされる。……私はいまだに痴女扱いなのに! ぽいずん!
そんなマスター・ディアマンは、そっと体勢を整えるのを手伝ってくれるのはいいのだけれど、そのまま私を片腕に抱き留めているのはいかがなものか。
あの、もう大丈夫なんで放してくれていいんですけど、ええと、聞いてます? という気持ちを込めて見上げると、ハーフマスクの向こうの淡い色の瞳に、楽しそうな光が宿る。
「照れなくてもいいじゃないか、エスメラルダはやっぱりかわいいね」
流れるようにこめかみにキスを落とされて、いやああああああっとこれまた上がる悲鳴。いや悲鳴を上げたいのは私の方なんですけども⁉⁉⁉⁉⁉
朱堂さんに告白されたとは先にも述べたとおりだが、マスター・ディアマン、もといしろくんにも、その、こ、告白されるだなんて、そんな馬鹿なことが起こり得ていいのだろうか。いやいいわけがない。
現在も住まわせてもらっている透子さんのアパートの私の部屋に遊びに来たしろくんに振る舞うために台所に立っていたら、不意打ちで「好きだよ」と言われた。いや私も好きだけど? といつものように返したら、「じゃあ結婚しようか」と記入済みの婚姻届けを差し出されて凍り付いた。
えっ『好き』ってそういう意味……⁉ とおののく私に、「僕はもうヒーローじゃないからね。欲しいものは奪っていこうと思う」とにっこりと圧がやばい笑顔で宣言された。
それ以来明らかに、それはもう過剰なまでに増えたスキンシップや甘い言葉に、最初は本当に悲鳴を上げていたのだけれど、最近ちょっと慣れてきている自分が怖い。
っていうか朱堂さんもしろくんも、私とは「お友達から始めましょう」っていう関係になってるの忘れているのではなかろうか。
あれか、「お友達でいましょう」と言わなくてはならなかったのか? そんなところまで考えていられる状況ではなかったんだよ察してください!
「マスター・ディアマン! エスメラルダを放せ!」
「やあレッド、うらやましいだろう?」
「う、うらやま……しいに決まっているだろう!」
「ははは、きみのそういう素直なところだけは気に入っているよ、他は全部嫌いだけれど」
「俺もお前とは一生解り合えないと思う」
いや毎回のことながら、あんたら息ぴったりじゃん……と思ったけれども、それを言ったらまためんどくさくなりそうなのでお口にチャック。沈黙は金。
レッドとマスター・ディアマンがこんな調子なものだから、『レディ・エスメラルダをめぐってジャスティスレッドとマスター・ディアマンが恋のさや当て⁉』なんてとんでもない話題が世間をにぎわしつつある。
しかも何が嫌って、アキンド・アメティストゥとジャスティスブラック……いやエージェント・オニキス……っていうかもう黒崎さんでいいや、とにかくその二人が元締めになって、『どちらがレディ・エスメラルダの心を射止められるか』という裏ギャンブルまで始まっているらしい。私の人権どこいった。
その上なんか聞いたところによると、レッドやマスター・ディアマンばかりではなく、大穴狙いの対抗馬もいるとかなんとか……いやそんな物好きいないだろうに……本当にアキンドも黒崎さんもやりたい放題だな……。
「……解った、ならば今週末の映画、俺とお前、エスメラルダはどちらと出かけたいか、本人に訊こう」
「へえ、悪くないね。エスメラルダ、僕とレッド、どちらがいい?」
いつのまにか話が転がりに転がってとんでもない方向に言っている。なんでこの混沌こそすべてみたいな現場で週末のデートの話してんの? ああなるほど、これこそが混沌ということか。わあいカオスエナジーがどんどん集まっていく! ……ってやかましいわ‼
私をいまだに抱き留めているマスター・ディアマンの腕をばりっと引き剥がし、気合い入れにバシコーン! と鞭をしならせて、私は叫んだ。
「ええい、どっちもまだまだ論外だわ! 一昨日来なさい‼」
そう、結局しろくんに退職金は返しちゃって、結果として当然借金は私のもとに戻ってきた。週末? 内職に決まってるでしょ。あとみたらしとしらたまとのんびりお昼寝するのに忙しいです。
――というわけで、まだまだ、悪の組織の女幹部に恋をする余裕はない、のである。
悪の組織の女幹部に恋をする余裕はない 中村朱里 @syuri_nkmr
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